「お花見」
今年こそは一歩前に進もう。 数年前、初めて手を繋いだのがお花見だったせいか、それ以降はお花見といえば手を繋ぐもの…と何となく決まっていた。 ――たまには肩を抱いて花見をしたっていいじゃないか。 それを言ってしまえば、花見どころか普通のデートでさえも肩を抱いて歩くなどしたことがない。 ナインはそう期待した。 そして、そうなるべく実行しようとしたのだ…けれど。 ** 「あのさ、フランソワーズ…」 「なあに?ジョー」 「ええ。ほんとね」 だがしかし。 ナインが腕を回そうとするより一瞬早く、スリーがよろけてナインの腕に掴まったのだ。 「大丈夫か?」 そうしてスリーは嬉しそうにナインの腕に巻き付いた。 ナインは仰天した。 む、胸が…っ、 「なあに?」 ナインは考えた。 もしもこれが気づいていないだけならば教えなくてはなるまい。 だが、その一方で。 それはない。 ただ、問題は。 「そうね」 ナインは深呼吸した。 「うん」
ナインはそう固く決意していた。
桜の花を見つめ誓うみたいに。
だが、関係が深まるにつれて段々不満になってきた。
だから、これが叶えばひとつのきっかけとなるはずである。
――どうしてこうなった?
戸惑うナインを憐れむように桜の花びらが舞う。
戸惑うナインをよそにスリーは無邪気に見つめ返す。
途端、ナインは自分が物凄く邪悪な者のように思えて軽い自己嫌悪に陥った。
が、当然ながらスリーはそんなことを知るよしもない。
「あ、いや…桜がきれいだな」
そう答えたスリーの手に微かに力がこもり、ナインは内心呻いた。
そして、いま一度自問した。
どうしてこうなった?
そう、待ち合わせして肩を並べて歩き出したところまでは計算通りだった。
そして、さっそうとエスコートするように肩を抱き寄せる予定だったのだ。
お花見の名所であるこの公園はいい具合に混んでいて、そのようにエスコートしない方がむしろ不自然な感じであった。
事はそう簡単に運ばなかった。
どうやら人混みに押されバランスを崩したらしい。
「ええ。ごめんなさい…ね、ジョー。今日はこうしてつかまっていてもいいかしら」
「えっ?」
「はぐれちゃいそうで…」
「あ。ああ。もちろんさ」
そう。
つかまった…ではなく、しっかりと自分の腕を絡ませたのだ。
肩を抱いて歩くどころの話じゃない!
「あのさ、フランソワーズ」
しかし、やはり無邪気に微笑むスリーなのだ。
これは無意識なのか気づいてないのか、あるいは。
こういう風にくっつくと、君の胸が腕にあたるんだよ…と。
ないとは思うが、もしも自分以外の男と腕を組む時があるとしたら、こんな風に胸があたるということを知っていないとどんなことになるか考えたくもない。
これが、スリーが無意識に恋人であるナインに気を許している証拠なのだとしたら。
変に注意をしてはスリーが誤解するかもしれない。自分はナインを困らせてしまった…と。
そんなことは断じてない。
むしろ、歓迎すべきことであり、最初に掲げた一歩前進という目標の達成ともいえる。肩を抱くのも腕を組むのも似たような距離感である。
…落ち着かない。
常にスリーの胸の柔らかさを感じているなど、花見どころではない。しかも、人混みに押される度にぎゅうぎゅう押しつけられるのだ。
「こ、混んでるな」
これは桜など見ている場合ではないのではないだろうか。むしろ切り上げてこの場所を抜けるのが先決じゃなかろうか。
うん。そうに決まっている。
ナインがそう結論し、早足になろうとしたまさにその瞬間。
「でも、いつもよりジョーが近くて…」
嬉しい。
と、恥ずかしそうに小さく言ったスリー。
ああ…そうだ、な。
体勢はどうあれ、二人の距離は手を繋いで歩くよりも数段近い。
まあ…いいか。
スリーが嬉しい気持ちでいるなら、自分などどうでもいいのだ。
「…来てよかったな」
桜の花びらが舞う中でふたりの頬も桜色に染まっていた。
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