予言




弐:リハーサル現場


(※久川と村瀬には「サロメ」の台本を渡して読んでおいてもらう)

キーパー:翌日になります。では俳優二人組。
仁倉千尋千尋公演まであと何日くらいなの?
キーパー:今日が木曜日なので、2日前。
千尋最終リハなんだ。
キーパー:そうです。鹿田さんと千尋はここ4週間ほど激しいリハーサルを繰り返していて、「自分たちが携わった演劇の中でも最も感銘を与えるものが出来上がるのではないか?」と感じています。
鹿田なるほど。この4週間みっちり稽古を積んで「バカ役者」から「バカ役者バカ」へ昇進しましたから(笑) ※EDU10
千尋それでも頭の「バカ」は取れない(笑)
キーパー:二人の印象で言うと、才川監督は完璧主義者で「そこはそうじゃないよ! 足が半歩出過ぎてるよ!!」とか、「小指はこうじゃなくて、こう、こう、こうよ!?」といった感じで、あなたたちから見ても馬鹿馬鹿しく思えるほどです。
鹿田「こうじゃなきゃ駄目なんだ!!」くらいの勢いでやってるんですね。
キーパー:「なんでそんなに成功させるのにここまで追い詰められなきゃならないのか?」みたいなことは感じます。熱心なことは間違いないのですが。他の出演者たちもまるで自分たちが本当のサロメの登場人物なんじゃないかと錯覚するくらい、全員がのめり込んでいるというような感じです。
鹿田はいはい。
キーパー:ちなみに脚本家の押川入人はほとんど見かけていません。たまに来ると才川とちょっと話をしてすぐ出て行ってしまいます。彼は一度も通しでリハーサルを見たことありません。
鹿田はいはいはいはい。
キーパー:「いいよ、千尋ちゃん!(バンバンバン:背中を叩く)良い感じで行くかもしれないよ! ちょっとリハーサルをやってみようか!?」
鹿田本番近いですからなぁ(笑)
キーパー:「じゃあ、ちょうど鹿田さんもいるしリハーサルいってみようか!(台本を見て)じゃあ3ページ目の上から1/3くらいのところ! 行くよ? (ト書き)若きシリア人は自ら命を絶ち、サロメとヨカナーンの間に倒れる。ヨカナーンは水槽へと向きを変えて、下へ下りていく。(千尋を指差して)はい」
千尋(サロメ)「そなたの口にキスするわ、ヨカナーン。私はそなたの口にキスをする」
キーパー(ト書き):「ヘロデ、ヘロディアス、すべての臣下が登場」
鹿田賢鹿田(ヘロデ)「サロメはどこか? 姫はどこか? なぜわしの命令に従って宴に戻ってこないのか? そこにいたか!」
キーパー(ヘロディアス):「あの子を見ないでちょうだい。いつもあの子を見ているではありませんか」
鹿田(ヘロデ)「今宵は不思議な月だな。月は狂女、行く先々で男を捜し求めて歩く狂った女のようだ。それも裸のまま。雲が月に衣をかけようとしても、月はそうはさせない。中空で、自ら裸であることを晒しておる…。ワインを注げ。サロメ、ここへ来てわしと共に少しワインを飲むのだ」
千尋(サロメ)「咽喉は渇いていませんわ、王様」
キーパー(ヨカナーンの声):「おお! 時、来たれり! 予言した通りとなった! …良いよー!!」(バンバンバン!:背中を叩く)
一同:(爆笑)
キーパー:そんな感じでかなり彼も要求は厳しいですけど、成功させようという気持ちはひしひしと伝わってきます。
鹿田みんなにも伝わっているという感じですね、良い一体感が。
キーパー:すると「すいません、監督」と言って裏方の人が来ると、才川は「ああ。じゃあ二人とも、この調子で頼むよ!」と言って観客席の後ろの方へ誰かと話をしに行きます。どうやら押川が来ているみたいですね。
鹿田ほうほうほう。
キーパー:押川が台本に似たものを持ってきて、それを才川に渡そうとしています。すると才川はポケットから手帳みたいなものを持ち出してそれと見比べて、「駄目だね」と言った感じで首を振っています。
鹿田ほうほう。
