国語篇(その七)


国語篇(その七)<『万葉集』難訓歌解読試案(増補)>

(平成16-8-1書込み。22-9-1最終修正)(テキスト約14頁)


トップページ 国語篇一覧 この篇のトップ 語 句 索 引

 

 [本篇には、国語篇(その六)<枕詞・続(下)>の<付>『万葉集』難訓歌解読試案を再掲するとともに、それに収録しなかった、『万葉集索引』(岩波書店新日本古典文学大系別巻、平成16年)の「全句索引」末尾の「難訓」の部に所載の難訓歌(全延35句)の解読試案を増補収録しました。

 なお、用例中出典の明記がない数字は『万葉集』の巻数・歌番号です。

 また、ポリネシア語による解釈は、原則としてマオリ語により、ハワイ語による場合はその旨を特記します。]

 

目 次

 

 1[1-1]「籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持」2[1-9]「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」3[1-67]「物恋之鳴毛」4[2-156]「己具耳矣自得見 監乍共」5[2-160]「智男雲」6[3-249]「舟公宣奴嶋尓」7[4-655]「邑礼左変」8[6-970]「指進乃」9[7-1205]「漸々志夫乎」10[9-1689]「杏人」11[10-1817]「明日者来牟等 云子鹿丹」12[10-2033]「定而 神競者 磨待無」13[11-2522]「恨登 思狭名盤 在之者」14[11-2556]「往褐」15[11-2647]「東細布」16[11-2830]「中見刺」17[12-2842]「等望使念」18[13-3221]「汗瑞能振」19[13-3242]「日向尓 行靡闕矣」20[14-3401]「中麻奈尓」21[14-3419]「奈可中次下」22[15-3754]「多我子尓毛」23[16-3791]「刺部重部」「信巾裳成者之寸丹取為支屋所経」「如是所為故為」24[16-3809]「領為跡之御法」25[16-3889]「葉非左思所念」26[17-3898]「歌乞和我世」27[18-4105]「我家牟伎波母」

<修正経緯>

 

 

<『万葉集』難訓歌解読試案(増補)>

 

1[1-1]「籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持」

 

[原文](大泊瀬稚武)天皇御製歌

  籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持 此岳尓 菜採須児 家告奈 名告紗根 虚見津 山跡乃国者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背歯 告目 家呼毛名雄母

 

[読下し](大泊瀬稚武)天皇の御製の歌

  籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児 家告(の)らな 名告(の)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそいませ 我こそば 告(の)らめ 家をも名をも

 

 『万葉集』開巻冒頭の雄略天皇の「妻問歌」で、とくにその冒頭の「籠もよ み籠もち ふくしもよ みぶくし持ち」の句は、「籠(かご)も良い籠をもち、へらも良いへらを持つて」と解されていますが、後半の句と句調が甚だしく異なり、また語義にも疑問があることから、古来さまざまな解釈が行われてきています。

 この原文の「籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持」は、万葉仮名の通常の用例に従って「こもよ みこもち ふくしもよ(または「ぶくしもよ」) みふくしもち(または「みぶくしもち」)」と訓むこととします。

 また、「こもよ」と「ふくしもよ」、「みこもち」と「みふくしもち」がそれぞれ対応して韻を踏んでいるように見えることに着目して解釈を行います。

 この「こもよ」、「みこもち」、「ふくしもよ(ぶくしもよ)」、「みふくしもち(みぶくしもち)」は、

  「コ・モイ・アウ」、KO-MOI-AU(ko=girl or males used only in addressing;moi=a call for a dog;au=your,of you,rapid,firm,certainly)、「児(娘)よ・(こっちへ)来なさい・早く」(「モイ」の語尾のI音と、「アウ」のAU音がO音に変化したそのO音が連結して「モヨ」となった)

  「ミイ・コ・モチ」、MII-KO-MOTI((Hawaii)mii=attractive,fine-appearing,good-looking;ko=girl or males used only in addressing,descend;moti=consumed,scarce,surfeited)、「きれいな・ふっくらした・児(娘)よ」(「ミイ」の反復語尾のI音が脱落して「ミ」となった)

  「フ・クチ・モイ・アウ」、HU-KUTI-MOI-AU(hu=silent,quiet;kuti=draw tightly together,contract,pinch;moi=a call for a dog;au=your,of you,rapid,firm,certainly)、「静かさ(落ち着き)を・身に付けた(児(娘)よ)・(こっちへ)来なさい・早く」(「モイ」の語尾のI音と、「アウ」のAU音がO音に変化したそのO音が連結して「モヨ」となった)

  「ミイ・フ・クチ・モチ」、MII-HU-KUTI-MOTI((Hawaii)mii=attractive,fine-appearing,good-looking;hu=silent,quiet;kuti=draw tightly together,contract,pinch;moti=consumed,scarce,surfeited)、「きれいな・静かさ(落ち着き)を・身に付けた・ふっくらした(児(娘)よ)」

の転訛と解します。

 上の解釈において、第3句および第4句中の「ふくし」は、「フ・クチ」、HU-KUTI(hu=silent,quiet,secretly;kuti=draw tightly together,contract,pinch)、「静かさ(落ち着き)を・身につけている」と解するかまたは「プア・クチ」、PUA-KUTI(pua=flower,seed;kuti=draw tightly together,contract,pinch)、「花を・(飾りとして)身につけている」(「プア」の語尾のA音が脱落して「プ」から「ブ」またはさらにP音がF音を経てH音に変化して「フ」となった)と解することができ、ここでは原文の発音により忠実な前者を採りましたが、若い娘の形容としては後者の方がよりふさわしいかも知れません。

 また、第2句および第4句中の「モチ」には、「憔悴した(痩せた)」と「(飽食した)ふっくらした」の二つの意味がありますが、古代の美人の評価は後者と考えられますので、「ふっくらした(豊満な)」を採りました。この「モチ」は、「望月(もちづき)」の「もち」と同じです。

