「Don't stop KISS」

 

 

「雨だ!」

 

という誰かの声とともに降り出した雨。

最初はそれでも大した事はなくて、

「フン。梅雨の時期に傘を持ち歩かないなんて信じられないね。備えあれば憂いなし!」

と大威張りな彼が広げた傘に、二人で入っても全く問題はなかったのだけど。
どんどん雨脚が強くなって、視界も雨のカーテンで幾重にも遮られると話が違ってくる。

私が自分の傘を開こうとするのを制し、彼が指差した先にある電話ボックスに駆け込んだ。

「備えあれば憂いはないんじゃなかったの?」

ハンカチで彼の肩を拭きながらくすくす笑って問う。

「それとこれとは別さ。こんな豪雨はやりすごすのが最善の策だ」

勝ち誇ったように言うのが彼らしい。

「でも、すぐにやむかしら?」
「大丈夫。ほんの数分さ」

 

 

 

***

 

 

「なかなかやまないわねぇ・・・」

 

一時間が過ぎた。
雨脚はいっこうに弱まらず、むしろ勢いを増しているようにも感じられた。

狭い空間に二人きり。

ジョーは何も言わず、腕を組んだまま外を見ている。
二人の体温のせいなのか、電話ボックスのガラスが曇っている。

「ジョー?」
「うん?」
「何を見てるの?」

そう、ガラスは曇っているのだ。
手で結露を拭かなければ外など見えない。
けれどもジョーは一度もガラスを拭っていない。だから、彼に外の景色は見えないはずなのだ。

「うん。フランソワーズを見てる」
「え!?」

おでこをつけるように外を見ていた私は驚いて振り返った。
だってまさか、小一時間ずっと私を見ていたわけじゃないでしょう?

振り返った先の黒い瞳の持ち主はにっこり笑んだ。
視線は私を捉えたまま。

急に暴れ始めた心臓を持て余し、私はただジョーを見つめるしかできなかった。

「雨なんていつか止むさ。それまでどう過ごすかが問題だな」

どう過ごすか、って言われても。
電話ボックス内ではただ待つことくらいしか・・・

すると、ジョーが私の肩を掴み引き寄せた。

顔が近い。

「えっ、ジョー?」

何?

「しっ。黙って」

真剣な声で言うから、何か事件でも起きたのかと思ったのに。

 

「!!」

 

ううん、確かに事件といえば事件だった。
私は思わずてのひらで彼の胸を押していた。
唇が離れる。

「っ、ジョー、こんなとこでっ・・・」
「誰もいないよ」

確かに豪雨のせいでひとけは無かった。
周りの音も雨に消されて、天井から聞こえる雨音が唯一の音だった。

あとは、この狭い世界の二人の声だけ。

「でもっ・・・」

それでもやっぱり恥ずかしくて、私はうつむいた。
けれどもジョーの指が顎を持ち上げ、気付くと再び黒い瞳が目の前にあった。

「雨が止むまで待つ方法を見つけたんだ」

そうして再び唇が重ねられた。
さっきよりも深くて、息ができなくなる。
そんな私を安心させるかのように、ジョーが私のてのひらに自分のてのひらを合わせ、指を絡めるようにして握り締めた。

不思議ね。

ただそれだけのことなのに、なんだかほっとして――今ここが電話ボックスで、強い雨に覆われているから周りから見えにくいけれど、でも本当は衆人環視の中のキスであること――なんか、忘れてゆくようだった。

今、大事なのはジョーとの親密な時間。

ふたりだけの。

ふたりっきりの。

 

――ねぇ、ジョー?

雨がやんだらキスもおしまい?

 

 

 

 

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