二日目 グリーン島半日ツアー


 二日目の午後からはグリーン島というところに行くことにした。

 グリーン島とはケアンズの西、グレートバリアリーフに存在するコーラルケイ…つまり、サンゴで出来た島である。660m×220mとあまり大きな島ではないが、それだけに「小粋なリゾート」として非常に人気がある島である。コーラルブルーの海、珊瑚で出来た何処までも白い砂浜、海の色を写す様な、抜ける様な蒼い空。美しいサンゴ礁に囲まれたその島は、まさに「天国に一番近い島」と呼んでも過言ではない。


 そう。二日目は、厳しい日程だということは分かっていた。しかし、計画当初はツアーではなくて現地での飛び込みでも良いから、やっぱりオーストラリアに来たからには海に出て、珊瑚礁まで行って、グレートバリアリーフを堪能したい…と思っていたのだ。現地職員の「半日ツアーなら大丈夫ですよ、やっぱりオーストラリアですもん、海は見ておかないとね」という言葉にも後押しされ、到着後の打ち合わせ時に申し込んでおいたのだ。

 集合は、ケアンズインターナショナルからほど近いリーフターミナルに12:45。13:00発の高速船に乗り込み、45分のクルーズの後、我々はグリーン島に到着し、リゾートを目一杯楽しむ…ハズ…だった。


←Back Next→

なみのぉ〜たにまにぃ〜いのちのぉ〜はなぁぁがぁ〜〜!!
ザッパァァ〜〜〜〜ン(効果音)



 違うよ!!なんか違うよ、父さん!!
 嵐だよ!!時化だよ!!高速船、激しく揺れまくってるし、ガラスには波しぶきが掛かりまくってるし(*1)、風は渦巻いてるし!!リゾート気分じゃないよ、これは、リゾートじゃないよ、むしろ

日本海の荒波に乗り出す漁船だよ!!
う…うぷっっ、おげぇぇぇぇぇ…


 あ〜〜〜…なんか、アレですな、ほら、海をなめてましたかワタシらみたいな。いやまさか、あんなに荒れるとは思ってなかった。多少迷いながらもリーフターミナル(*2)に到着し、現地民などに桟橋の場所を聞きつつ、船(*3)に乗り込み10分。
 もともとこの日は朝から小雨の当たる日であり、風は海辺だけに割と吹いてる日ではあったが、JTB現地職員の「大丈夫ですよ、陸と海では天候が違いますから、向こうは昨日は晴れていたと聞いてますし」の言葉だけを頼みに、希望を抱きつつ乗船したわけだが。我々の目の前には、すでにコーラルビーチと紺碧の青空とエグイ水着のねーちゃん達の群れが展開されていたわけだが。


確 か に 、 現 地 職 員 の 言 葉 は 当 た っ て い た 。


 陸とはレベルの違う風雨。容赦のない雨つぶてと船体を横殴りに揺らす暴風、そして荒れ狂う波。大自然の猛威の中で木の葉の様にきりきり舞い踊らされる高速船。上下の激しい揺れ、内臓とその内容物が激しく体内でシェイクされる。頭はすでに思考力を失いつつある。ただただ、体の奥深くから突き上げてくる"衝動"に耐え、ひたすらこの時間が過ぎ去るのを待つのみ…





  無  理 。


(季語がないとかつっこまない様に。)


 鏡に映した時の自分が、「信じられない量の汗」を掻いていることにちょっとおののいた。まぁ、その後今度は逆に「一切汗が出てこなくなった」事の方が怖かったけど。この汗っかきのオレが汗を掻かなくなるほどに、この時は体調が悪かった。

 しかし、そんな中でも現地民はグースカ寝ていた(*4)と言うんだから、さすが…と言うべきか。寝てしまえば酔いも大したこと無いんだろうけど、オレは寝付きが悪く寝る前に酔ってしまった。




(*1)


(*2)

(*3)

(*4)

 何とかグリーン島に着いた。

 実は、この後オレはグラスボート(そこがガラス張りになっているボート)で、珊瑚礁を楽しむ予定になっていた。ただでさえ気分が悪くてもうヘロヘロなのに、さらにこの嵐の中、そんな小さな船に乗るって!?冗談じゃない。さすがにキャンセルして、普通に歩いて上陸することにした。後で聞くと、この時のオレは「顔面蒼白で一目で尋常じゃない様子と分かる」状態だったらしい(笑)。出国前からひいていた風邪による体調不良に睡眠不足、またもろもろのストレスが重なって、最悪の体調だったのだ。

