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| 触れた唇は薄く、柔らかかった。 舌先でなぞれば、素直に開いてサンジを受け入れる。 ちゅ、と湿った音がして、どきりと胸が鳴った。 息を継ぐのももどかしくて、何度も何度もゾロの口腔を探ってみる。 歯列を割り、ざらりとした舌の表面を辿り、濡れた上あごまで丁寧に舐めて──舌先をつつくように触れ合わせると、ゾロが小さく声を上げたので、しつこくそこを攻めたら、いい加減にしろ、と赤い顔で怒られた。 そんな様子も可愛い、なんて。 潤んだ瞳につられて滑らかな頬に手を添えると、ゾロは戸惑ったように俯いた。 「──あー、えっと……ここで……?」 吐息のような微かな声にはためらいが滲んでいる。多分それは、10代の子供のように性急なサンジのせいではなく。 「悪い、そうだよな。──どっか行こう」 どこか──どこでもいい、もっとあの男の気配が薄い場所へ。 それは嫌悪や反発ではなく、むしろ羞恥に近い感情だった。 そう、父親の前で想い人と触れ合っているかのような。 「……そっち……」 俺の部屋だから、とゾロは小さな声で言って、隣へ続く襖を指した。 薄闇の中、襖の合わせ目から隣室の灯がこぼれている。 その微かな光を頼りに、ゾロはサンジを見上げた。 部屋に入ると、布団を敷く間も惜しむようにサンジに抱き寄せられて、臥所に横たえられた。灯を点けるなと言ったのは自分だったが、半分埋った視界では相手の表情を窺うのも難しい。 ただ、触れてくる掌の熱と、間近で聞こえる吐息の熱さが少しだけゾロを安心させた。 「ゾロ」 低い、耳触りの良い声がゾロの名を呼ぶ。サンジ、と言いかけた声は相手の唇に奪われた。 苦い煙草の香りに胸がつまる。 家族──無論それは、法律の下に許可を必要とするような関係を指したのではなく──にならなれるかもしれない、とそう言った男はひどく優しい仕種でゾロに触れてきた。 それだけで、身体が熱を帯びる。 信じられない。 今日会った相手と、こんな風に。 誰かとこんなに近く身体を寄せたのはひどく昔の話で、一番最近の記憶と言えば、冷えたミホークの身体を抱きしめるように棺に移した時のことになる。 それを思いだした途端に、言い様のない不安に襲われて、ゾロは慌ててサンジの身体に腕を伸ばした。 シャツの襟から手を滑り込ませると、細く見えた首筋の脈動を探る。 押し当てた場所から、確かな生命活動が伝わってきて、ゾロは安心のため息を漏らした。呼吸を確かめるように唇に触れる。サンジが微笑むのを指先で感じた。 「ちゃんと生きてるよ」 「……サンジ」 「大丈夫」 何が、とは言わずに、ただ「大丈夫」と繰り返す男をひどく滑稽だと思い、そして、愛しいと──思った。 本当は。 「──本当は、お前を見るのは初めてじゃないんだ」 「ゾロ?」 「息子がいるって聞いて、それで……あの、店に」 行って何をしようと思ったわけではない。 ただ、どんな奴なのかと、好奇心だけに押されるようにして、ゾロはサンジの働くレストランに足を運んだ。コックだというから、表からでは姿を見ることはできないかとも思ったのだけれど、その日、彼はフロアで接客に当っていた。 通り沿いの大きなウインドウ越しに見えたのは、ピンと延びた背中と恭しく皿を運ぶ腕と、金色の髪。 白いシャツの似合う細身の身体にも、どちらかと言えば甘く見える面ざしにも、彼に似たところは見当たらなくて、ほんの少し意外に思ったのを覚えている。 そう告げれば、サンジはひどく驚いた。 「うっそ……マジで?あれ、三年ぶりくらいにフロアに立った日だぜ?インフルエンザが流行ってて、フロア係が二人倒れてさ」 接客しろ、ふざけんなオレァコックだ、と朝っぱらからゼフと怒鳴り合いの喧嘩をした挙句のことだった。フロアの手が足りないのは確かだったし、コックの中ではサンジが一番適任なのも本当だったから(頑健な者ばかりが集まっているせいか、料理人たちは全員元気だった)、最終的にはしぶしぶながらも表に回ったのだったが、それまでに「風味付け」の青あざを、お互いに三つばかりこしらえた。 