トンネル

鷲羽陽彦の陳述 弐



秘密の空
空洞と線路 奥は広大な自然の空洞になっていたんだが、その地面には複雑に交差しあう線路が敷かれていたらしい。線路沿いに空洞を探索していくと、聞いて驚け、なんと機関車が止まっていたらしい。しかもトンネル内の線路同様、不自然なほど錆びが浮いていなかったんだそうだ。鉄ちゃんの河端はこの発見に興奮しちまって、小躍りして機関車に乗り込んでガチャガチャ始めたそうだ。機関車は未だに稼働しそうな様子で、河端は捜索そっちのけで機関車の起動に没頭しちまったんだとさ。
 河端と別れた不肖の後輩たちは空洞の中央部で底なしの穴を見つけたそうだ。穴の縁には直方体の大きな石塊が意味ありげに置かれていたって事だが……ここも気になるな。穴の周りを囲むように線路が何本も行き来していて、その配置がまるで星型、つまり五芒星の印を描くかのようだったと織本は話していた。
 空洞をさらに調べていくと、田岡の死体とそれに群がる無数の地蟲、そしてその地蟲たちが重なり絡まりあって人型を成した怪物と遭遇したそうだ。城崎は一発で恐慌に陥っちまったってさ。でも、その蟲の化け物は奴らに「逃げろ」と警告して姿を消したんだと。
 ヤバめの城崎の手を引いて相原織本は探索を続けて、空洞の一角に建った不気味な平屋を発見したそうだ。こんな空洞に家を建てるってどんだけだよって話だが、それを言ったら線路もだからな。こんな事ができそうな人物って言えば……。ま、それも後で分かるんだけどな。


『千夜来疫神縁起』
 で、前置きが長くなったんだけど、その建物の中で奴らが見つけたのが、この古文書な訳よ。

『千夜来疫癘神縁起』
(ちやらいえきれいしんえんぎ)
 千夜来川流域の村々で疫病を蔓延させた疫神を僧侶が退治した顛末を記した古文書。僧侶は燃える疫神を退治し、熾火の状態で山中の底なしの穴(地獄へ通じる穴)に投棄したとされている。疫神は「毒虫を従え、緑に燃える体を持っていた」と記されている。
 日本語(古文なので読んで理解するためには<読み書き>の成功率1/2)、正気度喪失:1D3/1D6、<クトゥルフ神話>+4%、研究し理解するために6日間。
 呪文:≪疫癘神の覚醒/封印(トゥールスチャの招来/退去)≫、≪腐敗を遅らせる≫*、≪活力の蟲≫*、≪蟲を呼び集める(這うものの覚醒/創造)≫。

 同じ建物の中で手足を縛られた穂積を発見したそうだ。衰弱はしていたが、命に別状はなかったらしい。今は國大の付属病院に入院している。今日見舞いに行ってきた。
 で、その建物の奥座敷に、猛獣用の檻の中に捕らわれた、後輩たちが言うには「動くミイラ」を発見したんだそうだ! 男と女のミイラだったそうだから、おそらくは社長一家の誰かだろうな。後で分かるんだが、恐らくこの動くミイラが社長婦人の古森兼子とその息子・慶雄の成れの果てだと思う。ミイラたちとはまともな会話はできなかったそうだが――ミイラと会話しようとした後輩たちの肝っ玉を褒めてやってくれ――繰り返し「汽車を! 汽車を走らせて!!」と絶叫していたそうだ。この言葉が後々大きな意味を持ってくるんだが。


熾火守り人
 田岡の死亡を確認して、穂積の身柄を確保した後輩たちは、当然空洞から出ようとした訳だが、そこに一人の男が立ちはだかったらしい。事前の調査で写真を見ていたから分かったんだが、その男こそ千夜来鉄道の社長・古森慶四郎だったそうだ。生きていれば100歳になるはずの慶四郎氏だが、写真よりも若干年を取ったように見えるとはいえ、その姿は100歳には到底見えなかったと後輩たちは言っている。動くミイラと化した妻や息子と、不自然な長命さを手に入れた慶四郎氏との関連性に考え及ぶ事ができれば、そのカラクリを推察する事ができると思うけどね。どうして人は不死や延命にこれほど興味を持つやら……。四鴛の先々代頭首程の人物でも、その呪縛からは逃れられなかった訳だしな。

