巴比崙の大淫婦


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キーパー:事態が収拾し、サイレンが止まってからしばらくすると、この家の持ち主である研川幸夫が帰ってきます。彼は皆さんの顔を見て驚きますが、すぐに得心した様子で由伸の顔を見ます。断言はできませんが、研川は役場の会議に出席していた職員の中にいたかもしれません。
新城:さっそく聞いてみましょう。「前回、朔の夜に大事になったというのは、どういう?」
研川幸夫キーパー:(研川)「3年前の朔の夜に事故が起き、巴比山地区は闇に包まれた。そのとき、俺の母親は玃に襲われ、その子供を孕ませられた。生まれた怪物の子供は俺が処分したが、母はそれ以来、二階の部屋から出せない状態になってしまった」
泰野教授:「3年前のそのときに、あなたのお母さんは禁足地の中に?」
キーパー:(研川)「まさか! 玃どもは巴比山から出てきたんだ!! 別に波と化して襲ってきたわけじゃない。奴らは隠密に優れているんだ。何体かが町に入り込んだ、闇に乗じて」
泰野教授:「なるほど……。でも、その時は撃退できた」
キーパー:(研川)「俺は巴比山地区の生まれで、ここで育ってきた。死んだ親父も、その祖先も巴比山の役場で働いてきた。でも、こんなことはもう終わりにすべきだ! 白日の下に晒して、メディアでも警察でも、なんなら自衛隊でも良い、大きな力を動かして、巴比山に巣くうものどもを滅ぼすべきだと思っている」
泰野教授:「わかります。そうなりますよね」
キーパー:(研川)「その一歩として、玃どもの鼻を明かしてやることができるならば、澄山さんに協力することにはやぶさかではないってことさ」研川は人道的博愛というよりは、打算的な理由で澄山由伸に協力しているようです。
宇乃:「なぜ、巴比山地区の人たちは根本的な解決をしようとは思っていないの?」
キーパー:(研川)「おそらく、“そういうもの”だと思っているからだ。空気と同じように、自然にそこにあるものなんだ。巴比山の玃を外に出さないという使命は決して悪いことではないので、善行を愚直に遂行しているだけだ」
泰野教授:「確かに、監視し続けることは悪いことではないものね」
キーパー:(研川)「しかし、実際に痛みを抱えている者もいる。それが澄山さんの奥さんや、俺の母親だ。知られていないだけで、もっといるかもしれない」
新城:今でこそ投光器が活用できるようになって減ったけど、過去にはもっと頻繁に事件が起こったのかもしれないですね。
キーパー:(研川)「玃どもは朔の夜に動くのではなく、チャンスがあれば、つまり暗ければ、常に動く可能性がある。きっとそれで、巴比山の中に引きずり込まれた者もいたのだろう」
泰野教授:だから朔の夜に3番を故障させて、そこに目を向けさせるというわけね。作戦としては理に適っている。
キーパー:(研川)「何年か前に、巴比山に潜入した馬鹿なYouTuberがいた」
宇乃:896erだったっけ?
キーパー:(研川)「そのYouTuberは巴比山の玃を映した動画を公開して、ちょっと話題になった。再生回数を稼いで小金を得たのかもしれない。だが、イスキリ教会側が動画の公開を停止させて――“代償”を払わせた」
一同:ああ……。
キーパー:研川家のリビングには896erのキャップが置かれています。
宇乃:え!? 「これは……?」
キーパー:(研川)「……洞窟内で見つけたものだ」
宇乃:“代償”を払わせるっていうのはそういうことか。
キーパー〈心理学〉ロールをしてください(コロコロ……宇乃と新城と泰野教授がイクストリーム成功)。何やら研川はそのキャップについて話したくないことがありそうです。なお、キャップは黒地に赤で896erと刺繍されているもので、896erがいつも着用していた赤地に黒の刺繡の入ったキャップとは違うもののようです。
泰野教授:896erのオンライン・ショップで売っていたもの?
キーパー:そうですね。同じものが売られていました。ただし、このキャップには使用感はなくて、埃が積もっています。
宇乃:これは問い詰め案件だと思うんだけど、どうする?
泰野教授:明日の作戦決行前までにはっきりさせておきたいことではあるけれども……。
新城:「研川さん、896erが公開していた動画は見たことがありますか?」
キーパー:(研川)「いや、俺は見たことがない」(※事前調査時に動画を発見できていれば、896erの動画に撮影協力者(=研川幸夫)がいたことがわかる可能性がありました)

