(7)

 

「もうっ。待ってって言ったのに」

手を繋いで雑踏を歩く。
唇を尖らせているのはスリー。ナインは聞いているのか聞いてないのか鼻歌混じりだった。


「ジョー。聞いてる?」
「聞いてるよ」
「だって、トイレの前だったのよ?信じられない」

バレンタインデーにキスしたのはトイレの前だった。とは、とてもじゃないがひとに言える話ではない。
いや、笑いをとるなら話せるだろうか。

「別にいいだろう、どこでも」
「だってムードも何もないし、それに」

たくさんチューをするのって私からの提案だったのに。

「・・・ずるいわ、ジョーばっかり」
「うん?」

機嫌の良いナインの横顔を見つめ、スリーはそっとその肩に頬を寄せた。

「――いいわ。後でうんと特別扱いしちゃうから」


「ハリケーン・ジョー」は好きだけれど、それはスリーにとっては知らないひとだった。
彼はみんなのものでありそれ以上でも以下でもない。
けれど、「ジョー」で「ナイン」の時は、彼の全てを独り占めすることだっておそらく可能なはずだった。

「特別扱い」したいし、されたい。

でもそれは普段の日常のなかにあるのだろう。


「・・・チョコは無いけど」

思い出して気持ちが沈んだ。

「チョコ?」
「ええ。渡したけど、どこかに行っちゃったでしょう?」
「うーん。そうだね」

落ち込むスリーを見つめ、ナインはコートのポケットから魔法のように箱を取り出した。

「じゃあ僕から」
「えっ、これって」
「逆チョコってやつさ」

その箱は先刻まで大事にスリーが握り締めていたものだった。が、既に手放したはずのものでもあった。
言われるままに受け取ると、それは異様に軽かった。

「・・・空っぽじゃない」
「当たり前だ」

えへんと胸を張ってナインは宣言した。

「きみの作ったものを僕が食べないでどうする!」

スリーの瞳が丸くなった。

「食べちゃったの?」
「ああ」
「全部?」
「もちろん」
「いつ?」
「さっき。迎えに来る前」

しかし、他のチョコと同様に一緒くたにされていたはずである。傍らに置かれた箱にしまわれるのをスリーは見て知っていた。更にその上にどんどんチョコが重ねられていくのも。


「ふん。特別扱いするに決まってるだろう!」


いったいどうやって見つけたのか。
そもそも、スリーの渡した箱を一瞥しただけの彼がそれをどうやって探し出したのか。

 

――特別扱い。


スリーはなんだかくすぐったい気持ちになって、そうしてさっきまでの落ち込んだ気持ちが軽くなるのを感じた。


――どうしてジョーと一緒にいるとあったかいのかしら。


「ふふっ、ジョーの手ってあったかい」
「そうだろう?冬には便利にできている」
「じゃあ、ずうっとこうしてていい?」

ナインはちらりとスリーを見て、そうして目を逸らせた。
前を向いたまま投げ出すように言う。


「――好きにすれば」

「はい」

 

 


      おまけ