「素直になった誕生日」
誕生日がきた。 と、いうことはもう一年が経ったということだ。 早いな、とナインは思った。 実際、月日の過ぎ去るのが早く感じる。ここ数年は特に。 誕生日について特に感慨はない。 一年に一度必ずやってくる日。 ナインにとってはそれだけだった。 良い思い出も悪い思い出もない。 いや。 そうでもない。 「お誕生日おめでとう、ジョー」 とスリーに言われるのは特別な事に違いない。 年に一度の特別な日。 「…今年も言ってくれるのかな」 と。 お誕生日おめでとう、ジョー。 16日の朝早く、いつものようにギルモア邸にやって来たナインはスリーの姿が見えず困惑した。 「フランソワーズは?」 けれどもコーヒーは出来ており、しっかり保温されていた。いつものように。 「ふうん?だったら庭にでもいるんじゃない」 ざっと見たがいなかったのだ。 「何もそう心配しなくても、スリーだって子供じゃないんだからさ」 そのうち来るよと欠伸混じりに言いながら、セブンは洗面所に向かった。 再びひとりになった。 確かにスリーは子供ではない。 しかし。 なんだか妙に落ち着かないのだった。 「フランソワーズ!」 「きゃっ」 「事件?」 「いや、そんなのは」 ないよと言って、いやでもスリーがいなかったのはちょっとした事件だったと思い直した。 「そんなことより、どうして下にいなかったんだ。何かあったのかと思っただろ!」 知らず口調が怒ったようになる。 「えっ、だって…」 スリーは気押されたように、ただじっとナインを見つめた。 「な、なんだ?」 そして、くすりと笑った。 「なんだ、人の顔を見て笑うのは失礼だろう!」 スリーのくすくす笑いは止まらない。 「…えっ…」 眩暈がした。 「なっ…」 いつもより一時間早いというのは、かなりオマケした表現だった。 「…なんで」 間違えたのだろう? 「ジョーったら」 くすくす笑いのスリーがナインの頬をつついた。 「早起きなのはお誕生日だから?普通の日と変わりないさ、なーんて言ってたけど、お誕生日がくるの、楽しみだったんでしょう」 ないぞと言いかけたのだけれど。 でも。 「ジョー?どうかした?」 蒼い瞳が覗き込んでくる。 「お腹空いた?ごはんならすぐ用意できるから、大丈夫よ」 優しく髪を撫でられる。 「うん…早く起きたから腹減ったな」 ナインも笑う。 「今日はお誕生日だもの。ジョーの好きなもの何でも作るわ」 いつもと変わらない日常がまた始まる。 少しだけ、自分の気持ちに素直になった、そんな誕生日だった。
自分もそういう年齢になったのかなと思った。
うんと若い時は、一年なんてとても長くて仕方なかったのに。
しかも彼女は誕生日プレゼントまでくれるのだ。それも、ナインの一番欲しいものを。
これは絶対に特別な事であり、従ってそれらが発生するナインの誕生日は特別な日に違いない。
お誕生日おめでとう、ジョー。
と、言ってくれるはずの人は不在だった。
リビングで首を捻っているとセブンが大きな欠伸と共に現れたので、訊いてみる。
「知らないよ。オイラいま起きたとこだもん。キッチンにいるんじゃない?」
「さっき見たけどいなかった」
「…」
いつも彼女を子供扱いしている自分が言うのもなんだが、スリーは子供ではないのだ。
だから、彼女が自分の意思で外出しているのなら何も心配することはない。帰るのを待っていればいい。
もしやと思ってスリーの自室に行ってみたら、思い人はあっさり見付かった。
鏡に向かって優雅に髪をとかしているところだった。
そこへ必死の形相でナインが踏み込んだから、スリーは飛び上がった。
「ジョー!?どうしたの!?」
つられたのか、スリーも顔が険しくなった。
「何か事件でも?」
ナインが眉間に皺を寄せる。
少なくとも自分にとってはそうだった。
いつもの時間のいつもの場所にスリーがいないのが、こんなに落ち着かないものだとは知らなかったのだ。
「いつもの時間にいないのなんか初めてじゃないか」
「いつもの時間…」
「だって」
「いつもより一時間早いのよ?」
一時間早い…?
ナインは腕時計を見た。
正確にはもっともっと早かった。
自分はいつものようにいつもの時間に起きてここに来たのだ。
つもりだった。
「えっ、そんなことは」
「…案外、そうかもしれないな」
誕生日なぞに興味はないけれど。
でも、自分が生まれたことを喜んでくれる人がいる。少なくとも、世界に一人は確実に。その一人に会って、祝って欲しかったのは事実。
だから、いつもより早く起きてしまったのだろうか?
だとすれば、自分のほうがよっぽど子供だなあとナインは思った。
普段なら、すぐ顔を背けるところだったけれど、今日はなんだかしばらくこのままでいたかった。
「そうでしょう。そういう顔してるもの」
「そういう顔ってどんなだよ」
「…うん」
「お誕生日おめでとう、ジョー」
いつもと変わらない日。
でも、いつもより早い朝はいつもより少しだけ二人でいる時間が多くなって、そのぶんいつもより甘えたくなった。
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