ライン

宇乃:研川さんが言っていることだけを聞くなら協力しても良いかもしれないけど、明確に一つ隠し事(※=896erのキャップの件)をされているから、彼の本当の目的が何なのか信じきれないよね。
新城:彼の行動の目指すところと我々の目的は合致しますけどね。
山田:俺らの共通認識として、澄山さんの奥さんの救出ということでは協力できるよね。ただ、研川の言うような大混乱を巻き起こす必要性まではなくて、どちらかというと石切管長たちのやっている監視を続けていってもらえれば良いんじゃないかと思うんだけど。
宇乃:研川さんと澄山さんがグルになって、我々を陥れようとしているとは考えていないんだけど、二人とも何か頭がおかしくなっているんじゃないかと思うんだよね。玃の件とか、嬰児を始末している過程で。
泰野教授:これだけの包囲網を突破して巴比山の中へ突っ込もうと考えている時点で、少しおかしくはなっているんだと思うけど。でも、動機と行動は理解できるものだよ。
新城:そうなると研川につくのか、石切管長につくのかってことか。
泰野教授:研川のいう大混乱を起こしたいっていうのが、どうも……。
宇乃:研川が考えていることがヤバいと考えるなら、石切管長に密告するっていうのが良いのだけども、今回、3番を故障させて玃を巴比山から出てこさせるという計画は、石切町側も十分に警戒しているはずだから大混乱には陥らないと思うんだよね。ただし、町に何らかの被害が起こる可能性のある作戦だよね。
新城:もっと大規模なことを考えている可能性もありますよね。
宇乃:3番だけじゃなくて、全部のライトが落ちて玃が出てきたら、20人がライフルをもってあたったとしても焼け石に水という感じもする。
泰野教授:この町の異常な状態を白日の下に晒したいという目的で動いているっていう話だよね?
新城:研川本人が言うには。
宇乃:それは誰のための理由なのかなっていう……。
キーパー:研川の個人的な恨みです。
宇乃:母親を狂わせてしまった状況に対するものか。
泰野教授:この状態は許せないってことなら、わからなくもない。
キーパー:研川の動機について、皆さんは深い所では理解できないでしょう。確かに危うい部分はあるかもしれません。
泰野教授:まあ、ギリギリのところで留まっているのでしょう。
宇乃:その危うい二人(研川と由伸)に協力して良いのかっていう……。
新城:禁足地という観点で言うと、ここってあってはならない禁足地だというのは理解できるんですよ。実害があるので。古くから伝わる禁足地で、そこに昔の文化なり自然環境なりが保護されているから手をつけるべきではないというものならば、禁足地のままで保存するのを持続していかなくてはならないと思うんですけれども、役場の職員たちからすると心の休まる間がないよって話ですよね。だから――
宇乃:終わらせたほうが良いっていうのは間違いないんだろうけど……。
新城:「澄山阿紀さんの命を助けるために集落を危機にさらすのか」的な考え方もあるんですけれど、集落のことを考えると、万が一将来的にもっと本格的に何かが起きましたとなったときには、石切町だけでは済まなくなる可能性もありますよね。
宇乃:現状、我々が知っている情報だけで、今起きている事件についての悪役っていうのは誰?
泰野教授:……石切管長?
宇乃:守る必要のない風習を、ただ盲目的に守ろうとしていることが悪ってこと?
新城:そこは「なぜ禁足地になったのか?」が失われてしまっているということでしたので、断定はできないですよね。
宇乃:今起こっていることに関して、それを守ろうとする管長と、終わりにしたほうが良いと考えている研川っていう構図だよね。
新城:管長としては禁足地としてまで守りたいと考える何か理由があって、研川は何かを隠しています、と。それらがもっと多くの犠牲を強いるようなものであったなら、どちらが悪いのかっていう話ですよ。それが分からない以上、現状では澄山さんの件があるので、研川に与するのが最善だと思いますけどね。
宇乃:研川に協力するならそれで良い。でも、協力するからには彼らの計画が成功するように持っていくべきだけど、それに関して我々には何ができるの? 研川について行くだけで、この作戦が成功に近づくとは全然思えないので。
新城:我々にできることがあるとすれば、澄山さんについて行って、奥さんの救出を援助することじゃないですか?
泰野教授:確かに、我々に義理があるとすれば、澄山さんの奥さんを助けることだけなんだよな。
宇乃:調べた伝承に出てきた、「赤い服の女」を止める手立てというのは、今の我々には何かありますか?
キーパー:(自縄自縛に陥っているなぁ……)えーと、今現在、バビロンの大淫婦を止めてくれ、あるいは倒してくれという依頼は誰からもされていないです。最悪の事態が失敗することを前提に考えていては、一歩も前には進むことはできませんよ。
宇乃:……それなら、澄山阿紀を助けることだけを考えて、あとは野となれ山となれ?
泰野教授:うん。無関係な我々が急に「玃を殲滅して、巴比山を救うんだ!」と目覚める必要はないよね。
新城:そういうことなら、研川さんや澄山さんと作戦を具体的に相談してしまうべきだと思いますね。我々の協力を彼らが拒否することはないですよね?
キーパー:(由伸)「協力してもらえるなら、是非お願いしたい」