| そこに在る場所2 |
| 伸ばした手でオデュッセウスの傷ついた腕をつかむ。 その動作は乱暴ではなかったから、怪我人はおとなしくされるがままになっていた。 「痛むのか」 むすっとした表情のまま、それでもアキレスはそう訊ねた。 不機嫌そうな表情の下に、オデュッセウスの機嫌を推し量ろうとする色が見え隠れしている。 軍師はそれを休戦の意志だと取った。 彼とても、こんな空気をいつまでも引きずりたいわけではなかったし、アキレスの主張に一理あることもわかっていた。だから、尖った声をひっこめて、なるべく柔らかに言った。 「かすり傷だよ。君も見ただろうに」 ヘクトルの刃は少しばかり肉を裂いたに過ぎず、出血もとうに止まっている。オデュッセウス自身は手当ての必要性も感じなかったが、エウドロスが熱心に治療を勧めるので、大人しく従ったのだ。その際多少の押し問答をしたのは、エウドロスにでなく、アキレスへの当てつけのようなもので、あの忠実な副官には申し訳なかった、と内心で反省している。 「すぐに治るよ。少し痕が残るかも知れないが」 近年は軍師としての責務が多くなり、後方で指揮を採ることも多くなったが、オデュッセウスとて、いっぱしの戦士だ。ことに、弓と槍の伎倆ではギリシア軍の中でも五指に入るとすら言われる優秀な兵士なのである。 アキレスがまだ母の膝に乗れるくらいの頃から戦場に立っていた。これしきの怪我は何度も経験している。 なのに、この獅子はさも重大事のことのように感じているらしい。 自分は命すら顧みず敵陣に突進していくというのに。 アキレスは睨みつけるように包帯を見ていたが、やがて恐る恐る、と言ってもいいくらいそっと傷口に口付けた。エウドロスの塗った薬の匂いが、かすかに漂った。 「アキレス」 「怪我なんかするな。俺の目の前で」 あんたの血なぞ見たくない、と猛々しいはずの獣が言った。そういう自身はどれほどの返り血を浴びてきたのか、その相手のおった傷は、こんなささやかなものでは絶対にないのに。 オデュッセウスは微苦笑を浮かべた。 「勝手な意見だな、アキレス?」 「わかってる。それでも見たくない」 アキレスを「従順な」と評する人間は、エーゲ海沿岸中を探しても見つからないだろうが、彼の我の通し方は、相手によってかなり違う。 オデュッセウスに対しているときのアキレスは、時に子供のようで、イタケの王は笑いだしそうになることもある。そんな空気を読み取ったのか、アキレスはきつく眉根を寄せて、彼の想い人を見上げた。オデュッセウスは矛先を変えることにした。 「──そういえば、君にまだ礼を言ってなかったな」 「礼?」 「助けてもらった礼だよ。お陰で生きてる」 「ああ」 何だ、と言わんばかりの年下の戦士に、オデュッセウスは厳しい顔をしてみせた。 「だからって、君が現場放棄したことを不問に処す気はないぞ。エウドロスがいなければ、右翼の兵士を犬死にさせることになったかもしれないんだからな」 「じゃああんたは、そいつらのために、あんたを見殺しにしろってのか?」 「そうじゃない。でも、君ほどの戦士になれば負うべき責任もあるだろう」 「責任だって? そんなものくそ食らえだ」 乱暴に言い放って、 アキレスは彼を制御しようとする年上の王を睨みつけた。 「あんたがいないなら、俺はこの地にいる理由なんか何もないんだ。ギリシア軍にもアガメムノンにも、何の恩も義理もない」 「アキレス」 「己のために戦えと言ったのはあんただ、オデュッセウス」 そうして、自分はここにいるだろう、と獅子は言う。 「──あんたが強いのは知ってる。でも、無理に前線に立つこともないだろう。王が後陣に控えていたとて、不名誉にはならない」 現に他の王たちはそうしている。自ら剣をとり、戦いに赴く支配者は少ないのだ。 ましてや、オデュッセウスは軍の後方に立ちながらなお、自軍のためにその能力を役立てることができるのに。 愛おしい者をそのたてがみの後ろへ隠し、己の牙の下で保護する雄獅子のように猛るアキレスを、オデュッセウスはなだめるように言った。 「アキレス。私が戦塵の中にあろうとするのは、自分の名誉のためじゃない」 前線で戦う兵士達のために。 彼らの志気を維持するために。 