2009−2010 年末年始特別企画
旧ゼロ

*時系列で並べてあります。
直通は→
「桃缶」 「腕の中」 「おせち」 「お雑煮」 「初夢」  「帰宅」
*注:ただの日常のお話です。

 

12月31日 夜 「風邪」

 

風邪をひいて寝込んでいる・・・と聞いたのは夜のことだった。
おせち料理の準備に忙しかったから、ここのところジョーには会っていなかった。
用があってもなくても、関係なく彼はギルモア邸に現れるから気にしていなかった。
でも、そういえばここ数日会っていなかったなと思い出したのは彼から電話をもらった時だった。

「風邪、って・・・どうしたのその声」

携帯電話を耳に当てながらもキッチンを離れるわけにはいかず、一緒におせちの準備をしているセブンのにやにや笑いを気にしながら話す。もう、セブンったら。聞き耳たてるのはやめてちょうだい。

「うん。実は二三日前から熱が出て」
「二三日前?」
「そう。・・・で、ずっと寝ているんだけど」

私はあまりの告白に気が遠くなりそうだった。
おせちの準備や買い物で忙しかったからってジョーが姿を見せないことに気を留めなかった私も悪いけど、でも病気で寝込んでいるのを黙ってるなんて、いったいどういうことなの?

「・・・フランソワーズ?」

心配そうなジョーの声。おそるおそるといった感じだったから、自分の窮状を伝えなかったことを少しは後悔しているのだろう。でも許さない。
私は手早くエプロンを外すと持っていた菜箸をセブンに押し付けた。
足音たてて歩きたいところを我慢して静かに廊下を抜けて自室へ行く。そしてコートを着てマフラーを巻いて。
その間、電話の向こうでジョーがおろおろと何かを喋っているようだったけれど構わなかった。
そうして、玄関でブーツを履いてドアを開けた。
既に夜中だ。吐く息が白い。
バスは当然もう走ってないから、途中で車を拾うか歩いていくしかない。
怒りにまかせて歩いていけばあっという間に着くだろう。

「・・・ね、フランソワーズ。聞いてる?」
「聞いてます」
「でも何だか変だな。・・・波の音がいやに近いけれど」
「ええそうね。外にいるから」
「外!?なんだって・・・っ」

怒鳴りかけてジョーが咳き込む。
まったくもう。ばかなんだから。

「ジョー?今から行くから、首洗って待ってなさい」
「ええっ、駄目だよ来るな」
「行きます」
「だったら迎えにっ・・・」

再び咳き込むジョー。

「ほらもう。いいからイイコにしてて頂戴。私のことはお構いなく。ちゃーんと無事に到着するから」
「でも」
「心配するのは元気なときにしてちょうだい」
「う、でも」
「ちゃんと桃缶持っていくから。ね?」
「・・・桃缶?」
「あら。日本では風邪ひいたら桃の缶詰を食べる風習なんでしょう?」
「風習・・・?」
「だから、ね?ジョーも食べなくちゃ治らないわ。それとももう誰かが持ってきてくれた?」
「――そんなのいないよ」

ちょっと怒ったのか、ジョーの声に力がこもる。
私はその表情を想像して笑ってしまった。

「フランソワーズ」
「ごめんなさい。・・・ね?ちゃんと車を拾って行くからイイコで待っていて。大丈夫よ。気をつけるから」
「うん・・・」

しぶしぶ頷いたジョーだったのに。

桃缶を抱えてタクシーを降りると、マンションのエントランスに普段着姿のジョーを見つけて驚いた。
ふらふらしてて赤い顔して。
何してるのと怒ると、ちょっとコンビニに買い物へ行こうと思って降りてきたところだと答えた。
お財布も持たないで?と訊くのはやめてあげた。
だって
ちょっぴり過保護なジョーも大好きだから。


 

12月31日 夜中 「桃缶」

 

「そもそも風邪をひいた時に桃缶を食べるというのは、ビタミンの補給という意味があり、」

スリーは困ったように小さく首を傾げ、先刻から手にしたままのフォークをすいと進めた。フォークの先には桃が刺さっており、目指すはナインの口。

「ふうん。そうなの、ためになるわ」
「だろう?それでだな、更に言うならば」
「ん。その前に、あーん」

にっこり笑うスリー。
熱のせいか頬を染めて、ナインはフォークを口にした。

「おいしい?」
「うん。・・・ひとりで食べられるのに」

ぼそりと口の中で呟いてみる。

が。

「んっ?何か言った?」

器に向かってひとくち大に桃を切っていたスリーには聞こえていなかったようだ。
きょとんとこちらを向く蒼い瞳。

「んっ?」
「え、いや・・・」
「はい、あーん」
「・・・ん」

桃は甘くて美味しかった。が、味などよくわからないナインだった。

 


