「ねぇ、ジョー。こっちを向いて?」
君の声が、僕の耳をくすぐる。
少し怒ったような、甘えたような声。
僕は彼女のこの声が好きだ。
だから、わざと聞こえないふりをする。
「ジョー?・・・起きているの、知ってるんだから」
拗ねた色が滲んだところで、彼女の方へ身体の向きを変える。
「やっぱり。・・・意地悪ね、ジョーは」
そうっと腕を伸ばし、フランソワーズを胸に抱き締める。すっぽりと包み込むようにして。
「傷は、痛くないかい?」
「・・・もう治っているわ」
「だけど」
「大丈夫。・・・心配しすぎよ、ジョーは」
笑顔で答える君。
いくら傷は治ったといっても、・・・いきなり「信頼していた相手」に刺されたんだ。平気なはずはない。
君の身体だけではなく、心にも傷を負わせた『彼』。今さらながら、僕の心の中には不穏な思いが渦巻いた。
きっと何度も思い出して・・・その度にこの思いにとらわれる事になるのだろう。君と一緒に居る限り。
「・・・そばに居なくてごめんね」
「私こそ。結局、観に行けなかったわ」
そう。
チケットを渡しておいたのに、空席のままだった。
それもそのはず、僕が走っている時に君は『彼』と・・・・。
駄目だ。
もう思い出すな。
全て、過ぎた事だ。
いまここに『彼』はいない。
君の瞳に映っているのは僕で、君が聞くのは僕の声だけだ。
それでいいじゃないか。
他に何を望む?
例え、彼女の思っている僕への「愛情」が、実は「ただの同情」だったとしても。
彼女がその勘違いに気付かないのなら、それでいいじゃないか。
永遠に気付かなければ、いつかそれは勘違いではなく真実になるのかもしれないのだから。
そうだろう?
これ以上、何を望む?
いま自分の腕のなかに彼女が居て・・・僕だけを見つめている。僕の声だけを聞いている。
それで十分じゃないか。
ジョーの胸の中にまるで壊れ物のように大事にそっと抱き締められて。
私はとっても安心していた。
何も不安になることはない。
だって、今ここに・・・彼の腕の中に居るのは「私」なのだから。
例え、彼が私を抱き締めるのが「同じサイボーグだから」であって「おんなのこだから」ではなくても。
今、他のおんなのこはここには居ない。私だけが、彼に抱き締められている。
それで良くない?
「もし改造されてなかったら」
もし改造されていなくても・・・私はきっとあなたに出会って、そして恋をしていたはず。
「あなたではない他の誰かと一緒に居たのかもしれなくて」
あなたではない他の誰かと一緒に居たかもしれないなんて、考えるだけ無駄だった。
だって
他の誰かと居ても、思いだすのはあなたの姿であなたの声で。
私が見つめていたいのはあなただけ。
私が聞いていたいのはあなたの声だけ。
だから、いいのよね・・・?
いまこうしている私はきっと、幸せなのだから。