巴比崙の大淫婦


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キーパー:さて、会議室での話し合いもたけなわとなってきた頃、突然「ウ~、ウ~」と防災サイレンが鳴り響きます。
一同:「え!?」
キーパー:野外の電柱の上に設置されたスピーカーから音が流れる、いわゆる防災無線です。「機器の故障が検出されました。速やかに対応1に沿った行動をしてください」という録音された音声が流れます。
宇乃:投光器が壊れたか?
キーパー:町長と管長が顔を見合わせ、立ち会っていた職員たちは挨拶もなしに会議室から走り出ていきます。彼らは口々に「また3番か?」と言い合っています。町長は「では、私は陣頭指揮を執りますので」と管長に言って、職員たちに続いて出ていきます。最後に残った石切管長が「立て込んでいるので、これでお話は終わりということにしていただけますかな?」と聞いてきます。
新城:「今は何か緊急事態になっているようですが、巴比山の近くにはいかない方が良いということですよね?」
キーパー:(石切管長)「役場の建物内にいてください。対応が終了したら、その旨が放送で流れますので」
宇乃:……職員たちは3番が故障したって言っていたから、その3番がどこかを知っておきたいんだよね。
泰野教授:「いったい、何が起きているんですか? 3番というのは?」
キーパー:(石切管長)「おそらく機器の故障ですな。すぐに直りますので、ご心配なく」そういうと、石切管長も会議室を出ていこうとします。出入口の扉まで行くと、皆さんの方を振り向くことなく、管長はこう言います。「巴比山の扱いは昔からこちら(※=イスキリ教会)でやっています。禁足地の中にはどうか入らないでください。これは忠告ではなく警告ですぞ。ゆめゆめ、お忘れなきよう」

ライン

宇乃:町役場の人たちはこの警報についてどのような反応を示しているの?
キーパー:役場の職員たちは慌ただしく動き回っています。どうやら最優先対応事案のようです。20人くらいの役場の人間が巴比山方面に走って行き、そのうちの10名はライフルを携えています。
一同:はあ!?
宇乃:そんなレベルなの!? マジで!?
新城:巴比山から何かが出てきているってことでしょう。
宇乃:調べた伝承によれば、陽の光の下には出て来ないんじゃなかったっけ?
キーパー:陽光に限らず、光を恐れるという話はありましたね。
泰野教授:「とりあえず、行ってみるわよ!」
新城:「役場で待っていろって言われましたよ?」でも、役場で我々を止める人って、もういない感じですか?
キーパー:役場は、さすがに無人にはなりませんが、ほとんどが出払います。皆さんに構っている余裕はない感じです。
宇乃:「行きましょう!」
キーパー:外へ出ると、周辺の住人は最寄りの屋内に入っていきます。避難してくる人たちの流れに逆らった先が巴比山になります。流れに逆らっているのは皆さんと、対応に当たる役場の職員たちですね。
宇乃:どこかの投光器が故障していると思うので、それがどこなのかを見つけたい。
キーパー:役場の職員たちを追っていくと、巴比山の一角に人だかりができているのが見えます。遠目に見ても分かりますが、そこには開口部があって、それに付随して設置されている投光器が消灯しています。すでに山の斜面には工具箱を持った作業員が2~3名登って、修理に向かっています。それを見上げているライフルを持った役場の職員らしき人たちが「やっぱり3番だわ」などと言葉を交わしています。
宇乃:投光器が消えることは、町にとってそれほど一大事なのか。
澄山由伸キーパー:急ぎ足で立ち去る群衆の中に、澄山由伸の姿があります。
一同:ええっ!!
泰野教授:急いで声をかけます。「す、澄山さん!?」
キーパー:由伸は振り返りもせずに人目をはばかるように路地へと入っていきます。
泰野教授:澄山さんの消息を突き止めることも目的の一つなので、追いすがります。「澄山さん! 待って!」
キーパー:由伸はくねくねと路地を歩いて行って、ある一軒の家に到着すると、その裏口から中に入って姿を消します。その家には研川といしかわという表札が出ています。
泰野教授:追わないと。扉をドンドンと叩いて、「澄山さん!?」と呼びかけます。
キーパー:すると扉が細く開いて、由伸が顔を出します。(由伸)「あ。……泰野先生?」
山田:「いったいどうしていたんですか? 心配していたんですよ」と話して、我々がここにいる経緯を話します。
キーパー:由伸はキョロキョロと辺りを気にした後、「入ってください」と言って皆さんを家の中に招き入れます。皆さんの知る快活な感じを、由伸は失ってしまっています。なんだか思いつめたような表情で、額にはしわが刻まれています。
泰野教授:「連絡がつかないから心配していたんです。どうなさっていたんですか?」
キーパー:(由伸)「俺が妻の阿紀と一緒に巴比山の玃について調べていたことはご存じですよね?」