「知られたからには逃がさんぞ! 私はとぅーるすちゃの熾火を護っておるのだ!!」

 慶四郎氏はそう言って掴みかかってきたそうだが、おそらく肉体的には何ら不死身ではなかったんだろうな、相原の木刀の一撃で早々に退散したとよ。これを話した時の相原の自慢そうな顔は今思い出してもムカつく。
 退散した慶四郎氏は五芒星に敷かれた線路に囲まれた底なし穴の縁の、恐らくは祭壇の役目をする石の前で、両手を広げて不気味な詠唱を始めたそうだ。空洞内に響き渡ったその声は、どれほど不気味だった事かね。織本が覚えていた言葉をつなぎ合わせると、だいたい――

 いあ とぅーるすちゃ! 最下の洞より来たれる緑の炎よ! あい あい あい!

――って感じだったらしい。詠唱が終わるや否や穴の縁で緑の火がちらつき始めて、やがて炎の柱となって空洞の天井を焦がし、空洞全域を病的な緑に照らしたそうだ。


出、そして
 その時、SLの甲高い汽笛が空洞内に響き渡った! なんと! 河端が機関車の起動に成功したのだったっ! 河端スゲェ!!
城崎 龍一 古文書の拾い読みとミイラたちの絶叫から機関車を走らせる事で緑の炎――疫癘神――を退治できると踏んだ相原織本は、正気の危ない城崎にも手伝わせてポイントを切り替え、「正しい順路」で汽車を走らせる事にした。つまり、五芒星を描くように汽車を走らせるって訳だ。
 ま、結果から言うと奴らはそれをやり遂げた。ポイントを切り替えた後に、走る機関車に飛び乗るまでやってのけた。まるで生きているかのように線路に沿って追ってくる緑の炎を見て城崎が真の狂気一歩手前まで追い込まれたがな。振り返った時、緑の炎に焼かれようとするかのように線路内に飛び込んだ人影があったそうだ。それは奴らが空洞内で遭遇した蟲の集合体の怪物だったかも知れないな。そしてその正体は、かつて副機関士だった男だったんだろうよ。
 機関車は秘密の空洞から元のトンネルへと戻って、そしてトンネルの外へと抜けたんだそうだ。緑の炎はまるで空気の壁に阻まれるかのようにトンネルからは出て来られなかったとよ。しかし、逆流して渦巻く炎の奔流の起こす衝撃でトンネルと空洞は崩落。全部埋まっちまったそうだ。
 線路も長く続いていたわけではないから、機関車は早々と脱線して横転、乗っていた5人は地面へ放り出されて大怪我を負ったそうだ。それでも生きたまま帰って来られたわけだから、なかなか悪運の強い奴らだな。城崎は体の傷よりも心の傷が深いので、しばらく休学して療養しなきゃならないだろうけどな。

 事件の後に警察がトンネルとその周辺を捜索したそうだが、建物の残骸と2体のミイラ、そして田岡の死体は見つかったが、底なしの穴と慶四郎氏、そして副機関士は見つからなかったそうだ。
 で、相原からこの『千夜来疫癘神縁起』を取り上げてきた訳だが、ざっと目を通してみたところ、どうやら空洞に敷設されていた線路は疫癘神――「トゥールスチャ」という存在らしいんだが――そいつを封印するための魔道装置として作用するように作られていたようだ。列車に乗る者の力を少しずつ利用して、封印にゆっくりと力を注ぎ込む機能を持っているらしい。これを考え出したのが古森慶四郎氏だとしたら、彼はなかなかの傑物だったという事になる。ま、今のは全部、文庫の隆道の受け売りなんだけどな。

 ――ああ、そうだな。少なくとも出発はトゥールスチャの封印にあったんだろうよ。でも長い年月をかけてゆっくりと精神を蝕まれていった。雨水が石灰岩をおかすようにな。そして出来上がったのは神秘的な鍾乳洞ではなく、狂える不死の魔術師・古森慶四郎だったって話だ。

 考えさせられるよな。自らの寿命を越えてまでトゥールスチャを封じようと思い立った古森慶四郎氏は「善」なのか「悪」なのか、ってさ……。(了)



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