そうか。今日はクリスマスだ。


目が覚めて、僕はぼんやりそう思った。


静かな邸内。


誰もいない。


――そうだった。クリスマスだったんだ、今日は。
みんな親しい者と過ごすため帰国している。
日本ではクリスマスなんて恋人と過ごす口実のひとつにしか過ぎないけれど、他の国は違う。日本で言うところの、お盆休みのような意味合いだろうか。
日本人の僕にはよくわからない。わかっているのは、そんな日本の風習を熟知しているはずのフランソワーズがここにいないということだった。

僕はひとりぼっちだった。

テレビをつけても、カップルで行くのにおすすめのとか何とか、そんなのばかり。
僕は起きたばかりというのに、リビングのソファに寝転んだ。どうせ誰もいない。


僕は。


僕は、彼に負けたんだ。


蒼い瞳の。

淡い金色の髪の。


産まれたばかりの彼に。

 

もちろん僕も誘われた。
でも断った。
家族でもない僕が邪魔をすることはないし、それに……どんな顔をしたらいいのかもわからない。

僕は天井を見つめ、そしてリビングにある巨大ツリーを見つめた。日本ではさっさと片付けるけど、他の国は年内飾っておくという。本当だろうか。

僕はツリーのてっぺんの星を見た。

それが合図だったみたいに電話が鳴ったから驚いた。
携帯ではなく、リビングにあるギルモア邸の電話だったから。


「…もしもし」

「ジョーか!」

ほらやっぱりいただろう、と電話の向こうで勝ち誇った声。

「…なんスか。酔ってるんですか」
「お前、何すねてんだ。早くこっちに来い」
「…は」
「気を遣うな、気持ち悪い。それに、いいか」

お前は家族だろーが!


耳元で怒鳴られ、数日前の事を思い出す。
フランソワーズとケンカしたことを。

産まれたばかりの彼女の甥に会いに行くというのに、一緒に行こうと誘われたのを断った。
僕は家族じゃないからと。
ジョーったらいい加減にして、いつまでそう言うつもりと呆れられ、叱られた。

自分でもわからない。
この屈託はいつまで持ち続けるのだろうか。


「とにかく早く来い。お前がいないとアイツを止められる者はいない…わっ」

電話の向こうで、お兄ちゃん酷いという声。
少し鼻にかかった甘えるような。

 

しばしの間のあと、

「な?頼むよ」

「……わかりました」

しょうがないなぁ。


僕は電話を切って、邸内が静かな事を思い出した。

リビングには巨大なツリー。

そうだ、今日はクリスマスだったんだと思いながら。

 

 

 

窓に映る自分の顔。

今朝はさえない顔をしていると思った。
でも今は、なんとも緩んでいて我ながら見るに耐えなかったから、僕は窓のシェードを下ろした。

もうすぐパリに着く。

なんとか滑り込んだパリ行きの便。
朝からずっとキャンセル待ちだった。
この時期に突然思い立って国際便に乗れるほど日本は甘くない。平和なのだから。
でもそんな混雑や一体いつ飛行機に乗れるんだなんてことは、実は僕にはどうでもいいことだった。
今日乗れないのなら、明日も待つ。それだけのことだ。なんとしても年内にパリに行く。決意は固い。

 

『お兄ちゃん、酷いわ。どうしてジョーに電話なんかするのよ!』
『ハァ?こんな優しい兄を捕まえて酷いとはなんだ』
『言ったでしょう、ケンカ中なのよ今!』
『へぇえ。お前の中では三分おきに携帯のチェックをするのがケンカ中なわけ』
『してないわよ、三分おきになんか』
『ああ、してないよなぁ。もっと短いもんな』
『もうっ!いいから電話切りなさいよ!ジョーに丸聞こえでしょっ』
『だーかーらー、素直に電話できねー妹の代わりにこの優しいお兄様がだな』
『もうっ!お兄ちゃん!!』
『うん?ジョーに言っておくか?愛してるって。クリスマスだしなぁ』
『言わないわよっ、ここでなんか!』
『言っちゃえよ、クリスマスだろ』
『直接言いたいのよっ!』

 

「――だ、そうだ。聞こえたか?」

「はぁ……」

元気そうなフランソワーズの声。もう怒っていないようだ(いや、それは希望的観測か?)。

「ま、ともかくだな」

いったん言葉を切って。軽く咳払い。

「――俺の中では、お前はもう俺の家族になってる。それにお前がいないと低気圧で困るんだよ、うちの妹は」


――低気圧。それは確かに大変そうだ。


「な?頼むよ」

「…わかりました」


低気圧のフランソワーズ。その原因を作ったのは間違いなく僕だ。
でも彼女のご機嫌を戻すことができるのもたぶん僕だけだろう。

――しょうがないなあ。

 

そして数時間後。

僕は、それはフランソワーズだけではなく僕自身についてもいえることに気がついた。
飛行機の窓に映る顔がなんとも嬉しそうで幸せそうで――にこにこ笑っていたからだった。

 


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