「イチゴな気分」
2月14日。 にこにこ二人を見ているスリー。 チョコレートと戯れる男性陣? いかにも今日はバレンタインデーである。 「オイラはバナナが好きだなあ」 スリーは笑いながらセブンの頬をつっついた。 「う。触るなよぅ」 今年のバレンタインチョコはチョコレートフォンデュであった。溶けたチョコレートに好きなものを浸して食べる仕様であり、セブンは大喜びだった。用意したのはバナナやイチゴなどのフルーツとマシュマロ、チーズ、カットしたパンなどである。 が 「あら、ジョー?どうかした?」 イチゴを手にしたまま何やら考え込んでいる風のナインである。 「……イヤ、どうもしないよ」 チョコを挟んで睨み合う二人に苦笑しながら、さっきのナインは気のせいだったかしらとスリーは思った。 きっと気のせいなのだろう。 バレンタインデーにチョコレート。 どうせ二人っきりで過ごすんだろ、とヘソを曲げていたセブンにそんなわけないでしょうと笑ったのはスリーだった。 ナインは大喜びしているセブンを満足げに眺め、イチゴを手に取った。 と フランソワーズ。 イチゴを見ると毎回思い出してしまうわけではないが、それでもたまに――ごくごくたまに――思い出すことがある。 そこまでいくのに随分かかった。 そして、そこから先に行くのにもかなりかかった。 が いずれも急ぐ気は全くなかった。 自分はリーダーだから、彼女はただ命令に逆らえなかっただけではないのか そんなことまで考えた。何度も何度も。 いやそんなことはないと己を鼓舞するものの、彼女を前にするとまったくもって自信がない。まっすぐな瞳を向けられ、信頼に満ちた視線を受けるのは常であるが、その根底に自分と同じ深い思いがあるのかどうかそこまでは測れない。 だから、自信満々に見えても、ナインは常に手探り状態であった。 それに 心配そうなスリーの瞳。彼女はナインが何か憂うとすぐに気付くのだ。 「……なんでもないよ」 そう答えると、ナインはイチゴをチョコにつけ口に運んだ。
ギルモア研究所のリビングは甘い香りに包まれていた。
「ジョー。美味しい?」
「ああ」
「セブンは?」
「うん。うまいよ!」
「ウフ、良かった」
その目の前には、チョコレートと戯れる男性陣の姿があった。
テーブルの上にはスリーから二人へのチョコレートが置いてあり、二人はそれを食べているさいちゅうであった。
「ああもう、ほら、チョコが垂れてるっ。んもう、気をつけて」
「だって美味しいんだもん」
「そうだけど、……ホッペにもついてるわよ?」
「ウフフっ、セブンったらコドモねぇ」
「へんっ、コドモなのはスリーだろっ」
「あら、失礼ねぇ」
あちこちにチョコが飛ぶから後片付けが大変だけれど、男性陣が楽しそうなら苦にならない。
案の定、二人とも大喜びで競ってもりもり食べてくれているのである。
「うん?」
「そう?」
「ああ。――セブン、きみは食べすぎだ。そろそろ控えろ」
「へへーんだ。まだまだ大丈夫さっ」
「フランソワーズのチョコは僕のものだ。それをきみにもお情けで分けてやってるんだぞ」
「それはアニキの誤解だよ。スリーはオイラのことも大好きなのさ」
「ああもう、ふたりともケンカしないの!」
見る限りは笑顔であるし、機嫌もいい。ほんのちょっとの憂いさえないのだ。
まさかセブンと一緒の「チョコレート」なのがいやだなどという子供っぽいことは言わないだろうし。
「二人とも、おかわりあるから大丈夫よ」
こういう形にするとは考えたもんだ――とナインは感心していた。
チームワークを考えると、こうしてみんな一緒にひとつの行事として過ごすのは悪くない。
イチゴ。
なかなか感慨深いものがある。
なんて長い道のりだったのだろう、と。
あの時のことを思い出すと笑ってしまうけれど、それはそれで甘酸っぱい気持ちになる。
ただ、いつでも不安だったのは、彼女の気持ちは本当に自分に向いているのかどうかということだけだった。
あるいは
保護者にしか見られてないのではないか
もしくは
彼女は優しいから、いやだと言えないだけなのではないだろうか
もちろんスリーはそんなこと夢にも思っていないだろう。
イチゴ……か。懐かしいな。
あの日から大分経った。
今では、あの頃思ってもいなかった位置に二人は在る。
が、かといってそれが永遠に続くとは限らないのだ。
――まぁ、いろいろあるさ。
余計なことは考えないようにしようと思いつつも、ついついあれこれ考え込んでしまうのは健康な男子だからだろうか。
できればもう一段階深い絆を得たいと思うのだが、なかなかそうはいかない。
一方的な愛情はただのわがままであるし、子供っぽい独占欲だ。
「ジョー?どうかした?」
甘くて酸っぱいその味は、今の思いとちょっと似ていた。
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