嗤いゑびす



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キーパー:藁池君に案内されてなだらかな上り坂を進んでいくと、集落の家屋がなくなって、分かれ道にたどり着きます。右へ行くと、どうやらお堂にたどり着きそうです。左へ行った先には墓石が見えますね。
村雨:左は詣り墓ですな。先にゑびす堂へ行きましょう。
えびすキーパー:そこは海、港、集落が一望できる場所です。お堂自体は小ぢんまりとしたもので、数人が入れば一杯になってしまう程度の上がりこみ式の建物ですね。中には簡単な祭壇のようなものが作ってありまして、そこに古びた木造のえびす像が祀られています。
村雨:あの釣り竿と鯛を持った姿ですよね?
キーパー:そうです。そのえびす像の後ろには厨子のようなものが置かれていまして、藁池君によりますと、そこにゑびす石が収められているとのことです。
泰野教授:海から拾ってきた石だよね。なるほど。
キーパー:藁池君によると中に入って見学してもらっても構わないそうです。
須堂:では、中に入って写真を撮りましょう。
泰野教授:どうなんだろう、収められている品物は。比較的新しめ?
キーパー:木造のえびす像はそれなりに年季が入っています。藁池君によると、お堂自体は江戸時代には建っていたそうです。
泰野教授:ということは、江戸時代にはゑびす祭は成立していたってことになるね。
村雨:えびす像は一般的な姿形なんでしょうかね? 観察してみます。
キーパー:(藁池)「良かったら、手に取ってもらって構いませんよ」
泰野教授:「良いの?」大きさってどれくらい?
キーパー:両手でひょいっと持ち上げられるくらいです。めっちゃ笑顔の、全国で見かけられるえびす像ですね。
泰野教授:何か作成年月とか、書かれていませんかね?
村雨:背中とか、下面とか?
キリークキーパー:背中を見ると、梵字が彫られています。〈人類学〉〈オカルト〉ロールをしてください(須堂が〈人類学〉で成功)。これは阿弥陀如来を表す“キリーク”という梵字です。
泰野教授:阿弥陀如来の梵字?
村雨:阿弥陀の種子ですね。
キーパー:(藁池)「あ、そういえば……常島の年寄りは、“生きている間はゑびす様、死んだら阿弥陀様に世話になる”という言い方をします」真言宗の影響を受けているということですね。凪島の真念寺は真言宗のお寺とのことです。
泰野教授:「なるほどね。そういう影響を受けているのかもしれないわけね」
キーパー:えびす様と阿弥陀如来が同体という独特の形態なのかもしれませんね。あまり聞き慣れないケースですが、神仏習合はいろいろな形態がありますから。
 お堂の裏手はちょっとした崖になっているんですけれども、そこから水が滔々と流れ出ています。ここから村全体に広がっているようです。柄杓が置いてありますので、誰でもすくって飲めるようです。
泰野教授:ここか、水源は。じゃあ、せっかくなので水をいただいてみます。
須堂:そうですね。飲んでみます。
キーパー:軟らかくて、飲みやすい水です。
須堂:「美味しい。美味しいけど……おかしいなぁ」
泰野教授:「うん。なんで軟水なの?」
須堂:「火山性島嶼部で軟水とは……う~む」
キーパー:水温は冷たすぎず、温くもなくといった感じです。
須堂:「地下水なのは間違いないみたいですね」
村雨:「……どこから来ているんだ? この高台から、どうして軟水が出ているんだ?」
泰野教授:「島にとっては宝なんだろうけど……」

ライン

泰野教授:詣り墓の方へ行ってみましょう。
キーパー:高台で見晴らしが良いのはゑびす堂と同じです。ほとんどに「藁池家之墓」と彫られていますが、どの家の墓か分かるように「藁池」の文字の上に屋号を表す記号が彫られています。島の住民の詣り墓はすべてここにあるので、それなりの広さがある場所です。
村雨:この高台から見渡して、埋め墓らしき場所って見当たりませんかね? 広さのある空き地とか。
キーパー:見当たりません。見渡してみて、この常島には砂浜はなく、ゑびす石が拾えるような石の海岸しかないのが分かります。ここで〈ナビゲート〉ロールを(村雨が成功)。すべての墓石は、参拝者が西へ向いて拝むように立てられているのが分かります。
村雨:ってことは、埋め墓ってのはここから西にあるんじゃないですかね?
泰野教授:その可能性は高いよね。
村雨:それか、そもそもそんなものは無いのかもしれませんね。メタ的に推理すると(笑)
キーパー:墓地にも水が引かれていて、水を汲むのにも困ることはありません。ここで……そうだな、〈アイデア〉ロールを(須堂が成功)。すべての墓石の背面に梵字(キリーク)が彫られています。
須堂:ゑびす祭の当日までに真念寺に行って話を聞いてみたいですね。
村雨:確かにそれはあるんだけど、その暇があるかって話なんだよね。
キーパー:明日になれば“網”の爺さんの葬儀のために真念寺の住職がお経を上げに来ますけどね。

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泰野 加代子泰野教授:この後は通夜だよね。早めに行って、やることがあれば手伝います。
村雨:こう言っちゃ何ですけど、何の縁もないオレたちがギリギリ間に合うように通夜に駆けつけたって、意味ないですしね。せいぜいありがたく見学させてもらって、やれることがあれば率先して手を出しましょう。
キーパー:「遠くから来ていただいたのに、すみません」的な声をかけられますが、特に邪険にされるようなこともなく、アウェー感はゼロですね。藁池君によると、まわり神主の家以外は葬式に参加するそうです。今年は“下”の藁池家がまわり神主なので、それ以外の人たちが通夜には来ています。
泰野教授:なるほど。祭も近いし、穢れ的な意味でそうしているわけね。
キーパー:通夜自体は夕方くらいに弔問客がぼちぼち来るようなごく一般的なものですね。
村雨:特に目を見張るような奇習はないってことか。まぁ、本番は明日の葬儀でしょ。“角”の藁池家が引き上げるのと一緒に、お暇しましょう。
キーパー:“角”の藁池家に戻って、皆さん就寝します。