 上陸して暫くの間は、オープンカフェテラスみたいなところで休憩をしていた。少し休むと気分も良くなり、次第に回りに目をやる余裕も出てきた。
 島全体を覆う緑は、完全に「熱帯雨林」といった感じの植生でむしろ雨がよく似合う(*5)。晴れたら晴れたで勿論美しいだろうとは思うが、熱帯雨林と言えばスコールが付き物だ。そういう意味では、少しだけホッとした。鳥が多いのも印象的だった。恐らく観光客の食べこぼしを狙ってきているんだろうが、大きな鳥がすぐ近くまでやって来て(*6)、こちらの目を楽しませてくれた。
 面白かったのは、雨が降っているというのに、あまり皆が傘を差して歩かないことだ。日本人は比較的傘を差しているのだが、豪州人はほとんどの人が濡れみずくで歩いている。確かに彼らはそのほとんどが水着を着ていて、「てやんでぃバーロィ雨が何だってんでぃ水に入るんなら一緒じゃネェかこちとら生粋の豪州っ子でい!!」とばかりに闊歩していたわけだが…しかしおまいさん、この嵐の中、それはバカンスではなくて「修行」と云うのでは…?

 さて気分も良くなりそろそろグリーン島内の散歩にでも出てみようかな…と思っていた矢先、上陸してきた家族達と出会った。数名、顔色が悪い…やはりグラスボートはキツかったらしい。その数名と入れ替わる形で、先行したうちの父を追う形で、我々もグリーン島内散策に出かけた。
 前述の通り、グリーン島は小さい島なので周囲を一周するにもそう時間がかかるものではない。また島内には散策用の道(*7)がちゃんとあるので、そこを歩いていけば熱帯雨林を楽しみながらちょっとした散歩が出来る仕組みになっている。


 晴 れ た 日 な ら ば 、 と い う 話 で あ る 。


 途中から自分のペースでどんどんある行ってしまう父親を捜しつつ、オレときば、そしてウチの家族(母親&姉二人)も島内散策を始めた。最初こそ順調な道のりだった。島内の散策路を歩きながら、熱帯雨林の説明の書いてあるボードを読んだり、雨宿りをしている鳥(*8)を見つけて楽しんだり…と、会話を楽しみながら雨の降り続く林の中を歩いていった(*9)

 突然、目の前が開けた(*10)

 海が、海が見えるよ、兄さん!!…ただし、眼前に横たわるは荒れ狂ったコーラルシー。
 この時、我々は決断を迫られていた。このまま進むか、今までやって来た道を引き返すか。道を引き返す。それは安全な選択肢だ。何故なら、其処には道がある。今まで辿ってきた道が其処に在る。雨も風も、熱帯雨林が優しく防いでくれていた。心配しなくても、父親のことだからちゃんと戻ってくるはずだし、それほど大きな島でもない。
 …そう、大きな島じゃないんだ。だから、このままの道を進んでもそう時間はかからないだろう、とは思う。何より、オヤジがこの先にいる!!この先に居るんだ!!過去を振り返っちゃ行けない!!ボク達は、未来へと足を踏み出さなくちゃいけないんだ!! ただし問題もある。こっちはオレを除いては全員女性のみ。しかも、ここから先は雨風の吹きさらしの中を進むことになる。自分達が何処まで来ているかも良く分かっていない。乗船時刻もそう遠からずやってくる。何より、

 道 が な い 。(*11)


 ここから先にあるのは先の見えない砂浜だけだ。小さい島なのでRがきつく、その先がどうなっているか見当が付かないし、普段であればきっと「ほぉぉ〜〜〜ら、ジョニィ〜、つかまえて御覧なさ〜〜〜いぃ」「ハッハッハ待てよキャサリ〜ン、そんなに走っちゃ危ないぞぉぉ〜〜」(以下胸くそ悪くなったので省略)という痴態を恥ずかしげも無くさらしているであろうカップル達が闊歩しているコーラルビーチも、まさに日本海の海岸を思わせる様な波の打ちつけっぷりである。しかも満潮。違う、これは選んじゃいけない道だ…

 人だよ、人が前からやって来るよ、兄さん!!

