21.ボイラールーム〜船倉の自動車〜

 ジャックとローズはラブジョイに追われて第五、第六ボイラー室を駆け抜け、船倉へ辿り着きます。
 ボイラーは高さが5メートルもある巨大なものでした。船体が折れたため多数のボイラーが海底に散らばっており、1985年のロバート・バラードによる調査の際、最初にタイタニック号の残骸と特定されたのがボイラーでした。 船倉にあった自動車は1912年型のルノーで、実際に積まれていました。持ち主はウィリアム・カーターという名の一等船客で、家族をボート4号に乗せた後でボートC号に(イスメイと同時に)乗り込み生還しました。

22.便箋

 キャルは金庫の中からローズの裸身のスケッチを発見します。
・重箱ポイント
「私を金庫に保管したら?」と書かれた便箋は、生還した日本人乗客、細野正文氏が体験記を記したのと同じ物が再現されており、ホワイト・スター・ライン社のマークと On board R・M・S・“Titanic” の文字を確認することが出来ます。(プログラムP18参照)
 事故現場から持ち帰られて現存している便箋は、細野家所有のものだけだそうです。

23.事故発生

・重箱ポイント その1
見張り台にいる二人の男は、向かって左がフレデリック・フリート、右がレジナルド・ロビンソン・リーです。リーはボート3号で生還し、しばらく後に行方不明になりました。フリートはボート6号で生還、1930年代に海の仕事から退き、第二次大戦後は夜警や街頭の新聞売りをしていました。その後1965年に彼は自殺を遂げますが、動機は不明です。

・重箱ポイント その2
氷山の形が単純すぎると感じた人は多いと思います。1912年4月15日にドイツの船から撮影された写真に写っている氷山がタイタニック号に致命傷を与えたという説があり、漢字の“山”に似た独特の形状がいかにもドラマチックな印象を見るものに与えます。映画『SOSタイタニック』の氷山は写真と同じ形でしたが、今回は生存者のスケッチに描かれた形が再現されています。

・重箱ポイント その3
氷山と衝突したとき舵をとっていたロバート・ヒッチェンズは全ての船員のなかで最も評判が悪いと思われる人物で、「指揮者ぶって横柄な態度をとった」「悲観的な発言が周囲の人の気を滅入らせた」等、とにかく良い話がありません。今回の映画でもボート6号でモリー・ブラウンに悪態をつく様子が描かれています。

・重箱ポイント その4
ウィリアム・マクマスター・マードック一等航海士は機関室に「全速後進」を命じます。左右のスクリューが逆回転を始めても、中央のスクリューは直進専用なので止まったまま動きません。

・重箱ポイント その5
突然船が振動し始めたのに驚くアンドリュース。次のカットで照明器具が揺れているのが大写しになります。この照明器具は映画の冒頭で天井からぶら下がっていたのと同じ種類のものです。

24.コートの持ち主(A・L・ライアソン)

  ジャックはダイヤとコート泥棒の嫌疑をかけられ、囚われの身となってしまいます。ここでコートの持ち主がアーサー・L・ライアソンであることが明らかになります。
 ジャックが帽子とコートを持ち去る場面にライアソンは登場していたのでしょうか。独楽を回す少年の側には二人の紳士が立っていました。一人は既に17項で紹介したフレデリック・スペッデン(着帽、灰色のスーツ)なので、その隣にいるステッキを持った人物であると思われます。ライアソンの年齢は61歳なので風貌は問題ありません。しかしこの紳士が着ている上着の丈がかなり長く、コートを着ているように見えるのが気になります。それほど厚手の生地ではなさそうなので、ジャケットの一種かもしれないと思い服飾史を紐解いてみたのですが、それらしい物は見当たりませんでした。ジャケットであればその上からコートを着ても不自然ではないのですが。あるいは、ライアソンはあの場面に登場していないのでしょうか。 悩んでいても埒があかないので、ひとまずステッキの紳士をライアソンと仮定して話を進めます。
 もう一つ問題なのはスペッデンとライアソンの関係を示す資料が見当たらないという事です。なぜ彼等はあの場所で一緒に遊んでいたのでしょうか。キャメロンに質問すれば恐らく「自分で考えなさい」という答えが返ってくるでしょう。そこで私なりに17項で紹介した事実も踏まえて想像してみました。

