春ある国に生まれ来て-6》
「────くいな」

くいなの父だという、その道場主は困っているようだった。
多分、本人としては精一杯しかめっ面を作っているつもりなのだろう。
けれど、もとの作りが柔和なだけに、今ひとつ怒りの表情にはなっていない。
それでも、子供たちは叱られたと感じているのか、しょぼ、と肩を落とした。
「「「「「「…………ごめんなさい」」」」」」」
ごめんなさい、の六重奏は今にも消え入りそうだ。
やんちゃ坊主のしおれた姿は珍しいのか、練習中らしい大人がちらちらと視線を向けて、くすくす笑っている。
「すまなかったね、ゾロ。ちゃんと言って聞かせたつもりだったんだが」
「いえ。こっちこそ、御心配をかけて……。すいませんでした。──ほら、もういいからお前達は支度して来い」
しおらしく肩を落とした子供たちの肩を押しやって、ゾロは言った。
子供たちはちらりと師匠の顔色をうかがってから、わっと駆け出した。
途端にしょげた様子はどこへやら、既に練習を始めていた子供たちと、にやりと笑顔を交わしている。
してやったりと言わんばかりの様子に、温厚な師範は小さくため息をついた。
「やれやれ、あの子たちは……」
ゾロ曰くの『生え抜きの問題児』たちには、誰も敵わないらしい。
鞠のように弾んでいた子供たちを思って、サンジはくすりと笑いをもらした。
「…………」
「…………」
「…………あっ、す、すみません」
ゾロと師範の視線が集中して、サンジは慌てて謝った。
その様子がおかしかったのか、今度は二人が緩やかに笑う。
「いいえ、いいんですよ。ようこそ。ゆっくりしていって下さい。ゾロのお友達ですか?」
「え?──ええ、そうです。…………だよな?」
そうしておくのが一番無難だろうととっさにうなずいて、けれども反射的にゾロの顔色をうかがう。
「え……あー、うん、そう……かな」
自分に振られて驚いたのか、ゾロもしどろもどろと答えている。
ははは、と明るい声で師範が笑った。
「ケンカでもしたかい」
「いえ、別に……」
「そういうわけじゃ……」
顔を見合わせると、お互いに気まずげな表情をしている。
サンジが苦笑すると、ゾロも困ったように微笑んで見せた。
「サンジが練習を見たいって言うんで。見学させてもらえますか」
「もちろん構わないよ。ここの師範のコウシロウです。よろしく」
「あ、どうも、サンジです。押し掛けてすみません」
「……じゃ、俺も着替えてきます」
「ゾロ」
軽く頭を下げて場を辞そうとしたゾロを、道場主は引き止めた。
「ゾロ、無理はしなくてもいいんだよ。あの子たちには私から話しておくから……」
「いえ──大丈夫です」
ゾロはうっすらと笑顔さえ見せて引き下がった。
むしろ心配そうにそれを見つめてから、師範はサンジの方を振り返った。
「すみませんね、何だかバタバタしてまして。こちらへどうぞ」
招かれるままに、壁際を歩きながら道場の奥へと足を進める。
贅沢な広さを持つ道場は、古びてはいるけれどもすみずみまできれいに使い込まれて、清潔そうだった。
その半分ほどを使って、揃いの黒い道衣を着た子供たちが柔軟に励んでいる。
先程の問題児軍団もすぐにやって来て、その仲間に加わった。
「袴じゃないんですね」
大人は上下黒の袴姿だったが、子供たちの着ているのはむしろ空手や柔道の胴着に近い形をしている。
「ええ、この方が動きやすいでしょう。うちのは、いわゆる剣道ではありませんから。──どうぞ」
上座に当たる場所に案内すると、コウシロウは薄いゴザの様な座布団を差し出した。
「座り心地は悪いですけどね。膝、崩して下さい」
「あ、どうも恐縮です」
隣でコウシロウが胡座をかくのをみて、サンジも安心して腰を下ろす。
その途端、子供たちがわっとはしゃいだ声を上げた。
「ゾロだ!」
「先生!」
反射的にそちらに目を向けると、着替えを終えたゾロが道場に足を踏み入れたところだった。
師範たちと同じ、上下とも黒の袴姿。

それは、慣れない風だったネクタイよりもよほど馴染んでいて、まとった空気まで違って見える。
うっかりと目を奪われていることにも気づかずに、サンジはその姿を視線で追った。

(ああ、ほら……)
まっすぐに伸びた背も、高く掲げられた頭も、静かで力強い足の運びも、何て。
(──清しい)
知っているだけで使ったことのない、そんな言葉が浮かんでくる。
澄んだ川の流れや、森の空気、雨上がりの空に向けられるのと同じような意味で、ゾロをきれいだと思った。
「……ちょっと痩せたみたいだなあ……」
心配そうなコウシロウの呟きに、サンジは我に返った。
「そうなんですか」
「うん、少し顔色も良くないね。ずっと大変だったから無理もないが」
そう言って、コウシロウは改めてサンジに微笑んだ。
「だから、君が来てくれて嬉しいよ。ゾロが友人を連れてくるのは初めてのことだ」
屈託なく向けられた親愛の情に、サンジは一瞬どんな顔をしていいのかわからなかった。
初めて連れてきたのだから、それだけ親密な友人なのだと、きっとそう思われているのだろう。
曖昧に笑いながら、座りの悪い思いに身じろいだ。
(違うんです。オレはゾロの恋人の息子で、ゾロとは今日初めて会ったんです)
そう告げれば、穏やかに笑むこの人は、どんな顔をするだろうか。
(────馬鹿馬鹿しい)
無論、そんなこと口に出きるはずもない。
第一、それでどうしようというのだ。
バカな考えを追い出すように、軽く頭を振ると、サンジは道場の方へ視線を戻した。
ウォーミングアップは終わったのか、子供たちは整列して素振りを始めていた。
やあっ、たあっ、と威勢のいい掛け声が天井まで響く。
まだまだ竹刀に振りまわされているような子供もいるが、みんな真剣な表情で練習に取り組んでいる。
ゾロはその中を見て回ってはそれぞれの側に近寄り、手首の握りや、ひじ、肩、腰などに触れては何事かを話しかける。

子供たちは真面目にうなずいた後、また一生懸命竹刀を振り始めるのだ。
「熱心ですね」
「この辺りは、昔から武芸が盛んな土地柄なんですよ。──もっとも今日はゾロを引っ張り出して張り切っているんでしょう」
「……ああ、なるほど」
『ゾーロせーんせー』と声を合わせていた子供たちを思い出す。
「それに今日はお客さんもいるしね」
「え?オレ……ですか」
「いかなるときも平常心を失わないのが剣士の心得……とは言うものの、なかなかそうはいきませんね。ましてや子供たちですから」
言われてみれば、ちらりちらりと視線を感じる。
目が合うと慌てて竹刀に集中する様に、サンジは知らず微笑んだ。

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