「おそろい」

 

 

「ねっ、ジョー。お買い物に行くの、つきあってくれる?」


きらきらした瞳に迫られ、思わず身を退いたソファの上。
座っているナインに向かい、少し屈んで顔を覗き込むようにしているのはスリー。


「か、買い物・・・?」
「ええ」
「え、と、何の」
「水着!」
「み――」


水着???


「え。だって、持ってるじゃないか、ホラ、白いビキニの」


昨年の夏、海へ行った時にスリーが来ていた真っ白なビキニ。
あの日のスリーはきらきらしてて可愛くて綺麗で、可愛くて綺麗で・・・
ナインの頭のなかであの日のスリーが幾つも幾つも浮かんでは消えた。

――うん。それに凄く似合ってて、僕は気が気じゃなかったんだ。

けれどもその反面。

・・・でも、そんなスリーと一緒にいるのは僕だぞ、うらやましいだろうって誇らしかった。

それも事実。


「ヤダ、ジョーったら!あれは去年のよ?」


ナインの頭の中がいまどうなっているのかなどお構いなしに、スリーは言葉を続ける。


「今年はチェックの柄が流行なのよ!」


そうして、どこから持って来たのかナインの目の前に広げられたのはファッション誌。
新作水着を着た女性が載っていた。どの女性も着ているのは、大柄なチェック柄。


「可愛いでしょう?」
「え。あ、そう・・・かな?」


うっかり「そうだね」と言おうもんなら、そうでしょうそうでしょうと水着売り場へ連行されそうだったので、ナインはわざと曖昧に答えた。
実際は、こんなのスリーが着たらここのモデルの誰よりも綺麗で可愛いのになあと思っていた。
が、それは秘密。


「――それはともかく、僕は水着売り場なんて」


行きたくない。
女性の下着売り場とか水着売り場なぞ「行きたくない場所」上位3つにランクインするのだ。
大体、男である自分が行っても仕方ないではないか。何かアドバイスするのも変な気分だし、そもそも――そういう場所に男子は行くべきではない。
断固としてそう思う。
だから、相手がスリーでも譲る気は全く無かった。


「駄目よ。ジョーも一緒に行くの」
「ヤダね」
「だって、おそろいよ?」
「おそろいって何が」
「おそろいの水着を着るの、今年は!」
「おそろいの・・・水着?」


スリーが持っているファッション誌の次のページには、カップルでおそろいの水着を着ようキャンペーンのように、男女のモデルがおそろいを着て写っていた。

おそろいの、水着。

それは、スリーがチェック柄を着たいというからには、ナインのもチェック柄に違いなかった。


おそろいの。


チェック柄の水着。


そんな二人を想像して、ナインは呆然とした。

そんなの――冗談じゃない!


「イヤだ、行かないぞ」
「イヤよ。おそろいを着たいのに」
「イヤだ。絶対に着ない!」
「意地悪っ」


意地悪はどっちだよ――と唸るナインの前のスリーは、ぎゅっと唇を噛み、そして。


「・・・私とおそろいを着るのが、そんなにイヤなの?」
「え。イヤ、そういうわけじゃ」


・・・水着以外だったら試してみてもいい。
心の中で100歩ほど譲ってみる。


「私じゃなかったらするの?」
「え、まさか!」


そんなばかなことがあるもんか。


「だったらいいじゃない。そんな毎日着るものでもないし」
「いやでも、しかしだな」
「じゃあ、毎日着るものの方がいいの?」
「いや、それは」

それは困る。

「だったら、いいでしょう?毎日着るってわけじゃないんだから」
「それは・・・そうだけど、でも」
「わあ、ほんと?着てくれるのね?」
「いや、そうは言ってない・・・」
「嬉しいっ!さ、ジョー、善は急げよ!早くしないと可愛いのは売れちゃうわ!」
「え、ちょ、ま」

そうして何だかわからないうちに水着売り場へ連行されたナインだった。


今年の夏は、おそろいの水着。

――嘘だろう?