夏恋。2 〜冬の二人〜 2
   ***

 深く、咽喉の奥まで探りあうような口づけでお互いの声を飲み込みながら、熱に猛る身体を重ねていく。肌はとっくに汗で濡れていて、滑る指先をとどめるために、ジェンセンはジャレッドの背中に軽く爪を立てた。
「はあ……っ、ジャレ……っ……」
「あ……、い……い……? せんせ、ここ……」
「ん、……いい……」
 甘ったるい声をあげてジェンセンが身じろぐ。スプリングがきしりと慎ましく鳴った。ジャレッドほど規格外ではなくとも、充分背の高いジェンセンだから、もともとベッドは大きいものを買った。まさか、男二人で使うことになるとは思ってもいなかったけれど。
 開いた脚の間で、ジャレッドが、ぐ、と腰を動かした。彼の大きな手の中におさまっている二人分のペニスがぐちゃ、と卑猥な水音を立てる。どちらのものも、もう限界近くまで勃ちあがっていて、それだけの刺激でさえ、背骨が蕩けてしまいそうだ。
 反らしたジェンセンの顎先、とがった骨の形を確かめるみたいに、ジャレッドがごく軽く歯を立てた。それから、その裏側の柔らかな皮膚やくっきりと影を刻む首筋、丸く飛び出した咽喉仏や鎖骨のくぼみを、舌先でくすぐっていく。ジェンセンがいいと感じるところを順番に。年上の恋人は驚くほど敏感な性質で、そうされるたびに身をすくめて唇を震わせ、感じていることを明確に伝えてきた。
「や、あ……、ジャレ……ジャレ……っ……」
 背中にあった手が、汗に濡れたジャレッドの髪を力なくかき回す。たぶん半ば無意識だろうけれど、力ない指先はその先をねだってやわらかな円を描いた。伏せられた睫毛の下から、明るい金緑色の瞳がほんの少しのぞいている。とろりと潤んだそれに煽られて、ジャレッドはこくりと咽喉を鳴らした。のけぞった白い身体、差し出されているのは赤く凝った胸の先の飾りだ。ジェンセンは最初からそこを愛撫されると弱くて、今も、望んだとおりの場所へジャレッドの唇が降りてきて、湿った舌で先端を舐められただけで、ああ、とどこか抜けるような高い声が出た。
「……いい、ね、先生の声……すごくセクシー……」
「や……っ、バカ、んなとこで……」
 しゃべるな、と抗議する声さえ震えていて嫌になる。
「だって、可愛い……」
「か……わいく、な……、あぁ……っ!」
 きゅ、と痛みさえ感じるほどの強さで吸い上げられて、ジェンセンは反射的に身をよじった。膨らみきって敏感になったそこを、ジャレッドの温かな口と舌で愛撫される。片方だけ。まだ、左側、心臓に近いほうに触れられただけなのに、もうそれだけでジェンセンは追い詰められていて、指一本触っていないはずの右側の乳首までが、じくじくと熱を訴える。
「やだ、もう、ジャレ、い………、」
「先生……」
 ジャレッドは、ジェンセンの胸から顔を上げると伸び上がって、もう一度恋人の唇に吸い付いた。ちらちらと赤い舌先が出入りしていたそこは、まるで淫らな器官であるかのように濡れ光っていて、それでなくとも昂ぶっているジャレッドにはとどめのような衝撃を与えた。
 欲求のままに呼吸を奪えば、ジェンセンが苦しそうに胸を喘がせる。その乱れた吐息にすら興奮する。
 手のひらにあるのは、二人分の熱だ。解放を求めて滲み出る体液で、ジャレッドの手もその下にあるジェンセンの下腹もひたひたと濡れている。限界の近い二人は、ぬるぬると滑るお互いの性器を本能のままに押し付けあって呻き声をあげた。
「あ、ジャレ、イ、く……っ……!」
「ん、俺も…………、」
「あ………っ!」
 先に身体を強張らせたのはジェンセンだった。ジャレッドの肩に両手を突っ張って、ふるりと身を震わせる。手のひらを濡らした恋人の体液と皮膚に食い込んだ爪先の痛み、快楽に潤んだかぼそい悲鳴に煽られて、ジャレッドも後を追うように自身の欲を解放した。

