国語篇(その六)<枕詞・続(下)>

(平成16-7-1書込み。23-2-1最終修正)(テキスト約42頁)


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 [本篇には、国語篇(その四)<枕詞>(120句収録)および国語篇(その五)<枕詞・続(上)>(ア行からサ行まで142句収録)に続き、『万葉集索引』(岩波書店新日本古典文学大系別巻、平成16年)の「枕詞索引」所載の枕詞のうち、国語篇(その四)および(その五)に収録したもの以外の残りのタ行からワ行まで146句を収録し、さらに<『万葉集』難訓歌解読試案>(この試案は、国語篇(その七)<『万葉集』難訓歌解読試案(増補)>に再録しています。)を付します。

 なお、本文中出典の明記がない数字は『万葉集』の巻数・歌番号です。

 また、ポリネシア語による解釈は、原則としてマオリ語により、ハワイ語による場合はその旨を特記します。]

 

目 次

 

タ行

 

 263 たかくらの(高座の)264 たかしるや(高知るや)265たきぎこる(薪伐る)266 たたなづく267 たたなめて(盾並めて)268 たたみけめ(畳薦)269 たちこもの(立ち鴨の)270 たちのしり(大刀の後)271 たちばなを(橘を)272 たまぢはふ(霊ぢはふ)273 たまもなす(玉藻なす)274 たまもよし(玉藻よし)275 たもとほり276 たらちし277 たらちしの278 たらちしや279 たらつねの280 ちちのみの(ちちの実の)281 ちはやひと(ちはや人)282 ちりひぢの(塵泥の)283 つかねども284 つがのきの(樛の木の)285 つきくさの(月草の)286 つぎねふ287 つつじはな(躑躅花)288 つねならぬ(常ならぬ)289 つゆしもの(露霜の)290 つるぎたち(剣大刀)291 つゑたらず(丈足らず)292 ところづら293 となみはる(鳥網張る)294 とほつかみ(遠つ神)295 とほつひと(遠つ人)296 ともしびの(灯火の)297 とりがなく(鶏がなく)298 とりがねの(鳥が音の)299 とりじもの(鳥じ物)

 

ナ行

 

 300 なくこなす(泣く子なす)301 なぐるさの(投ぐる矢の)302 なごのうみの(那呉の海の)303 なつそびく(夏麻引く)304 なはのりの(縄海苔の)305 なまよみの306 なみくもの(波雲の)307 なみのほの(波の穂の)308 なゆたけの(なゆ竹の)309 なるかみの(鳴る神の)310 にはにたつ(庭に立つ)311 のちせやま(後瀬山)312 のつとり(野つ鳥)313 のとがはの(能登川の)

 

ハ行

 

 314 はしたての(梯立の)315 はしむかふ(箸向かふ)316 はつをばな(初尾花)317 はなぢらふ(花散らふ)318 はねずいろの(朱華色の)319 ははそばの(ははそ葉の)320 はふくずの(延ふ葛の)321 はふつたの(這う蔦の)322 はますどり(浜渚鳥)323 はるかすみ(春霞)324 はるかぜの(春風の)325 はるくさの(春草の)326 はるとりの(春鳥の)327 はるはなの(春花の)328 はるやなぎ(春柳)329 ひのぐれに(日の暮れに)330 ひのもとの(日の本の)331 ひもかがみ(紐鏡)332 ふかみるの(深海松の)333 ふさたをり(ふさ手折り)334 ふすまぢを(衾道を)335 ふせやたき(伏せ屋焚き)336 ふたさやの(二鞘の)337 ふぢなみの(藤波の)338 ほたるなす(蛍なす)

 

マ行

 

 339 まかなもち(真鉋持ち)340 まかねふく(真金吹く)341 まきさく(真木さく)342 まきばしら(真木柱)343 まくさかる(真草刈る)344 まくずはふ(真葛延ふ)345 まくらづく(枕付く)346 ますげよし(真菅よし)347 ますらをの(丈夫の)348 まそかがみ(真十鏡)349 またまつく(真玉付く)350 またみるの(俣海松の)351 まつがねの(松が根の)352 まつかへの(松柏の)353 まつがへり(松反)354 まよびきの(眉引きの)355 みけむかふ(御食向かふ)356 みこころを(御心を)357 みづかきの(瑞垣の)358 みづたで(水蓼)359 みづたまる(水溜まる)360 みづとりの(水鳥の)361 みてぐらを(幣帛を)362 みなせがは(水無瀬川)363 みなそそく(水そそく)364 みなのわた(蜷の腸)365 みはかしを(御佩かしを)366 みもろつく(三諸つく)367 みをつくし(澪標)368 むらきもの(群肝の)369 むらさきの(紫の)370 むらたまの(群玉の)371 むらとりの(群鳥の)372 もちづきの(望月の)373 もののふの(物部の)374 もみちばの(黄葉の)375 ももきね376 ももしのの(百小竹の)377 ももたらず(百足らず)

 

ヤ行

 

 378 やきたちの(焼大刀の)379 やきたちを(焼大刀を)380 やくもさす(八雲さす)381 やさかどり(八尺鳥)382 やへだたみ(八重畳)383 やほだてを(八穂蓼を)384 やまこえて(山越えて)385 やますげの(山菅の)386 やまたづの387 やまのまゆ(山の際ゆ)388 やみのよの(闇の夜の)389 やみよなす(闇夜なす)390 ゆきのしま(壱岐の島)391 ゆくかげの(行く影の)392 ゆくかはの(行く川の)393 ゆくとりの(行く鳥の)394 ゆくみづの(行く水の)395 ゆふたたみ(木綿畳)396 ゆふつづの(夕星の)397 ゆふつつみ(木綿包み)398 ゆふはなの(木綿花の)

 

ワ行

 

 399 わがいのちを(我が命を)400 わかこもを(若薦を)401 わがせこを(我が背子を)402 わがたたみ(我が畳)403 わぎもこに(我妹子に)404 わぎもこを(我妹子を)405 わたつみの(海神の)406 わたのそこ(海の底)407 ゐながはの(猪名川の)408 ゐまちづき(居待月)409をとめらに(娘子らに)201をとめらに(娘子らに)410をみなへし(女郎花)209をみなへし(女郎花)

 

<付>『万葉集』難訓歌解読(試案)

 

 [1-1]「籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持」[1-9]「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」[2-156]「己具耳矣自得見 監乍共」[14-3419]「奈可中次下」/

<修正経緯>

 

 

<枕 詞・続(下)>

 

 

タ行

 

263 たかくらの(高座の)

 「天皇の高御座には天蓋がある」ことから「三笠山」(3-372。春日を春日の山のー三笠の山に朝さらず雲ゐたなびき)にかかる枕詞とされます。

 この「たかくらの」は、

  「タ・カク・ラ(ン)ゴ」、TA-KAKU-RANGO(ta=the...of,dash,beat,lay;kaku=scrape up,scoop up,bruise,shred;rango=roller upon which a heavy body is dragged)、「あの・(土を)盛り上げて・ローラーをかけた(滑らかにした)ような(山の)」(「ラ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「ラノ」となった)

の転訛と解します。

 

264 たかしるや(高知るや)

