春ある国に生まれ来て-5》
「────────」
ゾロはサンジと一瞬顔を見合わせた。
が、声の主たちに心当たりがあるのだろう、からりと障子を開いて顔をのぞかせた。
「どうし……」
た、と訊ねるゾロの声は、きゃーっ、という騒ぎにかき消された。
「ゾロ先生、ネクタイしてるーっ!」
「どうしたんだ、それ!」
「いっつもTシャツなのにー」
「でも似合ってるよー」
きゃらきゃらと笑い転げる子供たちは、全員が10歳前後だろう。
少年も少女もいたが、まだまだそんな区別は意味のないくらいの歳だ。
女性の声とはまた違う、さえずるような高い声に、サンジは目をぱちくりさせた。
「こら。お客さんの前だぞ」
そうたしなめられて、子供たちはぴたりと静まりかえる。
一番年かさらしい黒髪の少女が「こんにちは」と頭を下げると、残りの子供たちも順番に「こんにちは」とぴょこりとお辞儀していった。
よく行き届いた躾だが、なんだかカルガモの行列を思い出させる。
サンジはくすりと笑うと、軽く頭を上下させた。
「こんにちは。オレはサンジ。よろしくね」
さわり、と子供たちの列が揺れた。
おざなりでなく、きちんと対応されて少し驚いたらしい。
照れたような微笑みを交わしあって、どうすればいいのか、目混ぜで相談している。
再び口火を切ったのは、あの黒髪の少女だった。
どうやら、このメンバーのリーダーは彼女らしい。
「くいなです」
「ナミよ」
「ビビです」
「おれ、ルフィ」
「おれ様はキャプテン・ウソップだ!」
「お、おれ、トニートニー・チョッパー」
上が12歳くらいから、一番幼い様子のチョッパーが7、8歳くらいだろうか。
小さな少年は、くいなという少女の後ろで半分隠れるようにしている。
年齢も性格もバラバラのこの子供たちはいったい、ゾロとどういう関係にあるのだろう。
そんなサンジの疑問をくみとったのだろう、ゾロは通りの向こうの瓦屋根を指してみせた。
「あそこに、剣の道場があるんだ。そこの、くいなの家なんだけどな。そこで、指導員みたいなことさせてもらってっから……」
「ああ……みんな、そこに通ってるんだね?」
子供たちはこくりと大きくうなずいた。
見慣れない客が珍しいのか、子供たちは興味津々でサンジを見つめている。
サンジの方も、こんなに身近に子供を見るのは久しぶりだ。
見つめあった彼らに、ゾロが更に解説を付け加えた。
「そん中でも、生え抜きの問題児軍団だ」
「あっ、ひどい!」
「問題児じゃないもん!」
とたんに子供達からブーイングが上がる。
なるほど、礼儀は正しいが、生来の跳ねっ返りが集まっているらしい。
可愛らしい騒ぎに、サンジはくすくすと笑った。
「わかった、わかった。──それで?どうしたんだよ、全員揃って。何かあったのか?」
そう問うゾロの目は、柔らかく彼らを見つめている。
それは、やんちゃな子供たちに手を焼きながらも、彼らを慈しんでいる目だった
用件を問われて、子供たちは改めて居ずまいを正した。
もう一度、目線で相談を交しているが、今度はひどく真剣だ。
何かを確認したのか、うん、とうなずきあって、子供たちは二人の方へ向き直った。
「ゾロ先生……あの……」
くいなが何事かを言いかけたとき。
彼女のシャツを掴んでいたチョッパーが、ぺこっと頭を下げた。
「おれたちにおけいこしてくださいっ!」
はっ、とゾロが隣で息を飲んだのがわかった。
子供達もびっくりした顔でチョッパーを見ている。
当の少年は、またもじもじとくいなの後ろに隠れてしまった。

──先に動いたのは子供達だった。
「先生、稽古つけてください」
「お願いします」
「ゾロじゃねェとつまんねェぞ」
「先生」
口々に懇願され、ゾロは本気で困っているようだ
理由を問うように、くいなに眼を向けた。
「……パパは、行っちゃ駄目だって言ったけど……先生、もう一月も出てこないし……おうちでも剣を持ってないし…………私たち、心配で、それで」
うんうん、と子供達がうなずく。
ミホークが亡くなってから、ゾロは道場へは顔を出していないらしい。
あれこれと片付けるべきことがあったのだろうし、多分、精神的にも整理をつけなくてはならなかったのだろう。
そっとしておこう、というのは大人なら当然の判断で、無論それは子供達にも伝わっていたのだろうけれども。
大人の考える一ヵ月と、子供感じる一ヵ月では長さが違う。
とうとう待ち切れなくなって、殊更元気な6人組が斥候としてやって来た、というわけだ。
「……そうか……悪かった」
窓越しに手を伸ばして、チョッパーの頭を撫でると、えへへ、とはにかんだ笑顔が返ってくる。
ゾロも、ゆっくりと微笑んだ。
その笑みはとても優しかったが、何だかその分頼りなげに見えて、逆にサンジは不安になった。
「そうだな、明後日からは行けると思う」
週明けから、というゾロの提案は、けれど待ちくたびれた子供たちには通じなかった。
「えー?月曜日?」
「それまで来ないの?」
「今日の練習は??」
「明日はー??」
すぐ来てよ、とねだる子供たちを、少し厳しい顔で諌める。
「駄目だ。わかるだろ?お客さんがいるんだ」
「オレ、見てみたいよ」
「ほら、サンジもこう言って────え?」
驚いたように振り返るゾロに、サンジはにっこり笑って見せた。
「オレ、見てみたいな。あんたが剣道してるとこ」
「サンジ……」
「ほら、あの人のは見たことないし」
代わりに見てみたいよ、と言いながら、それは嘘だとサンジは思った。
父親の代わりなどではなく、目の前の青年が剣を振るう姿を見てみたかった。
あの真直ぐな背中は、きっとそうした時が一番綺麗なのだろうと、何の根拠もなく確信した。
頼れる賛同者を見つけて、子供たちはわあっ、とはしゃいだ。
「じゃあ行こうよ、先生!」
「サンジさんも!」
「早く早く」
縁側から引っぱり出されそうになって、二人は慌てた。
「ちょ、ちょっと待てって」
「待って待って、オレたち靴も履いてないよ」
「じゃあ玄関で待ってるから!」
「早くね!」
ぶんぶんと手を振って、子供たちは忙しなく庭先から姿を消した。
「やれやれ、あいつらァ……」
「慕われてる」
「遊ばれてんだ」
かりかりと頭をかきながら、ゾロは困ったように笑う。
「──変なこと言い出して、ごめん。でも、見てみたいのは本当だから」
神妙にそう言うと、ゾロも真面目な顔で見返して来た。
真直ぐなゾロの目線がほんの一瞬だけ揺らぎ、やがてゆっくりとまばたきをする。
その表面は少しも濡れてなどいなかったのに、何故かサンジは相手が泣き出しはしないかと心配した。
「────ん」
一音で承諾を示すと、ゾロは整理箪笥の引出を開けた。
ひと月ぶりだとは言いながら、そういった道具類はきちんと保管してあるらしく、ゾロは竹刀と着替えの入った袋を手をしただけで、「行こう」と言った。
外では地団太を踏まんばかりにして待ち構えていた子供たちが、笑顔で迎えてくれる。
両腕を引っぱって連れて行かれながら、サンジはゾロの表情の意味を考えていた。

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