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〜抱き寄せる〜

 

 

「おはよう、ジョー。起きて」


軽く体を揺すられ、ナインは重たい瞼をしぶしぶ持ち上げた。


「ん・・・なに?」


片目だけそちらに向ける。
そこに映ったのは、確かに胸に抱き締めて眠ったはずの蒼い瞳の持ち主。


「・・・あれ?」


ぼんやりと自分の腕の中を見て、それから目の前の人物に目を向けた。


「おはよう、ジョー」
「え、うん、ああ・・・おはよう」


ナインは腑に落ちなかった。


「・・・フランソワーズ、きみ」


いつの間に。
大事にぎゅうっと抱いていたのに。
いや、それとももしかして腕が緩んでしまったのだろうか?
だとすれば、ナインにとって一生の不覚だった。
まだ平和な朝だからいいけれど、もしもこれが戦闘中だったら。


「ふふ。今度はちゃんと起きれたわ」
「今度は、って・・・」
「だって、前はどうしたらいいのかわからなくて、何もできなかったんだもの」


何も、って何だ?


無言で見つめるナインの目が少し怒っているようで、フランソワーズは慌てて続けた。


「ずっとやりたかったんだもの。そのう・・・朝ごはんの用意をするの」
「・・・朝ごはんの用意」
「ええ。ホテルだから、自分で、っていうわけにはいかなかったけど。ルームサービスを頼んじゃった」


嬉しそうに話すスリーに、ナインは目を細めた。


「ねっ?だから、冷めちゃうから起きて」


ナインにしてみれば、朝ごはんなんてどうでもよかった(いや、そうでもないのだが)し、できるなら、楽しそうに準備したのであろう彼女の姿を見ていたかったというのが本音である。
更に言うなら、自分の腕のなかで恥ずかしそうにおはようと言う彼女のほうがずっとずっと見たかったのだけれども。
しっかり着替えも済んでいるスリーを恨めしそうに眺め、ナインは体を起こした。


「いやん、ジョーったら!」


スリーは、途端に頬を染めてそっぽを向くとともに傍らにあったバスタオルをナインに投げつけた。


「早く着替えて!」
「えっ」


ナインはバスタオルを受け止めつつ、我が身を見下ろした。
別段、変わったところはない。何も着ていないというだけで。
しかも、露わになっているのは上半身だけである。


「・・・別に変なカッコしてないけど」
「だって、恥ずかしいわ」


小さく言って、手元に視線を落とすスリー。


「・・・ジョーの腕の」
「ん?・・・ああ、」


それを認め、ナインは笑った。


「これね」
「いやっ。もう、早くしまって!」
「ふふん。どうしようかなあ」
「意地悪っ」


ナインの腕に残る、昨夜の痕跡。
昨夜、確かに二人は親密な時間を過ごしたという動かぬ証拠。


「いやあ、あの時僕は君に食われるんじゃないかと一瞬本気で思ったよ」
「いやっ。もう知らないっ」
「何でさ。僕はもっと・・・本当に食われてもいいんだけど?」


そう言うと、ナインは間髪いれずスリーの腕を引いていた。
胸に飛び込んでくるスリー。その体に腕を回して抱き締めた。


「つかまえたっ」


スリーは真っ赤に染まったまま声がでない。
ナインは嬉しそうにスリーをぎゅうっと抱き締めた。

昨夜、彼女に噛まれた腕が少しだけ痛んだ。

 

 

***

 

 

「それにしても、いったいいつ起きたんだい?」


スリーを抱き締めて、髪に顔を埋めてナインは疑問を口にした。


「ずうっと前よ」


スリーは赤くなったまま、小さく答えた。
なにしろナインは裸なのだ。ぱんつは穿いているのだろうかと思う自分も恥ずかしい。
一緒に寝ていたのだから、先に起きた自分と同じ状態であろうとは思うけれども、それでももしかしたらナインはスリーにはわからない手段を使って、ぱんつを穿いたのかもしれない。
彼は基本的に「完璧な009」なのだから。とはいえ、それを口に出して訊くのは躊躇われたし、何よりそんなことを気にしていると思われるのも恥ずかしい。
が、それでもやっぱり気になってしまって、スリーは落ち着かなかった。


「おかしいな。そんなに簡単に離すはずないんだけど」


ナインの声は険しい。


「私、縄脱けが上手いのかも」
「縄脱けって、コラ」
「だって」
「ああもう。どうしておとなしくしてくれないんだろう」
「だって、ドラマみたいなのしてみたかったんだもの」
「・・・それが朝ごはん?」
「そうよ」


ナインは大きく溜め息をついた。


「・・・あのさ。そういう時は、彼氏のシャツを着てたりするんだよ」


そう。確かドラマなどでは、翌朝キッチンに立つカノジョはカレシのワイシャツを着ていたりしていたはずだった。


「だってルームサービスを受け取らなくちゃいけなかったから」


答えるスリーの声に、ちょこっと残念そうな響きがあったのをナインは聞き逃さなかった。


「ふうん・・・着てみようとは思ったんだ?」


ちなみにナインが着ていたシャツは黒い色である。もしもスリーがそれを着ていたならば、色白の肌とのコントラストがさぞ綺麗だったことだろう。
ナインはぼんやりとその情景を思い浮かべ・・・ああ、ホテルじゃなければなぁと酷く残念だった。
そんな彼の思考を察知したのかどうか、スリーは頬を染めたままナインの胸を押し遣った。


「もうっ、いいでしょ。それよりジョーも着替えたら?」


何しろ落ち着かないこと甚だしい。


「うん。そうだなあ」


と言いつつ、なかなかスリーを離せないナインだった。

 

――このままもう一回、なんて言ったらフランソワーズはどんな顔をするだろう?

 

 

 

 

 

 

 

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