 「高く聳えて日光を蔽う」意で「天(あめ)の御陰(みかげ)」(1-52。ー天のみかげ天知るや日のみかげの水こそは常にはあらめ御井の清水)にかかる枕詞とされます。

 この「たかしるや」、「あめのみかげ(天の御陰)」は、

  「タ・カチ・ルイア」、TA-KATI-RUIA(ta=the...of,dash,beat,lay;kati=leave off,be left in statu quo,well,enough;rui.ruia=shake,scatter,sprinkle)、「あの・すばらしい・しぶきを上げて噴き出す(水の)」(「ルイア」が「ルヤ」となった)

  「アマイ・ノ・ミヒ・カ(ン)ガ・(ン)ガイ」、AMAI-NO-MIHI-KANGA-NGAI(amai=giddy,dizzy;no=of;mihi=sigh,greet,admire;kanga=place of abode;ngai=tribe,clan)、「(太陽の光の)尊敬すべき(対象が)・宿る・部類のもの(恩恵。御陰)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」と、「カ(ン)ガ」の語尾のNGA音が脱落して「カ」と、「(ン)ガイ」のNG音がG音に、AI音がE音にに変化して「ゲ」となった)

の転訛と解します。

 

265たきぎこる(薪伐る)

 「薪を刈る鎌」の同音で「鎌倉山」(14-3433。ー鎌倉山の木(こ)だる木をまつと汝がいはば恋ひつつやあらむ)にかかる枕詞とされます。

 この「たきぎこる」、「かまくらやまの」、「こだるき」、「まつ」は、

  「タキキ・コル」、TAKIKI-KORU(takiki=stripped bare,cropped short;koru=fold,loop,a plant(korukoru=a parasitic plant when in flower or possibly strictly only the flower))、「(宿り木の)花を・摘んで」

  「カ・マクラ・イア・マノ」、KA-MAKURA-IA-MANO(ka=take fire,be lighted,burn;makura=light red;ia=indeed,current;mano=thousand,indefinitely large number)、「火を燃やしたように・赤く輝く・実に・大量の」

  「コタ・ルキ」、KOTA-RUKI(kota=anything to scrape or cut with;ruki=dark(rukiruki=intensive))、「(集中した)堅く縛った・(摘んだ花の)花束」

  「マ・アツ」、MA-ATU(go,come)、「(花束を持って)来る」

の転訛と解します。

 

266 たたなづく

 語義・係り方未詳で「青垣・柔肌(にきはだ、やははだ)」(景行記倭健命薨去条歌謡。ー青垣山隠れる倭しうるはし。2-194。妻の命のー柔肌すらを剣太刀身にそへ寝ねば)にかかる枕詞とされます。

 この「たたなづく」、「つるぎたち(剣太刀)」は、

  「タタ(ン)ガ・ツク」、TATANGA-TUKU(tanga,tatanga=be assembled,row,tier,company of persons,proximity,nearness;tuku=let go,lrave,allow,send,settle down,side,shore,ridge of a hill)、(1)「列をなして並んでいる・山の峰々(記歌謡)」または(2)「いたって近いところに・寄り添う(2-194)」(「タタ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「タタナ」となった)

  「ツルキ・タハチチ」、TURUKI-TAHATITI(turuki=grow up in addition,come as a supplement,crowded;tahatiti=peg or wedge to used to tighten anything)、「(横たわる自分の身体に)加えて・(妻の身体を)密着させる」(「タハチチ」のH音が脱落し、反復語尾が脱落して「タチ」となった)

の転訛と解します。

 

267 たたなめて(盾並めて)

 盾を並べて矢を「射る」の同音で「泉川(いづみかは)」(17-3908。ー泉の川の水脈絶えず仕えまつらむ大宮所)にかかる枕詞とされます。

 この「たたなめて」は、

  「タタ(ン)ガ・マイタイ」、TATANGA-MAITAI(tanga,tatanga=be assembled,row,tier,company of persons,nearness,proximity,nearness;maitai=good,beautiful,agreeable)、「この上なく・美しい(川)」(「タタ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「タタナ」と、「マイタイ」のAI音がE音にいずれも変化して「メテ」となった)

の転訛と解します。

 

268 たたみけめ(畳薦)

 「たたみこも(畳薦)」の東国語かとされ、係り方未詳で「牟良自(むらじ)が磯」(20-4338。ー牟良自が磯の離磯の母を離れてゆくが悲しさ)にかかる枕詞とされます。

 この「たたみけめ」、「むらじが(磯)」は、

  「タタミ・ケイ・メ」、TATAMI-KEI-ME(tami,tatami=press down,suppress,smother;kei=do not;me=to form an optative,to form a mild imperative)、「(母に対して)つらい仕打ちを・しないで・欲しい(磯。磯の人々)」(「ケイ」のEI音がE音に変化して「ケ」となった)

  「ム・ウラ(ン)ガ・チ(ン)ガ」、MU-URANGA-TINGA(mu=silent;uranga=place etc. of arrival;tinga=likely)、「静かな(さびれた)・船着き場・のような(磯の)」(「ウラ(ン)ガ」の語尾のNGA音が脱落して「ウラ」と、「チ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「チガ」から「ジガ」となった)

の転訛と解します。

 

269 たちこもの(立ち鴨の)

 「立ち鴨(かも)」の東国語かとされ、その飛び立つ際の声や音から「立ちの騒ぎ」(20-4354。ー立ちの騒ぎにあひ見てし妹が心は忘れせぬかも)にかかる枕詞とされます。

 この「たちこもの」は、

  「タチカ・アウモウ・ノ」、TATIKA-AUMOU-NO(tatika=coastline;aumou=constant,persistent)、「(出発の際の)海岸で・いつまでも続いた・(別れを悲しむ騒ぎ)の」(「タチカ」の語尾のA音が「アウモウ」の語頭のAU音と連結してO音に変化して「タチコモウ」から「タチコモ」となった)

の転訛と解します。

 

270 たちのしり(大刀の後)

 大刀のしりの握りの端の部分を「玉などで飾る」ことから地名の「玉纏(たままき)」(10-2245。ー玉纏田井にいつまでか妹を相見ず家恋ひをらむ)に、「鞘に入る」ことから「鞘」(7-1272。ー鞘に入野に葛引く我妹ま袖もち着せてむとかも夏草刈るも)にかかる枕詞とされます。

 この「たちのしり」、「たままきたゐ(玉纏田井)」、「さやにいりの(鞘に入野)」は、

  「タ・チノ・チリ」、TA-TINO-TIRI(ta=the...of,dash,beat,lay;tino=essentiality,exact,very,absolute,main;tiri=throw or place one by one,scatter,stack,offering to a god)、「(神に)きちんと・神饌を供えて願い事(祀り)を・する」

  「タマ・マキ・タヰ」、TAMA-MAKI-TAWHI(tama=emotion,desire,strong feeling;maki=invalid,sick person;tawhi=hold,hold back,suppress feelings etc.)、「衰弱した・魂(元気)を・取り戻す(回復する)」または「タ・ママ・キ・タヰ」、TA-MAMA-KI-TAWHI(ta=the...of,dash,beat,lay;mama=perform certain rites with the object of nulifying a hostile spell or of removing tapu;ki=full,very;tawhi=hold,hold back,suppress feelings etc.)、「衰弱した(身体の)魂の(元気を取り戻すために)・(衰弱の原因である悪意の呪いを取り除く)お祓いを・念入りに・行う」(「タヰ」のWH音がW音に変化して「タヰ」となった)

