Azure
  ■ 六章 ■

 来月のスケジュールだけど、と言い出したのはリッチだった。
 テーブルに向かい合って、フォークの先でトマトソースのパスタを絡めながら。
 イタリア産のカジュアルなワインを、お互いのグラスに注ぎながら。
 いつの間にか、そんなふうに、向かい合って食事をするようになった。


 きっかけは、先月の航空身体検査だ。六ヶ月に一度、義務付けられているそれは、コクピットクルーの健康のためではなく、飛行機の健康のために行われるのだ、と言うのがパイロットたちの間の定番のジョークだった。
 飛行機のため、というのが言いすぎなら、乗客のため、と言い換えてもいい。
 正常でつつがない運航のためには、わずかでも疑わしい点があれば、即座に医師から「飛行停止」が言い渡される。年齢が上がったり、若くとも普段から不摂生の多い者には、半年ごとの脅威とも言える。リッチは、三日前から付け焼刃で節制に入る若いコパイに苦笑を浮かべるようなタイプだったから、検査だからと特別な気遣いをしたことはなかった。
 夕刻までスタンバイで本社に束縛された後、約束どおり、ブラッドの元を訪ねた。そこまでの道のりにも慣れたし、アパートのエントランスのパスナンバーも覚えた。身体も──馴染んでしまった。
 第三者から見れば、恋人同士にしか感じられないだろうのに、二人は変わらず、それぞれの身の内に罪悪を抱え込んだままでいる。
 リッチはブラッドが望んでいることがわからないし、ブラッドはリッチが応じる理由を自分で決めつけている。
 ブラッドは、いつでも「欲しい」という。
 愛してる、などと、うわごとにさえ言われたことはなく、それをのぞんでいるわけでもない。なのに、混乱するのは、言葉ではない、仕種やまなざしの端々で、そう語られているような気がするからだ。自惚れだろうか、と自省し、そんな図々しいことを、と恥じ入るのに、ブラッドに会えば、やはり、それを感じてしまう。
 もし、この行為にいくばくかでも心情があると言うのなら。一体、自分はどうすればいいのだろうか。応える術も、その権利すらも、自分にはありはしないというのに。
 ブラッドはブラッドで、贖罪というには、付き合いの良すぎるリッチに、その心の裡を計りかねている。いつでも、そうしようと思えばこの関係を絶つことのできる権利は、リッチがその手に握っているのに。
 わかっていないのだろうか。そう思い切るだけの勇気を、まだ持てずにいるだけか。
 優しいひとだ。律儀でもある。
 だからか。
 今さら本心を伝えるつもりはなかった。どう言葉を重ねても、信じてもらえるとは思わないからだ。
 こんな関係は、そうそう続くものではない。いつか必ず破局は来る。
 ブラッドは、早くその日が来ればいいと願いながら、永遠にずっと来ないように、と祈っていた。
 そうして、言葉も使わずに肌を重ねるような真似を続けていたのだけれど。
 その日、ブラッドは、いつものようにリッチを迎えはしたものの、寝室に向かうでもなく、淹れたてだというコーヒーと、妹が買って来て余らせた、というケーキをリビングまで運ぶように、とリッチに要請した。
「あんた、甘いもの好きだったよな?」
「……ひとつしかないが」
「俺は、ケーキはしばらく食べたくねえの。昨日、三つも食わされたんだ」
「……? 彼女は、自分のために買って来たんじゃないのか?」
「自分のためさ。あいつ、一日かけて六個食って、さすがにそこでリタイアしたの」
「……はあ」
 じゃあ全部で十個も買って来たことになる。二人しかいないと、わかっていたのだろうに。
「評判のパティスリーだとかで、気に入ったの全部買って来たんだよ。馬鹿だろ」
 彩りよく並べられたケーキをあれこれと選ぶ女性を想像した。ただ、ブラッドの妹の顔はわからなかったので、想像の中で、それはリッチの娘たちにすりかわった。ケーキの後、アイスクリームを食べるんだ、と主張していた三女を思い出したら笑顔になった。
「まあ、女の子ってそういうものじゃないか?」
「……うちの妹は、あんたとこの娘たちみたいに若くもなけりゃ、可愛くもねえよ」
「怒られるぞ」
「そうだな、本人にだけは黙っといてやろう」
 まあでも旨いよ、三個も食わされなきゃな、と言って、ブラッドはケーキを勧めた。
 甘いものは嫌いではなかったので、リッチは素直にフォークをとった。ただ、ブラッドがほおづえをついて、じっとこちらを見ているのがどうにも居心地が悪い。
 食べているところを観察されることもだが、この長閑で、平和な空気もだ。もっとも、リッチの手元にある甘やかな菓子には、似合いの雰囲気だったけれども。
「どう?」
「え……ああ、旨い」
 凝った細工のそれは、サイズとしてはちいさくて、だから、早々と皿の上から消えてしまった。コーヒーもおいしかった、ごちそうさま、と丁寧に礼を言うと、はいはい、とやわらかな答えが返ってきた。
 それきり、リッチはやることがなくなってしまった。空いた食器を片づけようとすれば、「いいよ、そのままで」と止められた。
 そうして、相変わらず、ブラッドは何も言わないし、何もしようとしない。いつもと異なるブラッドの態度に、リッチは落ち着かない視線を漂わせた。
「どしたの」
「え? ああ、その……いや……」
 どうして何もしないんだ、なんて、そんなことを訊けるはずもなく。心もち、顔を伏せてしまった元同僚に、ブラッドはうっすらと笑みを見せた。
「明日、身体検査だろ」
「え」
「貧血でも起こして、落とされたんじゃ困るだろうからさ」
 今日は何もしない、とブラッドは右足を抱えてそっけなく言った。
「それとも、して欲しい?」
「え……違……そんな……」
 違うのだけれども、そうと断言することはブラッドに対して申し訳ないような気もして、リッチは口の中で語尾を濁した。でも、じゃあそれならどうしようか、と考える。何も──ないというのなら、自分はここにいないほうがいいだろうか、と。ちらりと上げた眼がブラッドのそれとぶつかった。
「帰りたい?」
 ブラッドは片目だけをすがめた、何もかもを見透かしたような顔をした。でも、リッチには、『俺の側にはいたくないんだろ?』と、そう言ったように聞こえた。
 とっさに否定したのは、そのせいだ。
「そんなことはない。……つまりその、君が……邪魔じゃなければ」
 目を丸くして驚くブラッドに、リッチは慌てて理由をさがした。帰らなくてもいい理由を。ここに、いるための。
「あ、だって、帰っても、ほら、どうせ独りだから。それに、…………暇だし……」
 いや、やらなきゃいけないことはあるけど、今すぐってわけでもないし、別に。
 考えるより先に言葉を放つような話し方は、この機長にしてはずいぶんと珍しいことで、本人もそれを自覚していたから、声は段々とちいさくなって、ぷつりと途絶えた。
「何なの、あんた」
 わからないなあ、とブラッドは、情けなさそうに眉を下げて、ちょっと笑った。それから、
「いて」
「え?」
「ここにいて」
 邪魔なんかじゃないから。
 STAY WITH ME.
 な、とテーブル越しに手を握られ、リッチは、包み込まれた自分の手と、ブラッドの顔の間で、うろうろと視線を彷徨わせた挙句、こくりと子どものようにうなずいた。


