一瞬の未来
みんなバラバラに闘っていた。
最後の核爆発が起きてからどのくらい経ったのだろう?
生き残っている生物がいるのかどうかもわからなかった。
既に死の灰が降り積もって、この惑星の表面を覆っていたから。
女神像のある、この場所。
闘いが終わったら、ここに集まる事になっていた。
ふと、人の気配に顔を上げる。
「004!・・・002も」
004が002に肩を貸して戻ってきた。肩を貸す・・・というより、なかば引き摺っていると言った方が正しいかもしれない。
・・・002は片足を破損していた。殆ど意識が無い。
004は防護服が黒く染まり、所々銀色の・・・彼の身体の中身が露出していた。
002をそっと寝かせた後、004は女神像に寄りかかり目を瞑った。小さくひとこと呟いてから。
「・・・くそ。取り逃がしたぜ・・・」
唇を噛み締める。
しばらくして戻ってきたのは006だった。
何か・・・塊を引き摺っている。
唇を噛み締めて。
その瞳は、まるで泣くのを堪えているかのように。
否。
泣きはらした後のようにも、見える。
・・・その塊が、007であることに気付くのにさほど時間はかからなかった。
変身を解けない。
・・・つまり、007は・・・。
塊の傍らに座り込む006。愛おしそうに007を撫でながら。
「・・・だめアルよ。諦めたら、だめアル・・・」
呪文のように繰り返す。
005と008の姿がぼんやりと浮かんできた。
振り続ける死の灰の向こうに。
二人とも、自力で歩いている。
が。
005は明らかに気力だけでここまで来た。
・・・全身の強化された筋肉繊維が断裂している。
無言で仲間と少し離れた所に座り込む。
それきり動かない。
008は片肺が破れていた。
呼吸する度に空気のもれる音がする。体内の酸素も・・・もう、無い。
瞳は何も見ていない。
女神像の傍ら、004と反対側にゆっくりと寄りかかった。
大きく息をついた後、静かに目を閉じた。
全員が、揃った。
ともかく、還ってきた。
ここ、女神像のある場所に。
最初に誓ったこの場所に。
ここには、001も博士もいない。
ドルフィン号も、ない。
傷ついた私達を治せる者はいない。
果たして私達は勝利したのか。
母なる地球を守れたのか。
・・・わからない。
それさえ知る術もなかった。
どのくらい時間が経っただろうか。
降り積もる、死の灰。
私たちの身体の上に。
それを振り払う者も・・・もはや、いない。
少しずつ、仲間の命の灯が消えてゆくのだけがわかる。
私だけが無傷だった。
でも、もうエネルギー装置の限界が近いのがわかる。
「009・・・ジョー?」
そっと呼びかけると、あなたはうっすらと目を開けた。
「みんな戻ってきたわ・・・全員」
「そう。・・・良かった」
最後まで私を守ってくれたあなた。
「003・・・君は・・・?」
「大丈夫よ。あなたが守ってくれたから」
あなたの唇に笑みが浮かぶ。
「良かった・・・」
私はあなたを連れて、やっとの思いでここに戻って来た。
自分で歩くことのできないあなたは、とんでもなく重かった。
・・・ほぼ完成体のサイボーグ。
その意味が、初めて解ったような気がした。
仲間と分断されていたから、みんながどんな状況に遭っているのかわからなかった。
既に放射能に汚染された惑星では、私の耳と眼は殆ど機能しなかったから。
そんな「ただのお荷物」になりさがった私を守るために、あなたは闘った。
その結果。
近距離での敵の爆発に巻き込まれ、・・・上半身しか残らなかった。
あなたの身体から流れ出ていくオイルを止める術はない。
その機能が停止するまで、残された時間はあとどのくらいあるのだろうか?
