(2009年のお誕生日の出来事は
注:通して読むと全部で12ページあります)
Q1 「もうすぐお誕生日ですが、何が欲しいですか?」 「フランソワーズ。……と、一緒の時間」 それって去年と同じよとスリーは小さく呟いた。 「それに、……いつも一緒にいるじゃない」 どういう意味? けれどもナインは答えない。 「――まぁ、無理な話だけど」 スリーの口を手のひらで塞ぎ、ナインはそのまま彼女を抱き締めた。 本当に――そういう意味じゃないけど、でも…… 「まあ、いいや」 いつか、ね。 「ねえ、ジョー。ずうっと一緒にいるっていうの、それってつまりその……」 さらりと同意されたものの、それの意味するところを思うと、スリーの体温は上昇した。 今さら、そんなに慌てなくてもいいじゃない、もう……慣れているんだし、何回もしてるんだから。 そう思った途端、今度は自分の思考に慌てた。 いやだ、慣れてるってそういう意味じゃないし、何回もしてるなんてそんなの、 「……顔、赤いぞ」 ナインに言われ、声が裏返った。 「べべつにジョーのことを考えてたわけじゃ」 顔色ひとつ変わらないナイン。 だからスリーは大きく深呼吸した。ラジオ体操でするように。 ナインとずっと一緒。そう思っただけで、夜の……とても優しいナインと彼の肌の色を思い浮かべるなんておかしいのだ。自分は邪念に支配されている。 だからスリーは一生懸命、深呼吸をした。 「……ほっぺが真っ赤だな」 そうしてちらりと目が合って。 その瞬間、ナインは大笑いしていた。 「えっ、なあに、どうしたのよジョー」 透けて見えるスリーの気持ち。 「なあに、いやなジョーね、もう」 一日ずうっと一緒にいる。 ともかく、ずうっと一緒にいた。 同じようになるはずだ。 落ち着かない。 朝も昼も夜もその次の朝も。もしかするとお昼まで。 本当に、DVDを観たりお茶を飲んだりお喋りしたり、あるいは外へデートに出かけたり、もしくはナインのキッチンで一緒にケーキを作ったり。 ――そんなことを指すのだろうか。 ………………。 それは彼の誕生日だからというよりも、本当は――スリー自身も望んでいることだった。 ずうっとずうっとジョーと一緒にいる。 ジョーの――腕のなかで。 ジョーとずっと一緒にいる。 それの意味することを考えると、頬がどうにも熱くて仕方なかったけれど、スリーは頑張った。 と、なると。 あとは――あとの手段は。 落ち着かない。 さっさとこんなところ出なくては。 そう心に決めて、えいやっと目の前にあったDVDを掴んだ。 *** しばらくずんずん歩いて、そして――やっと大きく息を吐き出した。 スリーは考えた。 そうじゃないのだ。 なにしろ、……ナインの誕生日なのだから。 ナインはいったい、自分が何をどうすれば喜ぶのだろうか。 スリーはずっと考えていた。 ――やっぱり、もっと……アハンとかウフンとか何かこう……語彙があったほうがいいのだろうか。 しかし、だからといってそこそこもっととかそういうのは避けたかった。 スリーはそう思うのだ。 ただ、実際にそれをどうすればいいのかわからないし、きっかけがないのも確かだったから、ナインの誕生日というのは決心するには良いきっかけでもあった。 だから、できるだけのことをやってみよう。 そう思ってはいるのだけど。 なかなか思いつかないまま、その日が来てしまった。 *** 「あのう……ジョー?」 そういうわけにはいかない。 だからスリーは早口になりながら続けた。 ナインの眉間に皺が寄る。 「僕は言ってない。――誰に言われた?」 そうだったそうだったとスリーは大きく頷いた。 それがナインの望んだことであり、彼がもらった誕生日プレゼントでもあった。 「そうだけど――そうじゃなくて」 どきどきする。 ナインと肌を合わせるというのは、いつもいつも――恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなくて、でも――嬉しくて。 いらいらとした声。 ナインの頬が緩んだ。 「いいよ。僕にはこうしているだけでじゅうぶんすぎるくらいさ」 スリーは大きく頷いた。 「うーん。そりゃ、くれるっていうなら貰うけど、でも……今、かあ」 参ったなと言うナイン。 「えっ、何?」 ナインの上に乗ったものの、ここから何をどうしたらいいのかさっぱりわからない。 「その――いつもジョーが進めるでしょう?だから、たまには私がその、いろいろするから、ジョーはちょっと休んでいて……いいの、よ?」 お誕生日なんだし、何にもしなくていいの。と一息に言ってしまう。 「え、と……」 ああそうだ、ちゅーするだけじゃなくて、どこか――触るんだわ。このままじゃ手がお留守だもの。 