あの親爺さんらしいな、とゾロは笑った。 「お前、客に向って何か言ってた。すごく、誇らしげな顔して。よくわかんねェけど、すげェな、と思った」 身振りまで交えて客に何かを説明しているサンジは、しっかりと前を見据え、自分の道を歩む者の顔をしていた。 己のしたいことをちゃんとわかっていて、そのためにするべきことを知っている。 ゾロはそのことにとても満足した。 「入ってきた?」 「いや。お前のこと見れたし。あんなとこに入れるカッコしてなかったし」 「入ってくれば良かったのに」 うちの店はそういうの全然気にしないぜ、大体コック連中からしてめちゃくちゃガラが悪いんだ、ランチならその辺で食べるのと全然値段変わらないし、そりゃラーメンとかよりは高くつくけど。 薄闇の中、抱きあったままでそんなことを一生懸命説明するサンジがおかしくて、ゾロは咽喉を鳴らして笑った。 「そんなこと、今言われたってしょうがねェよ。何でそんな必死になってんだ」 「だって」 あそこはサンジの城だ。 否、もちろん城主はゼフだけれども、でも、あそこはサンジのテリトリーだ。 サンジの中の、一番神聖で大切な部分は全てあの場所に収められている。 ――多分、ゾロにとっての道場がそうであるように。 『バラティエ』という場所ではなく、そこに付随する全ての意味を含んだエリアに、ゾロを招き入れたかった。 だって、ゾロ。 「……オレを見て欲しいよ」 傷口に触れないように気をつけて、そっと額を合わせてみる。 あの人のことを忘れろなんて言うつもりじゃないけど。同じくらいでいいから、オレのことを知って、オレのことを見て欲しい。 「……見てる」 ここにいるのはお前じゃねェか。 ゾロの手がサンジの髪をくしゃりとかき回した。 その仕種に励まされて、薄い唇に口付ける。 滑らかな肌に指を這わせると、ゾロは震えるような吐息をもらした。 「……っあ……」 分け入るように身体の中に押し入ってくるサンジに、ゾロはきつく眉を寄せた。 何とか衝撃をやり過ごそうとして、二度三度頭を振り、浅い呼吸を繰り返す。 サンジも精一杯気を配っているのはわかったけれども、それでどうにかできるほどの簡単な苦痛ではなかった。 否、ただの痛みならば、耐えることは簡単だったが。 慣れない箇所の慣れない痛みに、既に散々煽られた快楽で緩みきった涙腺から、生理的な涙が零れ落ちる。 サンジは少し驚いたようだったが、今さら行為を中断することはできなかったし、それはゾロにしても同じだった。 「ご……めん」 「……ぃ……っ」 平気だ、と言いたかった言葉は、小さな悲鳴に取って代わられた。 視界の効かない薄闇の中で、自分のものであるはずの身体も声も、何一つ自由にならないまま、全てサンジの行動に委ねられている。 お互いを傷つけあうぎりぎりのところにある行為は、けれども確かに相手を想い合ったが故に成り立っているのだ。 「は……いった……っ」 「い…っ!う、ごくな!ちょっと待……っ」 サンジが少し身体をひねっただけで、ゾロには多大な負荷がかかる。 それでも、一度収まりきったことで、どちらにも少し余裕ができた。 「……待ってくれ、少し……」 ゆっくりと大きな呼吸を繰り返して痛みを散らせようとする。 サンジがひどく真剣な顔で見下ろしてくるのがおかしかったが、今はとても笑う余裕はなかった。 「――サンジ、もういい」 何とか体が馴染んだところで、ゾロはそう言った。 動いても、いい。 「……ほんとに?」 こくこくとうなずいて、ゾロは目を閉じた。 真っ暗な視界の中で、サンジと触れ合ったところだけが赤く熱を放っている気がする。 どちらのものともわからない呼吸は蒸気のように熱を帯びて部屋を満たしていく。 サンジに点された炎はじりじりとゾロの身体を侵食し、全ての思考を焼き切った。 何度も何度も声を上げ、限界まで押し上げられては失墜する。 やがてその熱が指の先まで行き渡ったところで――ゾロは意識ごと闇の中へ落ちた。 |
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