嗤いゑびす



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キーパー:では、いよいよ旧暦の10月20日に当たる11月27日になります。夜も明けないうちから、まわり神主である“下”の藁池家の人間が放生する魚を取るために漁に出かけて、夜明け前には戻ってきます。この日はまわり神主の家の者しか漁には出ないそうです。夜が明けるくらいの時間に、集落の人たちが浜辺に集まってきます。
須堂:200名前後ってことですよね。そこそこ賑わいますね。
キーパー:子供たちを中心に獲ってきた魚を渡して、海に放すという行事が行なわれます。それが終わると、神主装束を身に着けた“下”の藁池家の当主が出てきて、持ってきたゑびす石を「えいやっ」と海に投げ入れます。それから波に浸かって、海中にある石の中から手頃なものを拾い上げます。
村雨:次のゑびす石ですな。
泰野教授:おお、なるほど。
キーパー:その石を神主が軽く伏し拝むと、ぞろぞろと全員がゑびす堂へ移動し始めます。ゑびす堂に着いたら、それをえびす像の後ろにある厨子の中に納めて、五穀豊穣、大漁、商売繁盛を願う祝詞を唱えます。それが終わると神主が挨拶して、無礼講で食事が始まります。日が暮れるくらいまで飲み食いして、祭は滞りなく終わります。
須堂:特殊なことをやらずに粛々と終わる感じですか?
キーパー:えびす講でやることを概ねやっている感じですね。
泰野教授:昔ながらのお祭がそのまま残っていて、それはそれで貴重だよねってことくらいか……。
村雨:藁池君のお父さんに「これで一通り祭は終わりですか?」と聞いてみます。
キーパー:(清)「このまま三々五々解散して行って終わりです。まわり神主の家は後片づけも残っていますが」
村雨:ということは、ゑびす祭の夜の部は秘密なのか、あるいは“意識”されていないものなのか、どちらかですね。仮眠を取ってその時を待ちましょう。