          *   *   *   * 
事故前夜、一等喫煙室でフレデリック・スペッデンとアーサー・ライアソンは偶然に出会い、二人はその夜、政治談義やカードゲームで意気投合する。 事故当日、パームコートで午後のお茶を楽しむスペッデン一家。息子のダグラスは白熊のぬいぐるみで遊んでいる。彼は内心、昨日この部屋で一緒にぬいぐるみ遊びをしたロレーヌ・アリソンが来るのを期待しているのだが、今日のアリソン一家は一等ラウンジかカフェ・パリジャンにでも行っているのか、一向に現れる気配が無い。ぬいぐるみに飽きたダグラスは「独楽で遊ぶ」と言い出す。フレデリックは「部屋の中では我慢しなさい」と注意するが、ダグラスは言う事を聞かない。仕方なくフレデリックはダグラスを連れて船尾側のドアから外に出る。そこには子供が遊ぶのにちょうど良い広場がある。 そこへプロムナードを散歩しているライアソンが通りかかる。「やあ、昨夜はどうも。おや、あなたの息子さんですか」立ち話を始める二人。 ダグラスは独楽を上手に回す事が出来ない。ライアソンは「坊や、叔父さんが手本を見せてやろう」と言って帽子とコートを脱ぎ、デッキチェアに掛ける。数回手本を示した後で独楽をダグラスに渡す。 「もう一回やってごらん」「もっと手首をひねって。こんなふうに」と、フレデリック。ダグラスが教えられた通りにやってみると独楽は勢いよく回る。 「いいぞ、その調子」すっかり夢中になった大人たちは、彼等の後ろでジャックが帽子とコートを持ち去ったのに全く気付いていない。

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  ステッキの紳士が独楽を回すほど元気そうに見えないのが弱点ですが、とにかくこんな調子で乗客の行動を想像するのも一興かと思います。 アーサー・ライアソンの家族と使用人はボート4号で生還しましたが、彼自身は助かりませんでした。ボートに乗せてもらえない息子のために「この子はまだ13歳の子供なんだぞ」と抗議したというエピソードが残っています。

25.無線室

損傷箇所を調査したアンドリュースは船が沈没すると断定。船長は無線士に遭難信号の発信を指示します。

・重箱ポイント その1
字幕には“SOS”と書かれていますが、台詞をよく聞いていると船長は“CQD”と言っているのがいるのがわかります。CQDとは遭難時の国際呼び出し信号で、タイタニック号が史上初のSOSを発信したのはもう少し時間が経過してからのことです。

・重箱ポイント その2
椅子に座っているのがジョン・G・フィリップス、立っているのがハロルド・ブライドです。二人はマルコーニ無線社からの出向社員でした。彼等は懸命に遭難信号を送り続け、沈没直前に海へ飛び込みました。ブライドはボートB号に辿り着き両足に凍傷を負いながらも生還しましたが、フィリップスは死亡しました。船長から退船命令を受けた後も無線機から離れようとしなかったフィリップスは、タイタニック号の英雄の一人として知られています。・この場面の位置 ボートデッキ、第一煙突の後ろ。二本のマストの間に張られたアンテナ線が、無線室の天井付近に繋がっています。(プログラムP13参照) 映画冒頭、高級船員室の屋根に潜水艇が着底する瞬間をよく見ると、潜水艇の左舷側に無線室の天窓を確認することが出来ます。



26.ワイルド航海士長〜ラウンジの羽目板

ボートデッキではボートを降ろす作業が始まります。しかし、乗客達は暖かい室内から出ようとしません。

・重箱ポイント その1
アンドリュースに「乗客はどこだ」と聞かれ「寒いので室内にいます」と答える船員は、ヘンリー・ワイルド航海士長です。彼については特に目立つエピソードが無いのでこの映画でも少々影の薄い存在になっていますが、彼が持っている笛が後に重要な役割を演じることになるので注目しておきましょう。袖と肩章の三本線が目印です。



