「王子さま」
「は…王子さま?」 「そう。仮装するの」 興味なさそうにふいっと顔を前に向けるとスリーの手を握り直して再び歩き始めるナイン。少し小走りになりながら、そっとナインの横顔を見つめ本当に興味がないのだと確認した。 「ジョー、歩くの早いわ」 今日はクラシックコンサートの帰りである。 ハロウィンの仮装。 バレエ教室の仲間に誘われたから、みんなで何かストーリーのあるものをするのかと思ったら全員がお姫様をするのだという。そして王子さまが足りないので彼氏を動員する――という話。 ジョーなら似合うと思うのに。 しかし、ふたつ返事でやってくれそうで、でもきっと絶対にやってくれはしないだろうと想像はついていた。 「駄目?」 そうよね。 「でも見たいなあ、ジョーの王子さま」 まあ、確かに。 「でも、私はお姫様をするのよ。誰かエスコートし」 ぎょっとして立ち止まったから、スリーはナインの肩におでこをぶつけた。 「聞いてないぞ」 するといったい彼のなかで何が起こっているのだろう。頬が少し紅潮し瞳が輝いた。 「へえ…馬子にも衣装ってヤツか」 かぐや姫には特定の相手はいないのだから、王子役など必要ないはずである。 が。
耳を疑うように顔をしかめ、一緒に足も止まったナインに驚きすぎじゃない?とスリーは内心ため息をついた。
全く、王子さまという単語に反応しすぎ。
「仮装?なぜ」
「ハロウィンだからに決まってるじゃない」
「――ハロウィン?日本にはなじみのない文化のはずだが」
「それがそうでもないのよ。もう――何年になるんだっけ?忘れちゃったけど」
「――フウン」
「あ…っと、すまん」
元々きちんとした格好のナインだから、普通にしてても王子さまっぽいのだけれど…とスリーは思う。
が、それとこれとは話が別である。
彼が「ちゃんとした王子様」の格好をするのを見てみたいという願望はある。
なぜなら、彼にとって「王子さま」というのは禁句なのだ。
ナインにとっては――彼曰く「恋敵にもならないけどな」――気にしていないようで非常に気にしている相手なのである。きっと今も彼の脳内に甦っているに違いない。
「何が」
「王子さま」
「どちらかといえば嫌だ」
「僕は王子さまって柄じゃないだろ。どちらかというと騎士だ。あるいは警備隊長」
「えっ!?」
「言ったわ」
「――姫?」
「ええ」
「ま。失礼ね。ちゃんとしたお姫様するのよ。――かぐや姫」
「かぐや姫?なぜ日本の」
「だって、外国のお姫さまをやったら仮装にならないじゃないってみんなが」
「なるほど。…って、あれ?かぐや姫に王子は出てこないぞ」
「そうね」
「えっ、いったいどういうことだ?」
「いいじゃないそんな細かい事は」
「いいや駄目だ。大事なことだ」
「だってどうせやらないんでしょう」
「そんなことは言っていない」
「さっき嫌だって言ったじゃない」
「言ってない。そうだ、待てよ。だったら僕は帝か?」
「かぐや姫は帝とは結ばれないわ」
「――ともかく和装か。だったら僕は別にやっても」
「えっ、いいの?」
「ああ。そうだな」
――だったら、姫の無理難題を解いて隣に立つ役を作ってもいいだろう。
他の誰かにその立ち居地を譲る気は毛頭無いナインであった。
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