「バカップルに20のお題」
〜新ゼロ〜
「あれ?今日、出かけるのかい?」 ふわふわステップを踏んでいるみたいな鼻歌混じりのフランソワーズにピュンマが笑って声をかけた。 「うんっ。そうなの。ジョーとね、デートっ」 ピュンマは腕を組み、首を傾げた。 「買出しかい?」 べーと舌を出してリビングを後にするフランソワーズ。その後ろ姿も鼻歌と一緒にゆらゆら揺れているのだった。 「・・・やれやれ」 毎日くっついているのに何が新鮮なんだかわからなかったけれど、こういうフランソワーズは見ていて心地良かったから、ギルモア邸の住人はともかく彼女が楽しくて幸せならいい――と思っているのだった。
***
相変わらず鼻歌と共にふわふわしているフランソワーズが玄関で靴を履いていると、ジョーが隣で靴を履き始めた。 「――あ」 二人同時に言って顔を見合わせる。 「今、出るの?」 お互いに黙り込む。 「ジョー。遠回りして来てね」 お互いに一歩も引かずに睨み合う。 「だったらやっぱり一緒に行こう」 「あのさ。ちょっと退いてもらっていいかな。靴履きたいんだけど」 こめかみを掻きながら困ったように言うピュンマ。 「――ん?これからデートなんだろ?」 靴ヒモを結ぶのに集中しているフリをしながらこっそりため息をつく。 「だって。一緒に出ようって言うのよ?デートなのに」 ・・・シキタリって何だ? しかし賢明なピュンマは質問しない。ともかく、一分でも一秒でも早くここを立ち去ることだけ考える。が、こういう時に限って靴ヒモが絡んでいたりする。 「デートってね。時計をみながらドキドキして、いつ来るかな、まだかな、て思いながら相手の姿を探すのが基本なのよ」 頭の上でふたりにわあわあされてピュンマは頭がぐらぐらしてきた。 「――あのさ」 「なあに、ピュンマ」 彼は絶対に自分の味方だと信じて疑わないフランソワーズが、加勢をされたと嬉しそうに答える。 「もし本当にゆびきりしたんだったら、ジョーは針千本呑まなくちゃいけないってことになるな」 フランソワーズはきょとんと瞳を丸くした。 「何だ。知らなかったのか?ゆびきりっていうのは絶対なんだ。もし破ったらそういう罰を受けることと決まっている」 フランソワーズは不安そうにピュンマとジョーを交互に見つめた。 「・・・そんなの、・・・呑んだらどうなっちゃうの」 どうする?と真剣な顔で見つめるピュンマに、フランソワーズは一歩退いた。 「それって・・・痛いだけじゃなくて、血もでるわよ・・・ね」 じいっとジョーの顔を見つめる。ジョーは渋面を作ったままフランソワーズを見ない。 「え、・・・と、ジョー?」 そういうの、してみたいんだもの。というフランソワーズの声は段々小さくなり、空気に溶けた。 「――で?どうする?」 ジョーがちらり、とフランソワーズを見つめる。 「――約束なんて、してなかったわ!思い出した!」 そうしてフランソワーズがジョーの腕の中に収まった時には、既にピュンマは退散した後だった。
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その後、どうなったのかというと。 ストレンジャーで一緒に出かけたふたりだったが、駐車場に着いて車を降りてから――建物をジョーは右から出てフランソワーズは左から出て、お互いに「待ち合わせ」をしたのだった。
「ダメよ、ジョー。じっとして」 ほら、おとなしくしてとフランソワーズに言われ、ジョーはしぶしぶ両手を広げた。 「・・・センチ5ミリ。ほーら。前より5ミリ増えてるわ」 うんざりした顔を隠そうともしないジョー。それに気付いているのか気付いていないのか、ともかくジョーを測り続けるフランソワーズ。 ――まったく。僕以外の奴はみんな前と同じだからって測ってなんかいないのに。 「ん?ジョー、何か言った?」 ジョーに抱きつくように腕をいっぱいに回していたフランソワーズは、ちょっと黙って、そうしてジョーを見つめた。 「ね。ナゲヤリ、ってヤリナゲと何だか似てるわね」 ぼそり、と小さな声で答えるジョー。しかし、フランソワーズには全部ちゃんと聞こえるのだった。ジョーの声は特に。 「言葉遣いが悪いわよ、ジョー。不良みたい」 ぎゅうっとメジャーを絞めた途端、ジョーが苦しがるよりも先に――メジャーが切れた。 「きゃっ」
