トンネル

鷲羽陽彦の陳述 壱



事の
 よう、久しぶり。ん? ああ、まぁこっちはそれなりだ。そっちはどうよ?
 ん? ああ、これか? 話すとちょっと長いんだけどな。

 オレの大学のサークルの後輩に相原織本城崎っていうのがいて……そうそう、相原織本は去年の夏にオレと一緒にちょっとした事件に巻き込まれた奴らだ。城崎は――あの時はいなかったな。
 で、何日か前らしいんだが、そいつらがまたちょっとした事件に巻き込まれたらしくてさ。
穂積 綾 オレらの入っているサークルに穂積っていう子がいるんだけど、その穂積が何日か前から連絡が途絶えている、と。連絡が取れなくなる前の日の電話で「論文の実地調査のために、知り合いと出かける」って母親に話していたらしくてな、まぁ知っての通り白凰市の警察は無能の集まりだから、穂積の失踪も重く見てなかったって訳よ。日数もさほど経っていないしな。で、たまたまその話を聞いた相原たちが穂積を捜してやろうって話になったっぽい。

 まず穂積の下宿に行ったらしいわ。元白凰ハイツ302号室って言ってたな。そう、去年の夏の事件現場。イヤな偶然だよな、まったく。……何らかの焦点かもしれないな。監視委に報告しておくか。
 それはさておき、奴らが穂積の部屋にあったノートPCを勝手に調べたら、書きかけのゼミ論文が見つかったらしい。「白凰流通産業史 千夜来鉄道が流通に与えた効果について」っていうテーマで、次章の「現在の千夜来鉄道――産業遺跡として」の冒頭部分までが書いてあったらしい。どうやら穂積は廃線になった鉄道の線路跡や駅舎を見て回るつもりだったみたいでさ、鉄道研究会の鉄ちゃん2人に繋ぎを取って案内役にするつもりだったらしい。穂積ってそういう事が得意なタイプでさ、自分がちょっと可愛い事を自覚していて、それを武器に使える子なんだよ。それに引っかかったのが鉄研の田岡河端っていう二人組らしい。
 メーラーには穂積田岡河端と交わしたメールが残っていて、実地調査の予定はそれで分かったんだが、どうも前日になって河端がどうしても外せない用事ができたとかで不参加になったっぽい。中止になったっていうメールはなかったから、多分穂積田岡の2人で実地調査を決行したんだろうな。
 それで、ここからが雲行きが怪しくなるんだけどさ、実地調査の翌日の夜と、その次の日の夜の日時で未開封のメールが2通届いてたんだよ。それが河端からのメールでさ、要するに「田岡と連絡が取れなくなったので、何か知らないか?」って内容なんだ。
 つまり、実地調査に向かった穂積田岡が2人とも行方知れずになっちまったって訳。相原は下衆ヤロウだから「若い2人の暴走」を疑ったんだけど、2人ともまったく連絡が取れなくなるっているのは明らかにおかしいからな。この線に絞って穂積と、ついでに田岡の行方の捜索を始めたらしい。


夜来鉄道
 知っているかとも思うが、穂積の調べていた千夜来鉄道ってのは1964年に廃線になっている。鬼別渓谷で伐り出される木材運搬のために敷かれた鉄道なんだが、後に客扱いも始めてそれなりに栄えた時期もあったらしい。食料品の鮮度を落とさずに輸送する事に定評があったそうだ。……この辺り、ちょっと怪しいと思わないか? 経営者は民俗学者から鉄道会社社長に転身した古森慶四郎って男だ。
 んで、輸送手段が鉄道から自動車に変わったせいもあって廃線になったんだが、ちょっと怪しい噂があってさ。「列車に乗ったまま次の駅に着かなかった客がいる」とかいうありふれた怪談なんだが、鬼別渓谷での遭難者・行方不明者の多さも手伝って、風説流布で客足が減少したっていう説もある。しかも千夜来鉄道の最後の日、つまり千夜来鉄道としての最後の列車は、機関車に社長夫妻とその息子、機関士、副機関士の5人が乗って発車したまま行方不明になっている。伐り出し二番口駅っていう駅から発車したのは確認されているが、次の山瀬駅には姿を現さなかったらしい。渓谷の断崖に沿った線路部分もあるから、そこで事故って谷底に転落したと言われているが、結局機関車の残骸は見つからなかったらしい。半年後に発狂した機関士が鬼別郡の山奥で発見されたけど、収容された病院で自殺したそうだ。未だに社長一家と副機関士は見つかっていない……。鬼別渓谷って昔から「天狗隠し」の怪談があるだろ? 遭難者が多くて、見つかっても既に発狂していたっていう、アレ。まぁ、鬼別郡の話だからオレたち護封には関係ないんだけど、興味深い話ではあるよな。


第三深山トン
 で、バカな後輩3人は鉄研の河端と連絡を取って、連れ立って鬼別渓谷へ穂積田岡を探しに出かけていった訳だ。社長一家の突然で不可解な失踪のせいか、千夜来鉄道の施設はちらほら残っているらしいからな。駅舎跡とか、線路の一部とか。
 まず伐り出し二番口駅へ行って、そこで連絡板に残された田岡の落書きを見つけたらしい。少なくとも田岡は伐り出し二番口駅に来たのは間違いないっぽい、と。次に山瀬駅へ行ってみたけど、ここに来た様子はない。じゃあってことで2つの駅の途中にある第三深山トンネルへ歩いて行ったんだとよ。
 トンネルの長さは200メートルくらい、緩やかにカーブしていて、入口から出口は見通せない構造。トンネルの中はヒンヤリとした空気に満たされていて、湧き水の細い流れがトンネルの両脇を濡らしている。この部分には線路が残っていたんだが、トンネル内の線路がぜんぜん錆びていなかったんだとさ。トンネルを一歩出ると錆びまくっている線路がだぜ? おかしいよな。
 懐中電灯を点けてトンネルに入っていって、中ほどまで来た時、線路に巧妙に隠された切替装置を見つけた。切替装置を操作すると地底から別のレールが現れて、同時にトンネルの内壁に大きな入口が開いた。現れたレールは内壁に開いた大きな入口の奥へと続いていて、誘われるように奴らは中に入って行ったんだとよ。



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