でも。 順番から言えば、次はたぶん胸になるのだろうけれど、男のひとにも有効なのだろうか? スリーにはわからない。 ナインの胸が震えている。 くすぐったいのだろうか。 そう思ったから、ここはいつも彼が言っているようなことを言わなくてはとスリーは口を開いた。 「ジョー。くすぐったい?」 笑い混じりの声で言われ、思わずスリーが顔を上げると。 「なによ、どうして笑うのっ」 ひどいわ、とスリーが訴えるのにも耳を貸さず、憑かれたようにナインは笑い続けた。 「駄目よ、ジョー。今日は違うのっ」 まだ笑いが抜けきらないナインの声。 「だって」 一大決心だったのに。 それを笑い飛ばされて、スリーは恥ずかしいのと情けないのとで泣きそうだった。 あんまり可愛くて、嬉しくて。 「うん――嬉しすぎると笑うんだ」 そうしてナインはそのままスリーを抱き締めて、彼女の肩に鼻を埋めた。 「しばらくこのままでいてくれ」
「ま。ジョーったら」
「そういう意味じゃないよ」
「えっ?」
首を傾げじっと見つめる蒼い瞳をしばし見つめ、そうして大きく息をついた。
「無理って何が?」
「オコサマにはまだ早いってこと」
「ま!私、オコサマじゃないもん!」
「はいはい」
「オトナだもん」
「そうだったね」
「だってジョーがオトナに」
「はい、そこまで」
「何が?」
「何でもない」
いつか――
Q2.「「お誕生日。さて、どうする?何をする?」
いつもの朝。
ギルモア邸のリビングでコーヒーを飲んでいるときだった。
スリーがもじもじと言いにくそうに言う。
ナインはただ黙って、カップの縁からスリーを見ていた。
「だ、だから、その、……つまり」
「つまり?」
「あの、私、お泊まりする……ってことよね?」
「そうだね」
「で……」
頬が燃えるように熱い。
「えっ!?」
「ふうん。考えてたんだ?」
「かっ、考えてたなんて言ってないもんっ」
「そう?」
「そうよっ」
口調もいつもと変わらなかったから、ナインは自分をからかって遊ぼうとしているようではなかった。
スリーはそう判断した。
ナインはただ単に事実を指摘しただけで、それ以上でも以下でもないのだ。
自分の顔が赤いのを不思議に思っただけで。
大体、彼だってそういう意味でいるわけではないかもしれないのだ。
ずっと一緒にレイトショーを観るだけなのかもしれないし、夜通しドライブなのかもしれない。
ともかく、こんなオカシナ妄想はどこかへやらなくては。
「なんでもないわ、放っておいて頂戴」
「うん、まあ、いいけど……」
「いやあ、なんでもないよっ」
それが嬉しくてくすぐったくて、ナインは笑った。
Q3. 「お誕生日。さあ、どうしましょう?」
それは、去年の誕生日に実行したことだった。当日の朝8時から翌日の朝8時までの24時間限定で。
もっとも、翌日は朝8時よりも随分延長してしまったけれど。
だから、今年もそうしたいとナインが望むのなら、同じようにするしかない。
なるはずなのだけれど。
どうも何だか意味が違うような気がして仕方がない。
ずうっとずうっと一緒にいる。
ずうっと。
ずうーーーーーーっと。
それは――
違うような気がする。
違うだろう、きっと。
違わなくてはいけない。
違うべきである。
スリーは大きく大きく息をついた。
それはため息ではなく、あるいは決心の深呼吸なのかもしれなかった。
私はずうっとジョーと一緒にいることに決めた。
それも――ジョーが望むように。
一緒に過ごす。
Q4. 「そしてどうなった?」
彼の腕のなかで。
なにしろ自分には絶対的に足りないものがある。
それは知識と経験。
どちらもナインと比べたら天地の差がある。
が、とはいえ、それを埋めるために他の相手で経験を積むなど絶対にできないし、したくない。
だから、互いの差は永遠に埋まらない。
「……DVDと、……本。……かしら」
そんなわけで、いま――レンタルショップのAVコーナーにいるのであった。
今まで足を踏み入れたことのない領域。
そこにいるだけでも落ち着かないのに、先刻から隣にいる男性が遠慮なく自分に這わせてくる視線。
悩むことなんかない、どうせわからないのだからどれでもいいではないか。
――ひっ。
手に取ったDVDの表紙が目に入り、危うく取り落とすところだった。
やっぱり無理っ。
あられもない姿の女性を目にして、スリーは電光石火の早業でそれを戻すと脱兎のように逃げ出した。
普通のコーナーに出ても、瞼の裏に刻まれた女性の姿がちかちか瞬いて、スリーはそのまま外に出た。
結局、何も借りずに。
――こんなんじゃ、駄目だわ。
けれど、先刻の場所に戻るのは無理な相談だった。
とはいえ。
だったら、絶対的に足りない知識をどこでどう補えばいいのだろう?