ライン

キーパー:皆さんはスマホのアラームで仮眠から覚めますが、一緒にいた藁池君はほぼ同時にガクッと意識を失って、次の瞬間、虚ろな目をして立ち上がります。
村雨:「……これはきっと“網”の喪主と同じ状態だと思うので、無理矢理起こさない方が良いですよ」
泰野教授:「……そうね」
キーパー:そのままフラフラと歩いて家を出て行きます。ほぼ同時に、藁池君の父母も同じ虚ろな状態で家を出て行きます。外に出ると、集落の人間がぞろぞろと、一様に虚ろな表情をしてゑびす堂の方へ向かって歩いています。
村雨:ギョッと目を見張るけど、まぁ、予想通りですね。“網”とか“下”の藁池の人間がいるかどうか、分かりませんか?
キーパー〈幸運〉ロールをしてみましょう(村雨が成功)。はい、“網”も“下”もいますね。
村雨:了解です。葬式と祭に因果関係はなさそうだな。
キーパー:前夜と同様、水の流れが止まっています。誰もあなたたちに注意を向けません。皆黙ったまま、坂を上がっていきます。
泰野 加代子泰野教授:「……夢遊病者の群れみたいな感じね。紛れてゑびす堂まで行けそう」
須堂:では、紛れて行きましょう。
村雨:今度は崖の穴の中に入れるんじゃね? オラ、なんだかワクワクしてきたゾ!
泰野教授:(笑)
キーパー:ゑびす堂まで行くと、その背後の崖には、昨夜と同じ場所に穴が開いています。集落の人たちは躊躇うことなくその中へと入って行きます。
村雨:ラヴクラフトの「祝祭」みたいだな。我々も続いて入って行きましょう。
泰野教授:うん。
キーパー:中は細い通路になっていて、石階段が弧を描きながら下っていくのが分かります。下から来る赤い光がぼんやりと照らしているので、足下は辛うじて見えます。集落の人たちはぼんやりと階段を降りて行きますので、皆さんはそれに紛れて続いていく感じですね。階段は、どうやら螺旋状に下っているようです。
村雨:分かれ道がなければ、このまま続きましょう。水音とかは聞こえませんかね?
キーパー〈聞き耳〉ですね(村雨と須堂が成功)。確かに水音はしていますね。階段を下っていくと徐々に音が大きくなっていきます。そして階段と壁が交わる場所に細い溝が作られているのですが、そこを水が流れるようになっています。しかし、今、流れは止まっています。
須堂:「え? ということは、普段は階段を上へ逆流しているってこと?」
キーパー:そのように推測できますね。
村雨:「そんな馬鹿な。エッシャーの絵じゃあるまいし」
キーパー:ということで正気度ロールです。
泰野教授:失敗、失敗!(泰野教授は正気度を1ポイント喪失)
キーパー:階段を下へ降りていくにつれて赤い光は強さを増してきます。最終的にたどり着くのは洞窟のような空間で、広大な水域を前にした岸辺です。潮の臭いがしませんので、どうやらそれは真水のようです。
村雨:この水がゑびす堂の裏から流れ出ている水か?
泰野教授:へぇ~。
キーパー:水の向こう岸には靄のようなものがかかっていて見通せないのですが、そちらから赤い光が射しているのだけは分かります。岸辺についた集落の人たちはひざまずいて、手を合わせて「なんまいだー、なんまいだー」と唱和を始めます。
村雨:真似して膝をついておきます。
泰野教授:紛れましょう。
須堂:手も合わせておきます。
埋め墓に潜むものキーパー:唱和は洞窟内でこもって反響し、どんどん大きくなっていきます。やがて、光の方からこちらに向かって、結構な数の何かが近づいてくるのが分かります。
泰野教授:「おぉ」
キーパー:近づいてくるものは、なんだかぼてっとした、膨らんだ人間大のものです。
泰野教授:「おぉ?」
キーパー:近づいてくると分かりますが、そのぼてっとしたものが何で膨らんでいるのかというと、水死体だからです。
泰野教授:「おぉっ!?」
キーパー:辛うじて髪の毛を張りつけたようなブクブクに膨らんだ無数の水死体がこちらに迫ってきます。正気度ロールです(泰野、村雨が正気度を2ポイント、須堂が3ポイント喪失)。
村雨:「ヒッ!」って感じ。
キーパー:やって来た水死体の多くは水の中や水辺にたたずんでいます。集落の人たちは家ごとに固まっていますが、その家ごとに1体ずつ、水死体が岸に上がって立ちます。
村雨:“網”の家の前に進み出た水死体は、昨日葬式上げたあの爺さんじゃないですか?
キーパー:その通り。“網”の家の前に立っているのは、まだそれほど膨らんでいない死体です。藁池君の実家の“角”の藁池家の前に立っているのは、膨らみかけていますが、まだ博君や清さん(父親)の面影がある女性です。
泰野教授:去年亡くなったっていう、父方のお婆ちゃんでしょ。
須堂:なるほど。
キーパー:ここで〈聞き耳〉ロールです(泰野、須堂が成功)。成功した人には分かりますけれども、赤い光が差してくる方向から嗤い声が聞こえてきます。「ワッハッハッハッハッハ……」声はだんだん近づいてきます。〈聞き耳〉に失敗した村雨さんも声に気づきます。その嗤い声は、大きくなっていきます。
須堂:近づいてきている?
キーパー:「ワーッハッハッハッハッハ!」と声が近づいてきたかと思うと、ボコボコボコっと水面が泡立ちます。と同時に、急に濃厚な潮の香りが、皆さんの鼻を突きます。水面は沸騰したのかと思うくらい泡立っていって、それが徐々に何かを形作っていくことに気づきます。
須堂:ん?
キーパー:それはやがて、目の前に広がる水面いっぱいの人の顔になります。
村雨:……えびす顔?
嗤いゑびすキーパー:まさしく、えびすの顔です。それがザーッと音を立てて、起き上がります。「ワッハッハッハッハッハッハ!」と大口をあけて笑います。その嗤い声は、集落の人たちの「なんまいだー」の唱和をかき消すくらいに大きなものです。同時に、えびすの後ろから赤い光が後光のように射します。正気度ロールです。
泰野教授:ですよね~(泰野と村雨が1ポイントずつ、須堂が2ポイントの正気度を喪失)。
キーパー:しばらくは耳を聾せんばかりの嗤い声が、ひたすら洞窟中に響き渡ります。「ワーッハッハッハッハッハ!」とひとしきり笑うと、顔は突然ザっと崩れて水になり、ザバーッとすごい飛沫が上がります。皆さんもその飛沫を浴びますが、その時には潮の香りは一切しません。
一同:「……」
キーパー:飛沫が落ちると同時に、水死体が一瞬にして姿を消します。集落の人たちは全身ずぶ濡れになりながら「なんまいだー、なんまいだー」と唱和を続けている状況です。赤い光は薄くなっていって、ぼんやりと照らすくらいに弱くなります。そして集落の人たちは立ち上がると、元来た階段を戻って行きます。
須堂:紛れて階段を昇っていきます。これで残ると戻れなくなる可能性が……。
村雨:そうだな。誰も困っていない以上、何かに命を張る必要はないな。
泰野教授:うん、うん。

ライン

キーパー:階段を登り切って穴から出ると、集落の人たちは解散して家に戻って行きます。皆さんを含めて全員が出ると、穴はスッと閉じて、再び水が流れ出してきます。
村雨:「あそこが埋め墓だったってことですか」
泰野教授:「まぁ、埋めてはいないけどね」
キーパー:ある意味、水葬(?)なのかもしれませんね。
泰野教授:……どのように論文に書こう? 埋め墓は不明? 特定にまでは至っていないって感じかな~。