 なお、以上の句以外については、「そらみつ(大和の国)」、「おしなべて」、「(吾こそ)をれ」、「しきなべて」、「(吾こそ)いませ」は、

  「ト・ラミ・ツ」、TO-RAMI-TU(to=the...of,drag,open or shut a door or a window;rami=squeeze;tu=stand,settle,fight with,energetic)、「((我々が)戸を開けて)入り込んで・奪い取って・居座っている(大和国)」(国語篇(その四)の060そらみつの項を参照してください。)

  「オチ・ナペ・タイ」、OTI-NAPE-TAI(oti=finished,gone or come for good,then,but;nape=weave,jerk,say falteringly,tangled;tai=the sea,tide,wave,anger,violence)、「(荒々しい)力で・(この国を)良い状態に・組織する」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」となった)

  「ワウ・レイ」、WAU-REI(wau=quarrel,wrangle,discuss;rei=leap,rush,run)、「(国中を)走り回って・激論する(国論を統一する)」(「ワウ」のAU音がO音に変化して「ヲ」となった)

  「チキ・ナペ・タイ」、TIKI-NAPE-TAI(tiki=fetch,proceed to do anything,go for a purpose;nape=weave,jerk,say falteringly,tangled;tai=the sea,tide,wave,anger,violence)、「(荒々しい)力で・(国としての)行動を・組織する」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」となった)

  「イ・マタイ」、I-MATAI(i=past tense;(Maori)matai=watch,inspect,examine;(Hawaii)makai=policeman,to inspect,spy;(Samoan)matai=酋長(総称))、「(吾こそ)(大和国の酋長)王・である」(「マタイ」のAI音がE音に変化して「マテ」から「マセ」となった)(この「マタイ」は、『魏志倭人伝』の「邪馬台(やまたい)国」の「マタイ」と同じです。古典篇(その四)<魏志倭人伝の人名・地名>の16邪馬台国の項を参照してください。)

の転訛と解します。

(注) 西本願寺本万葉集には、この歌の表題「天皇御製歌」の次に「興毛興呂毛」(コケコロモとの訓がみえますが、通常の万葉仮名の訓み方に従い、「こもころも」と訓み、この二つの訓みについて解釈することとします。)との注がありますが、岩波新日本古典文学大系では省略しています。このような注は他に例がないところから、もともと本文にあったものではなく、後世の書き込みの可能性があります。

 この「こもころも」、「こけころも」は、

  「コモ・コロ・マウ」、KOMO-KORO-MAU(komo=thrust in,put in,insert;koro=desire,intend;mau=carry,take up,lay hold of)、「(娘を)手に入れたいという・願いを・内に秘める(歌)」(「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

  「コケ・コロ・マウ」、KOKE-KORO-MAU(koke=move forwards,glide,spread as news;koro=desire,intend;mau=carry,take up,lay hold of)、「(娘を)手に入れたいという・願いを・前面に押し出した(歌)」(「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった

の転訛と解します。

 

2[1-9]「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」

 

[原文]幸于紀温泉之時、額田王作歌

  莫囂円隣之 大相七兄爪謁気 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本

 

[読下し]紀の温泉に幸したまひし時に、額田王の作りし歌

  莫囂円隣之 大相七兄爪謁気 わが背子が い立たせりけむ 厳橿(いつかし)が本

 

 これまで「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」については解読困難として著名で、仙覚の「夕月の仰ぎて問ひし」(『仙覚抄』)、契沖の「夕月し覆ひなせそ雲」(『万葉代匠記』)、賀茂真淵の「紀の国の山越えてゆけ」(『万葉考』)から沢潟久孝の「静まりし浦波さわく」(『万葉集注釈』)などまで60種以上ともいわれる多種多様な訓み方が試みられていますが、決定的なものはありません。

 ここでは「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「なごえりし たさうなゑそゆけ」と訓じます。

 この「なごえりし」、「たさうなゑそゆけ」は、

  「ナ・(ン)ゴ・アウエ・リ・チ」、NA-NGO-AUE-RI-TI(na=belonging to;ngo=cry,grunt;aue=expressing astonishment or distress,groan;ri=bind;ti=throw,cast,overcome)、「嘆きと・疲労が・一緒になった・ようなもの(溜息)が・吐き出された(場所の)」(「(ン)ゴ」のNG音がG音に変化して「ゴ」となり、その語尾のO音と、「アウエ」のAU音がO音に変化したその語頭のO音と連結して「ゴエ」となった)

  「タタウ・ナワイ・トイ・フケ」、TATAU-NAWAI-TOI-HUKE(tatau=repeat one by one;nawai=denoting regular sequence of events,presently,for some time,for a while;toi=move quickly,encourage,incite;huke=dig up,excavate)、「何回も・休み休み・力を振り絞って・土を掘った(自分の死体を埋める穴を掘った。場所の)」(「ナワイ」のAI音がE音に変化して「ナヱ」と、「トイ」の語尾のI音と「フケ」のH音が脱落した語頭のO音が連結して「トユケ」から「ソユケ」となった)

の転訛と解します。

 すなわち、この歌の「吾が背子」とは斉明紀4年11月条にみえる紀国藤白坂で絞首された有馬皇子を指し、「厳橿が本」とは皇子にその木の下に穴を掘らせ、そこで絞首した後下に落として埋葬した穴のある「厳橿の根本」であったと考えられます。

 紀によれば斉明天皇は同年10月15日に紀温湯に行幸、翌年正月3日に還幸されていますが、その間の11月5日に有馬皇子の謀反が発覚、9日に紀温湯に護送され、同日大海人皇子の尋問を受け、11日に絞首されていますから、この歌は随行した額田王が帰京の途中で藤白坂において万感を込めて詠んだものでしょう。(岩波書店新日本古典文学大系『万葉集』第2巻付録月報(96号。2000年11月)に伊藤博筑波大学名誉教授が「省却」と題する随想の中で[1-9]歌の「我が背子」は通説の大海人皇子ではなく有馬皇子と断定しておられます。)

 

3[1-67]「物恋之鳴毛」

 

[原文]旅尓之而 物恋之鳴毛 不所聞有世者 孤悲而死万思

 

[読下し]旅にして 物恋之鳴毛 聞えざりせば 恋ひて死なまし

 

 ここでは「物恋之鳴毛」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「ものこひしめも」と訓むこととします。