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今日は防護服を新調するための測定が行われているのだった。但し、ジョーだけの。 「――さてと」 測定値を記入した後で――いったい何に記入したのかジョーは知らない――フランソワーズはその特殊繊維の見本を取り出した。 「・・・なにそれ」 ジョーはさりげなく見本を奪うと諭すようにフランソワーズに話しかけた。 「ヒーローが赤い色を着るというのは、統計学上貴重なデータに基づいて決まっていることなんだよ」 だから、他の色なんていいんだよ――と、見本を傍らに置いたジョーだったが、何やら考え込んでいたはずのフランソワーズが瞳をきらきらさせてこちらを見つめているのにぎょっとした。 「なっ、なに?」 白黒だからだろう――と思うものの、敢えて口に出すのは控えた。代わりに 「でも、アイツのマフラーは赤だし」 と言った。が、既にフランソワーズは聞いていない。 「・・・ね、フランソワーズ」 この時にばっくれてれば良かったのかもしれない・・・と、後になってジョーは思ったのだったが、当然の如く後の祭りである。 「じゃーん!」 フランソワーズが取り出したのは、真っ白い生地で作った防護服だった。――男性用の。 「・・・なにそれ」 ――アイツ。 心の中で舌打ちする。 「ね。着てみてっ」
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「わあっ、ジョー、似合ううう」 洗濯担当としては、ちょっと悩むところだった。
「――これはまだやめておいた方がいいと思うよ?」
「う。・・・これは、僕は着なくてもいいかい?」 どうやら気に入ったらしく、ピンクの防護服でジョーのまえてくるりと一回り。 「・・・・・・なんとかレンジャーみたいだ」 なっ、そうだろ?と笑いかけたジョーの顔はそのまま凍りついた。 「なななんだそれ」 ジョーにカメラを取り上げられ、しぶしぶながらくるりと一回転。 「・・・お揃いがいいのに」 ジョーが着てくれないなら、ピンクはダメね。とため息をついたフランソワーズだった。
結局、さんざんあれこれ試着させられたジョーだったが、最後はいつもの赤い防護服に落ち着いた。 「・・・ねえ、フランソワーズ」 防護服を畳んで箱にしまいながら、フランソワーズは答える。 「そういえば、きみのサイズ測ってなかったよね?」 カメラを傍らのテーブルに置くと、ジョーはつと進んでフランソワーズの背から腕を回した。 「――たぶん、去年とは違ってると思うよ。――ここが」 ・・・・・。 カメラの録画ボタンは、迂闊にも押されたままだった。
「私、前から大好きだったのよ」 そう額をつき合わせて言い合って、お互いの手を握り合って。 「ホント?ジョー」
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「おいおいおいおい。何なんだコレは」 冗談じゃない――と、ジェットは慌てる。 「だろ?だったら我慢しろ。ここに居ると思うな。雑念を捨てろ」 見ると、リビングの隅では確かにジェロニモが座禅を組んでいるのだった。
ここはギルモア邸のリビング。 博士とイワンを除いた一同が集められていた。 誰より何より、自分たち自身が精密機械である彼らに対し、やはりホコリや雑菌などは可能な限り排除しておくべきだという博士の持論――親バカとも言う――の元に、年一回は行われるのである。
トイレと称してジェットがだいぶ長く席を外していた間、いったい何があったのか。 「俺がトイレに行ってる間に、一体何があったんだ?」 ジェットがピュンマの隣に腰掛け、目で奥の若い二人を示す。 「いやあ・・・いつもの通りだったんだけどね」 苦笑するピュンマ。自然に視線の向いた先には、手を取り合い見つめ合う仲良し二人組の姿があった。 「最初は仲良くしりとりをしていたんだけどさ」 ハインリヒが手元の本に目を向けたまま静かに言う。 「――ふうん。・・・で?」 確かに最初はただのしりとりだった。が、途中から雲行きが怪しくなってきたらしい。 「文章のしりとりになったんだよ」 ジェットはそれ以上言うなとピュンマに手のひらを向けて止めた。 「で、いつの間にかしりとりじゃなくなって、それで――」 それは、ジェットにもわからないでもなかったから、しばし黙った。 と。 突然、椅子を蹴倒してジェットは立ち上がるとつかつかとその二人の元へ向かった。 「おい、お前ら!」 しかし二人とも答えない。 「チューはやめろ!」 背後ではピュンマが大きくため息をついて、気の毒そうにジェットを見つめ肩をすくめた。 「正気にもどれっ・・・うわっ」 そうしてジェットはあっという間に後ずさりしてもとの場所へ戻った。顔が赤い。 「――オイ、ピュンマ」 いつから人前でマジなキスをするようになったんだ?
