「うなぎの日」
2013年は2回ありました。

 


土用の丑の日(一度目)

 

「今日は日本全国うなぎを食べようキャンペーンの日よ、だからウナギ!」


と、フランソワーズが高らかに宣言した夕ごはんの席だった。

一同、うなぎ丼を黙々と食す。何かコメントをしたら負けだという暗黙の了解でもあるのだろうか。

そんな具合の静けさであった。

しかし、いつもの食卓と比べて明らかに不自然に静かなのにフランソワーズは全く気付かないのか、あるいはどうでもいいのか――全員の予想は後者である――妙に上機嫌であった。

にこにことある一点を見つめている。

その一点とは。


「ジョー、おいしい?」
「うん」
「たくさん食べてね?」
「うん」
「おかわりもあるのよ?」

おかわりあるんだ……とジョー以外の全員がちょっとウンザリした空気。

「……あのさフランソワーズ」
「なあに、ジョー」
「その、……どうして僕のだけ大盛り……」
「うふ。知りたい?」

嬉しそうににっこりするのに対し、ジョーはちょっと息を詰めた。

「…………いや、なんでもない……」
「うふ。やあね、変なジョー」

変なのはお前だろう――と食卓についた他の仲間は思ったのだけど、それは彼女に伝わることはなかった。


「今日は早く寝ましょうね、ジョー」


ジョーはごはんを喉に詰まらせ、その他の全員はうなぎ丼を噴き出し、食卓はちょっとした惨事に見舞われた。

 




土用の丑の日(二度目)

 

「今日はうなぎを食べようキャンペーン・パート2の日よ!」


と、高らかに宣言したのはフランソワーズの声音を真似たジェットだった。

今日は土用の丑の日である。今年の夏はそれが二度あり、今日はその二度目の日。
前回、フランソワーズがそう宣言したので、ジェットはギャグのつもりで真似て言ってみたのだ。

が。


「……あれ?」


彼の渾身のギャグは不発に終わった。
食卓には前回同様、皆の前にうなぎ丼が置かれており状況は何ら変わることはないというのに。

「――ん?」

否、一点だけ前回と違っていた。

「おい、ジョーは普通盛りでいいのか?」

ジョーの対面に座るフランソワーズに声をかける。

「ええ……いいの」

肩を落とし妙にしょんぼりとしているその様子は明らかにいつもとおかしい。

「――ん?おい、どうした?」

前回のテンションはどこにいった。

「ジョーと喧嘩でもしたのか?それとも腹でも痛いのか」

心配そうに身を乗り出したジェットに、隣の席のピュンマが彼のシャツの裾を引っ張った。

「大丈夫だよジェット。いいから座れ」
「いやでも、おかしいだろあれ」
「大丈夫なんだって」
「アイツがあんな神妙なのって変だろーが」
「だからほっておいていいんだって」
「しかしだな」

小声で諌めるピュンマに応えず、なおも食い下がるジェットの膝に対面から蹴りが一発入った。
もちろんテーブルの下での攻撃である。

「っつ!んだよハインリヒ」
「静かにしろ。食事中だ」
「お前は心配じゃねーのかよ」
「心配はジョーにさせとけ」
「ジョーだあ?」

顔をしかめてジョーを見る。が、彼はいつもと変わらない表情で黙々と丼をかきこんでいる。

「う……ま、いいけどよ」

釈然としない。
が、改めて見回してみると妙な空気が漂っている。
それはフランソワーズがいつもより格段に静かであることに起因しているのは明らかであるが、どうもそれ以外に何かがあるようだった。

――いったい何があったんだ。

目を上げて対面のハインリヒに問うが、おとなしく食えと睨まれ黙る。

しばしそれぞれの咀嚼音だけが響く。
いつもの楽しい食卓とは雲泥の差である。

やはりこれはどこか変だろうと再びジェットが口を開こうとしたところで、上座の博士が咳払いをした。

「――ええと、フランソワーズ」

おかわりか?
じじいのくせにけっこう食うなと思ったジェットだったが、博士はおかわりを所望したのではないようだった。
名を呼ばれてフランソワーズの顔が上がる。

「その、……うなぎの効能との相関性は不明でな、お前さんの期待する効果はその――」
「それはサイボーグだからですか?」

フランソワーズの声は真剣である。縋るようなマナザシで博士をひたと見据える。

「いや。それは関係ない」
「だったら」

軽く腰を浮かすフランソワーズにまあまあというように博士は手を振る。

「いやだから、たくさん食べたからといってそのぶん精がつくというわけではなく、摂取量は関係ないのだよ」

わかるかね――と、諭すように博士が言うとフランソワーズはか細い声ではいと答えた。

「ちょっとの量でも食べれば違うし、あとはその、」

気まずそうに咳払いをする。

「その――個人差、だ」


そして、水を打ったような沈黙。


なんだなんだ、いったい何の話なんだとジェットが全員の顔を見回した時。


「……フランソワーズ」

真打であるジョーが口を開いた。


「僕、頑張るから」

 

え。

何を?

 

何が?


え。


ジェットの頭のなかを前回の経緯が走馬灯のように浮かんでは消え、ひとつの結論に達した時。

フランソワーズが期待に満ちた目でジョーを見つめ、小さく頷いた。


え。


な。


そ。


そーゆーことかよっ!


ってゆーか、ジョー!

お前、前回いったい何をやらかしたっ!!


「……だからアイツらに構うな、って言っただろ」

ピュンマが丼をかきこみながら小さく言った。

 


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