 この「ものこひしめも」、「恋ひ(て死なまし)」は、

  「マウヌ・コヒチ・マイモア」、MAUNU-KOHITI-MAIMOA(maunu=bait;kohiti=pick out,pull out,rise;maimoa=cherish,take care of)、「(馬の)飼葉を・(荷物から)引き出して(与え)・(馬の)世話をする(という声が)」(「マウヌ」のAU音がO音に変化し、語尾のU音がO音に変化して「モノ」と、「マイモア」のAI音がE音に変化し、語尾のA音が脱落して「メモ」となった)

  「コヒ」、KOHI(wasting sickness,emaciate)、「(馬が)衰弱する」

の転訛と解します。

 
4[2-156]「已具耳矣自得見 監乍共」

 

[原文]十市皇女薨時、高市皇子尊御作歌三首

  三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見 監乍共 不寝夜叙多

 

[読下し]十市皇女の薨ぜし時に、高市皇子尊の御作りたまひし歌三首

  みもろの三輪の神杉 已具耳矣自得見 監乍共 寝ねぬ夜ぞ多き

 

 これまで「已具耳矣自得見 監乍共」も解読困難で著名で、諸説がありますが、いまだに確定的なものはありません。

 ここでは「已具耳矣自得見 監乍共」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「いぐにをじえみ けむさとも」と訓むこととします。

 この「いぐにをじえみ」、「けむさとも」は、

  「イ・(ン)グヌ・ワオ・チエミ」、I-NGUNU-WAO-TIEMI(i=past tense,beside;ngunu=bend,croach,singe;wao=forest;tiemi=be unsettled,be cast adrift,jerk up and down,play at see-saw)、「(神杉が落雷によって)倒伏した(または焼け焦げた)・森が・木が重なり合ったままで」(「(ン)グヌ」のNG音がG音に、U音がI音に変化して「グニ」と、「ワオ」のAO音がO音に変化して「ヲ」となった)

  「ケム・タタウ・マウ」、KEMU((Hawaii)absorb,consume)-TATAU(tie with a cord,count,repeat one by one)-MAU(carry,fixed,continuing)、「(心身を消耗する)心痛が・次々に・連続して起こる」(「タタウ・マウ」のAU音がO音に変化して「タト・モ」から「サト・モ」となった) の転訛と解します。

 したがって、この歌は「(鎮座する神が交代したという)三諸山の三輪の神の杉が、(落雷で)倒れ焼けこげて重なり合った森となつた。(十市皇女の急逝、新宮殿への落雷に加えて、三輪山への落雷など)心痛が次々に連続して起こって、寝られない夜が続いている」の意と解します。

 天武紀は、4年11月以降地震、旱魃、長雨、台風等の頻発の記事がみえ、特に6年5月には旱魃、6月には地震、7月には台風があって、8月には飛鳥寺で一切経読修法要を行つたが、11月は雨、12月は雪のため諸司の行政報告を聞く告朔を行わなかったとあり、7年春に天神地祇を祀るため、全国で大祓をさせ、齋宮を建設し、同年4月7日に、天皇が自ら天神地祇を祀るために斎宮に向かって出発しようとした際に、十市皇女が急逝したので、出発を取り止め、遂に神祇を祀らなかったところ、13日に新宮殿に落雷があったとし、翌14日に皇女を大和の赤穂(現奈良市高畑町かとされます)に葬ったとあります。この歌は、これらの十市皇女の急逝、新宮殿への落雷に加えて、三輪山への落雷などをマツリゴトをおろそかにしたことに対する神の怒りの発現ととらえて詠まれたものと考えてよいでしょう。


5[2-160]「智男雲」

 

[原文]燃火物 取而裹而 福路庭 入燈(澄)不言八面 智男雲

 

[読下し]燃ゆる火も 取りて包みて 袋には入るといはずやも 智男雲

 

 ここでは第四句が字余りなので、末尾の「面」を終句に移して「面智男雲」とし、通常の万葉仮名の読み方に従い、「もちをくも」と訓むこととします。

 この「もちをくも」は、

  「モチ・ワオ・クモウ」、MOTI-WHAO-KUMOU(moti=consumed,scarce;whao=put into bag,fill;kumou=komou=cover a fife with ashes or earth to keep it smouldering)、「消えてしまった・袋に入れた・埋め火の火が」(「ワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」と、「クモウ」のOU音がO音に変化して「クモ」となった)

の転訛と解します。

 すなわち、天武天皇の崩御に際して太上(持統)天皇が、「(世の中には)燃えている火を手に取って包んで袋に入れる(保存するという術さえある)というのに、(たやすく保存できるはずの)容器に入れた埋め火の火が消えてしまったとは(なんと人の生命の火のはかなく悲しいことよ)」と嘆いた歌と解します。

 

6[3-249]「舟公宣奴嶋尓」

 

[原文]三津埼 浪矣恐 隠江乃 舟公宣奴嶋尓

 

[読下し]三津の埼 浪を恐(かしこ)み 隠り江の 舟公宣奴嶋尓

 

 ここでは「舟公宣奴嶋尓」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「ふねくぎぬしまに」と訓むこととします。

 この「ふねくぎぬしまに」は、

  「フヌ・ク(ン)ギア・ノチ・マ(ン)ギ」、HUNU-KUNGIA-NOTI-MANGI(hunu,huhunu=double canoe;kungia=kuku=draw together,close;noti=pinch or contract;mangi=floating,drifting)、「舟が・密に・並んで・浮かんでいる」(「ク(ン)ギア」のNG音がG音に変化し、語尾のA音が脱落して「クギ」と、「ノチ」のO音がU音に変化して「ヌチ」から「ヌシ」と、「マ(ン)ギ」のNG音がN音に変化して「マニ」となった)

の転訛と解します。

 

7[4-655]「邑礼左変」

 

[原文]不念乎 思常云者 天地之 神祇毛知寒 邑礼左変

 

[読下し]思はぬを 思ふと言はば 天地(あめつち)の 神も知らさむ 邑礼左変

 

 ここでは「邑礼左変」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「おほれさかはり」と訓むこととします。