  「タイア・ニヒ・イリ・ノホ」、TAIA-NIHI-IRI-NOHO(taia=by and by;nihi,ninihi=move stealthly,come stealthly upon,suprise;iri=a spell to influence or attract or render visible one at a distance;noho=sit,stay,settle)、「次第に・現れてきた・(呪(まじな)いによって)遠くにいる人の姿が・見えて」(「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」と、「ノホ」のH音が脱落して「ノ」となった)

の転訛と解します。

 

271 たちばなを(橘を)

 橘の木を守る「守部(もりべ)」(10-2251。ー守部の里の門田早稲刈る時過ぎぬ来じとすらしも)にかかる枕詞とされます。

 この「たちばなを」は、

  「タ・チパ・ナ・ワウ」、TA-TIPA-NA-WAU(ta=the...of,dash,beat,lay;tipa=dried up,turn aside,escape;na=satisfied,breathe,belonging to;wau=foolish,silly)、「あの・愚かな・ことに・(作業から)逃げ出した(者)」(「ワウ」のAU音がO音に変化して「ヲ」となった)

の転訛と解します。

 

272 たまぢはふ(霊ぢはふ)

 「神の霊(ち)意が広がる(延ふる)」意から「神」(11-2661。ー神も吾をば打棄てこそしゑや命の惜しけくもなし)にかかる枕詞とされます。

 この「たまぢはふ」、「しゑや」は、

  「タマ・チハフ」、TAMA-TIHAHU(tama=emotion,strong feeling,spirit;tihahu,tihahuhahu=scatter about)、「霊力を・(発散する)周囲に及ぼす(神)」

  「チワイ・イア」、TIWAI-IA(tiwai=turn from side to side;ia=indeed,current)、「(考えを)実に・逆方向に転換する(神にすがることを諦める)」(「チワイ」のAI音がE音に変化して「チヱ」から「シヱ」となった)

の転訛と解します。

 

273 たまもなす(玉藻なす)

 「藻の比喩」で(1)「浮かぶ」(1-50。檜のつまでをもののふの八十氏川にー浮かべ流せれ)にかかり、

 (2)靡く」(11-2483。しきたへの衣手かれてーなびきか寝らむ吾を待ちかてに)にかかる枕詞とされます。

 この「たまもなす」、「(衣手)かれ」、「なびき」は、

  (1)「タ・ママウ・ナツ」、TA-MAMAU-NATU(ta=the...of,dash,beat,lay;mamau=grasp,wrestle with;natu=scratch,stir up,mix,tear out,show ill feeling,angry)、「(川の急流が木材を)押し・抱え・引っ張って」(「ママウ」のAU音がO音に変化して「マモ」となった)

  (2)「タマ・マウ・ナツ」、TAMA-MAU-NATU(tama=emotion,strong feeling,spirit;mau=fixed,continuing,caught,entangled;natu=scratch,stir up,mix,tear out,show ill feeling,angry)、「感情が・怒りなど不快な感情に・捕らわれて」(「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

  「カレ」、KARE(ripple,whip a top,long for)、「(寝られずに輾転反側して)皺になる」

  「ナ・ピキ」、NA-PIKI(na=belonging to;piki=come to the rescue of,support,fend,disregard)、「(怒りなど不快な感情から)逃れる・ように」

の転訛と解します。

 

274 たまもよし(玉藻よし)

 その地の産物の「藻」から地名の「讃岐」(2-220。ー讃岐国は国からか見れども飽かぬ神からかここだ貴き)にかかる枕詞とされます。

 この「たまもよし」、「(国・神)からか」は、

  「タマ・マウ・イオ・チ」、TAMA-MAU-IO-TI(tama=emotion,strong feeling,spirit;mau=fixed,continuing,caught,entangled;io=muscle,line,spur,ridge,lock of hair;ti=throw,cast,overcome)、「(先祖の)霊が・宿る・岡(古墳)が・(いたるところに)散在している(讃岐国)」(「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

  「カ・ラカ」、KA-RAKA(ka=take fire,be lighted,burn;raka=agile,go,spread about)、「(国・神の火を灯している場所)住処が・一面に散らばっている」

の転訛と解します。

 

275 たもとほり

 類義語「行き回(み)る」の同音で地名の「行箕(ゆきみ)」(11-2541。ー行箕の里に妹を置きて心空なり土は踏めども)にかかる枕詞とされます。

 この「たもとほり」、「ゆきみ(行箕)」は、

  「タモ・ト・ホリ」、TAMO-TO-HORI(tamo=be absent;to=drag;hori=be gone by,false,mistake)、「(自分が)留守にしたことは・(過ち)失敗を・もたらした」

  「イ・ウキ・ミヒ」、I-UKI-MIHI(i=past tense,beside;uki=distant times past or future;mihi=sigh for,greet,admire)、「長く・(嘆く)後悔・した」(「イ」のI音と「ウキ」の語頭のU音が連結して「ユキ」と、「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

の転訛と解します。

 

276 たらちし

 語義未詳で「母」(16-3791。緑子の若子が身にはー母に懐(うだ)かえ)にかかる枕詞とされます。

 この「たらちし」は、

  「タラチチ」、TARATITI(pin,fasten with a spike)、「(生まれたばかりの赤ん坊は母に)べったりと縋り付く」

の転訛と解します。

 

277 たらちしの

 語義未詳で「母」(5-887。ー母が目見ずておほほしくいづち向きてか吾が別るらむ)にかかる枕詞とされます。

 この「たらちしの」は、

  「タラチチ・ノ」、TARATITI-NO(taratiti=pin,fasten with a spike;no=of)、「(生まれたばかりの赤ん坊は母に)べったりと縋り付く・(習性)の」

の転訛と解します。

 

278 たらちしや

 語義未詳で「母」(5-886。うち日さす宮へ上るとー母が手離れ常知らぬ国の奥処を)にかかる枕詞とされます。

 この「たらちしや」は、

  「タラチチ・イア」、TARATITI-IA(taratiti=pin,fasten with a spike;ia=indeed,current)、「実に・(生まれたばかりの赤ん坊は母に)べったりと縋り付く(のに)」

の転訛と解します。

 

279 たらつねの

 「082たらちねの」の変化形で「母」(11-2495。ー母が養ふ蚕の繭隠りこもれる妹を見むよしもがな)にかかる枕詞とされます。

 この「たらつねの」は、

  「タラツ・ネイ・ノ」、TARATU-NEI-NO(taratu=post supporting the ridge pole of a house;nei=to denote proximity,the connection with the speaker is not obvious or the force apparently being to indicate continuance of action;no=of)、「家の棟木を支える柱(養蚕によって家の生計を支える主柱)のような・(養蚕の最終段階のもっとも重要な作業から手を離せない)仕事にかかりっきり・(の状態)の(母)」(「ネイ」のEI音がE音に変化して「ネ」となった)

の転訛と解します。

 

280 ちちのみの(ちちの実の)

 「ちち」は植物名かとされますが未詳で「父」(19-4164。ー父の命ははそ葉の母の命おほろかに情尽して思ふらむ)にかかる枕詞とされます。

 この「ちちのみの」は、

  「チ・チノ・ミヒ・ノ」、TI-TINO-MIHI-NO(ti=throw,cast,overcome;tino=essentiality,self,reality;mihi=sigh for,greet,admire;no=of)、「(ひたすら父としての)本質的な・威厳を・示す・(役割)の」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