「もうっ・・・ジョーのばか!」 ふんっ!! 仲良くキスしていたと思ったら、離れた途端のケンカだった。 「・・・何やってんだ?アイツら」 なるべく見ないようにしていたジェットとピュンマだったが、静かになったと思った矢先の仲間割れに思わず二人を注視してしまった。ハインリヒも本から顔を上げており、ジェロニモも目を開いていた。
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「酷いわ、ジョーったら」 フランソワーズの瞳に涙が滲んでくる。 「みんないるのに。いくらジョーでも許せないわ」 なんとなく耳を傾けていた「兄」たちは顔を見合わせた。 指先で目尻を拭い、フランソワーズは頬を膨らませる。 「こういうのは、お部屋でゆっくりじゃなくちゃ嫌」 ――え? 呆然として思わずフランソワーズを見てしまう兄たち。が、当の彼女は全くその視線には気付いていない。 「そんなこと言ったって。途中で調節できたら苦労しないさ!」 ・・・おい、ジョー。お前・・・。 フランソワーズの言葉に呆然としていた兄たちは、ジョーの言葉に脱力してテーブルに突っ伏した。 ああ、早く掃除が終わらないかなぁ・・・。 まだまだ掃除は続く。 そして、おそらくこの実のないケンカも。
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「途中で調節できない、って、おかしいわ!あなた経験豊富なはずでしょう?」 不潔、とか、女好き、とかとか言われずにすんだ・・・とほっとジョーは胸を撫で下ろした。 「――いいよ。言えば?」 つい口が滑ってしまったことを後悔しても遅い。勢いで言ってしまったのだとしても。 「僕はフランソワーズに会ってから、ずっと胸が苦しくていつも死ぬ思いをしているんだから、今さらそれが増えたってちっとも辛くないさ」 ジョーがすうっと目を細めた。 「――それは」 ソファとソファの端と端に離れていた距離を、フランソワーズは一瞬で縮めた。 「ん――そういう意味じゃ、ないんだけど」 なりゆき上、ジョーはフランソワーズの髪を撫でる。撫でながら、天を仰ぐ。 「うーん・・・でも、ある意味合ってるっていえば、合ってるのかな・・・?」 天を仰いだまま首を傾げる。 ――ああ、もう。 乱暴に自分の前髪をかきあげて、そうしてから、少し強引にフランソワーズを膝の上に抱き上げた。 「きゃ。ジョー、ちょっと・・・みんなが見てるわ」 フランソワーズが驚いてジョーを見つめる。が、ジョーはふいっと横を向いた。 「本当に嫌だったら逃げればいいよ。僕は追わない」 しばし一歩も譲らず見つめ合う。 「――じゃ、逃げてみようかしら。そんなに言うんだったら」 そのジョーの言葉が終わらないうちに、フランソワーズはするりとジョーの膝から降りた。あっけなく。 「・・・あ、れ?」 フランソワーズはくるりと背を向ける。そうしてスキップするみたいに、ピュンマたちのいるテーブルまでやって来た。 「こっちの仲間に入れて」 ジェットはテーブルに突っ伏したまま無視を決め込んでいる。若い二人には金輪際付き合わないつもりらしい。あるいは、ただ単に眠くなっただけなのか。ともかく、ジェットはフランソワーズを完全無視していた。 「・・・フランソワーズ。僕は知らないぞ」 ふんっと鼻を鳴らすのを、まあまあとなだめすかしてピュンマはもう一度言う。 「いいから、ちょっとあっちを見てみろ、って」 ちらり、と肩越しにジョーを振り返って見たフランソワーズは絶句した。 「ヤダ、ちょっと、ジョー」 フランソワーズの目に映ったのは、ソファではなく何故か床に座り込んでいるジョーの姿だった。