 この「おほれさかはり」は、

  「オホレレ・タカハ・リ」、OHORERE-TAKAHA-RI(ohorere=start suddenly;takaha=tempestuous,strips of leaves used for making snares;ri=bind)、「突然やって来る・嵐(または恐ろしい罠)に・捕まってしまう(神罰を受ける)」(「オホレレ」の反復語尾が脱落して「オホレ」となった)

の転訛と解します。

 したがって、この歌は「(あなたを)思わないのに思うと言ったら、天地の神もお見通しであろう、たちどころに神罰が下る(に違いない。だから私は決して神罰を受けるようなことはしない。私があなたを思うのは神に誓って真のことなのだ)」の意と解します。

 

8[6-970]「指進乃」

 

[原文]指進乃 栗栖乃小野之 芽花 将落時尓之 行而手向六

 

[読下し]指進乃 栗栖の小野の 萩の花 散らむ時にし 行きて手向けむ

 

 ここでは「指進乃」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「しすすめの」と訓むこととします。

 この「しすすめの」は、

  「チ・ツツ・メノ」、TI-TUTU-MENO(ti=throw,cast,overcome;tutu=stand errect,be prominent,move with vigour,summon,hoop for holding open a hand net;meno=show off,make a display)、「放り出された・手網の柄のような形(の地形)を・見せている(地域の)」

の転訛と解します。

 

9[7-1205]「漸々志夫乎」

 

[原文]奥津梶 漸々志夫乎 欲見 吾為里乃 隠久惜毛

 

[読下し]沖つ梶 漸々志夫乎 見まく欲り 我がする里の 隠らく惜しも

 

 ここでは「漸々志夫乎」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「やくやくしぶを」と訓むこととします。

 この「やくやくしぶを」、「(沖つ)かぢ(梶)」は、

  「イ・アク・イ・アク・チプ・ワオ」、I-AKU-I-AKU-TIPU-WHAO(i=past tense,beside;aku=delay,take time over anything;tipu=swelling,lump;whao=take greedily,devour,put into a bag or other receptacle,fill)、「ゆっくりと(遅れ・遅れして)・(波が)高まりが・(視界を)呑み込む(状況)」(「ワク」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」となった)

  「カチ」、KATI(leave off,block up,shut of a passage,boundary)、「(遠い)辺境」

の転訛と解します。

 

10[9-1689]「杏人」

 

[原文]在衣辺 著而榜尼 杏人 浜過者 恋布在奈利

 

[読下し]荒磯辺(ありそへ)に つきて漕がさね 杏人の 浜を過ぐれば 恋しくありなり

 

 ここでは「杏人」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「きゃうひとの」と訓むこととします。

 この「きゃうひとの」は、

  「キオ・ピト・ノ」、KIO-PITO-NO((Hawaii)kio=to cheep,chirp,projection;pito=end,extremity;no=of)、「(別離を惜しむ)騒がしい声が・最高に(響いている)・(場所)の」(「ピト」のP音がF音を経てH音に変化して「ヒト」となった)

の転訛と解します。

 

11[10-1817]「明日者来牟等 云子鹿丹」

 

[原文]今朝去而 明日者来牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏微

 

[読下し]今朝行きて 明日者来牟等 云子鹿丹 朝妻山に 霞たなびく

 

 ここでは「明日者来牟等 云子鹿丹」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「あすはらいむと いふこかに」と訓むこととします。

 この「あすはらいむと」、「いふこかに」は、

  「アツ・ワラ・イム・ト」、ATU-WHARA-IMU-TO(atu=to indicate a direction or motion onwards,to indicate reciprocated action;whara=burial cave,be struck,be pressed;imu=earth oven;to=drag,open or shut a door or a window)、「向こうの・墓場に・穴を・掘る」(「ワラ」のWH音がH音に変化して「ハラ」となった)

  「イ・ウフ・コ・カニ」、I-UHU-KO-KANI(i=past tense;uhu=perform certain ceremonies over the bones of the dead to remove tapu;ko=a wooden implement for digging;kani=rub backwards and forwards)、「鍬を・前後に動かして・(死体の)穢れを祓う儀式を・行った」

の転訛と解します。

 

12[10-2033]「定而 神競者 磨待無」

 

[原文]天漢 安川原 定而 神競者 磨待無

 

[読下し]天の川 安の川原に 定而 神競者 磨待無

 

 ここでは「定而 神競者 磨待無」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「さだまりて かみしきほえば ままたなくに」と訓むこととします。

 この「さだまりて」、「かみしきほえば」、「ままたなくに」は、

  「タ・タマ・リテ」、TA-TAMA-RITE(ta=the...of,dash,beat,lay;tama=son,child,man,emotion,spirit;rite=like,performed,completed,resemble)、「子供の・ように・(腹這いに)横たわって」

  「カミ・チキ・ホエパパ」、KAMI-TIKI-HOEPAPA(kami=eat;tiki=fetch,proceed to do anything;hoepapa=eradicate,destroy)、「(天の川の水を)底まで・呑み・干す(と)」(「ホエパパ」の反復語尾が脱落して「ホエパ」から「ホエバ」となった)

  「ママ・タ(ン)ガ・クニ」、MAMA-TANGA-KUNI(mama=perform certain rites with the object of nullifying a hostile spell or of removing tapu;tanga=be assembled,company of persons;(Hawaii)kuni=to burn,kindle)、「(牽牛と織女を隔てていた)禁忌から解放されて・(二人が)竈を一つにして・同居する(ことができるのに)」(「タ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「タナ」となった)

の転訛と解します。

 

13[11-2522]「恨登 思狭名盤 在之者」

 

[原文]恨登 思狭名盤 在之者 外耳見之 心者雖念

 

[読下し]恨登 思狭名盤 在之者 よそのみそ見し 心は思へど

 

 ここでは「恨登 思狭名盤 在之者」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「うらめしと おもひさなはな ありしは」と訓むこととします。

 この「うらめしと」、「おもひさなはな」、「ありしは」は、

  「ウラ・マイチ・ト」、URA-MAITI-TO(ura=red,glow;maiti=small;to=drag,open or shut a door or a window)、「真っ赤に燃える・小さいもの(情熱)に・引きずられて」(「マイチ」のAI音がE音に変化して「メチ」から「メシ」となった)