 由伸が語ったこれまでの経緯は以下の通りです。
 澄山由伸と阿紀は『鵷鶵文書』内に見つけた巴比山の玃について調査するために、石切町へと転居しました。仕事がうまくいっていなかった由伸にとって、新たな職を得て心機一転するのに、巴比山の森林管理者の職は渡りに船でした。
 しばらくの間、由伸は新たな職に懸命に従事しますが、やがてこの仕事の最も重要な業務が何であるかに気づきます。それは、巴比山に設置された各投光器が正常に稼働しているかを確認することです。しかし、投光器の設置理由と、それが消灯したらどうなるのかについて、具体的に教えられることはありませんでした。
 職に慣れてきた由伸は、やがて興味を抑えられなくなり、阿紀と一緒に巴比山の玃の真相を確かめるべく、巴比山内へと忍び入ってしまいました。


キーパー:(由伸)「結論から言うと、洞窟内に玃は……いました」
泰野教授:「いたの!?」
キーパー:(由伸)「ただし、『鵷鶵文書』の中で“三たび呪はれし民”と呼ばれていたものは、もしかすると玃とはまったく違う存在なのかもしれません」
宇乃:「長い毛に覆われていて、光を嫌うという話だったよね?」
キーパー:(由伸)「巴比山に巣くう玃、あるいは“三たび呪はれし民”は、光を嫌うという性質は真実でしたが、蒼白の身体をした小柄な人型の生物でした。俺と阿紀はそのものたちに襲われ、俺は命からがら逃げのびたのですが、阿紀が捕まってしまいました」
一同:「……」
キーパー:「この家の持ち主である研川さんは役場の職員で、巴比山に詳しい人です。俺は研川さんの助力を得て再び巴比山に入り、阿紀を救出しました」
宇乃:「禁足地とは言われているけど、内部に詳しい人がいるのね……」
キーパー:その人物が役場職員だというのがミソですね。(由伸)「研川さんがどうして俺を助けてくれるかはわからなかったけど、そんなことはどうでもよかった。とにかく、研川さんは俺に協力してくれた」
宇乃:「研川さんと協力して阿紀さんを巴比山から連れ出して、それから?」
澄山阿紀キーパー:(由伸)「俺は自宅へと彼女を連れ帰りました。しかし阿紀は、何やらおぞましい方法で玃の子供を身籠らされて、救出後すぐに玃の子供を四体出産しました」
一同:あぁ、それが……。
キーパー:(由伸)「その子供たちを、俺はすぐ絞め殺して始末しました。阿紀は出産のショックで気が狂ってしまい、俺はやむなく彼女を自宅の二階に閉じ込めました。そこで俺は悟りました。イスキリ教会や役場が警戒しているのは、巴比山に入ろうとする者たちではなくて、巴比山から出ていこうとするモノどもであると」
新城:……なるほどね。
キーパー:(由伸)「出産後、阿紀は体力が回復すると、俺の目を盗んで家を抜け出し、どうやら巴比山へと戻っていってしまいました」
一同:「え!?」
キーパー:(由伸)「……俺は阿紀をあきらめません。もう一度彼女を救出するために、巴比山へ行くつもりです。現在、そのための布石を打っています」由伸と研川は協力して、「3番出入口」の投光器が頻繁に故障するという意識を役場の職員たちに植えつけています。
泰野教授:なるほど。
キーパー:(由伸)「救出の決行は明日の夜。役場の監視者たちにとって最悪な、朔(※=新月)の夜です」
泰野教授:「なるほど……人目にはつかないわね」
宇乃:「明日の夜……」
キーパー:しばらくすると防災サイレンは止まり、どうやら3番の投光器は復旧したようです。

 由伸と研川は朔の夜にトラブルが起きれば、大混乱になると踏んでいます。その隙に乗じて、巴比山に侵入しようという作戦です。
 由伸が調べたところによると、過去、朔の夜に、偶然機器の故障が起きたことがあるそうです。そのときは危機管理が徹底されておらず、停電により巴比山地区は文字通り真っ暗闇になり、防災サイレンも鳴らなかったのだそうです。
 それを踏まえ、現在は発電機を複数に分ける対策が取られています。それにより監視要員が増え、役場は森林管理者の募集をかけています。


宇乃:ところで、研川さんは独身?
キーパー:研川は独身で、この家で母親と二人暮らしです。由伸によると、研川の母親はこの家の二階の鍵のかかる部屋にいるそうです。
泰野教授:……どういうこと?