の転訛と解します。(「ははそばの」については、319 ははそばの(ははそ葉の)の項を参照してください。)

 

281 ちはやひと(ちはや人)

 猛威を発揮する融資の「氏(うぢ)」の同音の地名の「宇治」(7-1139。ー宇治川波を清みかも旅行く人の立ちかてにする)にかかる枕詞とされます。

 この「ちはやひと」、「うぢ(宇治)」、「(立ち)かて」は、

  「チハエ・イア・ピタウ」、TIHAE-IA-PITAU(tihae=tear,rend,torn;ia=current,indeed;pitau=figurehead of a canoe ornamented with such carving,canoe with a pitau figurehead)、「川の流れを・切り裂いて(進む)・船の舳先に装着した神像」(「チハエ」のAE音がA音に変化して「チハ」と、「ピタウ」のP音がF音を経てH音に、AU音がO音に変化して「ヒト」となった)

  「ウチ」、UTI(bite(utiuti=annoy,worry))、「(人を)呑み込む(川)」

  「カテア」、KATEA(move forwards,be securely fastened)、「前へ進む(安全に旅を続ける)」(語尾のA音が脱落して「カテ」となった)

の転訛と解します。

 

282 ちりひぢの(塵泥の)

 塵や泥は「価値が低い」ので「数にあらぬ」(15-3727。ー数にもあらぬ吾ゆゑに思ひわぶらむ妹が悲しさ)にかかる枕詞とされます。

 この「ちりひぢの」は、

  「チリ・ピチ・ノ」、TIRI-PITI-NO(tiri=throw or place one by one,throw a present before one,stack,offering to the god;piti=put side by side,add;no=of)、「神様へのお供物を・供える・(量)の」(「ピチ」のP音がF音を経てH音に変化して「ヒチ」から「ヒヂ」となった)

の転訛と解します。

 

283 つかねども

 「つかないが、つく」の意で地名の「都久怒(つくの)」(16-3886。今日今日と飛鳥に到り立てども置勿に到りー都久怒(桃花鳥野)に到り)にかかる枕詞とされます。

 この「つかねども」、「つくの(都久怒)」は、

  「ツ・カネ・トモ」、TU-KANE-TOMO(tu=fight with,energetic;kane=head,choke;tomo=pass in,enter,begin,assault,be filled)、「一生懸命に・息せき切って・(目的地に)入ってきた」

  「ツク・ノホ」、TUKU-NOHO(tuku=catch in a net,side,edge,shore,ridge of a hill;noho=sit,stay,settle)、「岡の上に・位置している(野)」(「ノホ」のH音が脱落して「ノ」となった)

の転訛と解します。

 

284 つがのきの(樛の木の)

 「つが」の類音で「継ぐ」(1-29。神のことごとーいやつぎつぎに天の下知らしめししを)にかかる枕詞とされます。

 この「つがのきの」は、

  「ツ(ン)ガ・(ン)ゴキ・ノ」、TUNGA-NGOKI-NO(tunga=circumstance or time etc. 0f standing,site,foundation;ngoki=creep;no=of)、「(大王(天皇)に就任する)基礎が・大地を這うように固まってゆく・(環境の下)の」(「ツ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ツガ」と、「(ン)ゴキ」のNG音がN音に変化して「ノキ」となった)

の転訛と解します。

 

285 つきくさの(月草の)

 (1)月草染めは「色が褪せやすい」ので「移ろふ」(4-583。ーうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ)にかかり、

 (2)その染め「色は褪せやすくてはかない」ので「命」(11-2756。ーかれる命にある人をいかに知りてか後もあはむといふ)にかかる枕詞とされます。

 この「つきくさの」は、

  「ツキ・ク・タ(ン)ゴ」、TUKI-KU-TANGO(tuki=beat,attack,give the time to paddlers in a canoe;ku=silent;tango=take up,accquire,take away)、「(船を漕ぐ拍子をとるように)時々刻々と・静かに・(人の思ひ・命など何かが)失われて行く(性質・宿命の)」(「タ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「タノ」から「サノ」となった)

の転訛と解します。

 

286 つぎねふ

 語義未詳で地名の「山背(やましろ)」(13-3314。ー山背道を他夫馬より行くにおの夫し歩より行けば)にかかる枕詞とされます。

 この「つぎねふ」は、

  「ツ(ン)ギ・ネイ・フ」、TUNGI-NEI-HU(tungi=set a light to,kindle,burn;nei=to denote proximity,the connection with the speaker is not obvious or the force apparently being to indicate continuance of action;hu=swamp,hollow,hill)、「灯火を・絶やさないように(次から次に現れる)・湿地(がある地域。山背国)」(「ツ(ン)ギ」のNG音がG音に変化して「ツギ」となった)

の転訛と解します。

 

287 つつじはな(躑躅花)

 「花が美しい」比喩で「にほふ」(3-443。いかならむ歳月日にかーにほへる君がくろ鳥のなづさひ来むと)にかかる枕詞とされます。

 この「つつじはな」は、

  「ツツ・チ・ハナ」、TUTU-TI-HANA(tutu=stand erect,be prominent,move with vigour,vigorous;ti=throw,cast,overcome;hana=shine,glow,flame)、「元気に・溢れて・輝いていた」

の転訛と解します。

 

288 つねならぬ(常ならぬ)

 「人の命の常ならぬ」ことから「人国(ひとくに)山」(7-1345。ー人国山の秋津野のかきつばたをし夢に見しかも)にかかる枕詞とされます。

 この「つねならぬ」、「くにやまのあきつぬ(国山の秋津野)」は、

  「ツネヘ・ナ・ラヌ」、TUNEHE-NA-RANU(tunehe=tunewha=close the eyes as when overcome with sleep,be drowsy;na=satisfied,content;ranu=mix)、「眠気に襲われて・(眠ってはいけないという気持ちと眠ることの)満足が・ごっちゃになっている(うつらうつらしている状況の。夢現(ゆめうつつ)の。人)」(「ツネヘ」のH音が脱落して「ツネ」となった)

  「ク・ヌイ・イア・マノ・アキ・ツヌ」、KU-NUI-IA-MANO-AKI-TUNU(ku=silent,nui=large,many;ia=indeed,current;mano=thousand,indefinitely large number,interior part,heart;aki=dash,beat,abut on;tunu=roast,broil,inspire with fear)、「静寂に・満たされている・実に・たいへん・恐怖に・震え上がるような(場所)」(「ヌイ」のUI音がI音に変化して「ニ」となった)

の転訛と解します。(「かきつばた」については、212かきつはたの項を参照してください。)

 

289 つゆしもの(露霜の)

 (1)露は「秋の風物」なので「秋」(6-1047。ー秋さり来れば)にかかり、

 (2)露や霜が降りることと同義の「置く」(2-131。玉藻なす依り宿し妹をー置きてし来れば)にかかり、

 (3)露は「消えやすい」ので「消(け)ぬ・消(け)やすし・過ぐ」(2-199。まつろはず立ち向ひしもー消なば消ぬべく行く鳥の争ふ間に。12-3043。ー消やすきわが身老いぬともまた若ち反り君をしも待たむ。19-4211。惜しき命をー過ぎましにけれ奥墓をここと定めて)にかかる枕詞とされます。