悩んだ。
そして。
そんなことは――結局、ナインに任せるしかないのではないだろうか。という結論に達した。
が。
「ううん、駄目よ!」
頭を振ると、ともすれば頼ってしまうナインの姿を脳裏から消した。
スリーが考えているのは、そういうことではない。
自分から、何か。
何か、彼が喜ぶようなことを――
Q5.「プレゼントは・・・」
洗濯物を干しながら考えて、料理をしながら考えて。それこそ、寝てもさめても考え続けた。
それは、以前の彼女から見ればとんでもない事態ではあるのだけど、少しは彼女も成長していた。
と、言えるのかどうかわからないが、少なくともタブーではないのは確かだった。
いくらナインが「くすぐったい、じゃなくて、気持ちいい、だろ?」と言ってもなかなかそうは言えないスリーであったし、そんな彼女が不満かといえばそういうことはないようなナインなのである。
いやむしろ、そのままの――ありのままの、今のスリーがいいと彼は言うのだ。
だからずっとそれに甘えてきたけれど、そろそろ脱却すべきときではなかろうか。
「ん?なに?」
どんどん脱がされてゆく衣類を見ないようにして、スリーは問うていた。
「あの……私、ずっと考えていたんだけど」
「ふうん。何かな」
ナインの唇が頬や耳たぶを掠める。
「あの、……前に言っていたでしょう」
「うん?僕、何か言ったかな」
「ええ、あの」
ナインがあちこち触るのでスリーは落ち着かない。
このままだといつものように彼のペースである。
今日は――今日だけは。
「その……時には娼婦のように、って」
「えっ!?」
思わず止まったナインの手。スリーはもじもじとシーツの端を引き寄せた。
「――言ってないよ、そんなこと」
「えっ、ううん、誰にも言われてないわ。ええと、その……私が言ったんだわ、ええ」
しかし、ナインの目は険しくなったままだった。
「フランソワーズ?」
スリーはそろそろと目を上げて――ナインと向き合った。
「あの。き、今日はジョーのお誕生日だし。その、……私から何かあげたいな、って……」
「だからずっと一緒にいるんだろう?」
「なに?今さら別のものにするって言われても返さないよ?」
強引に抱き締められ、倒されて。
スリーの心臓は早鐘を打つ。
ここは――この段階は、いくら同じことを繰り返しても、慣れない。
「そうじゃないの、そうじゃなくて……ちょっと待って」
なんとか彼の胸を押し戻す。
不審に光るナインの瞳。
「……今日のフランソワーズは何か変だな。本当に何があったんだい?」
怒っているのかもしれない。が、それでもナインは何とか自分の話を聞いてくれようとしている。
男のひとがその一連の行為の途中で止まるというのは強い意思が必要だと本に書いてあった。
自分勝手に進めないで、待ってくれる。
それだけでスリーは胸がいっぱいになってしまったけれど、ここは泣いている場合じゃない頑張らなくてはと自身を鼓舞した。
「あの、今日はジョーのお誕生日でしょう」
「うん」
「だから、その、……もうひとつプレゼントしたいな、って……」
「――なんだ、そんなことか」
安心したかのように瞳が優しくなる。
「でも」
「それにもうひとつって言われても、それって今じゃないといけないのかい?」
その彼の首に両手を投げかけ、フランソワーズは体を起こすとくるりと天地を反転させた。
「あの、今日はその、私が」
とてもナインの顔を見られない。
見られないけれど、このまま黙って彼の返事を待つのも妙な間である。
だからスリーは、とりあえずはちゅーよね、と心のなかで言って、ナインの頬にくちづけた。
それから。
黙ったままのナインの顔を見ないように目を伏せて、そのまま彼の首筋にキスをする。
――それから。
それから……いつもジョーはどうしていたんだっけ?
わからないけれど、でも――とにかくやってみるしかない、とナインの胸にキスをした。
「ああ。くすぐったいね」
「違うでしょう。くすぐったい、じゃなくて、気持ちいいでしょ?」
「ああ、そうだったね――気持ちいい……」
そこには笑いを堪えたナインがいた。
目が合うと、たまらず噴出した。どうやら彼の胸が震えていたのは笑いを堪えていたせいだったようだ。
あんまり笑うので、スリーはその振動で彼の上からころんと隣に転がった。慌てて体を起こし、再びナインの上に上がろうとしたところで――当の彼に組み伏せられた。
「いいよ、もう」
「あー、苦しい。いいよもう……本当に」
「だって、……笑うなんてひどいわ」
「――違うよ。そうじゃないよ。……ありがとう」
「えっ?」
「うん。いいプレゼントだった」
「え、でもまだ途中で」
「うん。いいんだ。じゅうぶんだよ」
「でも」
「嬉しかったから」
「だって、笑ってたじゃない」
「そうだね」
こんな可愛くて嬉しいプレゼントを貰うのは初めてだったから。
「ジョーってそういうひとだったかしら?」
「うん。今そうなったようだ」
「……ジョー?」
そうじゃないと泣きそうだったから。
HAPPY BIRTHDAY,JOE !!