 今の自分たちが、セックスを介在せずに、どんな時間を過ごせるのだろうか、と思っていたが、案に相して、交わされる会話はごく普通で、穏やかだった。
 夕飯作るよ、昨日色々買い込んでってくれたから、とブラッドが言い出し、当然ながら、リッチは手伝いを申し出た。
 肘杖を支えにしながら右側に重心を寄せて、器用に両手を使うブラッドに感心する。そういえば、彼がどんな日常生活を送っているのかについて、ちゃんと考えてみたことはなかったかもしれない。
 ふと顔を上げると、ブラッドも同じような表情をして、リッチの手元をのぞきこんでいた。
「上手いじゃん。自分で食事作ったりすんの」
「しがない独り者としてはね。そういう機会は、いやでも増えるさ」
 二人がかりでも、フルコースが並ぶわけでもなく、半時間後には簡単な料理ばかりが数品、テーブルを彩った。上出来、と独り暮らし同士、互いを誉めた。交わした笑顔の他意のなさに、二人は内心で驚いた。
 天気のこと、昨日読んだ本のこと、いつも窓の外を通り過ぎていく猫の話、日本製の携帯電話の機能の多さ、世界情勢、近々公開される映画の仰々しい広告について。
 思いつくままに話をしても話題は尽きることはなくて、こんなにもたくさんの言葉を自分たちは持っていたのか、と思った。リッチがさらりと疑問を口にしたのも、そんな雰囲気であればこそだったろう。
「どうして、君は、明日が身体検査だって知ってるんだ?」
「ん? ……ああ……、ジョージから、連絡があって……ちょっとそんな話をさ……」
「ああ、そうか」
 以前、ジョージが、電話もしても、家を訊ねても顔を出さない、と憤っていたけれど、今はちゃんと応対しているのだ。
 それは、つまり、それだけブラッドが落ち着いてきたということなのだろう。そうか、良かった、と口にはせずに喜んだ。
 無言のまま、やわらかに微笑むリッチに、その心根の在り処を判じかねて、ブラッドは少々たじろいだ。今の表情は、自分のためだけに浮かべられたものだっただろうか、と、それは自惚れではなかろうか、と、迷ったからだ。
 そうして、伏せられた睫毛や品良く結ばれた唇にキスしたいなあ、と強く思い、ただそれだけだからこそ行動に移せない自分たちの関係を、寂しいと思った。