私たちの身体は、腕が無くなっても、足が無くなっても、上半身と下半身が離れても。
頭と心臓をつなぐ血管が残っている限り、死なない。
・・・いえ。
違う。
死なないのではなく・・・意識を失うことがない。と、言い換えるべきか。
失った胴体・四肢を認識して、人工の心臓はある活動を開始する。
不要な部分への供給を止めて、脳を守るためだけに働く。
だから、残っている身体は動かなくても意識だけは残っている。
私たちサイボーグは、脳さえ死ななければ、救命できるから。
でも、それは・・・循環するオイルの量に依っている。
絶対的に必要な量のオイルが足りなければ、守りたい脳への供給もいつかは途絶えてしまう。
そして。
あなたを生かす為に必要なはずのオイルは、どんどん流れてゆく。
あなたの命がどんどん・・・流れてゆく。
私の膝の上にうつ伏せになり、こちらを向いているあなた。
その髪をそっと撫でながら、話しかける。
ほんの少しでも、「その時」を延ばせるかのように。
「この前行ったケーキのお店、覚えてる?」
「・・・うん」
「新作が出来たんですって。・・・地球に還ったら、また行きたいな」
「そうだね。・・・行こう」
淡く微笑むあなた。
「その後、ドライブするの・・・この前行った時、気持ちよかったわよねぇ・・・」
蒼い海と、蒼い空を思い出す。
平和で、のどかな日だった。
あれはいったいいつの事だったかしら。
「・・・ケンカしないようにしないとね」
「あら。ケンカした事なんてないじゃない」
「あったよ」
くすっと笑う。
遠い瞳をして。・・・その瞳は、もう視えていない。
そっとあなたの頬に手をあてる。
冷たかった。
「ないわよ」
「あったよ。・・・忘れちゃった?」
「忘れたわ」
声に拗ねた感じを滲ませてみる。
あなたはくすくす笑い出した。
「・・・しょうがないなぁ。都合の悪い事は、全部・・・忘れてしまうんだから」
ふぅ。と、長く息を吐く。
待って。
まだ逝かないで。
もう少し。
あと少しだけでいいから。
「今度は・・・ケンカ、し、な、い、よ、・・・う、・・に・・・」
言葉がゆっくりになって、声も小さくなってゆく。
待って。
冷たいあなたの頬。
ゆっくりと瞳が閉じていく。唇に笑みを残したまま。
「・・・そうね。ケンカしないように・・・しなくちゃ、ね・・・?」
瞳を閉じたあなたにそっと伝える。
でも、もうあなたの声を聴く事は叶わなかった。
泣かない。って、決めていた。
絶対に、泣かない。
でも、「その時」が来ると、不思議と涙はでなかった。
むしろ、胸の中にはただただ幸せが溢れていた。
ジョー。あなたが望んだ通りに私はあなたを見送ったわ。
僕が後になるのは嫌だ。それは君を守りきれなかった事になるから。と、言っていたわね。
それに、君を見送るのは僕には出来ない、とも。
怖くて想像もしたくない。気が狂ってしまう。そんな僕をおいて逝ける?とも。
駄々っ子のように繰り返して。
私が呆れて、わかったわ。絶対、あなたより先には死なないと約束するまでやめなかった。
何度も何度も。・・・闘いが繰り返されるたびに。
大丈夫。
あなたはちゃんと守ってくれた。
だから、私はあなたを見送った。
悲しくはない。
あなたが傍にいるから。
いてくれるから。
私は、あなたの傍で眠りにつくのが夢だったから。
でも。
そっとあなたを膝から降ろして立ち上がる。
私にはまだやる事があるの。
・・・だから、もう少しだけ待っててね。
すぐ戻ってくるから。
あなたに守ってもらって、無傷の私。
私が「無傷で最後に残る」というのは簡単に予測し得た事。
だから。
私には、仲間の誰も・・・あなたさえ知らない「任務」が課せられていた。
何だと思う?
私たちゼロゼロナンバーサイボーグは試作品。
だけど、001から順々に色々な部分が強化されていっている。
だから、仲間のうちでは最強のサイボーグが009。つまり、あなた。
でも。
だからといって他の仲間が劣っているという訳ではない。
みんながそれぞれ独自の機能を持ち、いわばそれぞれが「特殊」。
ブラックゴーストは、「その時代の最先端の技術者」を集め、科学と化学と物理の粋を集めた。
その極めつけの「作品」が、私たち。
つまり。
私たちの身体に使われている部品ひとつでも、最先端技術なのだという事。
皮膚のひとかけらでも。
毛髪の一本でも。
強化筋肉のひとすじでも。
・・・果ては、パーツを接続しているネジ一本でも。
たったそれだけで、凄まじい情報の宝庫となる。
だから。
死してもなお、土に還る事は出来ない私たち。
野垂れ死んでも、なお危険な私たちの身体。
004の身体のなかには水爆が在る。
002と009の身体のなかには原子炉が在る。
絶対に、放置できない。
今から何万年このままだとしても。
何万年か後の、文化を持った生物に発見されたとき。
私たちの「部品」は、必ず研究され利用される。
「戦闘用」サイボーグだもの。
全ての部品が、武器を作るための「情報」になってしまう。
そんな事は、絶対に避けるべきこと。
博士は泣きながら話した。
その時、私も泣いていたのだと思う。よく憶えていないけれど、たぶん。
だけど、私は博士と約束した。
最後に残った私が、始末をつけること。
博士は何度も何度も「すまん」と言ってくれた。
「こんな酷い事を頼むのは・・・したくないんじゃ。もし、ワシがその時その場に居るならワシがする」
だが、と博士は続けた。
「そんな状況は果てしなく低い確率なのじゃ。・・・拒否しても良いのだぞ、フランソワーズ」
「・・・いいえ。博士。私、やります」
微笑んだつもりだったけれど、うまく笑えていたのかどうか今でも自信がない。
何しろ、その後の博士の指示は・・・やっぱり、酷かったから。
最後に残った私が、みんなの始末をつける。
破片ひとつ残さぬように。
具体的には・・・
004の水爆を起動させるか、もしくは002か009の原子炉を破壊すること。
それは、核爆発になるのでは?
