「目指せ!バースデーケーキ」
〜ジョーの誕生日2013〜
――もうすぐお誕生日ね、ジョー。今年もケーキを焼くから楽しみにしててね。 可愛く笑ってそう言ったフランソワーズ。 特別だと言い切る理由は他にある。 それは、毎年彼女の成長を見ることができるからだ。 初めて彼女の作ったケーキを食べたのはいつだったか――咄嗟に思い出せないが、まぁそれは酷いものだった。 これは、どんな賞をとったプロが作るケーキよりも価値がある。
―1―
僕は彼女の言うところのバースデーケーキが実は毎年楽しみだった。
言っておくが、物凄く美味しいというわけではないし、特に何か凝っているデコレーションというわけでもない。
世間一般的な味覚に照らし合わせれば、お世辞にも美味いケーキとは言えないだろう。
が。
僕にとっては特別だった。
別に「愛があるから」なんていうクソ甘い理由などからではない。そんな色眼鏡をかけたら彼女は非常に不本意だろう。おそらく公平な評価を求めているだろうから。
だが、毎年毎年作るたびに少しずつ腕をあげているのは確かだった。
彼女の向上心は侮れない。
そして僕は、そんな彼女の努力の結晶を毎年味わうのがとても楽しみなのだ。
なのに。 5月16日、僕が今居るのはギルモア邸でも自分の家でもなく、とある別荘地にある豪華なホテルのレストランだった。目の前にはコース料理が並び、テーブルの向かいには見知らぬ女性が座っている。その隣にはナントカ博士(名前は覚えていない)。ミッションのお礼だとか何とか言っていた。 ――そんなミッション、あったかな? 内心首を捻ったが、目の前ではさも覚えているかのように振舞うしかなかった。 ……それにしても。 三ツ星だか何だか知らないが、――はっきり言って、僕はフランソワーズの料理のほうが好きだ。こんなクソ不味い料理を食ってるひまなんてないんだ(作ってくれたひとゴメンナサイ)。 僕は食事をし、会話をこなしながら気もそぞろだった。 冗談じゃない。 フランソワーズの作る「今年のケーキ」を食べずに誕生日を終わらせられるもんか。 絶対に食べるんだ。 フランソワーズのバースデーケーキを。
―2―
ゼロゼロナインは外交面でもミスは許されない。
なにしろ僕は――僕たちサイボーグは、いつ命を絶つ事態に陥るのか先が見えないのだから。だから、もしも一生に食事をする回数が決まっているのだとしたら、ここで貴重な一回を無駄にしたくはない。
いつどうやってここから脱出しようかそればかり考えていた。
時間的に言っても今は夜だし、自然の流れで考えれば今日はこのホテルに泊まるのだろう。
今年はどのくらい上手くなっているのか確認せずにいるなんてそんな勿体無いことなどできない。
そんなわけで、僕は今、ギルモア邸に向かって走っていた。 僕が、誕生日に予定が入ってると言った時、一瞬だけ息を止めたがすぐに笑って、じゃあ仕方ないわねと言った。 だからきっと作っているはずだ。
―3―
真夜中だ。
こんなこともあろうかと防護服を持ってきておいてよかった。
同行していたナントカ博士とその娘、それから助手の男――みんな置いてきてしまったけれど、まあ許してくれるだろう。彼らが気付くのはどうせ朝になってからだ。ちゃんと「急用ができたので帰ります」と伝言も残してきた。
フランソワーズ。
可愛く笑ったあの顔ばかり浮かんでしまう。
でも一応ケーキは作ろうかしら――と呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
彼女はそういう子なんだ。
そして、彼女が僕のために作ったものを僕が食べないなどということは絶対に、無い。
天地神明に誓って、無いのだ。
だから僕は走る。
フランソワーズのケーキを目指して。
「何言ってんのさ、アニキ。そんなのみんなで分けて食べちゃったに決まってるだろ」 そう言ってこちらを睨んだセブン。 「――アニキだって知ってたら起きなかったのにさ。言っておいてくれよぅ」 ああ眠いとうらめしそうにこちらを見る。 「悪かったよ。で、その――」 しかし、フランソワーズのことだ。僕のぶんをとっておいてくれたりなんてことは―― 「アニキ。ケーキって生ものだよ?スリーがとっておくわけないジャン」 未練がましくキッチンであちこち覗いて捜す僕に、セブンは呆れたように言った。 「今年は諦めたら?アニキ」 今年の誕生日は最悪だ。
―4―
――そういうお前はなぜこんな遅くまで起きている。もう夜中だぞ。
「……フランソワーズはどこだ」
「もう寝てるに決まってるだろ。何時だと思ってんのさ」
「セブン。それをきみが言うか?」
「オイラだって眠いさ。でもさ、真夜中に訪ねてきたひとがいたらしょうがないだろう」
まぁ、確かに一理ある。
夜中――というより未明の時間に訪問者があったとして、老人や若い女性を応対に出すわけがない。
だからセブンというわけだ。子供とはいっても、いちおう戦士ではあるわけだし。
「だから、ケーキなんて無いってば」
僕はがっくりと膝をついた。
休まず走ってきた疲れが一気に出たような気がした。
間違いない。
「とってあるに決まってるでしょう」 「――隠しておいたのよ。そうじゃないと夜中にこっそりセブンに食べられちゃうわ」 どこに隠しておいたのかは内緒のようだった。 「お誕生日だもの。ジョーにケーキを食べて欲しい…って、私が勝手にそう思っているだけなんだけど」 一方通行では決して無い。僕だって毎年フランソワーズのケーキを食べたいのだ。 「はい、あーん」 常識よと小首をかしげたフランソワーズは、それはもう反則だった。 「…………常識なら、仕方ない」 フランソワーズがにっこり笑った。 別に特記すべきことでもなんでもない、常識の範疇なのだから。
―5―
翌日。
コーヒーと共にケーキの載った皿を差し出され、僕は思わず立ち上がった。
「いったいどこにあったんだっ」
あんなに捜したのに見つからなかった。
冷蔵庫にも戸棚にも実験室にもどこにもなかったのに。魔法か?
気になるが、それは措いておこう。
「いや……」
「えっ?」
「いいじゃない」
「いや、よくない」
「どうして?」
「僕はコドモじゃない。自分で食べられるからだ」
「でも彼氏でしょう」
「彼氏だが、それがこれとどういう関連があるんだ」
「恋人同士なんだから、アリってことよ?」
「知らん。そんな理屈」
「私は知ってるの。――常識よ?」
「じ……」
自分がどのくらい可愛く見えるのか知らないのか。
誕生日は最悪だったが、翌日のこれは――いや、言わないでおこう。
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