「Don't stop KISS」
「雨だ!」 という誰かの声とともに降り出した雨。 最初はそれでも大した事はなくて、 「フン。梅雨の時期に傘を持ち歩かないなんて信じられないね。備えあれば憂いなし!」 と大威張りな彼が広げた傘に、二人で入っても全く問題はなかったのだけど。 私が自分の傘を開こうとするのを制し、彼が指差した先にある電話ボックスに駆け込んだ。 「備えあれば憂いはないんじゃなかったの?」 ハンカチで彼の肩を拭きながらくすくす笑って問う。 「それとこれとは別さ。こんな豪雨はやりすごすのが最善の策だ」 勝ち誇ったように言うのが彼らしい。 「でも、すぐにやむかしら?」 *** 「なかなかやまないわねぇ・・・」 一時間が過ぎた。 狭い空間に二人きり。 ジョーは何も言わず、腕を組んだまま外を見ている。 「ジョー?」 そう、ガラスは曇っているのだ。 「うん。フランソワーズを見てる」 おでこをつけるように外を見ていた私は驚いて振り返った。 振り返った先の黒い瞳の持ち主はにっこり笑んだ。 急に暴れ始めた心臓を持て余し、私はただジョーを見つめるしかできなかった。 「雨なんていつか止むさ。それまでどう過ごすかが問題だな」 どう過ごすか、って言われても。 すると、ジョーが私の肩を掴み引き寄せた。 顔が近い。 「えっ、ジョー?」 何? 「しっ。黙って」 真剣な声で言うから、何か事件でも起きたのかと思ったのに。 「!!」 ううん、確かに事件といえば事件だった。 「っ、ジョー、こんなとこでっ・・・」 確かに豪雨のせいでひとけは無かった。 あとは、この狭い世界の二人の声だけ。 「でもっ・・・」 それでもやっぱり恥ずかしくて、私はうつむいた。 「雨が止むまで待つ方法を見つけたんだ」 そうして再び唇が重ねられた。 不思議ね。 ただそれだけのことなのに、なんだかほっとして――今ここが電話ボックスで、強い雨に覆われているから周りから見えにくいけれど、でも本当は衆人環視の中のキスであること――なんか、忘れてゆくようだった。 今、大事なのはジョーとの親密な時間。 ふたりだけの。 ふたりっきりの。 ――ねぇ、ジョー? 雨がやんだらキスもおしまい?
どんどん雨脚が強くなって、視界も雨のカーテンで幾重にも遮られると話が違ってくる。
「大丈夫。ほんの数分さ」
雨脚はいっこうに弱まらず、むしろ勢いを増しているようにも感じられた。
二人の体温のせいなのか、電話ボックスのガラスが曇っている。
「うん?」
「何を見てるの?」
手で結露を拭かなければ外など見えない。
けれどもジョーは一度もガラスを拭っていない。だから、彼に外の景色は見えないはずなのだ。
「え!?」
だってまさか、小一時間ずっと私を見ていたわけじゃないでしょう?
視線は私を捉えたまま。
電話ボックス内ではただ待つことくらいしか・・・
私は思わずてのひらで彼の胸を押していた。
唇が離れる。
「誰もいないよ」
周りの音も雨に消されて、天井から聞こえる雨音が唯一の音だった。
けれどもジョーの指が顎を持ち上げ、気付くと再び黒い瞳が目の前にあった。
さっきよりも深くて、息ができなくなる。
そんな私を安心させるかのように、ジョーが私のてのひらに自分のてのひらを合わせ、指を絡めるようにして握り締めた。