非時香果


『橘』

キーパー:そんなこんなで9月下旬、出発当日です。上野駅午前10時出発なので、皆さん上野駅集合ということになります。皆さんが列車に乗り込むと添乗員も勢ぞろいしていまして、「ようこそ!」という感じで下にも置かない歓待です。
白田:「おお、苦しゅうない」
村雨:乗客はどれくらいいるんですかね?
山櫻礼二キーパー:乗客は皆さん、日下部美輝、三宅守子がいるんですけれども、もう1人、恰幅の良い中年男性がいます。恰幅の良いおじさんは皆さんに名刺を渡します。彼はJR東日本の山櫻礼二氏です。鉄道好きが高じて鉄道会社に就職した至極真っ当な人物です。同じく鉄道マニアの美輝と意気投合しています。やがて守子が「では、そろそろよろしいですか?」と山櫻氏に言います。すると、「そうですな。ほな、皆さん、どうぞこちらへ」ということで5号車のラウンジへと案内されます。便宜的に「朝日」は「四季島」と同じ構造にします。
白田:「豪華ですね~」
キーパー:ラウンジの壁の一角に立体物を展示する額縁(立体額)がバーンと置いてあるんですけれども、そこに飾られているものを指して「これです!」と山櫻氏は言います。そこに展示されていますのが深緑色の球体です。直径が3㎝くらい、柑橘類(みかん)に似た形をしています。
須堂:「これは?」
キーパー:(山櫻)「大正から昭和にかけて活動した彫刻家、速水東風の作品『橘』です」彫刻の下に「速水東風 作『橘』」と書かれた紙が貼られています。守子が小さなアタッシュケースから勾玉を出して渡すと、山櫻氏は「わぁ! よく出来てまんな~!」と大喜びします。ここで皆さん〈アイデア〉ロールを。(コロコロ……全員成功)勾玉とこの有名彫刻家の作品である『橘』を等価で交換することに違和感を覚えます。
一同:そりゃそうだ。
須堂:勾玉は所詮復元品ですしね。
キーパー:復元品というのもありますが、物自体の価値の基準の畑が違わなくない?
白田:彫刻家の作品と、歴史的な遺物の交換がどうして実現するかってことですか?
キーパー:そうそう。今のところは違和感を覚えたというところまでです。ということで列車は定時に出発しますが、どのようなルートを通るかは皆さんには知らされません。

一日目

 探索者たち3人は4号車のスイート3部屋に分かれ、7号車のスペシャル・スイート2部屋はそれぞれ三宅守子と日下部美輝が、山櫻礼二は8号車のスイート1部屋を使うことになりました。
 列車は東北本線を走って、まずは宇都宮へ。宇都宮でスイッチバックして日光線に入ります。最初の停車駅は日光駅であることがここで明かされます。日光市内の小洒落た料亭で昼食(ゆば御膳)となりました。その後、世界遺産の二社一寺を参拝し、輪王寺の常行堂の後戸の神「摩多羅神」で鼓の音を聞いたような気がした探索者たちでした。
 夕方近くに日光駅へ戻り、再び列車は出発となります。


村雨:で、次の予定は?
キーパー:お待ちかね、ダイニングで夕食です。初日はフレンチです。列車は夜っぴて走って、宇都宮駅に戻って東北本線を北へ向かいます。食後はバー・カウンターで寛げます。
村雨:三宅守子に聞きたいことがあるのですが。
キーパー:美輝と山櫻氏は電車話で盛り上がっているので、ちょうど良いタイミングかもしれませんね。
村雨:「室井歴史民俗研究所としては、どちらかというと勾玉を持っていた方がそれらしいと思うのですが、なぜ『橘』なんていう美術品を手に入れたかったんですかね?」
キーパー:すると「あっ」というような、驚いたような顔をします。(守子)「すいません、このことは他言無用でお願いします。実は……『橘』が速水東風の作品だというのは、ウソです」
村雨:「え~、ウソ?」
キーパー:(守子)「はい。広い意味で言うと、贋作ということになります」
村雨:「ふふ~ん?」
キーパー:(守子)「広い意味で、と注釈をつけたのにはちゃんとした理由がありまして。実はあの『橘』は、古墳から出土した埋葬品なんです」
一同:「ほぉ~」
キーパー:(守子)「正式な名称は『橘』ではなく、「非時香果(ときじくのかくのこのみ)」といいます。非時香果はかつて白凰市の旧家に保管されていました。それが平成の初期に流出、売りに出されました。それを買い取った人間が、速水東風の作品として由緒書きと匣を贋作したのです。それ以降、速水東風作『橘』として何度か持ち主を変えて、現在に至っています」
白田:「はぁ」
キーパー:ここで皆さん、〈歴史〉ロールを。(コロコロ……須堂が成功)『古事記』や『日本書紀』の垂仁天皇の条に書かれているんですけれども、田道間守という人が、常世の国から非時香果を持ち帰ったという記述があります。持ち帰った時にはもう垂仁天皇が亡くなってしまっていたので、その墓の前で嘆き悲しんで田道間守も死んだ、と。“非時”は「時を選ばず」、“香果”は「香る木の実」という意味を表すと考えられていて、それは現代でいうところの「橘」を表すであろう、と。常緑樹である橘は永遠性、永続性のシンボルとされて、非時香果は不老不死の霊薬だったのではないかと考えられています。
白田:つまり……?
キーパー:聖書やギルガメシュ叙事詩、ギリシャ神話などにも登場する、いわゆる「生命の木の実」に当たるものです。日本ではあまり神話の中で語られるものではないですが、日本にもそれに当たるものがあったのではないか、という説があります。(守子)「このような経緯で、我が財団は非時香果が欲しかったのです」
白田:「なぜ、単純に買い取らずに、勾玉と交換なんていう手順を踏んだんですか?」
キーパー:(守子)「『橘』として列車に展示されることが既に決まっていたので、その代わりとなるものを用意できれば、交換に応じるというビジネスです」
須堂:復元にもお金がかかっているので、それで等価交換というわけですね。
白田:単純にお金という話か。
村雨:「復元品と贋作か」
キーパー:(守子)「我々にとっては本物です」
村雨:「……なるほど」
白田:「疑問は解消しました」
キーパー:(守子)「朝日の試運転が終わったら交換する約束になっています。くれぐれもオフレコでお願いします」以上で初日は終わりとなりますが、最後に皆さん〈アイデア〉ロールを。(コロコロ……須堂と白田が成功)部屋へ引き取りながら、ちらりと非時香果を見ると、少し色が変わっているように思えます。
白田:確か深緑色でしたよね?
キーパー:最初に見たときよりも、緑の色調が若干明るくなっているように思えます。
須堂:「照明の加減かな? 色が変わっていませんか?」
村雨:「え~? ……そうかなぁ?」



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