  「オ・モヒ・タ(ン)ガ・ハナ」、O-MOHI-TANGA-HANA(o=the...of;mohi=smooth,tend,nurse;tanga=be assembled,company of persons;hana=shine,glow,gleam)、「輝いている・人達(女性達)に・傾く・心(が)」(「タ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「タナ」から「サナ」となった)

  「アリ・チワ」、ARI-TIWHA(ari=clear,visible,appearance,excuse,fence;tiwha=patch,spot,squinting)、「明らかに・よそ見をする」(「チワ」のWH音がH音に変化して「チハ」から「シハ」となった)

の転訛と解します。

 

14[11-2556]「往褐」

 

[原文]玉垂之 小簀之垂簾乎 往褐 寐者不眠友 君者通速為

 

[読下し]玉垂れの 小簾の垂簾を 往褐 眠(い)は寝(な)さずとも 君は通はせ

 

 ここでは「往褐」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「ゆきかちに」と訓むこととします。

 この「ゆきかちに」は、

  「イ・ウクイ・カチ・ニヒ」、I-UKUI-KATI-NIHI(i=be stirred of the feelings;ukui=wipe,efface,sweep away;kati=so be it,well,enough;nihi=move stealthly)、「(勇気を)奮って・(御簾を)振り払って・うまく・静かに通って」(「イ」のI音と「ウクイ」の語頭のU音が連結し、語尾のUI音がI音に変化して「ユキ」と、「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」となった)

の転訛と解します。

 

15[11-2647]「東細布」

 

[原文]東細布 従空延越 遠見社 目言疎良米 絶跡間也

 

[読下し]東細布 空ゆ引き越し 遠みこそ 目言離(か)るらめ 絶ゆと隔てや

 

 ここでは「東細布」を通常の万葉仮名の読み方に従い、さらに先達の試訓を参考として、「ひがしたへ」と訓むこととします。

 この「ひがしたへ」は、

  「ヒ(ン)ガ・チ・タハエ」、HINGA-TI-TAHAE(hinga=fall from an errect position,be killed,lean,be overcome with astonishment or fear;ti=throw,cast;tahae=steal,thief,a term applied to evil omens)、「突然に襲って・来た・悪い(別離の)予感」(「ヒ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ヒガ」と、「タハエ」のAE音がE音に変化して「タヘ」となった)

の転訛と解します。

 

16[11-2830]「中見刺」

 

[原文]梓弓 弓束巻易 中見刺 更雖引 君之随意

 

[読下し]梓弓 弓束巻き替え 中見刺 更に引くとも 君がまにまに

 

 ここでは「中見刺」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「なかみさす」と訓むこととします。

 この「なかみさす」は、

  「ナ・カミ・タツ」、NA-KAMI-TATU(na=belonging to;kami=eat;tatu=reach the bottom,be content,strike one foot against the other)、「まるで・踵(きびす)を接して・女性と関係を持つ(賞味する)かのように」

の転訛と解します。

 

17[12-2842]「等望使念」

 

[原文]我心 等望使念 新夜 一夜不落 夢見与

 

[読下し]我が心 等望使念 新た夜の 一夜も落ちず 夢に見えこそ

 

 ここでは「等望使念」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「とまうつかひね」と訓むこととします。

 この「とまうつかひね」は、

  「タウマウ・ツカハ・ヒネ」、TAUMAU-TUKAHA-HINE(taumau=hold,keep in place;tukaha=vigorous,passionate;hine=girl)、「(私の心は)娘子(の上)に・情熱的に・定着している(離れない)」(「タウマウ」の最初のAU音がO音に変化して「トマウ」と、「ツカハ」のH音が脱落して「ツカ」となった)

の転訛と解します。

 したがつて、この歌は「私の心は、あの娘子に熱く張り付いて離れません。これからの夜、ひと晩も欠かさずに夢に現れてください」の意と解します。

 

18[13-3221]「汗瑞能振」

 

[原文]冬木成 春去来者 朝尓波 白露置 夕尓波 霞多奈妣久 汗瑞能振 樹奴礼我之多尓 鶯鳴母

 

[読下し]冬ごもり 春さり来れば 朝には 白露置き 夕には 霞たなびく 汗瑞能振 木末(こぬれ)が下に うぐひす鳴くも

 

 ここでは「汗瑞能振」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「かずのふる」と訓むこととします。

 この「かずのふる」は、

  「カ・ツヌフルフル」、KA-TUNUHURUHURU(ka=take fire,be lighted,burn;tunuhuruhuru=do violence to,ill treat,offend,hasty)、「(太陽が)じりじりと強く・照りつける(木末)」(「ツヌフルフル」の反復語尾が脱落して「ツヌフル」から「ズノフル」となった)

の転訛と解します。

 したがってこの歌は、「長い冬が過ぎて春になると、朝には白露が置き、夕には霞がたなびく。太陽がじりじりと照りつける梢の木陰では鶯が鳴くよ」の意と解します。(枕詞「冬木成(ふゆごもり)」については、国語篇(その四)107 ふゆこもり(冬籠)の項を参照してください。)

 

19[13-3242]「日向尓 行靡闕矣」

 

[原文]百岐年 三野之国之 高北之 八十一隣之宮尓 日向尓 行靡闕矣 有登聞而

吾通道之 奥十山 三野之山 靡得 人雖跡 如此依等 人雖衝 無意山之 奥礒山 三野之山

 

[読下し]ももきね 美濃の国の 高北の くくりの宮に 日向尓 行靡闕矣 ありと聞きて 我が行く道の 奥十山(おきそやま) 美濃の山 なびけと 人は踏めども かく寄れと 人は突けども 心なき山の 奥十山 美濃の山

 

 ここでは「日向尓 行靡闕矣」を通常の万葉仮名の読み方に従い、さらに先達の試訓を参考として、「ひむかひに ゆきなびけを」と訓むこととします。

 この「ひむかひに」、「ゆきなびけを」、「おきそ(奥十(山))」は、

  「ヒム・カヒ・ヌイ」、HIMU-KAHI-NUI(himu=hip-bone,the large posts of palisades of a fort;kahi=wedge,chief;nui=large,many)、「偉大な・首長(大王)の・(居所であることを示す)標柱(があった)」(「ヌイ」のUI音がI音に変化して「ニ」となった)