・重箱ポイント その2

上記の場面に続いて場面は一等ラウンジに切り替わり、20項と同じカメラワークが再び繰り返されます。カメラが下に降りたところで、画面奥(やや右寄り)に見えるドアに注目して下さい。このドアと天井の間にある羽目板が、後にローズの命を救うことになります。但し画面に映るのはほんの数秒間で、しかも少しピンボケ状態なので確認は困難かもしれません。ちなみに、アンドリュースはこのドアから前部大階段へ行き、そこで「この船は沈没します」とローズに告げました。

1等ラウンジの羽目板

・重箱ポイント その3

この場面でバンドが演奏しているのは“アレキザンダーズ・ラグタイムバンド”という曲です。「ボート6号でこの曲を聴いた」という証言があります。

27.警備員室

警備員室に連行されたジャックは、パイプに手錠で繋がれてしまいます。 警備員室の位置はジャックの部屋の位置と同様、実際とは異なっているようなのですが、結論から言いますと何処にあるのかよく分かりません。 先ずは図面で実際の位置を確認します。警備員室はEデッキの船首、左舷側にありました。アンドリュースがローズに道順を指示する場面がありますが、脚本(準備稿)に書かれている道順は図面通りになっています。 次は映像から位置を検証してみます。
船体側面に打たれたリベットの並び方から部屋の位置はEデッキと思われる。
舷窓の真上にボートを吊るすロープが垂れていたので、部屋の位置は第一煙突か ら第四煙突の間にある。(ジャックが閉じ込められていた頃に前部凹甲板に水が 流れ込んでいたので、水面の高さから考えて第一煙突と第二煙突の間辺りである 可能性が高い)
二人は部屋を出て右方向に逃げたので、部屋は左舷側にある。

 これらの情報から警備員室の位置は大体見えてくるのですが、明言は避けます(但し、調査は今後も続行します)。ところで、警備員室を出た後ジャックがドアを破って船員に注意される場面は二人が下のデッキから上ってきたように見えますが、この場所は警備員室と同じ階にあると考えるのが適当だと思います。

28.婦女子優先

  チャールズ・ハーバート・ライトラー二等航海士は生還した船員の中で最も職位が高く、事故後の調査に際し一人で1600項目の質問に答えました。 ライトラーは船長の命令に固執するあまり、明らかに定員割れしているボート(定員割れの原因は後述します)でも男性が乗る事を拒みました。キャルとラブジョイの台詞に「あいつら、まだ男をボートに乗せない」「反対側は男も乗せています」とありますが“あいつら”とは主にライトラーが指揮していた左舷側のことです。右舷側ではもう少し柔軟な対応がなされており、座席に余裕があれば男性が乗る事も許されていました。 それでもライトラーに感謝した生存者は大勢います。彼は最後まで船に止まって懸命に働いており、沈没後も転覆したボートB号の船腹に立っていた人々がバランスを保てるように指揮を執りました。 映画『SOSタイタニック』はライトラーを主人公として制作されており、主に彼の英雄的な部分が描かれていましたが、今回は彼の行動に対する疑問点が強調されています。 劇中、ライトラーが船長に「女性と子供を乗せますか?」と質問すると、船長は「そうだ、女性と子供が先だ」と答えました。しかしすでに述べた通りライトラーは男性の乗船を拒んでいます。映画のライトラーは“婦女子優先”(余裕があれば男性も乗せよ)の命令を“婦女子のみ”(いかなる場合でも男性は乗せるな)と勘違いしています。あるいは蒸気の音で船長の命令をよく聞き取れなかったのかもしれません。

29.ボート7号

12時45分、マードックの指揮で最初のボート、ボート7号(右舷側、前から4番目)が降ろされました。劇中では降ろす途中で大きく傾き、マードックが「右舷側だけ降ろせ!」と船員に指示していました。

30.白色信号弾

 タイタニック号の航海士は、18キロほど先に船の明かりを発見。12時45分、その船に向けて信号弾による呼びかけが始まります。 氷山に行く手を阻まれ、立ち往生していたカリフォルニアン号の航海士は信号弾を目撃しています。海図室のソファーで眠っていたスタンリー・ロード船長は報告を受けますが、モールス灯で合図を送る事を命令した他は具体的な行動を一切行いませんでした。後に彼が激しく非難されたのは言うまでも有りません。
 但し、タイタニック号とカリフォルニアン号の位置関係については様々な説が有り、ロード船長を擁護する人もいます。

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序文***三****あとがき


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(C)Koji Suzuki