オデュッセウスは剣をとり、槍を持ち、その身を危険に晒す。 「後方に控えろと言う君だって、本当はそんな私は嫌いだろう?」 そんなことまで言って微笑んで見せる巻毛の策士が、アキレスは時々本気で憎らしくなる。 オデュッセウスの心と身体はいつだってアキレスの前には開かれていて──それは「いつでも思い通りになる」、という意味ではないにせよ──貪欲な獅子の爪先を柔らかく受入れる。けれど、余人のあずかり知らぬところまで指を伸ばしても、決して触れられない場所が彼の中にはあるのだ。 オデュッセウスはその場所を大切に大切に守っていて、仮にアキレスがどれほど残酷に彼の中で牙をたてたとしても、その切っ先は掠ることすらできないのだろうと思う。 そこには、彼の国とそこに住む人々が真珠のように収まっている。 アキレスはギリシアの英雄である前に「アキレス」だったが、オデュッセウスはオデュッセウスである前に「イタケの王」なのだった。 時に、そんなものは捨ててしまって、全てが自分のものになればいい、とアキレスは思うが、オデュッセウス自身が言うように、そうなってしまったオデュッセウスに、今と変わらず惹きつけられるかと言えば、正直自信を持って肯定はできない。 できないのが腹立たしい。 それを見透かされているのも。 行き場のない感情を持て余して、その原因たる年上の男に八つ当たり気味に口付ける。 翡翠の瞳が驚きに見開かれるのが目の端に映って、アキレスは少しだけ溜飲を下げた。 舌先で相手の唇をこじ開けて、無理矢理に受入れさせる。 それだけで簡単に熱くなる身体に、戦いと流血の興奮がまだ燻っているのだと、いまさらながらに感じた。 「ん……っ………ん……!」 逃げようとするオデュッセウスの顎を押さえつけて、つるりとした舌の先を強く舐める。 「ん…っ!」 認めたくはないが、そこはオデュッセウスの弱点の一つで、くすぐるように触れられただけで、ぞくりと背筋が震えるのを止められない。しつこく攻められると指先までが力を失って、アキレスを押しのけることもできなくなる。 性質の悪い年下の恋人はそれを充分承知の上で、何度も何度も舌を絡めてきた。 「……ふ……っ……」 むさぼるような深い深い口付けからようやっと解放されると、イタケの王は口元をぬぐいながら、傍若無人な獣を睨みつけた。 もっとも、その目元がうっすらと赤らんで、瞳も潤んでいたのでは、何の迫力もなかったが。 「……くそ……っ、君はいつもこうだ……!」 それが、話の途中で彼を押し倒したことを指しているのか、彼の弱いところを執拗に攻め立てることを言っているのかはわからなかったが、アキレスはにやりと笑ってこう言った。 「本当は、そんな俺が案外嫌いじゃないだろう?」 「……っ!」 音のしそうな勢いでオデュッセウスが顔を赤らめたのは、自分の言葉を逆手にとられたからではなく、図星だからだろう、というのはアキレスの勝手な判断であるが、どっちにせよ、この状態から何もせずに退け、というのは無理な相談だった。 剣ダコですっかり硬くなっている掌が、遠慮なくオデュッセウスの大腿をなで上げ、キトンの裾から滑り込もうとする。 「アキレス!」 「褒美を賜りたい。我らの軍師を救った見返りに」 耳元でそう囁くと、オデュッセウスの細い眉がぎゅうっと寄せられた。 「恩にきせようというのか?」 「あんたのために言い訳を作ってやってるだけだ」 アキレス自身にはなんの理由も必要ないのである。目の前にオデュッセウスがいて、抱きたいと思うから抱くだけだ。 そうして、返事も聞かずにオデュッセウスの耳にかじり付いた。 柔らかい耳朶を舌で転がすように舐めると、腕の中の身体がぶるりと震えた。 「は……っ……」 軟骨の部分に軽く歯を立てる。 濡れた舌の音や、アキレスの熱い息までがダイレクトに聞こえてきて、オデュッセウスは強く目を閉じた。こんな、何でもない部分ですら、アキレスに触れられて愛撫されると、身体は簡単に煽られていく。 それでも、その唇を避けるように首を振って、オデュッセウスは何とか逃れようとした。 「や……アキレス、やめ……」 アキレスのことも、行為そのものも厭う訳ではないけれども、まだ沈みきらぬ陽の明るさや、年下の戦士の強引なやり方に、あっさり流されたくない、という意地が働く。 