春ある国に生まれ来て-4》
音もなく開いた襖の向こうには、春の陽がいっぱいに差し込んでいた。
南に向いているであろうこの部屋は、疑いもなくこの家で一番居心地のいい場所に違いない。
柱よりも少し明るい色合いの文机や、きちんと背中の揃った本棚、鉄の取っ手のついた整理箪笥。 無駄な装飾がないのは相変わらずだったが、ここにはちゃんと生活の匂いがする。
整理箪笥の上には小さいながらもテレビとビデオが置いてあって、なぜかサンジは大いに安心したのだった。
「……一応、ミホークの物はほとんどここにあるけど……この家にあるものは、全部あいつんだから。何持ってってもいい」
「全部ったって……あんたの物だってあるだろ?」
好きにしてくれと言わんばかりのゾロに、サンジは驚いた声を上げる。
「俺のもんなんてほとんどねェよ。服とかと……あと、あれ」
「あれ?」
指の先には、布に包まれた何か長いものがあった。
「何、あれ?」
「竹刀──と真剣」
「真剣……刀?」
そうか、とゾロとミホークの繋がりを理解した。
「ああ……そっか。あんたも剣道とかやるんだ。それで知り合ったの?」
父親が、何とかいう流派の剣を学んでいたということは、聞かされていた。
コブジュツだかコビジュツだかしらないが、それはもう、話にならないほど圧倒的な強さだったということも知っている。
そう告げると、ゾロは「見たことは?」と訊ねてきた。
「んー?それはねェなあ。と、思う」
サンジの記憶にある限り、自分の身近に剣や竹刀があったことはないし、父親が刀を振るう姿を目にしたこともなかった。
「そうか。そりゃ残念だったな」
「?それって、残念に思うようなこと?」
「……あ……」
そうか、と首の後ろに手を当てて、ゾロは少しはにかんだ。
「悪ィ。興味ねェよな」
面映ゆそうなその仕草に、サンジはゆったりと笑顔を浮かべた。
まるで、ゾロの方が家族のようだ。
うっかりと友達に父親の自慢をしてしまった少年は、きっとこんな表情をするに違いない。
ひょっとして、ゼフの話をする自分も、こんな顔をしているのではないかと思い、サンジは慌てて首を振った。
「そっか。強かったのって、本当だったんだ」
身内の聞かされる話だから、多かれ少なかれ誇張が交じっているのだと思っていたけれど。
「……ってェか……負けるの見たことねェな。聞いたこともねェし」
自分の知る限り、ミホークは最強の存在だったのだとゾロは言う。
「闘ったことあんの」
「ああ。仕合であたったこともあるし……手合わせはずっと日課みたいにやってたから」
「……へ、へえ……」
その感覚は、サンジにはよくわからない。 好き合って一緒にいる相手と、何故わざわざ闘ったりするのだろうか。
わからないが、それがゾロにとって大切なことだったというのだけは、サンジにも理解できた。
それならば、父にとっても大切なことだったのかもしれない。
ゾロが、あんな風に誇らしそうにするくらいだから。
「勝ったことある?」
「…………いや」
「──一度も?」
返された答えは、わずかな逡巡を含んでいて。
サンジは更に問いを重ねた。
それは、何かの意図を含んだものではなかったのだけれども。
「……………………」
ゾロは苦しげに眉根を寄せると、泣き笑いのような表情でサンジを見返した。
「──ゾロ……?」
「本当は……一遍だけ、勝ったことがある。けど」
そのすぐ後に、ミホークは倒れ、一進一退を繰り返しながらも、結局もう一度剣を持てるほどに回復することはなかった。
「そんなん、勝ったって言わねェだろ?」
だから、勝ったことはないんだ。
そう、ゾロは言った。
「あいつはさ──俺がいつか──絶対倒してやろうと思ってたんだけどな……」
勝ち逃げされた、とゾロは唇だけで笑う。
その緩やかな曲線を見ながらサンジは、こいつは自分の想い人が亡くなったとき、ちゃんと泣いたのだろうか、と考えた。
他人の感情を簡単に理解した気になり、安っぽく憐れんでみせるほどサンジは馬鹿な男ではなかったけれど、受けた痛みを昇華できずに、いつまでも抱え込んでいるゾロを思うとたまらなかった。
「……あのさ……」
「ん?」
「……えーっと……」
何かを言いたい衝動に駆られて、とっさに口を開いてみたものの、続ける言葉を持っていたわけではない。
ゾロは真直ぐにサンジの言葉を待っている。
言いたい言葉は確かにあるはずなのに、適切な単語は何一つ浮かんで来なくて、サンジは金魚のように口元をぱくぱく動かした。
「サンジ?」
「あー……その……」
どうしよう、どうしよう、と無意味に両手を振って焦るサンジに、助っ人は思いがけないところからやってきた。
さっきまで静まり帰っていた庭先に、不意にわらわらと騒ぐ子供たちの声がしたと思ったら、
「いい?せぇの、だよ」
「うん」
という密やかな(けれど筒抜けの)打ち合わせが聞こえてきたのである。
4〜5人はいると思われる子供たちは、計画通り、リーダーの「せぇの」という合図に合わせ、
「ゾーロせんせー!!」
という、ヒヨコさながらの大合唱を披露したのであった。

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