キーパー:才川はそれを突き返します。すると押川の方はずいぶんと興奮しているようで才川に詰め寄っているような感じなんですけど、首根っこに掴みかかりそうな雰囲気だったのが、突然くるっと踵を返して冷静な足取りでスタスタスターっと劇場から出て行きました。その後は「リハーサル続けるよー」。
鹿田はいはいはい。今この時期になんだ? みたいな感じですけどね。俳優から見るとね。
千尋「直しでも入るんですか?」
キーパー:「いや、このままで行くよ」
鹿田「何か興奮してたみたいだけど…?」
キーパー:「ああ、まぁ、彼も初日が近いから…ね」
鹿田「ああ、なるほどね」
千尋「ナーバスになってるんだぁ」
キーパー:「まぁ、今までどおりで変更はないので」と言う所で場面は転回して、君たち(久川&村瀬)は劇場に着きます。ちょうど入館の手続きをしている所にスタスターっと押川が出てきます。
久川「押川君!」呼びかけますけど。
キーパー:気が付いていないようにスタスタっと通り過ぎていきます。
村瀬「おい!」と言って肩を掴んで止めます。
キーパー:「…あ、やぁ、村瀬。どうしたんだ? おや、変な組み合わせですね。久川先生もご無沙汰しております。すいませんが、ちょっと忙しいので…」
村瀬どんな様子なんですか?
キーパー:確かに日下部が言っていた通り、かなりげっそり痩せているし、目の下に隈は出来ている。
久川こういう時は<精神分析>か?
千尋<精神分析>より<心理学>じゃない?
村瀬なぜか<医学>に%振ってあるので<医学>で。
キーパー:ああ、なるほどね。まぁ振って良いよ。
村瀬はぁっ! (コロコロ)成功。
キーパー:成功…このまま行くと、彼はきっと病気で倒れます。
村瀬栄養失調とかそんな状況?
キーパー:過労かな。
村瀬本当に寝ていないとか、そんな状況ですか。
キーパー:そうだね。
村瀬「おい、そのままじゃ倒れるぞ?」
キーパー:「分かっているんだが、どうしても演劇のことが頭から離れなくて…」
村瀬「だが、スタートを前に倒れてしまっては元も子もあるまい」
キーパー:「言っていることは分かるんだが…」
久川「しかし、ここまで来て脚本家の君がここまで追い詰められるというのは、何があったんだね? そんなに俳優の演技に納得がいかないのかね?」
キーパー:そうすると突然彼はベラベラと饒舌になるんですけど、「耽溺のカタルシス的な特徴と詩の工夫について」を滔々とあなたたちに説明します(笑)
村瀬…はあ。
久川…理解できる?
キーパー:じゃあ<芸術>でどうぞ。
久川(コロコロ…失敗)…ん〜?(笑)
キーパー:惹き込まれます(笑) 彼は話術が巧みなので惹き込まれます。
村瀬(笑)え、えーと? 「耽溺の…」?
キーパー:「耽溺のカタルシス的な特徴と詩の工夫について」。
鹿田どこで句読点を入れたら良いのかも分かりませんな(笑)
キーパー:ベラベラ喋っていたと思ったら、突然「〜なんだよね」というように一段落する前にブチっと話を途中で切っちゃって、「すまんが、気分が優れないので帰らせてもらうよ」と言ってタクシーに乗り込んで去っていきました。
久川今の彼の行動は<心理学>的にどうなの?
一同:いや、明らかにオカシイだろ(笑)
久川オカシイんだけど、外からのプレッシャーなのか内からのプレッシャーなのか判断できる?
キーパー:ああー…<精神分析>かな?
久川村瀬1%か…失敗。

キーパー:では係の人が「どうぞこちらに」と言って観客席の方へ案内してくれます。通し稽古をしているのが見られますね。
村瀬まずは黙って通し稽古を見ます。
千尋「咽喉は渇いていませんわ、王様」
キーパー:「良いよー!!」(拍手)
一同:(爆笑)
鹿田みんなノリノリで(笑)
キーパー:「じゃあしばらく休憩!」ということで観客席のライトがついて休憩になります。
久川じゃあちょっと才川監督の方へ話を聞きに行きましょう。
村瀬行きましょう。
久川ところで演劇の様子はどんな感じだったの?