  「イ・ウキ・ナピ・ケ・ワオ」、I-UKI-NAPI-KE-WAO(i=past tense,beside;uki=distant times past or future;napi=cling tightly;ke=strange,different;wao=forest)、「昔から(長い間)・奇妙にも・(そこに)立っている・森(がある)」(「ワオ」のAO音がO音に変化して「ヲ」となった)

  「オキ・ト」、OKI-TO((Hawaii)oki=to cut,separate;to=quiet,tranquil)、「(人里から)離れた・静まりかえった(山)」

の転訛と解します。(枕詞「ももきね」については、国語篇(その六)の375 ももきねの項を、「くくりの宮」については、古典篇(その八)の景行天皇の212B2泳(くくりの)宮の項を参照してください。)

 

20[14-3401]「中麻奈尓」

 

[原文]中麻奈尓 宇伎乎流布祢能 許芸弖奈婆 安布許等可多思 家布尓思安良受波

 

[読下し]中麻奈に 浮きをる舟の 漕ぎ出なば 逢ふこと難し 今日にしあらずは

 

 ここでは「中麻奈尓」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「なかまなに」と訓むこととします。

 この「なかまなに」は、

  「ナ・カマ・ナニ」、NA-KAMA-NANI(na=the,belonging to;kama=eager;nani=noisy,ache of the head)、「あの・しきりに・うるさい音を立てている(舟)」

の転訛と解します。

 

21[14-3419]「奈可中次下」

 

[原文]伊可保世欲 奈可中次下 於毛比度呂 久麻許曽之都等 和須礼西奈布母

 

[読下し]伊香保せよ 奈可中次下 おもひどろ くまこそしつと 忘れせなふも

 

 ここでは「奈可中次下」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「なかちうしげ」と訓むこととします(「中」は「なか」と訓ずる例が多いのですが、「奈可」が前にありますので異音表記をしたものと考え、「ちう」と訓むこととしました。)。

 この「いかほせよ」、「なかちうしげ」、「おもひどろ」、「くまこそしつと」、「わすれせなふも」は、

  「イカ・ハウ・テイ・イオ」、IKA-HAU-TEI-IO(ika=warrior,heap;hau=eager,famous,vitality of man;tei,teitei=high,tall,lofty;io=muscle,spur,tough,hard,obstinate)、「(上野の国の)男らしく・背が高く・頑丈な・戦士(が)」(「ハウ」のAU音がO音に変化して「ホ」と、「テイ」のEI音がE音に変化して「テ」から「セ」と、「イオ」が「ヨ」となった)

  「ナカ・チウ・チ(ン)ゲイ」、NAKA-TIU-TINGEI(naka=move in a certain direction;tiu=wander,swing;tingei=unsettled,ready to move)、「身体を揺らして・今にも・動き出そう(出発しょう)として」(「チ(ン)ゲイ」のNG音がG音に変化して「チゲイ」から「シゲ」となった)

  「オ・モヒ・トロ」、O-MOHI-TORO(o=the...of,belonging to;mohi,mohimohi=tend,nurse;toro=stretch forth,extend,creep,visit)、「(妻を)いつくしむ・感情(心。思い)を・外へ出して」

  「クママ・コト・チ・ツトフ」、KUMAMA-KOTO-TI-TUTOHU(kumama=desire,long for;koto=loathing,sob,make a low sound;ti=throw,cast,overcome;tutohu=receive a proposal favourably,give consent to,indicate,sign)、「低い声を・出して・(妻への愛を)表現しょうと・願って」(「クママ」の反復語尾が脱落して「クマ」と、「ツトフ」のH音が脱落して「ツト」となった)

  「ワ・ツレフ・テ(ン)ガ・フ・マウ」、WHA-TUREHU-TENGA-HU-MAU(wha=be disclosed,get abroad;turehu=blink,wink,doze;tenga=Adam's applr,goitre;hu=resound,noise,bubble up,promontory;mau=be fixed,continuing)、「露わに・(妻を)じっと見つめ・のど仏を・膨らまして・留めた(言おうとして言えなかった)」(「ツレフ」のH音が脱落して「ツレ」から「スレ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

の転訛と解します。

 

22[15-3754]「多我子尓毛」

 

[原文]過所奈之尓 世伎等婢古由流 保等登芸須 多我子尓毛 夜麻受可欲波牟

 

[読下し]過所なしに 関飛び越ゆる ほととぎす 多我子尓毛 止まず通はむ

 

 ここでは「多我子尓毛」を7音の句と考え、通常の万葉仮名の読み方に従い、「おほわがしにも」と訓むこととします。

 この「おほわがしにも」は、

  「オホ・ワ(ン)ガ・チニ・モ」、OHO-WHANGA-TINI-MO(oho=arise,begin;whanga=wait;tini=very many,host;mo=for,against)、「(飛んで行くほととぎすを止めようと)突然起こる・(関所)役人達の・待てとの制止(の声)・に反して」(「ワ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ワガ」となった)

の転訛と解します。

 したがつてこの歌は、「手形なしに関所を飛び越えるホトトギスは、まき起こる関所の役人達の制止を無視して通うことだろう(私も周囲の反対をものともせずに娘子の所に通つて行こう)」の意と解します。

 

23[16-3791]「刺部重部」「信巾裳成者之寸丹取為支屋所経」「如是所為故為」

 