ジョーのたいく座り。 フランソワーズは思わずため息をついていた。 あまりにも見慣れた彼のこの姿。 そう、確か―― 彼のテストが終わるのと同時に自分達はブラックゴーストに反旗を翻した。わけもわからずついて来るはめになった009以外は、作戦が比較的うまくいってほっとしていた。そうして和やかな空気になり始めたのだったが、その矢先に001が勝手に彼の過去を話し始めてしまったのである。彼の許可もとらずに。 最初はわからなかった。なぜこんな姿勢をとるのか。 未だに時々目にするこの姿。 ――最初は、外界を遮断する、全てを拒否するためのポーズと思ったのだったわ。 フランソワーズは思う。 しかし。 後に――それはいつのことだったか忘れてしまったけれど――そうではなく、これは彼が落ち込んでいたり寂しくなったりした時にとる姿勢なのだとわかった。 ひとりぽっちで生きてくるしかなかった彼。 そんな時の、・・・自分を防護するための、姿勢。
「・・・もうっ」 ひとこと洩らすと、フランソワーズはつかつかとジョーの元へ戻り、そうしてしゃがみ込んだ。 「ジョー?」 顔を伏せたまま動かないジョー。 「・・・ばかね。私があなたから逃げると思うの?」 ジョーが顔を上げる。が、その顔が見えないようにフランソワーズが彼の首筋にかじりつく。 「ほら。早く」 ジョーの両腕が膝を解き、のろのろと持ち上がりフランソワーズの身体に巻きつく。 「だめ。もっと、ぎゅーってしてくれなくちゃ」 ジョーが腕に力をこめる。が、 「もう。本気ださないと逃げちゃうわよ?」 フランソワーズがそう言った瞬間、ぎゅうっと抱き締めていた。 「うふっ。捕まっちゃった」 僕のフランソワーズ。 「・・・だから言ったのに」 フランソワーズがジョーの鼻を指先でつんとつつきながら言う。 「逃げたら泣くわよ、って」 軽く唇を尖らせ、拗ねたような甘えたような声で言うジョーにフランソワーズは思わず噴き出した。 「もうっ・・・ジョーったら!」 じゃあ、また逃げてみようかしら――? 「ダメだ!!」 フランソワーズの声に、ジョーはもう一度彼女を抱き締めるのだった。 「絶対、許さないぞ」
***
「・・・早く掃除が終わんねーかなー」 ジェットがテーブルにだらしなく突っ伏しながら言う。 「聞かなきゃいいだろう」 若い二人の会話は、どんなに無視しようとしても勝手に耳に入ってくる。何しろ、広いリビングとはいっても所詮は同じ部屋なのだ。せめて掃除の音がうるさいくらいしててくれればいいのに――と願ったところで叶わない。今は邸の裏の方の部屋を掃除しているのか、全く何も聞こえてこないのだから。 「心頭滅却すれば、火もまた涼し、だよ」 そうしてピュンマもジェロニモ同様、印を結んで瞑想するのだった。
「・・・ねえ、ピュンマ」 つんつん。と肩をつつかれ、瞑想していたピュンマは片目を開けた。 「――何?」 内心、げんなりしながら答える。ジョーのところにいりゃあいいのに、なんでこっちに来るんだと頭を抱える。が、表面上はあくまでもにこやかに。 「ね。ビデオカメラ、貸して」 忘れてない。何しろ、そもそもフランソワーズは被写体なのだから、順番など組まれていないのだ。 「わ・・・すれてた、ね。そうだった。そろそろきみの番だったね」 嬉しそうにぴょんとひとつ跳ねるフランソワーズにやれやれと肩をすくめ、傍らの棚より取り出して渡す。 「使い方、わかる?」 にっこり笑んで早速ピュンマを撮影するフランソワーズ。 「えっ、僕はいいよ」 あっそう・・・ 悪気のないさらりと言われた言葉に微妙に傷つくピュンマだった。
***
「ジョー!こっち向いて!」 フランソワーズが嬉しそうにカメラを構えてジョーの正面に立った。しかし、目の前にいるジョーはだらんとソファにもたれ、胡散臭そうにカメラを見つめている。まったくやる気がないのだ。 「もうっ。もっと愛想よくして頂戴」 しかし、ジョーは無言でだらだらしたまま動かない。 「ジョーってば」 大体、こういうものに撮られるのは大嫌いなのだ。普段は仕事だからと我慢しているけれど、今は何と言ってもプライベートタイムなのだ。こんなものに撮影される謂れはない。たとえ撮影者がフランソワーズであっても。 「ほおら。