キーパー:ああ、良い感じです。
久川彼の脚本を活かしているなぁという感じですか。
キーパー:そうですね。
久川押川君の色と才川君の色は上手く出てるの?
キーパー:ああ、出てる出てる。
久川彼がこれに不満を持っているとはあまり考えられないなぁっていう感じではある?
キーパー:素晴らしい脚本に対して良い感じの演出ですね。
村瀬「ちょっとよろしいでしょうか?」と監督に名刺を渡します。
キーパー:「少しで良ければ」
村瀬「今回の演劇に関して意気込みを」という感じで普通のインタビューを始めます。
キーパー:するとちょうど二人(鹿田&千尋)が通りかかったので「ああ、今回の主演女優とヘロデ王役です」
村瀬「初めまして」と名刺を出しながら。
久川俺は批評家として色々書いたりはしているんだよね?
キーパー:しているのかもね。
久川していることにしよう。二人には名前は知ってもらっているということで。
村瀬じゃあ二人にも通り一遍の取材をして「脚本家の押川さんが、先ほど出てくる所をお見かけしたのですけど、かなり体調の方が…」
キーパー:「ああ、そのようですね。明らかに疲労しているように見えますが、初日を迎えて公演が上手く行く所を見れば、彼も持ち直すでしょう」
村瀬「脚本家がこの段階でまだあれほどお疲れということは、まだ修正の可能性が?」
千尋「…え?」
キーパー:「いや、それはまったくないですね」
村瀬「逆に向こうから修正の申し入れがあったとか、そういう話も?」
キーパー:「いえ、そういうことではなく、演出上の意見を持ってきてくれたのです」
千尋「押川さんて、最初の本読みの時しか会っていませんよね、私たち、ほとんど?」
鹿田「そうそう。さっき、大分エキサイトしてたみたいだけど…」
キーパー:「それは、あの、私たちも感情が高ぶってきているというか…」
千尋「熱いですもんね、この劇に関わっている人」
鹿田「今の演出に何か不満でも、彼は? 僕らからすると割と上手くまとまったという感じなんだけど」
千尋「ちょっと皆ハマリすぎちゃって危険かな、という感じはしなくもないんだけど。ほら、こういう場合って時々お客さんを置き去りにしちゃったりとかあるじゃないですか」
キーパー:彼なりの演出とかのやり方の助言を才川の方にしてくれているそうなんですけど、才川は「そこは俺に任せてほしい、最高のものに仕上げてやるから」と。
久川「この期に及んで彼は演出の変更を求めたんですか?」
キーパー:「そういうアイデアを持ってきてくれているということです」
久川「どういうアイデアを持ってきたのか参考に聞いてもよろしいですか?」
キーパー:「こういうことなんだけど、それは要らないだろう」ということを才川は説明してくれます。
久川それを聞いて、今の段階でそういうことを言うのはおかしくないかって話?
キーパー:いやそうでもない。まぁ「そういうのもありかな」っていう…。
千尋やり方の問題で、好みとしてっていう感じなんだろうね。
久川そういう意味で彼がおかしくなっているっていうことじゃなくて、彼なりに考えているということは分かるんだね。
村瀬<心理学>を勝手に振って)今の押川が持ってきた話に対して、才川監督はどういう感じを持っている、というかどういう態度でいるんでしょうか?
キーパー:彼は彼のやりたいようにやるらしい。持ってこられた話を聞き入れるつもりはなく、悪い意味じゃないけど「俺は俺の思ったとおりやるから」という感じだね。
村瀬基本的に聞き入れる感じはなしということですか?
キーパー:「監督は私だからね」
鹿田(押川と才川が)組むのは今回が初めてなんだっけ?