 

1月1日 朝 「腕の中」

 

気付いたら朝だった。
昨夜はジョーの看病(とはいっても桃缶を食べさせただけだけど)で、いつの間にか寝てしまったらしい。

それはいいんだけど。

今日って元旦じゃない!?


「あけましておめでとう」

至って普通に挨拶するジョー。
当たり前のように私の額にキスをして。

「おはよう・・・おめでとう」

小さく返しつつ、私は記憶を整理した。記憶の断片が頭の中で乱舞している。

だって。

朝になっていたのは、いい。昨夜遅かったし。
それが元旦だというのも、まあいいだろう。
看病しながらいつの間にか寝てしまったことも。

問題は・・・


どうして私はジョーの隣で寝ていたのか


と、いうこと。

病人のベッドに入るわけない。いくら睡魔に襲われても。

「あの、ジョー?」
「うん?」
「私、どうして・・・」
「知らない間に寝ちゃってただろ。風邪ひくぞ」
「ん・・・それは、そうなんですケド」

どうしてジョーの腕のなかにいるのか知りたい。

「風邪ひくからちゃんと寝なくちゃダメだよって言ったら」

ジョーのうちにはゲストルームがある。メンバーが遊びにくることがあるからだ。
そこにはお客様用の寝具があって、ジョーの言う「ちゃんと寝る」とはそこで休むことを指していた。

「一緒に寝たら風邪が移るかもしれないだろ?だから、断腸の思いで言ったんだ。なのにさあ」

ジョーは頬を緩ませると、改めて私を抱き締めた。

「一緒じゃなきゃヤダって」

え。

「そんなこと言われたら、・・・ね」

そんなこと言ったかしら。・・・わからない。

でも。

元旦からジョーの腕のなかにいるのは、なんだかちょっぴりくすぐったくて・・・幸せだった。

「まったく。風邪がうつっても知らないぞ」
「いいもん」

ジョーの腕に力がこもった。

 


 

1月1日 午前中 「おせち」

 

せっかくおせちを作ったのだから、ギルモア邸に行こうとジョーは言ったけれど私は許さなかった。
だって、熱があって具合が悪いのに車を出すなんて言うんだもの。

「ぜーったい、駄目!」
「・・・わかったよ」

ジョーはベッドに寝転がると、天井を見つめて大きく息を吐き出した。
そうしてぽつりと呟いた。

「あーあ。フランソワーズの作ったおせち、食べたかったのになぁ」
「・・・えっ?」
「一生懸命だったろ?シックスに習いながら」
「・・・ええ、まあ」
「はじめてのおせち、絶対食おうって楽しみにしてたんだよ」
「・・・そうなの?」
「うん。そりゃ前からきみはおせち料理というのを作っていたけど、でも今年はメニューが増えたってシックスが言っていたから」
「まあ。内緒にしてねって言ったのに」
「だから邪魔しちゃいけないって思って」

だから風邪ひいたっていうのも言わなかったっていうの?

「もう。気の回しすぎよ?誰が具合悪いことまで秘密にしてねって言いましたか」
「だからごめん、って」
「知りません」
「フランソワーズ」
「ともかく」

私はコートを手にとり、ジョーに向き直った。

「そんなに食べたいなら持って来るから、少し待ってて」
「だから車を出すって言ってるのに」
「それは駄目。バスもあるしタクシーだってあるんだから、大丈夫よ」

それでも心配そうなジョー。
そんな彼をなだめるためにはたくさんキスをしなければならなかった。
こういうところ、ジョーの真意はわからない。
甘えているのか、わざとなのか、作戦なのか。

首を傾げながらギルモア邸に向かった。

元旦だったので、シックス特製のお雑煮が待っていた。でもそれには目をくれずにキッチンへ急ぐ。
だって――なんだか胸騒ぎがして。

その胸騒ぎは正しかった。

私はキッチンで呆然と立ち尽くすばかりだった。
だって、そこに用意している途中だったおせち料理は全部セブンが食べてしまっていたから。

いったいジョーになんて言ったものか。

私はしばらくその課題に取り組むはめになった。

 


