「おねだり」

 

 

「――あ、そうだ。24日、空けておいて」

帰り際、玄関のドアに手をかけたところで思い出す。今日はこれを言うために来たのに、言わないでどうする。

「24日?」

きょとんとした瞳で問い返すスリー。

「そう、24日」

なにしろ24日はきみの誕生日なんだから。

「いやだ、ナインったら。空けてるに決まってるでしょう?」
「――そうか」

ほっとしたのも束の間。続く彼女の声に愕然とした。

「だってセブンがお誕生会をするって言ってくれているんだもの」
「・・・お誕生会?」
「ええ。毎年、みんなでお祝いしてくれてるでしょう?だから・・・あ、ナインも来てくれるわよね?」
「・・・お誕生会」
「そう。私の。――もしかして知らなかった?」

いやというほど知っている。何しろ僕は――きみの誕生日だからと散々色々な作戦を立てていたのだから。
何度もシミュレーションして。そうしてやっと、納得のいくものになったのに。
なのに――お誕生会、だって?

この展開は気に入らない。なんだか凄くデジャヴュを感じる。それも、ものすごーく嫌な感じの。
なんだろう、この感じ。ずいぶん最近、経験したばかりのような・・・・

「あ!!」
「えっ?なに?」

急に大声を上げた僕をびっくりして見つめるスリー。

思い出した。この展開は・・・クリスマスと一緒じゃないか!!
冗談じゃない。

冗談じゃないぞ!

「・・・ナイン?どうしたの?」
「うん。――その、誕生会だけど」
「ええ。セブンったら張り切っちゃって。プレゼントに何が欲しいってくっついて回るのよ?」

くすくす笑うスリーにつられて僕も頬が緩む。
――いや、違う。笑ってる場合ではないのだ。

「ふうん。・・・で?スリーは何が欲しいんだい?」
「えっ」

ああっ。違う。こんな質問するつもりなんて全然ないのに。そうじゃない、僕が言いたいのは――

「・・・なんでもいいの。選んでくれるその気持ちが嬉しいから、だから・・・」

頬を染めてそう言うスリーは、やっぱり素敵な女の子で。

「何を贈ろうか考えてくれた時間でじゅうぶん。だからもう、セブンにはいっぱいもらったから、だから」
ものなんて要らないのにって言ったのに、それじゃだめだって許してくれないの。

「そりゃ――」
好きな子に何か贈りたいと思うのは当然だろう?

そういう自分はいったい何をスリーに贈るつもりなのか、実はまだ全然決まっていなかったりするのだけど。

「・・・でも、ナインからは何か欲しいわ」
「――えっ!?」
「おねだり、しても・・・いい?」

ちらりと僕を見つめる蒼い瞳。
おねだり、って・・・いったい何をねだるつもりなんだろう?
しかも、セブンには要らないと言っておいて、僕には要求してくるその思惑がわからない。

「ええと、あんまり高いものはちょっと」

彼女が高価なものをねだるなんて想像できなかったけれど、いちおう僕の稼ぎでは限界がある。車、とかならまだいいけど、マンションとか言われたらそれはかなり困る。買えなくはないけれどやっぱり困る。なぜ困るかというと、それはつまり――

「高くないわ。だって、買えないものだもの」
「買えないもの?」

それこそ想像がつかない。

「ええ。・・・あのね。・・・その、」

スリーは耳まで真っ赤になって、俯いたまま僕の袖を引っ張った。

「・・・・・ナインとその日ずうっと一緒にいられたらいいな、って」

――え?

「その、・・・・ナインを独り占めしちゃ、だめかしら」

だめかしら、って。

「――その日、って、24日?」
「ええ」
「だってその日は・・・」

セブン開催のお誕生会をするのではなかったか。

僕の袖をぎゅうっと握っていたスリーはぱっと顔をあげた。まともに目が合ってしまい、少し潤んだ蒼い瞳に僕は簡単に呑まれてしまった。

思考停止。

頭の中は真っ白になった。――いや。真っ白ではなく蒼い瞳でいっぱいになった、と言うべきか。
ともかく、いま僕は目の前にいるスリーのことしか見えなくなっていた。

スリーのことしか考えられない。

――反則だ。
それはないよスリー。

そんな――上気した顔で、潤んだ瞳で、僕を見つめるなんて。

そんな顔をされたら。

そんな顔を・・・されたら。

「ふら」
「だって、デートしようって誘ってくれてるんでしょう?」

ふたり同時に喋るから、お互いの声がよく聞こえなかった。が、僕のほうはどうでもいい。
――危ういところだった。

危機一髪、僕は彼女の声に自分を取り戻した。

「・・・違った?」

答えようと口を開く僕よりも先に、スリーはぱっと両頬に手をあてて突然喋りだした。

「やだわ、私ったら。今度は間違えないようにしよう、って思ってたのに。だってナインの誘い方って難しいから、今度は絶対間違えないって気をつけていたのに、やだ、違ったなんて」
恥ずかしい・・・と顔を覆ってしまう。

ひとりパニックになっているスリーを見るのは珍しい。しかも、そのパニックになっている内容は僕のことだ。
それは何だかくすぐったくて、このまま可愛いスリーをずうっと見ていようか・・・とも思ったのだけど。

「――間違ってないよ。・・・よく、わかったね?」
「だって」

顔を覆っていた手を離し、ひたっと僕を見つめる必死の様子のスリー。ああもう、なんて可愛いんだ。

「だって。最初に24日は空けておいて、って言ってたもの。だから、」
「うん。だけどスリーが誕生会の話なんてするから、僕はてっきり」
避けられたのかと思ったよ。

そう言った途端、スリーは僕の腕に手をかけて詰め寄った。

「避けてなんかないわ!もうっ。どうしてそんな意地悪言うの?」

だって可愛いから。

「ナインの意地悪!」

ふん、意地悪で結構。

「もう、知らないっ」

ぷいっと横を向く可愛い膨れた顔。その頬を指でつついて。

「ふうん?いいのかい、知らなくて?だってきみは僕を独り占めしたいんだろう?」
「あれは嘘っ。もういいのっ」
「あ、そう。それは残念だな。僕もそうしたかったんだけど?」
「そう、って・・・」
「――僕もきみとずうっと一緒にいたいんだけど。・・・ダメかな?」

そうっと僕の肩に頬を寄せたのがスリーの答えだった。

 

***

 

そんな、聞きようによってはまるでプロポーズのような言葉を交し合った僕たちが、いったいどんな日を過ごしたのかというと――

「ね。ジョー。次はこれっ」
「――はいはい」
「ん、もう。返事は一回」
「はあい」

一日中、僕の家で映画を見て過ごしたのだ。
せっかく立てた僕の作戦は全て却下された。ドライブするのも、しゃれたレストランで食事をするのもナシ。
大体、食事なんて宅配のピザだ。ケーキも何もない。
そんな誕生日でいいのかい?と訊いたら、フランソワーズは。

「もちろんよ。だって、ずうっと一緒にいられるもの!」

にっこり笑ってそう言って。
そうして僕の腕に寄り添った。そこが自分の居場所のように自然に。

だから僕は、いったいどんな映画を見たのかひとっつも覚えちゃいなかった。

覚えていたのは――

フランソワーズの笑い声。

フランソワーズの髪の香り。

フランソワーズの手の温かさ。

そのうち眠ってしまったきみをどうしたらいいのかわからなくて、困ったけれど。

 

 

 

 

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