 この「つゆしもの」は、

  (1)「ツイ・ウ・チヒ・マウ・ノ」、TUI-U-TIHI-MAU-NO(tui=pierce,thread on a string,lace,sew;u=be firm,be fixed,reach its limit;tihi=summit,top,lie in a heap;mau=carry,bring,fixed,continuing,caught;no=of)、「(水滴が)糸で・繋がれて・(草木の葉の)先に・付着する(露が降りる)・(季節)の(秋)」(「ツイ」の語尾のI音と「ウ」のU音が連結して「ツユ」と、「チヒ」のH音が脱落して「チ」から「シ」と、「マウ」のAU音かO音に変化して「モ」となった)

  (2)「ツ・ヰウ・チ・モノ」、TU-WHIU-TI-MONO(tu=fight with,energetic;whiu=throw,place,be gathered together;ti=throw,cast,overcome;mono=caulk,disable by means of incantations)、「(妹を)強いて・(石見に)残すという・呪(まじな)いを・施した(ように)」(「ヰウ」のWH音が脱落して「ユ」となった)

  (3)「ツイ・ウチ・モノ」、TUI-UTI-MONO(tui=pierce,thread on a string,lace,sew;uti=bite;mono=caulk,disable by means of incantations)、「(端から)徐々に・(余命を食われる)消耗してゆく・呪(まじな)いをされた(ように)」(「ツイ」の語尾のI音と「ウチ」の語頭のU音が連結して「ツユチ」から「ツユシ」となった)

の転訛と解します。

 

290 つるぎたち(剣大刀)

 (1)刀剣の「身」の同音で「身」(2-194。妻の命のたたなづく柔膚すらをー身に副へ寝ねばぬばたまの夜床も荒るらむ)にかかり、

 (2)刃物の古語「な」の同音で「名・己(な)」(4-616。ー名の惜しけくも吾は無し君にあはずて年の経ぬれば。9-1741。常世べに住むべきものをー己が心から鈍やこの君)にかかり、

 (3)刀剣を「研ぐ」ので「とぐ」(13-3326。舎人の子らは行く鳥の群がりて待ちあり待てど召し賜はねばー磨ぎし心を天雲に念ひ散らし)にかかり、

 (4)神聖なものとして崇めるので「斎(いは)ふ」(13-3227。新夜のさきく通はむ事許夢に見せこそー斎ひ祭れる神にしませば)にかかる枕詞とされます。

 この「つるぎたち」は、

  (1),(4)「ツルキ・タハチチ」、TURUKI-TAHATITI(turuki=grow up in addition,come as a supplement,crowded;tahatiti=peg or wedge to used to tighten anything)、「(自分の身体(2-194)などに)加えて・(妻の身体(2-194)、斎ひ祭る神(13-3227)などを)密着させる」(「タハチチ」のH音が脱落し、反復語尾が脱落して「タチ」となった)(266たたなづくの項を参照してください。)

  (2),(3)「ツルキ・タハチチ」、TURUKI-TAHATITI(turuki=travel by short stages;tahatiti=peg or wedge to used to tighten anything)、a「(故郷へ)ゆっくり里帰りして・そのまま帰れなくなった(9-1741)」またはb「(恋人との)ゆっくりとした別れ(長く逢わないでいること)が・(二人の愛情を)さらに緊密にする(という名目)(4-616)」またはc「(故人の)ゆっくりとした旅行が・(あの世に)居着くこととなつた(13-3326)」(「タハチチ」のH音が脱落し、反復語尾が脱落して「タチ」となった)

の転訛と解します。

 なお、「剣太刀諸刃の利きに足踏みて死なば死なむよ君によりては(11-2498)」の初句は枕詞ではないとする説もありますが、これも上記(2),(3)のbの意味と解することができ、これによってこの歌が詠まれた契機・背景が明確になると考えられます。

 

291 つゑたらず(丈足らず)

 「つゑ」は長さの単位(一丈は十尺)で、それに足りないので「八尺(やさか)」(13-3344。行方もしらず朝霧のおもひ惑ひてー八尺の嘆嘆けどもしるしを無みといづくにか君がまさむと)にかかる枕詞とされます。

 この「つゑたらず」、「やさか(八尺)」は、

  「ツ・ワイタラ・ツ」、TU-WAITARA-TU(tu=fight with,energetic;waitara=project or scheme of a fanciful or difficult nature,hail;tu=stand,settle)、「熱心に・(君の行方を捜すという)難しい仕事に・取り組んだ」(「ワイタラ」のAI音がE音に変化して「ヱタラ」となった)

  「イア・タカ」、IA-TAKA(ia=indeed,current;taka=fall off,fall away,fail of fulfilment)、「実に・(仕事に)失敗した」

の転訛と解します。

 

292 ところづら

 ヤマノイモ科の植物トコロの蔓から(1)葉のあるうちに見当をつけておき、冬に「蔓をたどって掘り出す」ことから「尋(と)め行く」(9-1809。もころ男に負けてはあらじとかき佩の小剣取り佩きー尋め行きければ)にかかり、

 (2)トコと同音で「常(とこ)しく」(7-1133。皇祖の神の宮人ーいや常しくに吾かへり見む)にかかる枕詞とされます。

 この「ところづら」、「もころを(もころ男)」は、

  「ト・コロ・ツラ(ン)ガ」、TO-KORO-TURANGA(to=drag,haul,be pregnant;koro=desire,intend;turanga=circumstance of standind,site)、(1)「(人の)居場所を・求めて・追って行く」または(2)「(神を祀るにふさわしい)場所を・求めて・移動する」(「ツラ(ン)ガ」の語尾のNGA音が脱落して「ツラ」から「ヅラ」となった)

  「モコ・ロワウ」、MOKO-ROWAU(moko=tattooing on the face or body,person;rowau,roau=motionless,listless,remaining silent)、「気のない・男(蔑称。あのヘナチョコ野郎)」

の転訛と解します。

 

293 となみはる(鳥網張る)

 鳥の通り道である「坂の上に網を張る」ところから地名の「坂手」(13-3230。水蓼穂積に至りー坂手を過ぎ)にかかる枕詞とされます。

 この「となみはる」、「さかて(坂手)」は、

  「トナ・ミ・ハルア」、TONA-MI-HARUA(tona=excrescence,wart,etc.;mi=stream,river;harua=depression,valley)、「川が・瘤のように膨らんでいる・谷(の場所)」(「ハルア」の語尾のA音が脱落して「ハル」となった)

  「タ・カテア」、TA-KATEA(ta=the...of,dash,beat,lay;katea=whitened,scattered,separated)、「(川が散らばる)広がって・いる(場所)」(「カテア」の語尾のA音が脱落して「カテ」となった)

の転訛と解します。

 

294 とほつかみ(遠つ神)

 「遠い神代から皇統を伝える」意かとされ「我が大君」(1-5。玉だすき懸けのよろしくー我が大君の行幸の)にかかる枕詞とされます。

 この「とほつかみ」は、

  「ト・ホツ・カミ」、TO-HOTU-KAMI(to=the...of,drag,haul,be pregnant;hotu=sigh,desire eagerly,chafe with animosity etc.,heave as the swell of the sea;kami=eat)、「あの・高く大きな(存在の)・(すべてを征服する)神(の)」