[原文]緑子之 若子蚊見庭 垂乳為 母所懐 差襁 平生蚊見庭 結経方衣 氷津裏丹縫服 頸著之 童子蚊見庭 結幡之 袂著衣 服我矣 丹因 子等何四千庭 三名之綿 蚊黒為髪尾 信櫛持 於是蚊寸垂 取束 挙而裳纏見 解乱 童児丹成見 羅丹津蚊経 色丹名著来 紫之 大綾之衣 墨江之 遠里小野之 真榛持 丹穂々為衣丹 狛錦 紐丹縫著 刺部重部 波累服 打八十為 麻続児等 蟻衣之 宝之子等蚊 打栲者 経而織布 日曝之 朝手作尾 信巾裳成者之寸丹取為支屋所経 稲寸丁女蚊 妻問迹 我丹所来為 彼方之 二綾裏沓 飛鳥 飛鳥壮蚊 霖禁 縫為黒沓 刺佩而 庭立住 退莫立 禁尾迹女蚊 髣髴聞而 我丹所来為 水縹 絹帯尾 引帯成 韓帯丹取為 海神之 殿蓋丹 飛翔 為軽如来 腰細丹 取餝氷 真十鏡 取双懸而 己蚊皃 還氷見乍 春避而 野辺尾廻者 面白見 我矣思経蚊 狭野津鳥 来鳴翔経 秋避而 山辺尾往者 名津蚊為迹 我矣思経蚊 天雲裳 行田菜引 還立 路尾所来者 打氷刺 宮尾見名 刺竹之 舎人壮裳 忍経等氷 還等氷見乍 誰子其迹哉 所思而在 如是所為故為 古部 狭々寸為我哉 端寸八為 今日八方子等丹 五十狭迩迹哉 所思而在 如是所為故為 古部之 賢人藻 後之世之 堅監将為迹 老人矣 送為車 持還来 持還来

 

[読下し]みどり子の 若子髪には たらちし 母に抱かえ 差襁(ひむつき)の はふこ髪には 木綿肩衣 ひつらに縫ひ着 頸(うな)つきの 童髪には 結ひ幡の 袖付け衣 着し我を にほひよる 児らがよちには 蜷の腸 か黒し髪を ま櫛もち ここにかき垂れ 取り束ね 上げても巻きみ 解き乱り 童になしみ さ丹つかふ 色なつかしき 紫の 大綾の衣 住吉の 遠里小野の ま榛もち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひ付け 刺部重部 なみ重ね着て 打麻やし 麻績の子ら あり衣の 宝の子らが 打つたへは 綜て織る布 日ざらしの 麻手作りを 信巾裳成者之寸丹取為支屋所経 稲置娘子が 妻問ふと 我におこせし 彼方の 二綾裏沓 飛ぶ鳥の 明日香壮士が 長雨忌み 縫ひし黒沓 刺し履くきて 庭にたたずめ 罷りな立ちと 障ふる娘子が ほの聞きて 我におこせし 水縹の 絹の帯を 引き帯なす 韓帯に取らせ わたつみの 殿の甍に 飛び翔る すがるのごとき 腰細に 取り飾らひ まそ鏡 取り並め掛けて 己が顔 かへらひ見つつ 春さりて 野辺を巡れば おもしろみ 我を思へか さ野つ鳥 来鳴き翔らふ 秋さりて 山辺を行けば なつかしと 我を思へか 天雲も 行きたなびく かへり立ち 道を来れば うちひさす 宮女 さす竹の 舎人壮士も 忍ぶらひ かへらひ見つつ 誰が子そとや 思はえてある 如是所為故為 古(いにしへ) ささきし我や はしきやし 今日やも児らに いさにとや 思はえてある 如是所為故為 古の 賢しき人も 後の世の 鑑にせむと 老人を 送りし車 持ち帰りけり 持ち帰りけり

 

 ここでは「刺部重部」、「信巾裳成者之寸丹取為支屋所経」、「如是所為故為」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「さすへしげへ」、「しなきもなすはのきにとらすきやそへ」、「かくそしこし」と訓むこととします。

 この「さすへしげへ」、「しなきもなすはのきにとらすきやそへ」、「かくそしこし」は、

  「タツ・ハエ・チ(ン)ゲイ・ハエ」、TATU-HAE-TINGEI-HAE(tatu=reach the bottom,be content,consent;hae=slit,cherish envy,appear,be conspicuous;tingei=unsettled,ready to move)、「すごく・目立つ・ひらひらとした・外観の(衣)」(「ハエ」のAE音がE音に変化して「ヘ」と、「チ(ン)ゲイ」のNG音がG音に、EI音がE音に変化して「チゲ」から「シゲ」なった)

  「チナ・キモ・ナ・ツワ・ノ・キニ・トラ・ツキ・イア・トヘ」、TINA-KIMO-NA-TUWHA-NO-KINI-TORA-TUKI-IA-TOHE(tina=fixed,satisfied,exhausted;kimo=blink;na=belonging to;tuwha=glow,distribute;no=of;kini=nip,pinch;tora=burn,blaze,be errect;tuki=pound,butt,attack;ia=indeed;tohe=thief,niggard,persist,be urgent,refuse)、「目ばたきを・止める(注目する)ほど・輝いている・ような・(美女)で・実に・ふるいつきたく・なるような・輝きを・(身に)付けていた(稲置娘子)」(「ツワ」のWH音がH音に変化して「ハ」となった)

  「カク・トチカ・ウチ」、KAKU-TOTIKA-UTI(kaku=make a harsh grating sound;totika=straight,correct,right,well,sound;uti=bite(utiuti=annoy,worry,fuss,ado))、「不快そうな声で・ほんのちょっと・騒ぎ立てる」(「トチカ」の語尾のA音と「ウチ」の語頭のU音が連結して「トチコチ」から「ソシコシ」となった)

の転訛と解します。

 

24[16-3809]「領為跡之御法」

 

[原文]商変 領為跡之御法 有者許曽 吾下衣 反賜米

 

[読下し]商返(あきかへ)し 領為跡之御法 あらばこそ 我が下衣 返し賜はめ

 

 ここでは「領為跡之御法」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「れいとのみのり」と訓むこととします。

 この「れいとのみのり」は、

  「レイ・トノ・ミヒ・(ン)ガウ・リ」、REI-TONO-MIHI-NGAU-RI(rei=cherished possession,jewel;tono=bid,command,demand;mihi=greet,admire;ngau=raise a cry,indistinct of speech;ri=bind,protect)、「(状況の変化に基づいて)大切な品物を・(返還の)要求(ができるという)・尊重すべき・(天皇の)仰せの・集まり(詔勅集・法令)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」と、「(ン)ガウ」のNG音がN音に、AU音がO音に変化して「ノ」となった)

の転訛と解します。

 

25[16-3889]「葉非左思所念」

 

