リビングに散らかった雑誌や新聞を片付けていたフランソワーズは、ジョーの声に手を止めた。
昨日から遠征しているはずの彼の声。
どうしてジョーの声が?

振り返ると、付けっ放しだったテレビの画面にジョーが映っていた。

・・・コマーシャル?

けれど、普段目にする類のものとは違っていた。
ただジョーの姿を正面から映しており、その姿はレーシングスーツではなくいつもの・・・シャツ姿だったから。
そして画面のこちらをまっすぐに見つめている。

「・・・・」

思わずテレビの前に座ってしまう。
まっすぐにこちらを見つめる褐色の瞳。
真剣だけれども、厳しいわけではなく優しい雰囲気をたたえて。

『あなたの大切なひとのために、検診を受けましょう』

『日本の女性は20人にひとりが乳がんになると言われています。けれども、早期発見、早期治療により十分に治る病気なのです』

『検診は市が行っています。検査自体は痛くはありません』

『けれども、毎日自分でできる方法があります。また、パートナーによる発見も実は多いのです』

『不安はひとりで抱えていても何も解決しません』

『何より、大事な自分自身のために。あなたの大切なひとのために』

乳癌検診推進月間である10月のピンクリボンキャンペーンだった。
各界のひとが同じメッセージを送るなかの一人がジョーであった。

そして、終わりかと思ったら続きがあった。
今度は、いまメッセージを送ったジョーの横にインタビュアーが立っている。

『あなたの大切なひとが、ひとりで不安を抱えていたらどうしますか?』
『きちんと話を聞きます』
『検診には同行しますか?』
『はい』
『でも検診は土日には行われていません。もしレースの日と重なったらどうしますか?』
『・・・・そうですね。』
一瞬考えて。
『その時は、レースをキャンセルすると思います。自分にとって、どちらが大切かと聞かれれば、彼女のほうが何倍も大事ですから』
『彼女というのは、この場合は恋人と考えていいのでしょうか?』
『それは・・・。例えば、僕の母親だったり姉だったり妹と考えて頂いた方が良いかと思います。もちろん、彼女がいれば、当然彼女も含みます』
『なるほど。・・・でも、世の中の男性全てが仕事を休んでまで同行するのは難しいと思いますが?』
『そうですね。そういう場合は・・・』

カメラがジョーの顔をアップにしていく。

『あなたの大切なひとは、心の中ではあなたの隣にいるはずです。あなたは一人ではありません』

最後に、やっと少し微笑む。

そして、ジョーの顔にピンクリボンキャンペーンとテロップが入り、次のコマーシャルが始まった。

 

フランソワーズも微笑んでいた。

台本通りに話しているのは、わかっているけど。
だけど・・・

ねぇ、ジョー?

あなたの心に私は居る?
私の心には・・・いつも、あなたが居るわ。
だから、寂しくても寂しくない。
いつでもあなたは私の隣に居るはずだから。

とは、思うものの。

昨日見送ったばかりなのに。
・・・会いたくなっちゃったな。

そんな自分に苦笑して立ち上がる。

ダメね。遠征のたびにそんな事を言っていたら、ジョーを困らせてしまう。
それに今頃はまだ空の上のはず。

彼方に思いを馳せ、蒼い空を見つめた。

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終わり。なのですが・・・ちょっとオマケ