片道切符
─7─

 ショーンが、実は彼の外観をある程度自由に変えられる、と知ったのは、十日目の夜のことだ。
 その日、ブラッドはショーンへのお土産として、ドーナツを買った。絶対好きだろう、と思ったからだ。案の定、ショーンはほわんと満面の笑みを浮かべ、ドーナツだ、と嬉しそうに箱を覗き込んだ。
 何が好きかわからなかったので、プレーンなものから、チョコレート味や、クリームを挟んだものなど、別々の種類を五個ほど買い込んだ。
 ショーンは、色とりどりの菓子に目を奪われ、どれを選べばいいのか決めかねて頭を抱えた。あまりに真剣に悩んでいるので、ブラッドは何だか悪いことをしたような気になったほどだ。何でもいいから、一種類にしておくべきだったかもしれない。
 見かねて、一口ずつ味見してみたら、と提案してみたが、そんな行儀の悪いことはできない、ときっぱり断られた。それからまだしばらくの間、うんうんうなって考え込んでいたが、不意に天啓を受けたかのように明るい顔を上げた。
「そうか!」
「え、何」
「小さいからダメなんだな」
「は、」
 何が、と言うより先に、ショーンの姿がぽんっ、と消えた。
「え、ショーン!?」
「ここだ」
「は」
 後ろからの声に、半ば反射的に振り向いて、ブラッドは驚きのあまり、その場から飛び上がった。──文字通り。その勢いでテーブルに腰をぶつけたが、ショックのあまり痛さは全然感じなかった。
 ああまったく、それどころじゃない。
「シ……、シ…………ショーン………???」
 そこにいるのは、たぶん、おそらく、間違いなくショーンだ。あの世界観ごたまぜの衣装もそのままだし、顔だって、同じに見える。
 でも。
「な………何ででっかいの?」
 不意に現れたそのショーンは、ブラッドとほぼ同じくらいの身長で、頭身も伸びて、着ているものはともかくとして、中身はまるきり、ごく普通の人間に見えた。
「大きさはある程度変えられるんだ」
 こんなふうに、とまた手のひらサイズに戻り、もう一度標準サイズに戻って、「ほらな」と自慢げに胸をはった。
「……あーそうなんだ……」
 これまで、そんなそぶりはちらとも見せなかったから、まさかにそんな奥の手(?)があるとは知らなかった。まあ、どこかへ行くにも、何かを取るにも、自分の手足を必要とする人間と違って、小さいサイズでも別に不便はないのだろうが。
「だったら、そのままでいたらいいんじゃねえの?」
「人間のところへ行くには、小さい方が話が早いんだ。君だって、私がこのサイズで寝室に立ってたら警戒しただろう?」
「……かもね」
 言われてみればその通りだ。たぶん、不審者か変質者として、すぐさま警察に電話したに違いないと思う。
 考えてみれば、味気ない時代だ。願い事を叶えるために、わざわざやってきた神様を変質者扱いするとは。
 しかし、当の本人はあまり気にしてはいないらしい。それよりも、ドーナツのほうに気を取られている。してみると、彼が甘いもの好きなのは、体のサイズとは関係ないようだ。この身体なら三つは食べられると思う、とはりきってるので、食えるなら五個とも食っちゃっていいよ、とブラッドは笑った。
 ようよう事態を飲み込めたので、ブラッドは改めて、だいぶ見慣れて来たはずの同居人の姿を見つめた。小さいときも、きれいな顔立ちだとは思っていたが、こうして同じ大きさになってみると、ますますその印象は強まった。仕事柄、きれいな男女は見慣れているけれど、そういう相手と比べてみても、なんら遜色はない。
 人間で言うなら、三十歳前後くらいだろう。肌の色が白いのは知っていたけれど、瞳が翡翠色だなんて、小さいときにはわからなかった。横から見ると目立つ鼻梁の高さや、彫刻めいて美しい指の長さについてもだ。
 そして、今は幾重の布に隠れている、それぞれのパーツから続く部位──とがった肘の骨のかたちや、喉元にある鎖骨のくぼみ、おそらく手と同じで美しいであろう足の指の長さ、姿勢の良さから想像する背中のまっすぐさ──にまで思い至り、ブラッドは殴られたような衝撃を受けた。
 自分が、この風変わりな存在に惹かれているのはわかっていたけれど、そういう方向性も含めてのことだったなんて、まるきり思わなかった。
 いやでもまさか。
 両手にドーナツを持って、幸せそうにもごもご頬を膨らませているショーンを見て、ブラッドは途方に暮れたいような気持ちになった。
 
2013.11.27再録