[原文]人魂乃 佐青有公之 但独 相有之雨夜乃 葉非左思所念

 

[読下し]人魂の さ青なる君が ただひとり 逢へりし雨夜の 葉非左思所念

 

 ここでは「葉非左思所念」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「はひさししねむ」と訓むこととします。

 この「はひさししねむ」は、

  「ハ・ヒタ・チ・チネイネイ・ムフ」、HA-HITA-TI-TINEINEI-MUHU(ha=what!,breathe;hita=move convulsively or spasmodically;ti=throw,cast;tineinei=unsettled,ready to move,confused;muhu=grope,feel after,push one's way through bushes etc.)、「何と・ぶるぶると震えが・来て・混乱して・手探りで歩き回った(ことよ)」(「チネイネイ」の反復語尾が脱落して「チネイ」から「シネ」と、「ムフ」のH音が脱落して「ム」となった)

の転訛と解します。

 

26[17-3898]「歌乞和我世」

 

[原文]大船乃 宇倍尓之居婆 安麻久毛乃 多度伎毛思良受 歌乞和我世

 

[読下し]大船の 上にしをれば 天雲の たどきも知らず 歌乞和我世

 

 「和我世」を「我が背」と読み、「歌乞」のみを難訓とする説もありますが、ここでは「歌乞和我世」を一応難訓とし、通常の万葉仮名の読み方に従い、「うたこへわがせ」と訓むこととします。

 この「うたこへわがせ」は、

  「ウ・タコヘ・ワ(ン)ガ・タイ」、U-TAKOHE-WHANGA-TAI(u=be firm,be fixed,reach its limit;takohe=at leisure;whanga=wait,lie in wait;tai=the sea,wave,violence)、「すっかり・(安心して)のんびりしている・(海が)荒れるのを・待っている(状況なのに)」(「ワ(ン)ガ」のWH音がW音に、NG音がG音に変化して「ワガ」と、「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」から「セ」となった)

  または「ウ・タコヘ・ウア(ン)ガ・タイ」、U-TAKOHE-UANGA-TAI(u=be firm,be fixed,reach its limit;takohe=at leisure;uanga=act or circumstance etc. of becoming firm;tai=a term of address to males or females)、「すっかり・(安心して)のんびりしている・親密な関係の・君よ」(「ウア(ン)ガ」のUA音がWA音に、NG音がG音に変化して「ワガ」と、「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」から「セ」となった)

の転訛と解します。

 したがって、この歌は「大船の上で揺られているので、今にも降り出しそうな雲行きで、天気が悪くなったらどうするすべもないのに、すつかり安心してのんびりしている、海が荒れるのを待っている状況なのに(または、我が君よ)」の意と解します。(枕詞「あまくもの(天雲の)」については、国語篇(その五)の146 あまくもの(天雲の)の項を参照してください。)

 

27[18-4105]「我家牟伎波母」

 

[原文]思良多麻能 伊保都追度比乎 手尓牟須妣 於許世牟安麻波 牟賀思久母安流香 一云、我家牟伎波母

 

[読下し]白玉の 五百つ集ひを 手に結び おこせむ海人は むがしくもあるか 一云、我家牟伎波母

 

 ここでは「我家牟伎波母」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「わがかむきはも」と訓むこととします。なお、「むがしくも」の語は、万葉集に唯一の例で、「ありがたい、心満たされる思い」の意かとされています。

 この「わがかむきはも」、「むがしくも」は、

  「ワ(ン)ガ・カム・キハ・マウ」、WHANGA-KAMU-KIHA-MAU(whanga=bay,stretch of water;kamu=eat,munch;kiha=pant,gasp;mau=carry,bring)、「(海人が)荒れる(人を噛み砕く)・水域(海)で・(真珠を)採取して・持ってきたのだ」(「ワ(ン)ガ」のWH音がW音に、NG音がG音に変化して「ワガ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

  「ム(ン)ガ・チクム」、MUNGA(=mina,minamina=affected by)-TIKUMU(timid,hasitating)、「(躊躇しながら)恐る恐る・感動する(喜ぶ)」(「ム(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ムガ」と、「チクム」の語尾のU音がO音に変化して「チクモ」から「シクモ」となった)

の転訛と解します。

 したがって、この歌は「真珠のたくさんの玉を手にすくい取り、(私に)くれる海人がいたら、恐縮しながらもたいへん嬉しいことなのだが。一本に、「(その海人は)荒れる海で(危険を犯して)真珠を採取して持って来たのだ」とある。」の意と解します。

トップページ 国語篇一覧 この篇のトップ 語 句 索 引

<修正経緯>

1 平成16年9月1日 1(1-1)の項の末尾に題詞の注「興毛興呂毛」の解釈を追加しました。

2 平成18年4月1日 2(1-9)の項、3[1-67]の項、4[2-156]の項、5[2-160]の項、7[4-655]の項、11[10-1817]、14[11-2556]、17[12-2842]、19[13-3242]、20[14-3401]、21[14-3419]、22[15-3754]、26[17-3898]、27[18-4105]の項の解釈の一部を修正しました。

3 平成18年5月1日 14[11-2556]の項の解釈の一部を修正しました。

4 平成19年2月15日 インデックスのスタイル変更に伴い、本篇のタイトル、リンクおよび奥書のスタイルの変更、<次回予告>の削除などの修正を行ないました。本文の実質的変更はありません。

5 平成19年11月15日 1(1-1)の項の末尾に「こけころも(興毛興呂毛)」の解釈を追加しました。

6 平成22年9月1日 1(1-1)の項の「(吾こそ)いませ」および末尾の「こもころも(興毛興呂毛)」の解釈を一部修正しました。

国語篇(その七)終わり


U R L:  http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/
タイトル:  夢間草廬(むけんのこや)
       ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
作  者:  井上政行(夢間)
Eメール:  muken@iris.dti.ne.jp
ご 注 意:  本ホームページの内容を論文等に引用される場合は、出典を明記してください。
(記載例  出典:ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/timei05.htm,date of access:05/08/01 など)
 このHPの内容をそのまま、または編集してファイル、電子出版または出版物として
許可なく販売することを禁じます。
Copyright(c)1998-2007 Masayuki Inoue All right reserved