にっこり笑って」 ジョーはじっとりとカメラを見つめると、おもむろに大きな欠伸をした。 「――もうっ!ジョーったら!」 そうしてシャツの下に手を入れて胸を掻く。 「やーっ!もうっ、やめてよーっ!!」 そうして今度は大きく伸びをすると耳に指を―― 「いやっ!!耳をほじらない!あ、鼻も!!」 「目をこすらない!」 「お尻向けないで!」 「パンツ見せなくてもいいのっ!!」 「つむじなんかいらないっ」 「こっち見て、ってば!」 フランソワーズが嫌がれば嫌がるほど続けるジョー。彼が真面目に撮られているわけがないのだ。 「嫌だったら撮らなきゃいいだろっ」 ジョーが至極最もな意見を言う。 「嫌よ。だって、全部ジョーだものっ」 そう言って嬉しそうに撮り続けるフランソワーズ。 「ふうん・・・いつまで撮り続けられるかな?」 そうして今度はカメラをじっと凝視した。真剣な顔で。 「・・・やっ、ジョー。ちょっと、何・・・」 レンズ越しにじっと見つめられるフランソワーズの頬が少しずつ朱に染まってゆく。 「ずるいわ、こんなの・・・」 でもジョーは視線を逸らさない。 「もうっ・・・」 でも負けないんだから。とひとつ小さく頷いて、フランソワーズはカメラを構え直す。 「ずっと撮るんだから!」
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・・・あのさ、二人とも。 ピュンマは心の中でため息と共に言い、再び目を瞑った。
ギルモア邸の大掃除も無事に終わり、夕方には全員が揃って食卓を囲んでいた。 「それにしても、ほんっとお前らってバカップルだよなぁ。今日という今日は思い知らされたぜ」 ジェットがうんざりといった風情で言う。 「なんだよそれ。納得できないなぁ」 ジョーが唇を尖らせる。 「なんなんだよ、バカップルって。僕達がそうだとでもいうのかい?」 けっ、と喉の奥で言ってから、ジェットは水を飲み干した。 「だけど、バカップルっていうのは違うわ。私たちは全然そうじゃないもの。――ね?ジョー」 真剣な顔で言い募るフランソワーズに、「兄」たちの視線は彼女に集まった。 「いーい?バカップル、っていうのはね。バカみたいに仲良しなカップルって意味なのよ。わかる?バカみたいに仲良し、って。それはもうとってもとっても仲良しって言う意味なのよ。いわば、仲良しの最上級と言ってもいいくらい。だから、私たちがバカップルっていうのは違うのよ」 ピュンマが言うのにフランソワーズはきっぱりと首を横に振る。 「私たちなんて、全然、よ!まだまだその域には達してないわ」 対面に座っているふたりがお互いをじっと見つめ、うんうんと頷くのを目の端で見ながら、「兄」たちは食事をすすめてゆく。 「・・・あのさ。ふたりとも」 口の中のものを飲み下してから、軽く咳払いをし、ピュンマはふたりを視界に入れた。 「ええと。・・・聞いてるかい?」 そうしてひとくち水を含んで、ピュンマは言った。 「あのさ。バカップルって、そういう意味じゃ・・・ないんだけど?」 褐色の瞳と蒼い瞳が同時にこちらを向き、ピュンマは一瞬心理的に後退した。 「つまり――」 ・・・どうしてこんなことに真剣になるんだ。 バカップルというのは、おバカなカップルという意味で、要は他人にとってはどうでもいいことを二人だけの世界で独自の解釈をし周りの迷惑顧みず開陳するカップルということである。ギルモア邸のこのふたりはまさにそれに該当するのだったけれど。 「・・・あ。いや。うん。――フランソワーズの言うので合ってるよ。うん。そうだった」 そうして仲良く頷き合ってから食事を再開するふたり。 ――まあ、いいか。確かにお前たちは、バカみたいに仲良しなカップルであることに間違いはないんだから、な。 「ほら、な?やっぱりバカップルじゃねーか」 ジェットのうんざりした声に、ふたつの声がきっぱりと言い切った。 「違います!」
