旧ゼロ
2016バレンタインデー


 

 

「ん?落とした?チョコを?」


スリーはこくんと頷いた。
日曜日の昼下がり。
今日はバレンタインで、デートのための待ち合わせをしていた二人である。
少し遅れてやってきたスリーは、ナインの顔を見るなり泣きそうになった。

「落ち着いて捜したのかい?」

無言で頷く。

「探し物は得意だよね?」

再び頷く。

「そんな君が見つけられないということは…」

これは何か事件性があるに違いない。
ナインはそう踏んで、腕を組み空を仰ぎ眉間に皺を寄せた。
そう、おそらく落としたのではない。盗まれたのだ。そうでなければ見つけられないはずがない。

「状況を教えてくれ」

声は既にゼロゼロナインのそれである。

「部屋を出る時にバッグに入れたの。ちゃんと確認したもの、確かよ」
「今持っているのがそのバッグか?」
「ええ――中を見る?」
「いや……それは研究所を出る時も肌身離さず持っていたのか?」
「ええ。――あ、ううん。出る前に洗面所に寄ったわ。その時、廊下に置いて」
「廊下」
「あ、でもほんの一分くらいよ?」

ナインは一瞬目をつむり、物凄く低い声で問うた。

「――チョコは手作り?」
「ええ」
「……だろうな」
「えっ?」
「いや、なんでもない」

ナインは腕組みを解くとスリーの肩を抱き寄せた。

「えっ?ジョー?」
「チョコのことは忘れよう」
「え、でも…」
「もちろん残念だが過ぎたことを言っても仕方がない」
「……ごめんなさい。私の不注意で」
「いや、フランソワーズは悪くない」
「でも」
「これ以上謝ったら怒るぞ」
「……わかった」

しかし浮かない顔のスリー。その頬に一瞬唇をつけると、スリーが驚いてこちらを見るのに取り合わずナインはすたすた歩き出した。

おそらくスリーのバッグからチョコを抜き取ったのはセブンのいたずらだろう。このところスリーがチョコをくれるのくれないのずっと騒いでいたし、どうせアニキのほうがいいチョコなんだろうと拗ねていたのを知っている。
そして朝から研究所内にチョコの香りが漂っていたら手作りチョコにも気付くだろう。

まったくいたずらにもほどがある。スリーを泣かせるなど耐え難いことだ。しかし。

――セブンを締めるのは後回しだ。

今は、スリーを笑わせることだけ考えたい。せっかくのバレンタインデーなのだし。デートだし。
チョコよりもスリーのほうがずっとずっと大好きなのだから。

 


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