キーパー:そうですね。
千尋「監督は悪い意味じゃなくて完璧主義者なんで、この期に及んでどうのこうのは難しいですよね」
久川「いくら脚本家でもこの段階で変えようといってくるのは不思議は不思議だが、ないことではないしね」
鹿田「本番始まってから変る事だってあるから」
千尋「でも押川さん、思い入れがある感じでしたよ、最初の本読みの時には」
久川「何が彼をあそこまで追い詰めてしまっているんだろうね?」
キーパー:「一日で書き上げたようですからね、この脚本」
久川「ええ!? さすがにそれはちょっと不思議な、と言うより異常ですね」
キーパー:「何かインスピレーションを感じて一晩で書き上げたらしいですよ」
千尋「何か時々降りて来る時ってあるじゃないですか。そういうのじゃないですか?」
久川「しかしどうだろうねぇ? 彼は確かに情熱豊かな方ではあるから…」
村瀬さっきのスイッチの入りようと言い、一日でというのも何か…。ちなみにこの脚本が上ってきたのはいつ頃ですか?
キーパー:脚本自体を書き上げたのは結構前。
村瀬ふーむ。では才川さんの方に「押川さんが今のように鬼気迫るというか…そういう状態になったのはいつ頃からか分かりますか?」
キーパー:「そうですね…2〜3週間前からですかねぇ」
久川「それまでは彼の監督の演出への口出しは少なかったんですか?」
キーパー:「そうですね。彼は彼なりに自分の脚本の満足していたようなので」
久川「それをアレンジする監督の演出にも問題はなかった、と。ここ2〜3週間、本番が近づくにしたがって色々言うようになってきた、と」
キーパー:劇の完成度が上るに連れてですね。当然4週間リハーサルを重ねてきて、1週目からガッチリ行ったわけではなく、だんだんと完成度が上ってきたわけですね。
久川完成度が上るに従って何か不安を感じている、か…。微妙な差が何か気になっていると考えることもできるけどねぇ。
村瀬押川の話だけでは失礼なので、その後はまた演劇の話を聞いて、最後に「ではお二人と監督とで写真を一枚よろしいでしょうか?」といって写真を撮っておきましょう(<写真術>ロールは失敗。手ブレした)。
キーパー:「ではリハーサル再開するよー」ということでリハーサルが再開します。
久川村瀬通し稽古を見ていきます。

キーパー:初日まで何かやることがあれば言って頂戴。
久川通し稽古が終わったら一度押川の部屋に行きます。
村瀬今日の夕暮れ時に、とりあえずいきなり押しかけた方が良さそうだ。アポとると絶対「ダメだ」ということになるので。
キーパー:では押川のマンションなんですが、訪ねてみても「帰ってくれ」という対応です。いることは間違いない、でも門前払い。「体調が悪いんだ」
村瀬(インターホン越し)「体調が悪いからこそ心配なんだから、医者に行かないか? 私も付き合う」
キーパー:(インターホン越し)「…いや、医者にかかるほどではない」
久川(インターホン越し)「少しでも医者に見てもらったほうが良いんじゃないか?」と説得します。
キーパー:(インターホン越し)「自分の体調のことは自分が良く分かっています。私は<医学>98%あるので、大丈夫」(笑)
村瀬何ぃ?(笑) 一度、押川の両親に電話します。「最近仕事で会ったら、これこれこういう状況で、非常に私としても心配なんですが、マンションに行っても門前払いということもあって、そちらの方で医者に見せるなり何なり手を打ってはいただけないでしょうか?」
キーパー:(押川の両親:電話越し)「分かりました、説得してみましょう。ありがとうね、徹(※押川の本名です)のことを心配してくれて」
村瀬「かなり危険な状況だと思うんですよ」
キーパー:両親もよく電話をしているようなんだけど、初日が終われば病院にも行くと言っているそうなんだけど、病院に行って入院とかさせられて初日に立ち会えないのが嫌らしいですね。
一同:あーあーあーあーあーあー。
キーパー:(押川の両親:電話越し)「初日には私たちも見に行きますので」 そんなとこ。
村瀬…まぁ、現状で打てる手はここまでだな(笑)。これ以上は強攻策になっちまうしなぁ。そちらのお二方は?
鹿田いや、こっちは本番まで…
千尋リハーサルです、当然。



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