の転訛と解します。

 

295 とほつひと(遠つ人)

 (1)「遠来の人を待つ」意で「待つ・松」(13-3324。皇子の命は春されば植槻が上のー松の下道ゆ登らして国見あそばし)にかかり、

 (2)「遠来の人を待つ」の同音で地名の「松浦(まつら)」(5-857。ー松浦の川に若年魚釣る妹がたもとを吾こそまかめ)にかかり、

 (3)半年ぶりに「遠くから来る雁」を擬人化して「雁」(17-3947。今朝の朝明秋風寒しー雁が来鳴かむ時近みかも)にかかり、

 (4)その「雁」の同音で地名の「猟路(かりぢ)」(12-3089。ー猟路の池に住む鳥の立ちてもゐても君をしぞ思ふ)にかかる枕詞とされます。

 この「とほつひと」、「まつら(松浦)」、「かり(雁)」、「かりぢ(猟路)」は、

  「ト・ホツ・ピト」、TO-HOTU-PITO(to=the...of,drag,open or shut a door or a window,haul,be pregnant;hotu=sigh,desire eagerly,chafe with animosity etc.,heave as the swell of the sea;pito=end,extremity,at first)、(1)「(木の)頂上に・こんもりとした茂みが・ある(松)」、(2)「たいへん・激しい流れが・(人や物を)引きずり込む(川)」、(3)「(今年になって)はじめての・(雁が)鳴く・声(その雁)」または(4)「たいへん・(飛んで)行ったり来たり・したがっている(習性の。鳥)」(「ピト」のP音がF音を経てH音に変化して「ヒト」となった)

  「マツ・ウラ(ン)ガ」、MATU-URANGA(matu=ma atu=go,come;uranga=place etc. of arrival)、「(人々が)行き来する・船着き場(または水路の)」(「マツ」の語尾のU音と「ウラ(ン)ガ」の語頭のU音が連結し、語尾のNGA音が脱落して「マツラ」となった)

  「カリ」、KARI(=kakari=fight,notch)、「(他の鳥と異なり、ぎざぎざの(階段状の)列を作る)雁行して渡る(鳥。雁)」

  「カリ・イチ」、KARI-ITI(kari=dig,dig up,clump of trees;iti=small)、「(川の流れの中の)小さな・木の瘤のような(池)」(「カリ」の語尾のI音と「イチ」の語頭のI音が連結して「カリチ」から「カリヂ」となった)

の転訛と解します。

 

296 ともしびの(灯火の)

 「その明るさの比喩」で地名の「明石(あかし)」(3-254。ー明石大門に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず)にかかる枕詞とされます。

 この「ともしびの」は、

  「トモ・チピ・ノ」、TOMO-TIPI-NO(tomo=be filled,pass in,enter,begin,assault;tipi=pare,dress the surface of timber with an adze,glide,go quickly or smoothly;no=of)、「(潮流が)速く・流れ過ぎる(海峡の場所の)」

の転訛と解します。

 

297 とりがなく(鶏がなく)

 分かりにくい東国の言葉を「鳥の鳴き声」と見て地名の「あづま」(2-199。ー吾妻の国の御軍士を召したまひて)にかかる枕詞とされます。

 この「とりがなく」は、

  「ト・リ(ン)ガ・ナク」、TO-RINGA-NAKU(to=the...of,drag,haul,be pregnant;ringa=hand,arm,weapon;naku=dig,scratch,bewitch)、「あの・(戦士が持つ)武器に・呪(まじな)いをかける(結果として戦士が強い力を発揮する。地方。東国)」(「リ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「リガ」となった)

の転訛と解します。

 

298 とりがねの(鳥が音の)

 鳥の声が「かしましい」ところから同音の地名の「かしま」(13-3336。ー鹿島の海に高山を障になし)にかかる枕詞とされます。

 この「とりがねの」は、

  「ト・オリ・(ン)ガネヘ・ノ」、TO-ORI-NGANEHE-NO(to=the...of,drag,haul,be pregnant;ori=cause to wave to and fro,sway,move about;nganehe,nganehenehe=querulous,peevish;no=of)、「あの・あっちへ行ったりこっちへ来たりする(鳥が)・怒りっぽい(鳴き声を立てる)・(場所)の」(「ト」のO音と「オリ」の語頭のO音が連結して「トリ」と、「(ン)ガネヘ」のNG音がG音に変化し、H音が脱落して「ガネ」となった)

の転訛と解します。

 

299 とりじもの(鳥じ物)

 「鳥ではない物なのに水の上を行く」意で「なづさふ」(4-509。稲日都麻浦廻を過ぎてーなづさひ行けば)にかかる枕詞とされます。

 この「とりじもの」、「なづさひ」は、

  「ト・オリ・チ・モノ」、TO-ORI-TI-MONO(to=the...of,drag,haul,be pregnant;ori=cause to wave to and fro,sway,move about;ti=throw,cast,overcome;mono=caulk,disable by means of incantations)、「あの・(ふらふらと)あっちへ行ったりこっちへ来たりする・行動をする・呪(まじな)いを受けたように」(「ト」のO音と「オリ」の語頭のO音が連結して「トリ」となった)

  「ナツ・タヒ」、NATU-TAHI(natu=scratch,stir up,tear out,show ill-feeling;tahi=sweep,trim timber with an axe)、「引っ掻き・掃くように進む」

の転訛と解します。

 

ナ行

 

300 なくこなす(泣く子なす)

 「泣く子の行動の比喩」で(1)「慕ふ」(3-460。つれもなき佐保の山辺にー慕ひ来ましてしきたへの宅をも造り)にかかり、

 (2)「音(ね)に泣く」(15-3627。浜びより浦磯を見つつー音のみし泣かゆ)にかかり、

 (3)「探る」(13-3302。里人の行きの集にー靫取り探り梓弓・・・離ちけむ)にかかる枕詞とされます。

 この「なくこなす」は、

  (1)「ナク・コナツ」、NAKU-KONATU(naku=dig,scratch,bewirch;konatu=stir,mix,twinge,yearning,affection)、「呪(まじな)いを受けたように・ひたすら(佐保の地を)求めて」

  (2)(3)「ナ・クカウ・ナツ」、NA-KUKAU-NATU(na=belonging to,satisfied;kukau=said to have been a one-string instrument played by tapping with a stick;natu=scratch,stir up,tear out,show ill feeling)、「一弦琴の・(もの悲しい)音を立てる・ように」(「クカウ」のAU音がO音に変化して「クコ」となった)

の転訛と解します。

 

301 なぐるさの(投ぐる矢の)

 「投げ矢の比喩」で「遠ざかる」(13-3330。くはし妹にあゆを惜しみー遠ざかりゐて思ふそら安からなくに)にかかる枕詞とされます。

 この「なぐるさの」は、

  「ナ・(ン)グル・タ(ン)ゴ」、NA-NGURU-TANGO(na=belonging to,satisfied;nguru=utter a suppressed groan or sigh,murmur,rumble;tango=take up,take hold of,acquire,attempt,remove)、「むせび泣きを・押し殺した・ような(悲しい気持ちで)」(「(ン)グル」のNG音がG音に変化して「グル」と、「タ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「タノ」から「サノ」となった)