「つまり、ジョーにはシタゴコロがあるっていうことよ」 唐突に言われ、ジョーは憮然として胸の前で腕を組んだ。 「だって。あなたは恋しているんでしょう?」 そうしてフランソワーズは目の前にあったメモ用紙に文字を書き込んだ。 「・・・漢字、書けるんだ」 そんなの、やだね!と憤然とするジョーに取り合わず、フランソワーズは紙を彼の目の前に差し出した。 「ね。そんな事言ってないでちょっと見て」 ジョーはにこにこしているフランソワーズにううんと唸り、 「だけど、ちょっと腑に落ちないんだけど」 フランソワーズがジョーのほっぺたをむにーっと引っ張ったので、ジョーは身を引いてついでにフランソワーズも膝の上に抱き上げた。 「いいじゃないか。恋愛の両方で、さ」 途端に顔を歪ませたジョーに、フランソワーズは慌てて頬にキスをした。 「もうっ。大丈夫。それはさせないわ」 お互いに至近距離でお互いの瞳を覗き込み。 「――そうだね。ずうっとこうして一緒にいればいいんだ」 こうしてみると、やっぱりフランソワーズは「愛」なんだなぁとジョーは思った。ゆっくり抱き締めながら、その温かさと柔らかさに目を閉じる。 「・・・でもさ、フランソワーズ」 ジョーはフランソワーズを抱き締めたその耳元で囁くように言う。 「なあに?」 髪にかかる吐息がくすぐったいのか、フランソワーズが少し身をよじる。が、逃がさない。 「シタゴコロがない、っていうのもツマラナイだろう?」 そうしてそのまま耳に唇をつけた。 「もうっ・・・ばか」
「ね。ジョー、これは?」 フランソワーズはわざとらしく大きく深くため息をつくと、両手を腰にあててジョーをじろりと睨んだ。 「ジョー。あなた、何の役にも立たないわ」 これも美味しい、こっちもだ――と、目の前の試作品の数々をちょっとずつ味わって満面の笑みのジョーは、フランソワーズの冷たい視線に顔を上げた。 「だって、これ全部試作品なのよ。ちょっとこれは、とか、こっちは塩加減がどうとか、何かこう・・・あなたの意見を聞きたいのに」 二人の目の前のキッチンテーブルの上に並べられた数々の料理。それはどれも、フランソワーズがレパートリーを増やそうと秘かに練習してきたものだった。張々湖の手ほどきをうけて。 「ないってば。全部、美味しいって。ほんとだよ?」 そう真顔で言われてしまうと、確かにそれは彼の本心らしかったから、フランソワーズは複雑な思いを抱えつつも黙るしかなかった。何故なら、披露する相手が何を隠そうジョーなのである。その彼が美味しいというのなら、それでいいではないか。 「・・・もう。だからダメって言ったのに」 後悔とともに吐き出した言葉はジョーに聞こえているのかどうか。 「いいじゃないか。僕はフランソワーズのごはんは全部好きなんだから」 ということなのだ。 「・・・全部好きなら、シラス入りの卵焼きも食べられるようになってください」 僅かしかない嫌いなもののひとつである。 「・・・ええと」 これも僅かしかない嫌いなもののひとつである。 「――別に、卵にネギを入れなくてもいいじゃないか。別々だったら僕だって食べられるんだから」 さらりと言ったジョーに目を見張ったのはフランソワーズだった。 「ジョー、あなた本当は食べられるの?」 やばい、口が滑った・・・と言っても後の祭りである。 「ね。だったらどうしてうちでは食べないの。よそで食べられるなら大丈夫なはずでしょう?それとも、私の作ったのじゃ不味くて食べられないっていう意味?」 ああもう、しょうがないなあ――とジョーは頭を掻いて、そうして改めてフランソワーズに向き直った。 「――そうじゃなくて、さ。ん・・・なんていったらいいかなあ」 徐々にジョーの頬が染まってゆく。 「その、・・・手伝ってくれるだろ。食べるの」 食べられないときは、居残ってフランソワーズの監視のもと完食するまで解放してもらえないのだ。 「だから・・・何?」 ジョーは逡巡した結果、やはり言わないでおくことに決めた。 ――だって、言ったら朝食後のふたりの時間が減ってしまうだろう?