 

1月1日 お昼 「お雑煮」

 

結局、おせちはどうにもならなかったので――何しろ下ごしらえの段階で全て綺麗に食べられてしまっていたから――手早くお雑煮だけ作って持って行くことにした。

ジョー、がっかりするだろうな。

そう思うと心が沈んだけれど、そのぶんセブンにきつーくオシオキをしたのでちょっとだけ気が晴れた。
セブンは「途中で出て行っちゃうんだもの、材料が無駄になったらもったいないだろ?オイラは善意でやったんだ」と言っていたけれど、それは後付けで、食べたかったから食べたという単純明快な理由に違いない。何しろ、作っているそばから狙っているの知っていたもの。

ともかく、お雑煮とおもちだけ持ってジョーのマンションに戻ることになった。
・・・せっかく、今年は頑張ったのに。
でも、病み上がりのジョーの体にはむしろシンプルな食事のほうがいいのかもしれない。うん、そうよ。そうなんだわ!と自分の心を鼓舞した。


「ジョー?」

戻ってみると、ベッドルームにジョーの姿はなくて――キッチンで何かしていたので驚いた。

「ジョー?何してるの?」
「うん?ちょっとね」
「ちょっと、って・・・お酒?」

日本酒を湯せんしていたのでびっくりした。
お酒をあっためてどうするの?

「いや、正月だし。燗にしようと思って」
「・・・あっためて飲むの?」
「アルコールが少しだけ飛んで、吸収がいいんだよ。風邪の時は飲むキマリなんだ」

得意げに言うジョーの横顔をしばし見つめ、私は大きく息をついた。
――もうっ。絶対、嘘よ。私が日本の風習を把握していないからって、時々適当なことを言うんだから。

「ところで、おせちはあったのかい?」
「・・・ううん。間に合わなかったわ。全部食べられてしまってて」
「――そう」

ああ、やっぱりがっかりしてる。
私は覚悟していたけれど、それでも残念そうなジョーを目の前にすると気持ちが落ち込んだ。
今からでも何か作ったほうがいいのかもしれない。でも・・・お店はどこもお休みだし。
いったいどうしたら。
ジョーの喜ぶ顔が見たくて、頑張って作ってたのに。

「で、それは何?」

立ち止まったままの私が持っている風呂敷包みを指差す。

「あ。お鍋ごと持ってきちゃったの。お雑煮なんだけど」
「お雑煮?」

ジョーの眉間に微かに皺が寄る。

「えっ!?ヤダ、もしかして嫌いだった!?」
「見せて」

私の手からお鍋をもぎ取ると勝手にコンロにかけてフタを取って覗き込んだ。

「うわー。凄いなぁ!うまそう」

・・・え?

「お雑煮なんて初めてだよ!」

嘘でしょう?

「ほら、いつもギルモア邸で食べるのはシックスが作る中華風だっただろ?」
「・・・でも私、いつも博士のために、って和風のも作ってたわ」
「いいや、これは違うね。フランソワーズ。僕をいったい誰だと思ってるんだい?」
「え。誰って・・・ゼロゼロナイン?」
「ただのゼロゼロナインじゃないぞ。最強の戦士、ゼロゼロナイン、だ!」

両手を腰にあてて胸を反らす。

「そんな僕が気付かないと思ってたのかい?これは博士用じゃないだろ」

博士用?

「具が違う。去年見たのと全然違う。それにきっと味も違うだろう?」
「そ・・・」
「僕用だってすぐにわかったぞ!」
「・・・」

黙り込んだ私のおでこを人差し指で軽く弾く。
そうして少し屈んで私の顔を正面から見た。顔が近い。

「・・・そうだよね?」

私は頬が熱くなった。

「――僕は家庭の味なんて知らないから、・・・嬉しいよ」
「ジョー、あのね」
「うん?」
「・・・でも、ジョーの好きな味かどうかわからないから、あんまり期待しないで。ね?」
「バッカだなぁ!」

ジョーは大きく笑うと私の背中に腕を回してぎゅーっと抱き締めた。

「僕の好きな味に決まってるだろ!」
「ん・・・そう言っていただけるのは嬉しいんですケド、凄いプレッシャーなんですけど」
「そう?じゃあ、早く食べて確かめよう!」

私をぱっと離すとお鍋に向かっていそいそと準備を始めるジョー。
その横顔が本当に嬉しそうで――私はなんだか視界が滲んできてしまった。
だから、慌てて手提げからお餅を取り出した。

