春ある国に生まれ来て-3》
「ゾーロせんせー!!」
せぇの、とご丁寧に声まで揃えて縁側からのぞいた幾つもの小さな影に、一体何がおこったのかとサンジは思った。

バラティエを出てから1時間と40分程度。
サンジが連れて来られたのは、決して広大というわけではないが、どっしりとした佇まいの日本家屋だった。
市街から少し離れたそこは、代を重ねて住み着いている家が多いらしく、古びた家並みが軒を列ねている。
ほとんどの家が庭を備えていて、塀や垣根ごしに華やかな彩りが見て取れた。
彼の家も、しっとりと黒ずんだ柱や縁側、棟木などが経てきた時間を想像させる。
世話をするものもいないのだろう、その庭は他家のように色とりどりの花が咲き誇っているわけではなかったが、目にも鮮やかな黄色の花と、白い炎のような姿のいい木の花がわずかに彩りを添えていた。
女性に受けのいい切り花には詳しいサンジだけれども、こんなふうに地に根付いた花はよくわからない。
ただ、さして手入れもされてなさそうな庭に、力強く根を張った花は、なんとなくゾロに相応しいような気はした。
「散らかってるけど」
そう言って迎え入れられた家で、サンジは引き戸の玄関や、障子やふすまで仕切られた部屋を、物珍し気に見回した。
フレンチ主体のレストランであるバラティエはもちろん、住まいの方も洋風の造りだったから、こういったものにはあまり馴染みがない。
友だちの家にだって、畳や襖くらいはあったけれど、こうまで純粋の日本家屋に入るのは初めてだった。
畳の縁とか敷居って踏んじゃいけないんだっけか、と緊張していたら、気にしなくていい、とゾロに笑われた。

散らかっている、というゾロの言葉とは逆に、家の中は綺麗に片付いていた。
葬儀や何かのために慌てて片付けたという感じはしない。
多分、普段からこんなふうにきちんとしてあるのだと思う。
それは、「今どき珍しい」とゼフが評したゾロの礼儀正しさに見合うものだった。

それに。

(……シンプルな生活してんなー)

玄関にも、今通った部屋にも、廊下にも、余分なものが何一つない。
確かに男二人の生活なら、花を飾ったり、写真を置いたり、なんてことはしないだろうけれど、それでもこまごまとした嗜好品は増えてゆくものだ。
何がすごいって。
(オレ、まだテレビ1台も見てねェよ?)
一家に1台どころか、一部屋1台が当然になりつつあるこの御時世に、テレビを置いてない家があるとは。
いや、もちろん、どこかには置いてあるんだろうけれど、それが生活の中心に据えられているわけではないのは確かなようである。
「──すごく綺麗にしてんだな」
「そうか?物が少ねェから、そう見えるんじゃねェ?」
自覚はあるのか、ゾロは苦笑を滲ませた声でそう答えた。
「色々置くの、嫌いなのか?」
「いや?別にそうじゃねェけど……必要ないしな」
「……ふーん……」
ふと思いついて、サンジは一歩分の距離を空けると、仮想のフレームを組み立てて、その中にゾロと周りの景色を収めてみた。
物も、音も、色彩も、余計なものを全て排除した暮しは、決して貧相なイメージを与えるものではなく、むしろその潔さが目の前の青年によく似合うと思う。
この静かな空間で、ゾロと父がどんな風に暮らしていたのか、とサンジは思いを馳せた。
「どのくらい住んでるの?」
そう問うと、ゾロは微妙な顔をした。
サンジの意図を図ろうとするように、2、3度まばたきをして、首を傾げて見せる。
「ここにか?それとも、ミホークと、ってことか?」
「……ああ……」
無論、サンジとしては「ここに」のつもりであった。
ミホークと共にいた時間を訊きたいのなら、過去形で尋ねたに違いない。
「どのくらい住んでいたの?」と。
けれど、そうは受け取らなかったゾロに、わざわざそれを指摘する気にはなれなかった。
彼の中ではまだ、ミホークとの時間は途切れていないのだと思うと、胸の奥がきしりと鳴った。
そこには、大切な人をなくした者に対する憐憫や、その哀しみに対する同情、自分の父親のことでありながら、それを分かちあえないことへの申し訳のなさと言った、複雑な感情が収められている。
それから、何故か自分だけが取り残されたような、かすかな痛み。

──ここには結界が張られている。

そんなことを違和感なく思わせるのは、この家の経てきた時間の力だろうか。
ゾロとミホークの気配に満たされたこの空間では、自分は異質な侵入者のようだと思った。
(……って──何考えてんだ、オレァ)
それはむしろ当然のことであって、それを寂しいと思う方がどうかしている。
つまらない感傷を切り捨てるように、サンジは明るい声を出した。
「んー、訊ねてもいいなら、両方」
その言い方がおかしかったのか、ゾロは少し笑った。
「お前、気ィ使いだな」
「そっかぁ?」
別に普通だと思うけど、というと変わってるよ、と言下に否定の言葉が返ってきた。
「お前もそうだし……あの親爺さんも」
その困ったような笑い方に、サンジはゾロの胸中を思った。
至極当然のように訪ねては来たけれど、そこに俊巡がなかったはずはない。
恋人の息子と、義理の父親と。 例えゾロが女性だったとしても、友好的に迎え入れてもらえるとは思いにくいだろう。ましてやそれが同性の身では。
「……来たくなかった?」
「そういうわけじゃねェ。行くのが筋だと思ったしな」
ただ、やはり。
「ちっとはビビってた。……あんな風に迎えてもらえるとは思わなかったから」
難儀だったなァ、と労られて、本当に驚いたのだと言った。
「ミホークとは、19の時に会ったのが最初だった。ここへ移って来たのは、身体を壊してるってわかってからだから、2年くらい前だな」
「19……」
4年──実質は5年か。
19歳の時、自分は何をしていただろうかと思い出してみる。
高校を卒業して、専門学校に通いつつ、本格的にバラティエの厨房に出入りを始めた頃だ。
てんで半人前のくせに、早く一人前だと認めてほしくて、必死だった。
何だかんだとゼフともよくぶつかったものだ。
大人になったつもりで、けれども周りのこともろくに見えてないくらい、ガキだった。
父と出会った頃のゾロも、そんな風だったのだろうか。
「……お前が」
「え?」

一瞬、何かを懐かしむような表情をした後、ゾロはサンジに視線を戻した。

「お前が、一緒に来てくれて良かった。あいつも、喜ぶと思う」
「──そう?」

それはかなり疑問だと思ったけれど。 そう言ったゾロの表情がとても優しかったので、サンジは水を差すことがはばかられ、ただ曖昧に微笑んだ。

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