
終幕
キーパー:幕が降りきると、ドワーッ! と大騒ぎになります。
一同:まぁねぇ。
久川:押川は?
キーパー:押川は舞台の近くに力なく立っていますね。
久川:「押川、押川! 何が起こったというんだ、一体!?」と聞きます。
キーパー:「…この通りですよ、先生。これが私の作ってしまった演劇であり、彼が監督してしまった演劇なのです」
久川:「…これが演劇と呼べるのかね?」
キーパー:「さぁ、どうでしょうね。オスカー・ワイルドは『ドリアン・グレイの肖像』の序文でこのように言っています。「道徳的な書物とか非道徳的な書物といったものは存在しない。書物は巧みに書かれているか、巧みに書かれていないか、そのどちらかである。ただそれだけでしかない」。それがこの演劇だったということですよ」
久川:「君はそこまで深みにはまってしまっていたのか…」
キーパー:えー、警察が来ます。観客席からは夥しい数の死体、舞台の上からはまそっぷの高岡君(ヨカナーン役)、田中君(処刑人役)、若きシリア人役、仁倉千尋の4人の死体が見つかります。才川の姿は見当たりません。劇場からは発狂した人がかなりの数見つかります。
鹿田:俺は演劇が終わってから一時的発狂に陥るんでしょうな。(ダイスを振って)幻覚。
キーパー:演劇をする幻覚を見ているんでしょうな。「その女を殺せ!」という台詞を何度も繰り返したり。
村瀬:気を取り直して取材することにします。
千尋:気を取り直せるのかという問題が(笑)
キーパー:ま、記事には出来ないでしょ。で、後日談になりますが、押川は筆を折ったそうです。才川はそれきり行方不明ですね。白凰アリーナの10周年記念公演は、始めから無かったかのように処理されます。日下部明親はそこに力を発揮したんでしょう。以上、シナリオ終了です。
一同:お疲れ様でした。
村瀬浩次の手記
結局白凰アリーナの10周年記念式典は、記念樹の植樹という地味なイベントが新聞の片隅にひっそりと掲載されて終わった。消せない問題は未だいくつか残るものの、事件は隠蔽され、収束に向かわされている。
姿を消した才川真吾に真意を問いただす術はもうないが、あの日、白凰アリーナで無残にも虐殺された多くの犠牲者同様、押川入人も惨劇の犠牲者の一人であったのだと、私は思う。彼もまた、あの素晴らしい作品となるはずだった演劇を、襤褸を纏った「黄衣の王」なる存在を呼び込む儀式として悪用した才川の悪意の犠牲者なのだ。
私は信じる。彼の書いた「サロメ」は、いみじくも彼の尊敬する偉人が残した言葉そのものであった、と。
「道徳的な書物とか非道徳的な書物といったものは存在しない。書物は巧みに書かれているか、巧みに書かれていないか、そのどちらかである。ただそれだけでしかない。」
オスカー・ワイルド