「花言葉は・・・」

 

 

僕は赤いチューリップの花束を覗き込み、上機嫌だった。

どんな顔するかな、フランソワーズ。
きっと、「うれしいわ。ありがとうジョー」と言って、そうして頬を染めて嬉しそうに笑うんだ。

僕はフランソワーズの笑顔を思い浮かべ、思わずつられて微笑んだ。
道行くひとが変な目で見たって全然、気にならない。
だって僕は――幸せなんだから。

どうしてだろう?
フランソワーズの顔を思い浮かべるだけで、心のなかがあったかくなって――嬉しくなって、気持ちが浮き立つような感じになる。
なんだか落ち着かないような、何か楽しいことが待っているような、わくわくどきどきした気分。

ああ、早く会いたいな。
早く可愛い笑顔が見たい。
それだけで僕は、生きてて良かったって思うんだ。

大袈裟なもんか。本当だよ?フランソワーズ――

 

 

 

 

ホワイトデーだから、外で食事しようと誘ったデートだった。

今度こそ、絶対にレストランで食事をするんだ。
今まで、クリスマスもバースデーもバレンタインも、予約していたのにどれも反古になった。
僕たちのデートはチープにあがるようにできているのだろうか?と真剣に悩んだくらいだった。

待ち合わせの時間まであと10分ある。
10分も前に着いてしまうなんて、我ながら笑ってしまう。

全く、僕はどれだけきみに会いたいんだ。
昨日も会ったばかりなのに。

けれども、待ち合わせ場所に着くと、既にフランソワーズはそこにいた。
なんだ、きみも僕に早く会いたかったのか――と嬉しくなって、足早に彼女の元へ向かったのだけど。

彼女の隣にいた男。
気にも留めていなかった。たまたま、そこに立っているだけの、誰かと待ち合わせの人だと思っていたから。

だけど違った。

フランソワーズはその男を見上げ、嬉しそうに笑うとバッグからなにやら取り出し――ソイツに渡した。
男は大仰な素振りで受け取ると、馴れ馴れしく彼女の肩に手をかけた。

 

「――やあ、フランソワーズ。待ったかい?」
「ジョー!」

フランソワーズの顔がぱあっと輝く。
まったく、本当にきみは何て可愛いんだ。

「ううん、いま来たところよ!」

ああもう、そんな嘘をつくところも可愛い。

「――で、こちらは?」

僕はさりげなくフランソワーズの肩に手をかけるとこちら側に引き寄せた。
目は男から離さない。
ヤツはフランソワーズにかけていた手をさっと引っ込めると、軽く会釈をした。

「バレエのお友達なの」
「へぇ――そう」

ソイツがどうしてここにいるんだ。
が、その答えは続くフランソワーズの声で明らかになった。

「今日はホワイトデーでしょう?だから、チョコのお返しにキャンデーをあげたのよ」
「・・・チョコのお返し?」

それは男性から女性にするものではなかったか。

「今年は逆チョコっていうのがあったでしょう?それで、チョコを貰ったから、だから」

 

――チョコ?

――貰った?

 

聞いてない。

僕は聞いてないぞ、そんなこと。

 

「あ、でも義理だから」

慌てたように訂正するバレエの友人だという男。

当たり前だ、そんなもの。
本命であってたまるもんか。
何を勝手にひとの女に手をだしやがる。ざけんなよ。

 

「ジョー」

つん、と袖が引かれ、僕は我に返った。

「もう・・・怖い顔。どうしたの?」
「いや、別に。何でもないよ」

危ない。
こんなことで怒ったなんて彼女に知られたら、心の狭い男だと思われてしまう。

――落ち着け。

ただの、中元歳暮のお返しみたいなもんだ。彼女があげたものは。

 

「――すみませんが、これから彼女は用事があるので失礼します」

僕は笑顔でヤツに申し渡し――フランソワーズの手を引いて歩き出した。僕の速度で。
小走りになったフランソワーズは、後ろを振り返り振り返りしていたけれども、しばらくして膨れっ面で僕に言った。

「もうっ・・・あんなの、失礼よ?ジョー」
「そうか?」

僕の誠意のない声にかちんときたのか、フランソワーズは手を振り解くと柳眉を逆立てた。

「全然、反省の色が見えないわ。私のお友達にどうして失礼な態度をとるの?」
「・・・お友達」
「ええ。大切なお友達よ?」
「・・・・・・・あ、そ」

相手にせず歩き出した僕に、しばらくどうしようか迷って――結局、僕の後を追ったフランソワーズは、そのままするりと僕の手の中に自分の手を滑り込ませた。
そうして、ぎゅうっと握った。

「痛いよ」
「お仕置きよ。失礼なことしたのに反省してないから」
「・・・・」
「いくらヤキモチやいたからって、ああいうのは許しません」
「――別に妬いてないよ」

するとフランソワーズはじいっと僕の顔を見つめた。

「・・・何だよ」
「べつにっ」

くすりと笑みを洩らす彼女に、なんだか全部見透かされているようで――僕は熱くなった頬を悟られないように、さっきから持ったまま渡せずにいた赤いチューリップの花束を彼女の目の前に突き出した。

「ん」
「えっ?」
「プレゼント。ホワイトデーの」

フランソワーズはぱっと頬を染めると、嬉しそうに可愛く微笑んだ。

「ありがとう・・・・キレイ・・・」

花をそうっと覗き込む。
その仕草が可愛くて、思わず見惚れていたら。

「――そういえば、確か花言葉って・・・キレイな瞳っていうんだったわよね?」
「う?うん」

――そうだったかな?

「私が003だから、選んだ花なのよね」

あまりにも。
さらりと言うから。

「違うよ」
「え、だって去年、そうだ、って・・・・」

不思議そうに見つめる蒼い瞳。
そのキレイな瞳を見つめながら、確かにフランソワーズはキレイな瞳だけど、と思う。
でも――だから毎年この花を渡しているわけではない。

「――花言葉はもうひとつあるんだ」
「もうひとつ?」

 

――そう。

ずっと――言えなかった花言葉。

 

「それって、どんなのなの?」
「・・・それはね」

期待に満ちたフランソワーズの顔を見て、僕はやっぱり言えなくなった。
――素面で言うにはまだ時間が早いし、それにやっぱり・・・恥ずかしすぎる。

「――食事のあとで教えるよ」
「えー。もうっ、ジョーったらズルイっ」

膨れっ面で拗ねるフランソワーズの頬をつついてからかって、じゃれながら歩いて――予約したレストランはもうすぐそこだった。

 

――だってさ、フランソワーズ。
赤いチューリップの花言葉って「愛の告白」なんだぜ?

そんなの、――今さら言うのなんか・・・

 

・・・後でもいいだろう?

 

 

 

 

 

「さあ、着いた」

けれどもフランソワーズは頬を膨らませて拗ねたままだった。
僕がふざけて頬をつついてばかりいたから、怒ったのかもしれない。

「ほら、フランソワーズ。そんな不細工な顔してたら店のひとが通してくれないかもしれないぞ」
「そんなわけないでしょ!ジョーの意地悪っ」
「だってさ。花言葉が「愛の告白」だなんて素面で言えるもんか」
「――えっ?」

 

あ。

 

 

 

 

 

 

そのあとずっとフランソワーズの機嫌が良かったことは言うまでもない。
こんなに嬉しそうに可愛く笑ってくれるんだったら・・・もっと早く言っておけばよかったな。

と、ちょっとだけ後悔した。

 

ほんの、ちょっとだけ。