|
|
||
| 「────────」 ゾロはサンジと一瞬顔を見合わせた。 が、声の主たちに心当たりがあるのだろう、からりと障子を開いて顔をのぞかせた。 「どうし……」 た、と訊ねるゾロの声は、きゃーっ、という騒ぎにかき消された。 「ゾロ先生、ネクタイしてるーっ!」 「どうしたんだ、それ!」 「いっつもTシャツなのにー」 「でも似合ってるよー」 きゃらきゃらと笑い転げる子供たちは、全員が10歳前後だろう。 少年も少女もいたが、まだまだそんな区別は意味のないくらいの歳だ。 女性の声とはまた違う、さえずるような高い声に、サンジは目をぱちくりさせた。 「こら。お客さんの前だぞ」 そうたしなめられて、子供たちはぴたりと静まりかえる。 一番年かさらしい黒髪の少女が「こんにちは」と頭を下げると、残りの子供たちも順番に「こんにちは」とぴょこりとお辞儀していった。 よく行き届いた躾だが、なんだかカルガモの行列を思い出させる。 サンジはくすりと笑うと、軽く頭を上下させた。 「こんにちは。オレはサンジ。よろしくね」 さわり、と子供たちの列が揺れた。 おざなりでなく、きちんと対応されて少し驚いたらしい。 照れたような微笑みを交わしあって、どうすればいいのか、目混ぜで相談している。 再び口火を切ったのは、あの黒髪の少女だった。 どうやら、このメンバーのリーダーは彼女らしい。 「くいなです」 「ナミよ」 「ビビです」 「おれ、ルフィ」 「おれ様はキャプテン・ウソップだ!」 「お、おれ、トニートニー・チョッパー」 上が12歳くらいから、一番幼い様子のチョッパーが7、8歳くらいだろうか。 小さな少年は、くいなという少女の後ろで半分隠れるようにしている。 年齢も性格もバラバラのこの子供たちはいったい、ゾロとどういう関係にあるのだろう。 そんなサンジの疑問をくみとったのだろう、ゾロは通りの向こうの瓦屋根を指してみせた。 「あそこに、剣の道場があるんだ。そこの、くいなの家なんだけどな。そこで、指導員みたいなことさせてもらってっから……」 「ああ……みんな、そこに通ってるんだね?」 子供たちはこくりと大きくうなずいた。 見慣れない客が珍しいのか、子供たちは興味津々でサンジを見つめている。 サンジの方も、こんなに身近に子供を見るのは久しぶりだ。 見つめあった彼らに、ゾロが更に解説を付け加えた。 「そん中でも、生え抜きの問題児軍団だ」 「あっ、ひどい!」 「問題児じゃないもん!」 とたんに子供達からブーイングが上がる。 なるほど、礼儀は正しいが、生来の跳ねっ返りが集まっているらしい。 可愛らしい騒ぎに、サンジはくすくすと笑った。 「わかった、わかった。──それで?どうしたんだよ、全員揃って。何かあったのか?」 そう問うゾロの目は、柔らかく彼らを見つめている。 それは、やんちゃな子供たちに手を焼きながらも、彼らを慈しんでいる目だった 用件を問われて、子供たちは改めて居ずまいを正した。 もう一度、目線で相談を交しているが、今度はひどく真剣だ。 何かを確認したのか、うん、とうなずきあって、子供たちは二人の方へ向き直った。 「ゾロ先生……あの……」 くいなが何事かを言いかけたとき。 彼女のシャツを掴んでいたチョッパーが、ぺこっと頭を下げた。 「おれたちにおけいこしてくださいっ!」 はっ、とゾロが隣で息を飲んだのがわかった。 子供達もびっくりした顔でチョッパーを見ている。 当の少年は、またもじもじとくいなの後ろに隠れてしまった。 ──先に動いたのは子供達だった。 「先生、稽古つけてください」 「お願いします」 「ゾロじゃねェとつまんねェぞ」 「先生」 口々に懇願され、ゾロは本気で困っているようだ 理由を問うように、くいなに眼を向けた。 「……パパは、行っちゃ駄目だって言ったけど……先生、もう一月も出てこないし……おうちでも剣を持ってないし…………私たち、心配で、それで」 うんうん、と子供達がうなずく。 ミホークが亡くなってから、ゾロは道場へは顔を出していないらしい。 あれこれと片付けるべきことがあったのだろうし、多分、精神的にも整理をつけなくてはならなかったのだろう。 そっとしておこう、というのは大人なら当然の判断で、無論それは子供達にも伝わっていたのだろうけれども。 大人の考える一ヵ月と、子供感じる一ヵ月では長さが違う。 とうとう待ち切れなくなって、殊更元気な6人組が斥候としてやって来た、というわけだ。 「……そうか……悪かった」 窓越しに手を伸ばして、チョッパーの頭を撫でると、えへへ、とはにかんだ笑顔が返ってくる。 ゾロも、ゆっくりと微笑んだ。 その笑みはとても優しかったが、何だかその分頼りなげに見えて、逆にサンジは不安になった。 「そうだな、明後日からは行けると思う」 週明けから、というゾロの提案は、けれど待ちくたびれた子供たちには通じなかった。 「えー?月曜日?」 「それまで来ないの?」 「今日の練習は??」 「明日はー??」 すぐ来てよ、とねだる子供たちを、少し厳しい顔で諌める。 「駄目だ。わかるだろ?お客さんがいるんだ」 「オレ、見てみたいよ」 「ほら、サンジもこう言って────え?」 驚いたように振り返るゾロに、サンジはにっこり笑って見せた。 「オレ、見てみたいな。あんたが剣道してるとこ」 「サンジ……」 「ほら、あの人のは見たことないし」 代わりに見てみたいよ、と言いながら、それは嘘だとサンジは思った。 父親の代わりなどではなく、目の前の青年が剣を振るう姿を見てみたかった。 あの真直ぐな背中は、きっとそうした時が一番綺麗なのだろうと、何の根拠もなく確信した。 頼れる賛同者を見つけて、子供たちはわあっ、とはしゃいだ。 「じゃあ行こうよ、先生!」 「サンジさんも!」 「早く早く」 縁側から引っぱり出されそうになって、二人は慌てた。 「ちょ、ちょっと待てって」 「待って待って、オレたち靴も履いてないよ」 「じゃあ玄関で待ってるから!」 「早くね!」 ぶんぶんと手を振って、子供たちは忙しなく庭先から姿を消した。 「やれやれ、あいつらァ……」 「慕われてる」 「遊ばれてんだ」 かりかりと頭をかきながら、ゾロは困ったように笑う。 「──変なこと言い出して、ごめん。でも、見てみたいのは本当だから」 神妙にそう言うと、ゾロも真面目な顔で見返して来た。 真直ぐなゾロの目線がほんの一瞬だけ揺らぎ、やがてゆっくりとまばたきをする。 その表面は少しも濡れてなどいなかったのに、何故かサンジは相手が泣き出しはしないかと心配した。 「────ん」 一音で承諾を示すと、ゾロは整理箪笥の引出を開けた。 ひと月ぶりだとは言いながら、そういった道具類はきちんと保管してあるらしく、ゾロは竹刀と着替えの入った袋を手をしただけで、「行こう」と言った。 外では地団太を踏まんばかりにして待ち構えていた子供たちが、笑顔で迎えてくれる。 両腕を引っぱって連れて行かれながら、サンジはゾロの表情の意味を考えていた。 |
||
|