そんなこと、地球上でも他のどこでもできませんと、訴える私に、
宇宙空間なら・・・放射能に既に汚染されている場所でなら・・・問題ないと、そう言った博士。
君たちが「最後」を迎える可能性があるのは、宇宙空間での戦いもしくは放射能汚染区域での戦いになるからと。
・・・そうでなければ、サイボーグである私たちが「最後」を迎えるはずもなく。
生身の人間が「行けない場所」であるがために、私たちが闘う。
そのために造られたサイボーグなのだからと。
深呼吸する。
さあ。
しっかりするのよ、003。
私の・・・これは「特命」なんだから。
破片ひとつ残さずに。
それはもちろん、「私自身」も含まれる。
全員が「確実に壊れ」なければならない。
そのための目印が、この「女神像」だった。
みんながなるべく一つの地点に集まるように。
そうすれば、全員が「確実に」消える事ができる。
もちろん、出撃前にそんな事は言わなかった。
ただ、目印になるからと。そう言った。
みんな深く考えず了解してくれた。
・・・ううん。
違うわ。
もしかしたら、ひとりだけ。
そう。
ひとりだけ、気付いていたのかもしれない。
アイスブルーの瞳のひと。・・・アルベルト。
だから彼は最後に、女神像にもたれたのかもしれない。
一番、中心の地点に。ジェットと一緒に。
全員を回って、絶命していることを確認する。
もし、意識があったらパラライザーを使うつもりだったけれど、その必要は既になかった。
女神像にもたれている004。
その腹部に向けて銃を構える。
最大出力にして。
彼の水爆が起爆して、隣のジェットを巻き込んで誘爆するまで数秒。
その間に、私はジョーの元に走れるだろうか。
・・・こんな場合なのに。
最後はあなたの傍にいたいという願いを捨てきれない私。
あなたは笑うかしら。
しょうがないなぁ、って。
・・・不覚。
あなたの笑顔を思い出したら、鼻の奥がつんとした。
泣かない、って決めたのに。
泣いたらだめよフランソワーズ。
あなたは003なのだから。
乱暴に手の甲で顔を拭ってから、改めて構え直す。
ジョー。
待っててね。
撃ったら、すぐにあなたの元に走るから。
そして。
閃光。
ジョー。
あなたの傍に行くから。
もうちょっとで行くから。
待っててね。
びく、と身体が震えた。
ほんの一瞬。
「フランソワーズ?」
あなたが驚いて顔を覗き込む。
「どうかした?」
私は呆然と見つめ返す。
ここは確かにXポイントの甲板で。
私がいるのは、あなたの腕の中で。
思わずあなたの胸にすがりつく。
涙があとからあとから溢れてきて止まらない。
「フランソワーズ?」
あなたのオロオロした気配が伝わってくる。
「どうしたの?」
首を振って、ただ泣く私。
あなたは戸惑いながら、でもゆっくりとしっかりと抱き締めてくれた。
髪を撫でながら、耳元で優しく囁いてくれる。
「・・・大丈夫。大丈夫だから・・・泣かないで」
けれど、涙は止まらない。
くすっ。
小さく笑うあなた。
「しょうがないなぁ・・・」
ジョー、あなたは信じてくれるかしら。
いまこの一瞬、未来が視えてしまったという事を。
確信はないけれど、きっと私が視たのは紛れもなく未来の私達。
どこかの惑星で、静かに瞳を閉じる・・・。
みんな、死ぬ。
そんな未来を。
涙は止まらない。
未来なんて、視たくなかった。
なぜ視えてしまったの?
「ジョー」
「ん、なに?」
「もう一回、言って。・・・しょうがないなあ、って」
不思議そうな顔をして、でも微笑んであなたは言ってくれた。
「・・・しょうがないなぁ」
忘れないわ。きっと。
あなたのその笑顔。
ふ・・・と、私も笑えた。
まだ瞳に涙は残っているけれど。
私を見つめる、あなたの茶色の瞳。
忘れない。
忘れないわ。
絶対。