「お餅もたくさん持って来たの、重かったわ。これも焼かなくちゃね」


ジョーのためのおせち。

ジョーのためのお雑煮。

ジョーのための。


家庭の味を知らない彼だから、今年は「ギルモア邸のみんなのための」ものではなくて、ジョーのために作りたかった。彼の好みの味は、今までのリサーチで知り尽くしているから。

だから・・・喜んでくれて嬉しかった。


「ほら、フランソワーズ早く手伝って――うん?もしかしてきみ、泣いてる?」
「えっ、泣いてないわ!」
「ふうん・・・僕はちょっと泣いてるけどね」
「えっ?」
「ふふん。うっそ」
「もうっ、ジョーったら!」


でもちょっとだけジョーの目が赤かったのは、きっと風邪をひいているせいだろう。


・・・ね?ジョー。

 


 

1月2日 朝 「初夢」

 

「そういえば、初夢って見た?」


私はお雑煮をジョーに渡しながら訊いた。
お餅はみっつ。
お餅の容積のせいで液体の割合はとても少ないから、これってお雑煮と呼べるのかしらと思いながら。

「初夢?」

でも嬉しそうにお餅を頬張るジョーを見ていると、なんだかとっても幸せな気分になってきたから、ジョーがいいならいいんだわ、これはお雑煮で。と疑問を頭から追い払った。

「ええ。元旦の夜に見るのが初夢なんでしょう?」
「そうだけど・・・あれっていい夢だったらひとに言ってはいけないんだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「そう・・・だったら、悪い夢の時は言うの?」
「んー。まぁそういうことになるかな」

悪い夢はやっぱりバクが食べるのかしら。

「フランソワーズ。なにかあった?」

黙り込んだ私にジョーが声をかける。心配そうな顔で。

「ううん。なんにもないわ。私は夢を見たかしらって考えてたの」
「ふうん。見なかったんだ?」
「ん・・・覚えてないの。残念だわ。何か見たと思っていたんだけど」

ジョーに抱っこされてぐっすり気持ちよく眠っていたので、夢なんか見ていなかった。
でもそれを言うのはしゃくだったから教えない。だって、絶対ジョーに言ったら「そうだろう?僕と一緒に寝るのは健康にいいんだ」とか何とか大威張りで言うに決まってるもの。

「ね。ジョーはどうだったの?」
「え」
「見たの?見なかったの?」
「・・・ええと」

真面目な顔をしていたジョーの頬がみるみる赤くなっていった。
どんどん染まって耳まで赤くなったから、私は慌てた。

「ヤダ、また熱が出てきたんじゃない」
「いや、大丈夫」
「でも」
「大丈夫だから」

腰を浮かす私を右手を上げて制し、改めてお雑煮に向かうジョー。
熱じゃないとしたらいったい何かしら。

「で、ジョーは夢を見たの?」
「秘密」
「ええっ。ジョーのけち」
「いい夢だったから言わない」
「ふうん・・・」

いったいどんな夢なんだろう。

ジョーが思う「いい夢」って?


でもとうとう教えてくれなかった。

 

*** side J ***

 

初夢、ねぇ・・・


僕はお椀の縁から、そっとフランソワーズを窺った。
どうしてそんなものを知りたいのだろうか。
これは、おせちを取りにギルモア邸に行った時、セブンに何か吹き込まれたな。
余計な事を教えるセブンもセブンだけど、なんでも可愛く興味を持つフランソワーズにも困ったもんだ。
可愛いのはもう十分だし、これ以上可愛くならなくてもいいのに。
できれば可愛さ控え目でいて欲しいんだけど、でも溢れる可愛さはどうしようもない。