の転訛と解します。

 

302 なごのうみの(那呉の海の)

 「那呉の海の沖は深い」ので「奥(おき)を深む」(18-4106。にほ鳥の二人雙びゐー奥を深めて惑はせる君が心の術もすべなさ)にかかる枕詞とされます。

 この「なごのうみの」、「おきをふかめて」は、

  「ナ・ア(ン)ガオ・(ン)ガウ・フミ・ノ」、NA-ANGAO-NGAU-HUMI-NO(na=by,belonging to,satisfied;angao=dress timber with an adze,alternate ridge and depression,trough of the sea,palate;ngau=bite,hurt,attack;humi=abundant,abundance;no=of)、「(海の波の)山と谷が・ひどく・打ち付ける・ような・(激しい感情の起伏に悩まされる状況)の」(「ナ」のA音と「ア(ン)ガオ」の語頭のA音が連結し、NG音がG音に、AO音がO音に変化して「ナゴ」と、「(ン)ガウ」のNG音がN音に、AU音がO音に変化して「ノ」と、「フミ」のH音が脱落して「ウミ」となった)

  「オキ・ワオ・フカ・マイタイ」、OKI-WHAO-HUKA-MAITAI((Hawaii)oki=divide,separate;whao=take greedy,devour,put into a bag or other receptacle,fill,go into;huka=form,frost,trouble,agitation,long in time,wanting;maitai=good,beautiful,agreeable)、「(私と)離れた・(心を)胸に納めて・長い時間・良い状態に置いて(私を受け入れるかのように振る舞って)」(「ワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」と、「マイタイ」のAI音がE音に変化して「メテ」となった)

の転訛と解します。

 なお、地名の那呉の海の「なご」は、

  「ナ・ア(ン)ゴ」、NA-ANGO(na=by,belonging to,satisfied;ango=gape,be open)、「(大きく)口を開けた・ような(海)」(「ナ」のA音と「ア(ン)ゴ」の語頭のA音が連結し、NG音がG音に変化して「ナゴ」となった)

の転訛と解します。

 

303 なつそびく(夏麻引く)

 (1)「夏麻を引き抜く畝(うね)」の類音かとされて「うなひ」・地名の「うなかみ」(14-3381。ーうなひを指して飛ぶ鳥の到らむとぞよ吾が下延へし。7-1176。ー海上潟の沖つ洲に鳥はすだけど君は音もせず)にかかり、

 (2)語義未詳で「命(いのち)」(13-3255。をとめらが心を知らにそを知らむよしのなければー命かたまけ)にかかる枕詞とされます。

 この「なつそびく」、「うなひ」は、

  「ナツ・ト・ヒク」、NATU-TO-HIKU(natu=scratch,stir up,tear out,show ill feeling;to=drag;hiku=tail of fish or reptile,point,eaves of a house)、(1)「(先がY字形に)分かれた・(尾を)引いている・尾のある(魚の)」、(2)「(先が)分かれた・(洲を)引いている・魚の尾のような形の(洲)」または(3)「(千々に)乱れた・(思いを)長く引いている・魚の尾のような(思いの。命)」

  「ウナヒ」、UNAHI(scale of fish etc.(unga=send,expel,seek;hi=raise,rise,catch with hook and line))、「(釣り上げた鱗のある・尾が分かれている)魚」

の転訛と解します。(「うなかみ(海上)」については、地名篇(その十)の千葉県の(8)海上(うなかみ)郡の項を参照してください。)

 

304 なはのりの(縄海苔の)

 「縄海苔は細長く切れやすい」ことから「引けば絶ゆ」(13-3302。深海松の深めし子らをー引けば絶ゆとや)にかかる枕詞とされます。

 この「なはのりの」は、

  「ナハ・ノ・リノ」、NAHA-NO-RINO(naha=noose for snaring ducks;no=of;rino=twisted cord of two or more strands,twist,circle)、「(丸い輪縄の中に鳥獣が首を突っこむと抜こうとしても締まるばかりで窒息死するという)先を輪に・した・仕掛け縄」

の転訛と解します。

 

305 なまよみの

 語義未詳で地名の「甲斐」(3-319。ー甲斐の国うち寄する駿河の国とこちごちの国のみ中ゆ出で立てる不尽の高嶺は)にかかる枕詞とされます。

 この「なまよみの」は、

  「ナ・マイオ・ミ(ン)ゴ」、NA-MAIO-MINGO(na=by,belonging to,satisfied;maio=calm;mingo=curled,wrinkled)、「あの・静かで・皺の寄った(国。甲斐国)」(「マイオ」が「マヨ」と、「ミ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「ミノ」となった)

の転訛と解します。

 

306 なみくもの(波雲の)

 「波雲のように美しい」意からか「愛(うつく)し妻」(13-3276。百足らず山田の道をー愛し妻と語らはず別れし来れば)にかかる枕詞とされます。

 この「なみくもの」は、

  「ナ・ミイ・クモウ・ノ」、NA-MII-KUMOU-NO(na=by,belonging to,satisfied;(Hawaii)mii=attractive,fine-appearing,good-looking;kumou=keep fire alight by covering it with ashes;no=of)、「あの・美しい・(燃える火のような)感情を内に秘めた・(女性)の」(「ミイ」が「ミ」と、「クモウ」が「クモ」となった)

の転訛と解します。

 

307 なみのほの(波の穂の)

 「波頭が激しく揺れる」ので「いたぶらし」(14-3550。おして否と稲は舂かねどーいたぶらしもよ昨夜ひとり寝て)にかかる枕詞とされます。

 この「なみのほの」、「いたぶらし」は、

  「ナ・ミイ・ノホ・ノ」、NA-MII-NOHO-NO(na=by,belonging to,satisfied;(Hawaii)mii=attractive,fine-appearing,good-looking;noho=sit,stay,settle;no=of)、「たいへん・きれいな(場所に)・泊まった・(状況)の」(「ミイ」が「ミ」となった)

  「イ・タプラ(ン)ギ・チ」、I-TAPURANGI-TI(i=past tense,beside;tapurangi=a raised platform in the front end of a house used as a reclining place of a chief;ti=throw,cast,overcome)、「(首長が休息する部屋と定められている)家の中の最高の部屋に・放り込まれ・た(ように落ち着くことができなかった)」(「タプラ(ン)ギ」の語尾のNGI音が脱落して「タプラ」から「タブラ」となった)

の転訛と解します。

 

308 なゆたけの(なゆ竹の)

 「竹はたわむ」ので「たわ」の母音交替形の「とを」の同音の「とをよる」(3-420。ーとをよる皇子)にかかる枕詞とされます。(なお、「なよたけの」については、国語篇(その四)の092なよたけの(弱竹の)の項を参照してください。)

 この「なよたけの」、「とをよる」は、

  「ナイ・ウ・タ・アケ・ノ」、NAI-U-TA-AKE-NO(nai=nei,neinei=stretched forward,reaching out,wagging,vacillating,bobbing up and down;u=be firm,be fixed,reach its limit;ta=dash,beat,lay;ake=indication immediate continuation in time,intensifying the force of some words;no=of)、「思いっきり・飛び跳ねたり・突進したり・していた・(状態)の(皇子)」(「イオ」が「ヨ」と、「タ」のA音と「アケ」の語頭のA音が連結して「タケ」となった)