「しばらく、地上にいることになった」
「え。何で」
 ブラッドは、食事の手を止めて首をかしげた。
 リッチは優秀なキャプテンだ。彼を地上に降ろしておく理由など、さほどあるまい。
「その……移行訓練に入るんだ」
「ああ」
 そうか、それならわかる。
 より上位の機種への乗務資格を得るための、学科とシュミレーター、そして実施での、トータル約半年間の訓練だ。現時点で444の機長であるリッチが移行すると言うなら。
「なるほどね、アレだろ。E─474」
 世界初のオール二階建てジャンボ機として、早くから話題になっていた。余裕のある空間が生み出すラグジュアリーな設備や、その輸送力のみならず、巨体に似合わない燃費の良さ、頭脳たるコックピットのシステムの高度さ、その脳髄をつかさどるスパコンのキャパシティやスピード。それは、現代の航空技術の粋を集めた、次世代機種とも言える。
「今から訓練に入るってことは、できれば就航に間に合わせたいってことだな」
 あんたは、信頼されてるからなあ、と、皮肉でも何でもなく言葉が滑り出た。
 それでも、リッチはうつむいてしまう。
 ブラッドがいれば、時を同じくして訓練に入っただろうとわかっているからだ。そうして、いつだってチャレンジすることが好きだった彼は、あの新しい機種を手懐けることに意欲を見せたに違いない。自分などよりも、ずっとだ。
 申し訳なさそうに、わずか、肩を丸めたリッチに、彼の考えていることがわかって、ブラッドも視線を下げた。
 辛い、というなら、本当に辛い。失くしたのは、足の機能ではなく、翼なのだと思う。痛むのは傷ではなく、心であり、そして、この痛みとは、一生付き合っていかねばならないのだ。
 それは自分が受け入れなくてはならない事実なのだと、ブラッドは、近頃心を決めた。
 二度と、キャプテン席には座れないのだということ。
 それくらいなら死んだ方がマシだ、とすら思ったこともあったけれど、ひとと言うものは、思ったよりも頑丈らしい。
 お前ふざけんなよ、ほんとに、言っとくけどマークスがいなかったら、俺はとっくにお前のことなんか見限ってるんだからな、心配してやる義理なんかこれっっっぽっちもないんだぜ、と、長年来の悪友からきつい口調で説教されたのも、それほど前のことではない。
 悪かったよ、と言葉少なに謝った。てらいなくそう言えるようになるまで待っていてくれた友人を、ありがたいと思った。
「いつから訓練に入んの?」
「来週早々に……」
「そうか。じゃあ、……当分は会えねえな」
 これもいい機会なのかもしれない、とブラッドは思う。
 もう、いい加減、彼のことを解放しなくては。元々、自分に権利があったわけでもないのに、そんな言い方は不遜かもしれないけれど。
 本当にごめん、ごめんなさい、と身を投げ出して謝ってしまいたい衝動がある。けれど、一方で、離れてしまうこと、彼の人生に、自分という存在が関われなくなってしまうことに対する、圧倒的な怯えと喪失感に支配されている。
 自分から手を離すなんて、そんなことはどうしてもできそうになくて、だから、リッチが愛想を尽かして逃げ出すのを待っていた。それなら仕方ない、と、そうされるのも当然だと、自身に対する言い訳が欲しかったからだ。
 だが、こうして、もっともらしい理由が出来たなら、距離を置くべきなのだろう。
 新しい環境で、新しい人間関係ができれば、きっとリッチは冷静になる。ブラッドの勝手な要求に、付き合う義務も理由もないことを思い出すかもしれない。拒絶をはっきり口にすることはなくても、ブラッドのほうから連絡を取ることをひかえれば、自然、関係は希薄になっていくはずだ。
 都合よく忘れることはできないにしても、何もなかった振りができるくらいには。
 ああ、辛いだろうな、とブラッドは思った。寓話の狐は、結局葡萄を手に入れられなかったけれど、一度手に入れたものを、元に戻さなくてはならないよりは幸運だったに違いないと、あの物語を羨んだ。
 ほっとしているであろう相手を見たくなかったので、視線を逸らせていたブラッドは、だから、リッチが驚いたように目を見開いて、充分な逡巡の後で「……そうだな」とうなずいたことを知らなかった。