しかし、何のかのともがいているうちに、完全に後ろからのしかかられる形になって、オデュッセウスはとうとう暴れるのをやめた。 背中にはアキレスの重みがずしりと乗っかり、両足の間には彼の脚が差し込まれている。何より、右の大腿の裏側に当った、熱い猛りが事態の深刻さを告げていた。 もう、トロイが全軍をあげて攻め入ってでもこなければ、この獅子を引きはがすことはできないだろう。 敷布に顔を埋めるようにして、荒くなり始めた息をそっと吐き出す。 折りたたまれた両腕の下で、毛皮をぎゅっと握っている様は、閨房のいろはも知らぬ少年のようで、アキレスは悟られないように唇だけで笑うと、丸まった肩先に一つ口付けを落した。 邪魔なキトンの紐をさっさとほどいて片肌をむき出しにしてしまうと、敷布と白い肌の間にずぼりと腕を差し込んだ。綺麗に盛り上がった胸と、それを覆う柔らかな皮膚の感触を楽しむように滑らせながら、手探りで目当てのものを探し当てる。 「や……っ」 ぷつりと小さく起ち上がった胸の飾りを指でつまむと、ん、ん、とむずがるようにオデュッセウスが首を振った。 「逃げるな」 身体を丸めて逃げの体勢を取る軍師を、逆に浮いた腹部に手を入れて持ち上げた。 「あっ」 そうして出来た下半身と敷布の間にすばやく膝を差し込んでしまうと、もうオデュッセウスは伏せていることができずに、反射的に膝を立てる格好になる。 オデュッセウスは真っ赤になった。 「ア……アキレス……や、……お前の……っ」 アキレスの脚を自分の大腿で挟み込む形になっているうえに、彼の膝頭が頭をもたげ始めたオデュッセウスのペニスに触れていて、半端な刺激を与えていた。 「俺の?」 ニヤニヤと笑いながらオウム返しに問い返してくる英雄は、自分の膝が当たっているものなど気づかない風に胸への愛撫を続けている。 「あ……ん……っ……」 反射的にアキレスの脚に腰を押しつけてしまい、オデュッセウスはますます赤くなった。 「や…………っ、も……、アキレス、じ……」 焦らすな、と震える声で言い、言った内容を恥じるように顔を伏せた。 言葉尻は命令形でも、口調と内容はこれ以上ないほどに甘美だ。アキレスは笑いを含んだ声でささやいた。 「いつも、そういった内容ばかりなら、俺は常時あんたに従うだろうな」 「な…ん……、あ……っ」 早速その楽しい命令に従おうと、戦士は軍師のキトンを乱暴にはぎとった。 薄暗い天幕の中でも白く浮き上がって見えるオデュッセウスの肌に、肩口を覆う包帯だけが残っているのがやけに艶めかしかった。 アキレスはためらいもなく腰骨を引き寄せると、恋人の身体の一番奥まった部分に舌を這わせた。 「うあ……っ!」 火ばしでも当てられたかのように身体を竦めて、オデュッセウスは本能的に逃げ出そうとした。けれど、獅子はそう簡単に獲物を逃がしたりはしない。がっしりと腰を抱え込んだ腕は緩みもせず、ほんの少しの身じろぎを許しただけだった。 「あぁ…っ、アキレス、やめ……、やめて、く……っ」 とんでもない場所から聞こえてくる水音や、濡れた舌の感触に、オデュッセウスはぱさぱさと髪を振って泣き声を上げた。 「あ、嫌……、いや……っ」 「──あんたのここは嫌がってないみたいだが?」 いったん口を放して、アキレスは心底楽しそうにそう言った。 「ほら」 遠ざかった舌のかわりに、アキレスの節くれ立った指がつぷりと差し込まれる。途端に絡みついてくる秘肉の感触を楽しむように、二度三度と抜き差ししてオデュッセウスの快楽を煽った。 しっかりと根元まで埋め込んで指先で快楽の種を探る。堪え切れない、というように年上の恋人は腰を揺らした。 「あ、あ…っ、や、アキレス……!」 前立腺を内側からダイレクトに刺激されて、抗える男はいない。全身を貫く甘い悦びに、オデュッセウスは挿入された異物をびくびくと締め付けた。 肛虐に慣れた後腔は、増やされる指を素直に受入れながらも、常に隙間なく戦士の指をからめ捕っている。その魅惑的な柔肉が熱く猛った自身を包み込む様を想像すると、もうアキレスは我慢の限界だった。 「挿れるぞ、オデュッセウス」 すっかり欲情した獅子は、断られても諦めるつもりなどなかったが、一応言葉だけで許可をとっておく。