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二人でいるとき、コーヒーを淹れるのはショーンの役目だ。
いつの間にかそういう暗黙の了解ができた。
ショーンは「何も食べないでもいい」と言ったけれど、犬猫ならともかく、人間(のような)相手と同じ部屋にいて、自分だけが食事をするのはどうにも落ち着かないのだろう、ブラッドは家で食事をするときは、必ずショーンもテーブルに誘った。ショーンが大きくても小さくても変わりなく声をかける。
そうして、向かい合わせで席について、二人はお互いについての知識を深めていった。
ショーンがこれまでに叶えた願い事についてや、彼の住む世界の住人たちについて、ブラッドは好奇心丸出しで質問をしてくる。そうして、「すげえなあ」とか「面白いな」とか、「そりゃ大変だ」などと合いの手を入れながら聞いている。「ショーン」の名前をくれた少年の話をしたときは、ただ黙ってうなずいていた。労わるような目を向けられて、ショーンは、そのむき出しの優しさにはにかんだ。
ブラッドの話を聞くこともある。今までショーンが出会った人間には、こういった業種の人間はいなかったから、いろいろなことが新鮮だ。説明されても、ショーンには理解できないことも多かったが、ブラッドが、俳優と言う仕事に真剣に打ち込んでいることはちゃんと伝わってきた。努力を怠らない姿勢は好ましいと思う。
時々、テレビで彼の姿を見ることもある。CMだったり、過去に出演した映画だったり、何かの番組にゲスト出演していたり。そんなとき、ショーンはちょっとそわそわした気持ちになる。原因は不明だ。でも、すました顔で演技しているときに、寝ぼけ眼だった朝の様子を思い出したり、ボランティア活動について真面目に語っているのを見ながら、「うあー、何だよこの台詞! あり得ねえ!」などと台本に八つ当たりしていたことを思い出したりして、ときどき笑ってしまうのだ。
そうして、朝などは慌しく食事の支度をしているブラッドを見て、ただ待っているだけというのも気がひけたショーンは、コーヒーくらいは淹れようと思い立った。
と言っても、豆を入れてコーヒーメーカーにセットするだけなのだけれど、ブラッドは喜んでくれた。願い事を叶える力を使うのではなく、そんなふうに誰かの役に立つのは珍しいので、礼を言われるたびに、ちょっと誇らしいような気持ちになる。
近頃ショーンは、人間大でいる時間が増えた。特に理由はない。ただ、何となくそうしたいと思った。
そのサイズだといつもの服はあちこちひっかけたり、ひっかかったりして邪魔なので(趣味も映画、仕事も映画、というブラッドの部屋なので、映画関係のものが色々あるのだ)、普通の人間みたいな格好をしている。そのあたりも、けっこう融通が利くのだ。初めてシャツとジーンズ、という姿を見せたとき、ブラッドがあまりに驚いたようだったので、何か間違えたのかと心配になった。
「……えっと、何かおかしいか、な?」
この手の服は、長らく同じ形を保っているので、間違うことはないはずなのだが、人間界の衣服の流行というのは実にめまぐるしく変化するものだから、確信はない。
「あ、や、そうじゃなくて……」
そういう格好だと、まるきり人間と区別付かないから。
「今度、一緒に外に出かけてみる?」
「出かけるって、どこへ?」
「どこでもいいよ、あんたの行きたいところ」
サッカーの試合でも見に行こうか、と言われ、ショーンは驚きと喜びに、輝くような笑顔を見せた。その表情のためなら、何だってしてやりたくなるような、そんな顔で笑った。
「いつ? いつ頃?」
「次のオフは、明後日かな。ちょうどいい試合があるといいけど。調べとくよ」
こっくりと子どものようにうなずいて、ショーンはコーヒー豆のポットを抱えたまま飛び跳ねた。
サッカーの試合が見られることと、ブラッドと一緒に出かけることと、どちらの目的もショーンを喜ばせたが、その理由についてまでは、まだ思い至ることはできなかった。
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