まったく、どうして君は僕を困らせるのだろう。

「ジョー、おかわりあるから言ってね?」
「あ、うん」

・・・可愛いなぁ。

きらきら煌めく蒼い瞳。
上気したピンクの頬。
紅い唇。

これらが全部、僕のもの。

可愛くて綺麗で、何度抱き締めても足りないくらい、気に入ってるんだ。

「ジョー?どうかした?」

僕の視線に気付いて、恥ずかしそうにこちらを見る。
ちょっと長く見つめ過ぎていたようだ。

「いや、別に」
「いいなあ、初夢みれたなんて。私も見たかったな」
「来年に期待しよう」
「そうね。・・・ね、どんな夢だったの?」
「秘密だ」
「んもう」

可愛く膨れるフランソワーズ。
あんまり可愛いから、頬をつつくついでに抱き寄せた。

「きゃ、ジョー。まだ食べてるのに」

ふん。
朝からそんなに可愛いのが悪い。
何もしないで見てるだけなんて無理な話だ。

可愛い僕のフランソワーズ。

一年の計は元旦にあり、って言うけど、それでいったら今年も僕はきみを抱き締めていることになるんだろうな。

「んもう、ジョーったら」

言葉では怒っているみたいだけど、僕の腕のなかでおとなしくしているきみ。

初夢と一緒だった。

 


 

1月2日 夕方 「帰宅」

 

ジョーの風邪も良くなってきたし、そろそろギルモア邸に戻らなくちゃいけない。
もちろん、みんなは私がジョーと一緒にいるのは知っている。
でも・・・やっぱり、外泊が続くのは良くないわ。

「ねえ、ジョー?私、そろそろ」
「うん?」

私の膝枕で横になっていたジョーは体を起こした。
問うように私の顔を見る。

「そろそろ、何?」
「そろそろ帰らないと」
「帰る!?・・・あ。そうか」

一瞬、険悪になったジョーの瞳はすぐ普通の色に戻った。

「・・・そうだよな。イイコはおうちに帰らないと。送って・・・行きたいけど、病み上がりだからダメなんだろう?車を呼ぶよ」

穏やかに当たり前のように言って立ち上がるジョー。今すぐにでもタクシー会社に電話するような雰囲気で。

 

・・・ジョーのばか。

 

じっと動かない私の耳に、電話をしているジョーの声が響く。


「5分で来るってさ。ほら、コート」

目の前にコートとバッグが差し出された。

「ん?どうした?早くしないと車が来ちゃうぞ」

ジョーのばか。
追い出すみたいにそんなにすぐ車を呼ばなくてもいいじゃない。
そろそろ帰るとは言ったけど、・・・引き留めてもくれないなんて。

本当は私が居るの、迷惑だったんだろうか。
だから、風邪ひいて寝込んでいたのも言ってくれなくて・・・


外でクラクションが鳴った。

「ほら、フランソワーズ」

ジョーが私の腕を取って急き立てる。


・・・もうちょっと一緒にいたかったのに。
でもジョーはそうじゃないんだ。
いくら恋人同士といっても、四六時中くっついているわけにはいかないの、わかっているけど。
でも、もうちょっと名残り惜しんでみてほしかった。

私はぐずぐずと立ち上がった。
ジョーが肩にコートをかける。

「あの、ジョー。それじゃまた」
「ほら、早く」

辞する言葉を全部言う前に腕を引かれ玄関に連れて行かれた。

・・・そんなに早く帰したいの?

なんだか惨めに思えた時、ジョーが先に立って玄関のドアを開けた。

「ほら、早く・・・どうかした?」
「どうしてコートを着ているの?」
「え?」
「どうして靴も履いてるの?」
「どうして、って・・・博士に新年の挨拶に行かないと」

私が立ち止まったままいると、ジョーはくすりと笑った。

 

「一人で帰すわけないだろ?」

 

 

・・・ばか。

 

 

***

 

 

結局、運転手さんを5分待たせてしまったけれど、私とジョーは手を繋いで車に乗り込み、そのまま到着するまで離さなかった。

今年もこうしてジョーと一緒にいたい。

去年よりもたくさん。


「なに?」
「ううん、なんでもない」
「着いたらセブンを絞めなくちゃ」

唸るように言う。

「まあ。ダメよ、仲良くしなくちゃ」
「いいや、許さないね。フランソワーズのおせちを食った罪は重い」
「・・・また作るわよ?」
「既にそういう問題じゃない。きみを泣かせる奴は許さない」
「泣いてないわ」
「・・・僕にばれてないと思ってた?」

だって。
あの時泣いたのは、別の理由だったのよ。

「ジョーだって、おせちを食べられなくて泣いたじゃない」
「泣いてないよ」
「私が気付かないと思った?」

黙りこむジョー。
車窓に目を向けて。

「・・・なーんて、ね」

私はそうっとジョーの肩にもたれた。
繋いだジョーの手に微かに力がこめられた。

 

 


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