もっとも、悩ましいほどの欲望に囚われているのはアキレスばかりではなかったので、耳元で粗い息と共に囁かれた露骨な要求に、オデュッセウスはむしろすすんでうなずいた。 「あ……あぁ────!」 狭隘な秘所に、アキレスの雄が押し入ってくる。その熱と質量に、オデュッセウスは掠れた悲鳴を上げた。 「あ……はぁ……っ、あ………っ」 いつもいつも、この瞬間には自分の身体の内側いっぱいをアキレスに侵されている気がする。彼の熱を受入れ、彼に揺さぶられて、指先よりもずっと深いところを刺激されている間は、この黄金の獅子と、彼の与える快楽以外のことを考えることなどできない。年若い英雄は極めて蠱惑的で情熱的な捕食者だった。 「あ……んっ、アキレス………っ、ああ……」 指の跡が残るほど強く腰骨を捉まれて、何度も何度も突き上げられる。閉じられないオデュッセウスの口から唾液がこぼれ落ちた。 強く、早くなる鼓動と共に肩の傷がうずいたが、それすらも快感の一端を担っているような気がした。 「ああ……アキレス、もう……っ……ダメだ………」 くしゃりと敷布を握り締め、頭を垂れてしまったオデュッセウスに、アキレスが手を伸ばして彼の股間を探った。限界近くまで煽られたそれは、アキレスが二、三度擦り上げて、先端に軽く爪を立てただけであっけなく弾けた。 「あ……、あ────っ!」 オデュッセウスの身体ががびくびくと震え、愛撫をやめようとしないアキレスの手の中へ、断続的に白い飛沫を放った。最後の一滴までアキレスに搾り取られてしまうと、オデュッセウスは支えきれなくなった上半身を毛皮の上へ投げ出した。 「は……っ、は…………あ………っ………」 ドキドキと心臓が痛いほどに鳴っている。苦痛を伴うほどの大きな快楽から解放されて、オデュッセウスはひどく満たされた気持ちになっていた。 後ろにはまだ硬いままのアキレスが収まっていたが、後は勝手にしてくれ、というのが──実のところ──正直な感想であった。 一日中熱砂にまみれて戦って、軽症ながら傷も負い、その後年下の恋人と喧嘩までしてしまったイタケの王は、疲れきっていたのである。 けれどもちろん、ギリシアの若い英雄は、恋人のそんな怠惰を赦してはおかなかった。 人形のように力なく伏せている白い身体を後ろから抱き上げると、自分の膝の上へ落としこむ。脱力しきっていたオデュッセウスは、抵抗する暇もなくアキレスの楔を自分の体重で深々と銜え込んでしまった。 「う……っ、あァ────っ!」 可能な限りの深さで他人の身体を受け入れさせられたオデュッセウスは、細く長い泣き声をあげた。 「ああ、いや……っ………やめ………アキレ…ス…っ」 「自分さえイければ、後は知らないとでも言うつもりか、オデュッセウス?」 「ふ……っ、あ………っ」 身じろぎしたくらいでは、解放してくれるはずもなく、オデュッセウスは生理的な涙で瞳を潤ませながら、それこそ等身大の人形のように力なく揺すりあげられていた。 それでも、アキレスを受け入れた場所は、熱く屹立したそれにやわやわとまとわりつき、ギリシア最強の戦士は、供される快楽の心地よさに、獰猛な獣のように目を細めた。 「オデュッセウス……オデュッセウス……!」 「あ………っ、あ………アキレス……っ」 オデュッセウスの手が、アキレスの膝を強くつかむ。ふと見ると、後ろからの刺激を受けて、オデュッセウスのものが再び頭をもたげようとしていた。 ふ、と笑って指を添えてやると、んんっ、と背をそらし、アキレスの肩に茶色の巻き毛を押し付けてくる。 「ああ……アキレス……っ……も、いや、だ……っ……」 「あんたの口は、あんたの心とは裏腹のことばかり言うから、ちっともあてにならない」 アキレスは意地の悪い笑いを滲ませてそう言うと、こっちの方がよっぽど正直だ、と、彼のペニスを飲み込んでいる下の口に指を這わせた。 「ひ──っ……あ……ァ……ッ!!」 「……く……っ……」 敏感になっている結合部をぐるりと撫でられ、オデュッセウスは目の前が真っ白になるほどの悦びを感じ、あっと思う間もなく二度目の埒をあけていた。 その衝撃で自分の |
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| 2004.09.10 |