それは朝食の席だった。 「あ。おはよう、ハインリヒ。・・・何か用?」 ジョーの正面に座るフランソワーズも不審そうに見つめる。 「――その、お前ら、この後は」 首を傾けてにっこり笑い合う二人に回れ右をしそうになりながらも、ハインリヒは頑張った。 「そう・・・だよな、うん。それは結構。で、そのだな」 冗談じゃない。もし連行されたら、それは限りなく罰ゲームに近いぞ――とハインリヒは心の中で言ってから勇気を奮い起こした。 「そうじゃなくてだな。つまり、今日はジョーの誕生日だろう?」 にっこりフランソワーズが言うのと正反対に、ジョーは眉間にシワを寄せ興味を失ったように食事を再開した。 「で――俺らからジョーに」 フランソワーズの目が驚きに真ん丸くなる。何しろ、今までそういうものはなかったのだ。 「んもう。ジョーったら、大袈裟ね」 箸をつけたままの形で固まったジョーをよそにフランソワーズはハインリヒの差し出した包みに目を向けた。 「・・・なあに、これ」 包みとはいっても薄いセロハン紙に包まれリボンがかけられただけの簡素なラッピングだったから、中身は丸見えだった。(ちなみにラッピングしたのはジェロニモである) 「・・・DVD?」 受け取れ。とハインリヒはジョーの腕に押し付ける。 「・・・ありがとう」 どう見ても市販されている仕様ではない。 「え――ああ。そうだな。ま、・・・ジョーひとりで見ろ」 ジョーはどこか思うところがあったのか、暫くしてこくんと頷いた。 「もー。ふたりしてなんなの」 ジョーとハインリヒを交互に見つめ、フランソワーズが頬を膨らませる。 「ねえ、もしかしてエッチなのじゃないわよね?」 まなじりを決するフランソワーズにハインリヒは思わず噴き出した。 「違うよ、なんだったら一緒に観ればいい。が、ある意味――エッチなの、って言えばエッチなのかもしれないが」 やっぱりエッチなのじゃない!! 「もうっ、ジョー。そんなエッチなの、観なくてもいいでしょっ」 ちら、と確認するかのようにハインリヒを見る。ハインリヒは肯定するように頷いた。 「・・・主演女優が凄いんだから」 ジョーは中身を撒き散らしながら飛んできた醤油差しをマトモに胸に受けた。 「フランソワーズ!また醤油を無駄にしてっ――」 そして飛んできたのは、ふたを外してあるソース。こちらはジョーの脳天にヒットした。 「あ、こらっ、フランソワーズ」 ケチャップの赤が視界を覆い、ジョーは戦意を喪失した。 「ジョーのばか!もう知らない!」 そのままダイニングを駆け出して行ってしまった。 「・・・あーあ」 ソースと醤油とケチャップにまみれたジョーをハインリヒが気の毒そうに見つめる。彼はさすがの無傷だった。 「・・・お前ら」 放っておけば、明日も来月も来年も同じ光景が繰り返されそうな。そんな平和な空間だった。 でも、そう真面目に彼らに言うのは躊躇われたから、代わりにハインリヒはこう言った。 「本当にバカップルだよな」 ジョーは無言でこっくりと頷いた。
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