***

 当分会えないな、と言われて、正直、とても驚いた。
 確かに移行訓練のスケジュールは綿密で、過多で、まるきり新しいことにチャレンジしなくてはならない、という心理的な圧迫感もあるから、厳しいのは確かだ。
 だから、そちらに集中できるのは願ったりなのだけれど。
 どうして、とリッチは考えずにはいられない。
 今までより頻繁に、とは言わないまでも、確実に地上にいるとわかっている期間だ。スケジュールをあわせるのはずっと簡単になるし、融通も利かせやすくなると言えるのに。
 けれど、あれきり、ブラッドからは電話もメールもなく、リッチのほうからは連絡するだけの口実もない。時間があれば携帯電話の着信をチェックしている自分に気づいて、リッチは苦笑した。
 飽きたのだろうか、厭きたのだろうか。あんな関係には意味がない、と気づいたのかもしれない。
 やっぱり、あのときのブラッドはショックで混乱していて、それで、衝動に流されてしまったということなのか。
 だとしたら、こうして距離が空いていることは、ブラッドが立ち直ろうとしている証しであり、喜ばしいことだ。
 そのはずだ、とリッチは自分に言い聞かせ、言い聞かせねばならないことに愕然とした。
 自分は一体、何を望んで。
 身体を求められたときは心底驚いた。ためらいもあったし、畏れもあった。行為に対してでもあり、そういった関係になることにも、だ。
 笑わなくなったブラッドに心を痛め、自分を責めた。何の意味があるのか、何を求めているのか、と彼の心の裡を探ろうともした。
 言葉にしては何もなく、触れる指先ばかりが優しい。迷いは深くなる一方で、答えは見つからないままだ。
 もし、このままブラッドが何もなかったことにしたいのなら、それは永遠の謎になるだろう。
 結局何だったんだ、と問い詰める権利すらないことに、リッチは悄然と微笑み、諦めて読みかけだった本に視線を戻した。