   ***

 ジェンセンがうなされながら目を覚ましたとき、まだ辺りは夜だった。デッキの時刻表示は03:00と緑色に発光している。水の中で溺れかけた夢を見て、その息苦しさで目覚めたのだが、原因は間違いなく、自分を抱きこむようなかたちで眠っているジャレッドの太い腕だ。
「……重い」
 首の上に回されていたジャレッドの左腕を押しのけて、ジェンセンはもそもそと寝心地のいい体勢を作りなおした。安眠妨害の元・教え子は、何の夢を見ているのやら、幸せそうに眠っている。ちょっとばかりムカついたので、ジェンセンは笑うとぽこん、とえくぼのできる頬をひっぱってやった。
 起こさない程度に。
 ──恋人付き合い、と言えるものを始めてからこっち、ジャレッドは週末に泊まっていくことが多かった。そのたびに、こうして肌を合わせている。しかし、ジェンセンはジャレッドと、まだ一度も、本当に抱き合ったことはなかった。
 口付けて、触れ合って、自慰の延長のような行為で熱を解放して。
 それはそれで気持ちがいいと思う。射精の後、冷静になった一瞬には、中学生になったみたいな気恥ずかしさを感じるけれども、ジャレッドの高い体温を感じることや、あの大きな手で触れられること、彼の身体に触れること、そうして理性を奪われていくことに拒否感を感じたことはない。
 でもだからこそ、ジェンセンは、こんなふうな中途半端な行為ばかりにもどかしい思いがある。ジャレッドは、何も言わないし、いつだったか「ゲイのカップルで、ほんとに女性とするみたいなセックスするひとって、逆に少ないらしいよ?」なんてとんでもないことをケロリと口にしていたが(どこで得た知識だったのやら)、あれはジェンセンに対する気遣いだ。
 いいよ、と言ってやりたかった。
 お前になら抱かれたっていいんだ、と、それはジェンセンにとって掛け値なしの本音だ。むろん、何のこだわりもなく、というわけにはいかないが、男として、あるいは年上としての矜恃云々については、この際譲ってもいいと思っている。それくらいには──それほどまでに──ジャレッドという存在は、ジェンセンにとって大切だった。
 ただ。
 ジェンセンは同性との経験は初めてではない。一度きりのそれは、けれど、一方的な陵辱行為だった。その記憶は長らくジェンセンを苦しめて、今でもまだ、完全に吹っ切れたかどうかはわからない。加害者が、言い訳することも謝罪することもなく、永遠にこの世から消えてしまったことで、余計にジェンセンは気持ちの整理がつけがたくなった。
 事件の後しばらくの間、夜中に突然目を覚まして、部屋の鍵を確認しに行ったり、不意に男性に触れられたりすると、とっさに逃げ出しそうになったり、友人だろうと、仕事の関係者だろうと、ひと気のないところで二人きりになると震え出しそうになったり、一人になった途端急に涙が止まらなくなったりと、ジェンセンの精神は極めて不安定だった。今はそういうことは少なくなって、もうほとんどなくなったと言ってもいいと思う。特に、ジャレッドといるときは、そうした発作はまるで現れない。
 こんなふうに性的に触れ合っても、感じるのは興奮ばかりで、嫌悪なんてありはしないから、ジャレッドとならこの先の行為、普通に言うところの「セックス」までできるんじゃないかと思っている。
 でも、もし土壇場になってパニックを起こしたらどうしよう、とジェンセンはそれが怖い。きっと自分はむちゃくちゃに暴れるだろうし、何かひどいことを言うかも知れない。せっかく治まりつつある発作が、またひどくなる可能性もある。万一の場合のそうした反応がどれだけジャレッドを傷つけるかと思うと、ジェンセンは安易に先へ進もうとは言い出せないでいた。
「……ごめんな」
 起きてるときにそんなことを言えば、きっとジャレッドは困った顔をする。いいから、気にしないで、焦ることはないよ、無理しないで。ジャレッドの言いそうな言葉は簡単に想像できて、そんなふうに優しいことを言わせたくなかったから、ジェンセンは年下の恋人の、平和そうな寝顔に謝った。
   
2010.12.25