 豪州人達が雨の中を猛然と突き進んできた。何をやっているんだこの豪州人達は、何が楽しゅうてこんな嵐の中をビーチ散策などしとるねん…多分向こうもそう思ったんだろう。負けられない。ここは日本代表として、この日豪対決を退くわけには行かない。もはや、突き進むのみ。

 「ヨシ、行くぞ!!人が来たと言うことは、道は其処に在る!!

 無いんだってば、道。

 今思えば、無謀だったかな〜、って思うよ。エヘヘ。
 吹きすさぶ雨と風の中、打ちつける波を避けつつ我々は歩いた。砂に足を取られ、波に濡れて滑る石の上を慎重に乗り越え、流木に上り枝を掻き分け前に進んだ。すでに傘は意味を為していない。ズボンは皆一様にぐっしょりと濡れ、上着も鞄も雨に濡れている。小さい折り畳みの傘では全てをカバーしきれないし、気を抜くと風に傘が壊されてしまう(*12)。此処は何処だ。我々はグリーン島にバカンスに来たのではなかったか。リゾートに珊瑚礁を満喫しに来たのではなかったか。なぜ、南半球の雨風に打たれサバイバル体験をしているのだ。修行か。これが修行なのか。さすがの荒行に、皆口を閉じて黙々と、ただひたすら人の気配を求めて歩いた。

 行く手にコンクリートで出来たヘリポートが見えた時。我々は思わず叫んだのだった。


「人工の建造物だよ!!人が居る証拠だよ!!」


…アタリマエだ、とつっこみたいところだが、分かってくれ、本当に辛かったんだ…(涙)。





(*5)
(*6)
(*7)
(*8)
(*9)
(*10)

(*11)

(*12)

 ヘリポートの先は、さすがに道が続いていた。もちろん、船が出てしまったと言うこともない。

 実質はトドマンガのとおり、40分程歩いただけだったのだが、我々にとってはもっと長い時間に感じられた。「生きてるって素晴らしい…」思わずそう思ってしまった。島のレストランに設置されているクリスマスツリー(*13)の、ノンビリさ加減を目にした時などは思わず心からの安堵の溜息をついたほどだ。生きることの感謝は死の実感から湧くということだろう。ひょんなところで生命の素晴らしさを味わってしまった。もしかしたら、この嵐は普段、生きるということに関してあまりにも無頓着になりすぎている我々人間に、神が与えたもうた試練なのだろうか…!?もしかして、そんな神の御意志を感じ取れるって事で「天国に一番近い島」って事なの!?そうか、そういうことなのね!!


…先程のカフェテラスに戻ったら、きばの方の家族と、ウチの父親が居た。うちの父は義弟と一緒に島を回ったらしい。超が付くほどの行動派な二人にとっては、この程度の風雨はものともしなかった様だ。さらにテーブルに目をやると、わずかな時間の間に、義弟はスパゲッティを平らげていた…後で書くが、基本的にオーストラリアンサイズというのはとてつもなくデカイのである。彼は、神の御意志とは関係無しに、自分の意志で、自分のペースで動いていた。


"神の御力は、等しく人を幸福にするであろう"


…自分で充分シアワセなヤツは、神が云々に関係なシアワセや、っちゅーことやね!?

 しかし、楽しかったのは楽しかった。多分、普通にグリーン島に行っても経験出来ない体験だったと思う。天候は良いに越したことはないが、時としてこういう悪天候の中で皆が協力して動くのも楽しい。「忘れえぬ経験」の一つに、なったのだろうと思う。



 帰りの船は、酔い止めと疲れの相乗効果で寝てしまった。気づいたら港近くまで戻ってきており、酔わずに済んだ。もう雨も上がっており、生暖かい夕方の風が冷めた体に心地よかった。皆の心も落ち着いたのか、桟橋近くの綺麗な植物の前で記念撮影をしたりしながら、一日目のオーストラリアの夕方を楽しんだ。
 また、夕食にはワニの天麩羅やカンガルーのしぐれ煮、エミュのたたきなどを頂いた(*14)。特にカンガルー。これは美味い。是非オススメ。ワニも本当に鶏肉の様な味がした。みんなでワイワイとオーストラリアの味に舌鼓を打ちながら、明日からのツアーにめいめい思いを馳せつつ、長かった一日が終わった。


←Back

(*13)

(*14)