***

「……で?」
「で、って何が」
「わかってんだろ」
 グラスの向こうから、ジロリと鋭い視線が飛んできた。ブラッドは、ことさら不機嫌そうな顔をしたが、単にそれは後ろめたさの裏返しだ、と付き合いの長いジョージは知っている。
 久しぶりに顔を見た友人は、「放ったらかしておいたら伸びました」といった態の髪を後ろで結び、あまり陽に当たらないらしい、白い肌をしていた。と言って、不健康というほどには見えなかったので、ひとまず、ジョージは安心した。まさか、口に出して言ってやりはしないけれど。
 ようやくブラッドが、ジョージからの連絡に応答するようになったので、このきっかけを逃してなるかとばかり、彼は悪友を部屋の外へと引っ張り出した。
 とにかく、一度顔合わせて話し合おうぜ、そうしなきゃ、そうすべきだ、ていうか、そうしろ、と、やや強引に約束を取り付けた。
 もっとも、意外にもブラッドは「わかった、わかった」と、あっさり了承したのだけれど。
 行きつけだった割とカジュアルなアジア料理の店は、賑やかなのと、半個室のようになったテーブルの配置が、プライベートな相談には向いている。ただし、小声の密談はできないが。
 覚悟はしていたのだろう、オーダーが終ると同時に説教と愚痴がないまぜになったようなジョージの話が始まっても、ブラッドは反論もせずにおとなしく聞き入っていた。
 とは言え、彼らの関係は対等であればこそ、無遠慮で親しいのであり、慣れない役割に、ジョージも遠からず「まあ、わかってんならいいんだよ」とホールドアップしてみせた。YesとSorryだけを繰り返すブラッドなど、ろくに見たことがないので、扱いかねる。
 これからどうするのか、どうしたいのか、といった話は、まあ徐々に話し合っていけばいいだろう。
 ただ、一つのことだけは、きちんと聞いておかねばならなかった。
「マークスのことだよ」
 知らないと思ってんの、と真面目な顔を向けられ、ブラッドは、軽く唇をかんだ。
「…………どこまで」
「詳しくはわかんないさ。でも、お前がどんなふうに彼を見てたかは知ってる」
 あんなふうにわかりやすく、熱に浮かされたような眸をして。学年一と言われた美人に誘われたときだって、んん、いいよ、と軽くうなずいただけだったくせに。そう言えば、ブラッドは、いつの話掘り返して来んだよ、と呆れた顔をした。
「あのさ、別に、俺はお前ら二人がどういう関係だろうと、口を挟む気はないんだぜ?」
 ひと言の相談も、それどころか、何かを示唆するようなことさえ言い出さなかったのは、それだけ本気だからだろうと、敢えてジョージも何も言わずにおいた。リッチが離婚したときですら、何も行動を起こさなかったのには、やや呆れたが。もう純愛に夢を見る年でもなかろうが、まあ、そういうこともあるのだろうと、深く追求はしなかった。
 それが、あの事故以来、何かが変ってしまった。そんな気がする。
 ブラッドは、リッチ以外の周囲からの干渉をことごとく断ち、リッチは何やら思いつめた顔で彼に会いに行く。
 二人の間に何があったのか、想像するのは簡単で、推測するのは難しい。
 ただ、こうして目の前で固い表情を浮かべている友人を見れば、やや下世話だろうかと思った想像が、それほど外れてはいないらしいことを知った。
「……関係なんて」
 何もない、とブラッドはちいさな声で呟いた。
 嘘だろうか。
 そうでもない。
 ジョージが言うのが、通常使われる意味での──肯定的な──それのことならば、自分たちは無関係だ。
 しおしおと肩を落としてしまった友人に、ああ、やりづらい、とジョージは箸の先で、残った料理をつっついた。別に、どうでもいいのだ。本気で。犯罪は推奨しないが、それを告発するのは自分の役目ではないし。
 ただ。
「お前ら、どっちも、……なんか間違ってるんじゃないかとな。そう思うわけよ」
「どっちも?」
 間違っているのは確かだが、それは自分だ、とブラッドは自嘲的に考えた。けれど、ジョージには、そうやってお互い、自分だけが間違っていると思い込んでるのが間違いだ、とそんなふうに思えるのだ。
 だって、マークスは、絶対にお前のこと、厭わしくなど思っていなかったのだから。
「お前、一番最初に言うべきことを、言ってないんじゃないのか」
「言うべきこと」
 何だそれ、とわからない顔をする。
 おいおい、マジですか、とジョージはいよいよ天を仰いだ。
 あのな、と言いかけてやめた。これ以上、口を突っ込むのは自分の流儀ではない。でも、これだけは言っておいてやらねば。これで、変なところで頑固者なので。
「マークスは、お前のこと、嫌いじゃないよ」
「……何それ」
 わかんねえ、とそっぽを向いた横顔には、『信じられるか』と書いてある。
 バカだなあ、とジョージはため息をついた。

 
2013.10.16再録