「指輪物語」 その@

指輪を買いに

 

 

「――あ。ねぇジョー、こっちのもカワイイ」

ぼうっと見ていたショーケースの前から引き剥がされ、ジョーは隣のケースの前へ連れて行かれた。

「――どれ?」

一応、訊いてはみるが実は全く興味がない。第一、彼女が指差しているのがどれなのかも特定できないのだ。
みんな同じにしか見えない。

「あそこ。ホラ、ちっちゃくハート型に細工がしてあって――ピンクダイヤかしら。埋め込まれているの」

どれだろう――と、目を凝らしてみてもさっぱりわからない。

「お出ししましょうか?」という店員の声に顔を輝かせたフランソワーズは、コレとアレとソレと・・・と、いくつも指差している。
ジョーは内心うんざりしつつも、表面上は愛想よくニコニコ笑いを顔に貼り付け、優しい声でこう言った。

「フランソワーズの好きなのに決めていいよ。ゆっくり考えていいから」

だから、僕はちょっと向こうの方に行ってるよ――と最後までは言えなかった。
何故なら、フランソワーズが蒼い瞳で睨みつけているのだ。

「そんな優しげな顔しても駄目よ。ジョーも一緒に選ぶの!」

腕をがっしりと組んだまま離さない。

「一緒に選ぶ事に意味があるのよ」

そんなもんかなぁ、たかが指輪じゃないか。

「何か言った?」
「言ってまセン」

 

 

***

 

 

ジョーが苦行から解放されたのは約一時間後だった。


左手をフランソワーズに持っていかれ、あれこれ指輪を嵌められては外されの繰り返し。
似合う?と、目の前に小さな白い手をかざされたのも一度や二度ではない。
しかも、何か言うべきだろうかと口を開きかけても、既に感想を言おうとしていた指輪は外され、別のものに変わっているのだ。どうやら彼の意見や感想は不要のようだった。

彼女の用があるのはジョーの左手だった。
だったら、僕がいなくても左手だけあればいいじゃないかと思ったが、彼の左手は彼の腕に接続されており、その腕は彼の肩に嵌っており、彼の肩はまさに彼本体に他ならなかった。
なので、成り行き上、ジョー自身もそこにいなくてはならないのだった。

とはいえ、自分の隣で嬉しそうに頬を上気させ、何度も何度も自分の指に嵌っているそれを見ているフランソワーズはとても可愛かったので――それを見られただけでもいいかなぁと思うのだった。

 

 

***

 

 

「ふふっ・・・キレイねぇ。キラキラしてて」
「プラチナだからな」
「もうっ。そういう意味じゃなくて」

材質のことを言ってるんじゃないのよ、と軽く頬を膨らませる。

「嬉しいからキラキラして見えるの!」

自分の目の前に左手を持ってきて、ためつすがめつ眺めている。


貴金属店からの帰り道。二人は腕を絡ませて銀座の街を歩いていた。

「ホラ。ちゃんと前を見ないと転ぶよ」
「平気よ。だってジョーがいるもん」

わかったようなわからないような事を言うフランソワーズ。

「刻印も出来て良かったわ。私のが『永遠の愛』でジョーのが『真実の愛』。素敵よねぇ・・・」

ウットリ言う声を聞きながら、ジョーは内心顔をしかめた。
真実の愛って何なんだよと思いながら。

「ジョーのもサイズが合ってよかったわよね」
「そうかな」
「そうよ。すぐに一緒につけられて嬉しいっ」

そう言って、フランソワーズはジョーの腕に頬を寄せた。
そして彼の左手にある指輪にそうっと触れた。

 

 

***

 

 

「でもさ、ただつけているだけって勿体ないよな」


ジョーの言葉にフランソワーズはえ、と目を向ける。

「どうせなら、レーザー光線が出るとかさ。意外な武器になると思わないかい?」

思わないわ――というフランソワーズの呆れたような声はジョーの耳には届かない。

「あるいは、発信機か何かを埋め込んで、常に居場所をトレースできるようにしておくとか。そうすれば、万が一攫われてもすぐに追いかけられるし、救助も容易だ。うん。そうだな。帰ったらすぐに博士に言ってそうしてもらおう」

ねっ?とフランソワーズを見つめてくる褐色の瞳。
その瞳をしみじみと見つめ、フランソワーズは

「ふぅん。なるほど、ね」

と少し目を細めた。

「なに?」

訝しそうに返事をしたジョーには答えず、くすりと笑みを洩らす。

「――ジョーったら、素直じゃないのね?」
「えっ?」
「ふぅん」
「な、何だよっ」
「別に」

そのまま彼の腕にぶらさがり、スキップするように歩くフランソワーズ。

「何だよっ」
「何でもありまセーン」
「何だよ、言えよっ」
「ン――」

フランソワーズは不意に立ち止まり、ジョーの前に回りこみ下から彼の顔をじっと見つめた。
そうして数秒。
しかし。

「――やっぱり言わないっ」
「フランソワーズっ」
「ん。じゃあ訊くケド、ジョーは嬉しくないの?」
「えっ」
「一緒の指輪」
「・・・それは」
「嬉しくないんだ」
「ちがっ」
「じゃあ、嬉しい?」
「う・・・・」

 

困ったように天を仰ぐジョーの顔はほんのり赤く染まっていた。