「水着を買いに」

 

 

「ね。ジョー。これはどう?」
「いいんじゃない」

「じゃあ、これは?」
「それも似合うよ」

「んー、こっちは?」
「それはイマイチ」

あっさり却下され、スリーは微かに頬を膨らませて手元のそれを元に戻した。

「それにしても随分種類があるんだなぁ」

そんなスリーに構わず、ナインはぐるりと周囲を見回した。

お揃いの水着を買いに行きましょうと言われた時は、あれこれ理由をつけて行くのを渋ったナイン。
道中も何度帰ろうとしたことか。
しかし、観念してやって来た水着売り場に意外と男性の姿が多かったことで、急にいつものナインに戻ったのだった。

確かにカップルの姿はそこかしこに見られ、中には女性よりも熱心に水着を選んでいる男性もいた。
もちろん、選んでいる水着は彼女に着せるものである。

ともかく、急に元気になったナインは他のカップルに触発されたのか、負けじと次々に水着を選んでいった。そうしてスリーに差し出し、似合う似合わないともっともらしく言う。
対するスリーは嬉しいような迷惑のような、なんとも不思議な気分だった。

上機嫌で水着売り場を歩くナイン。

もちろん、仏頂面をされるより良かったけれど、でももしかしたら、自分はその仏頂面の方を見たかったのかもしれないとも思ってしまう。
だから、曖昧に笑ってナインのあとをついて行く。
時々、目に留まった水着を取り出して胸にあててみながら。

ふと、ディスプレイの前でナインの足が止まった。

「どうしたの?」

覗き込むと目の前を指差したのでそちらを見た。
そこには、ペアの水着姿を披露している二体のマネキンの姿があった。


「お揃いね」


にっこり笑って言うと、ナインは片頬を引きつらせた。


「そ。そうだったな、今日は」
「そうよ。私の水着を探しに来たんじゃなくて、お揃いを買いにきたのよ?」


忘れてたのと訊くと無言で頷かれ、スリーは瞳を丸くした。
しかし、次の瞬間、ナインの腕をがっしりと捕まえた。


「駄目よ。逃げるなんて」
「いや、そんなつもりじゃ」
「いい加減、観念したら?」
「いやでも、お揃いなんか着れるかっ」
「私は着たいわ」
「だ、だけど、ホラ、あれを見てみろ」


マネキンを大仰な仕草でさし示す。


「ピンクだぞっ」
「可愛いじゃない」
「男がピンクなんか着れるかっ」
「持ってるじゃない。ピンクのシャツ」
「あ、あれはっ・・・ともかく!水着とシャツでは違うだろ」
「やあね、おんなじよ」
「いいや、違う。シャツは無地だし、間違ってもあんな花柄なんかじゃないっ!」
「わかったわ。花柄がいいのね?」
「違うっ。人の話を聞けっ」
「はいはい。じゃあ、試着してみましょうね」
「しっ、しちゃくぅ?」


ナインは何とも情けない顔をした。が、スリーは全く取り合わない。
早速、店員からピンクの花柄の水着を受け取っている。その間もナインの腕を掴んだままなのはさすが003といったところか。
男性用のものを手渡された時、店員の言った言葉にナインは目を剥いた。


「こちらのものはカップルに大変人気があるんですよ」


嘘だ。

絶対に嘘だ。

僕を騙そうったってそうはいかないぞ。

しかし、ナインの心の声は発せられず誰に聞かれる事もなく、スリーに引きずられるように試着室に消えた。

ベビーピンクの地に白いハイビスカスがプリントされている水着。

本当にカップルに人気があるのかどうか誰も知らない。