  「ト・オイ・オル」、TO-OI-ORU(to=the...of,be pregnant,dive,drag;oi=shout,shudder,move continuously,agitate;oru=boggy,rough of the sea)、「あの・元気に・動き回っていた・(状態)の(皇子)」(「オイ」の語尾のI音と「オル」の語頭のO音が連結して「オヨル」となった)

の転訛と解します。

 

309 なるかみの(鳴る神の)

 「雷鳴」の意で「音」(6-913。うまこりあやに羨(とも)しくー音のみ聞きしみ芳野の真木立つ山ゆ)にかかる枕詞とされます。

 この「なるかみの」、「あやにともし」は、

  「(ン)ガル・カミ・ノ」、NGARU-KAMI-NO(ngaru=wave of the sea,corrugation;kami=eat;no=of)、「(聞く人を)圧倒する・(音を立てる)波(川の瀬や滝)の・(音)の」(「(ン)ガル」のNG音がN音に変化して「ナル」となった)

  「アイア・ヌイ・トモ・チ」、AIA-NUI-TOMO-TI(aia=kaitoa=expressing satisfaction or complacency at any event,it is good,it serves one right etc.;nui=large,many;tomo=be filled,pass in,enter,assault;ti=throw,cast,overcome)、「たいへん・すばらしい・(川の瀬や滝の音があたりに)満ち・溢れている」(「アイア」が「アヤ」と、「ヌイ」のUI音がI音に変化して「ニ」となった)

の転訛と解します。(「うまこり」については、国語篇(その四)の025うまこりの項を参照してください。)

 

310 にはにたつ(庭に立つ)

 「住居周辺の畑で育つ麻」の意で「麻手」(14-3454。ー麻手小ぶすま今夜だに夫よし来せね麻手小ぶすま)にかかる枕詞とされます。

 この「にはにたつ」、「てこ(手小)」は、

  「ニワ・ヌイ・タツ」、NIWHA-NUI-TATU(niwha=resolute,fierce,bravery,rage;nui=large,many;tatu=reach the bottom,be content,agree)、「決心が・堅く・定まった」(「ニワ」のWH音がH音に変化して「ニハ」と、「ヌイ」のUI音がI音に変化して「ニ」となった)

  「テコ」、TEKO(isolated,standing out)、「(麻の)目立つ(立派な。夜具)」

の転訛と解します。

 

311 のちせやま(後瀬山)

 同音の「後」(4-739。ー後もあはむと思へこそ死ぬべきものを今日まで生けれ)にかかる枕詞とされます。

 この「のちせやま」は、

  「ノチ・タイア・マハ」、NOTI-TAIA-MAHA(noti=pinch or contract as with band or ligature;taia=by and by;maha=satisfied,contented by the attainment of a desired object,many,abundance)、「(二人の)結びつきが・だんだん(ますます)・堅くなって」(「タイア」のAI音がE音に変化して「テア」から「セヤ」と、「マハ」のH音が脱落して「マ」となった)

の転訛と解します。

 

312 のつとり(野つ鳥)

 庭つ鳥「かけ(鶏)」に対する「野の鳥」の意で「きぎし(雉)」(13-3310。ー雉はとよみ家つ鳥鶏も鳴く)にかかる枕詞とされます。

 この「のつとり」は、

  「(ン)ガウ・ツ・ト・オリ」、NGAU-TU-TO-ORI(nau=raise a cry;tu=fight with,energetic;to=drag,open or shut a door or a window;ori=cause to wave to and fro,sway,move about)、「(縄張りを主張して挑戦的な)けたたましい・叫び声を上げる・あちこちと・行き来する(鳥。雉)」(「(ン)ガウ」のNGがN音に、AU音がO音に変化して「ノ」と、「ト」のO音と「オリ」の語頭のO音が連結して「トリ」となった)

の転訛と解します。(「にはつとり」については、国語篇(その四)の094にはつとり(庭つ鳥)の項および国語篇(その五)の165いへつとり(家つ鳥)の項を参照してください。)

 

313 のとがはの(能登川の)

 類音で「能登川」(19-4279。ー後にはあはむしましくも別るといへば悲しくもあるか)にかかる枕詞とされます。

 この「のとがはの」は、

  「(ン)ゴト・(ン)ガワ・ノ」、NGOTO-NGAWHA-NO(ngoto=head,be deep,be intense of emotions,penetrate,firmly;ngawha=burst open,bloom as a flower,overflow banks of river,split of timber;no=of)、「情熱が激して・溢れる・(状態)の」(「(ン)ゴト」のNG音がN音に変化して「ノト」と、「(ン)ガワ」のNG音がG音に変化して「ガワ」となった)

の転訛と解します。

 

ハ行

 

314 はしたての(梯立の)

 (1)高床式の倉に「梯子をかけて上る」ことから地名の「倉橋」(7-1282。ー倉橋山に立てる白雲見まく欲りわがするなへに立てる白雲)(7-1283。ー倉橋川の石の橋はも男盛りに我が渡してし石の橋はも)にかかり、

 (2)係り方未詳で地名の「熊来(くまき)」(16-3878。ー熊来のやらに新羅斧堕し入れ)にかかる枕詞とされます。

 この「はしたての」、「くらはし(山。川)」、「くまき(熊来)のやら」は、

  「パチ・タタイ・ノ」、PATI-TATAI-NO(pati=shallow,ooze,spurt,splash,break wind;tatai=arrange,set in order,adorn;no=of)、「きれいなたたずまいの・風を防いでいる(山)・の」または「きれいなたたずまいの・浅瀬がある(川)・の」(「パチ」のP音がF音を経てH音に変化して「ハチ」から「ハシ」と、「タタイ」のAI音がE音に変化して「タテ」となった)

  「クラ・パチ」、KURA-PATI(kura=red,ornamented with feathers,precious,treasure;pati=shallow,ooze,spurt,splash,break wind)、「(鳥の羽根で飾ったような)美しい・風を防いでいる(山)」または「(鳥の羽根で飾ったような)美しい・浅瀬のある(川)」(「パチ」のP音がF音を経てH音に変化して「ハチ」から「ハシ」となった)

  「クマ・キ・ノ・イア・アラ」、KUMA-KI-NO-IA-ARA((Hawaii)kuma=cracking of the skin between fingers and toes;ki=full,very;no=of;ia=current,indeed;ara=way,path)、「山の尾根に挟まれた狭い谷が・多い(場所)・の・川の・通路(水路)」(「イア」のA音と「アラ」の語頭のA音が連結して「ヤラ」となった)

の転訛と解します。

 

315 はしむかふ(箸向かふ)

 二本一対の箸が「兄弟の関係に似ている」ので「弟」(9-1804。父母が成しのまにまにー弟の命は朝露の消易き命)にかかる枕詞とされます。

 この「はしむかふ」は、

  「ハ・チム・カフ」、HA-TIMU-KAHU(ha=what!;timu=ebb,ebbing,end,tail;kahu=hawk,harrier,stillborn infant)、「何と・(速く)消え去ってゆく・隼(のような。若くて死んだ弟)」または「何と・(速く)消え去ってゆく・死産した(弟)」

の転訛と解します。

 

316 はつをばな(初尾花)

 「穂の出始めた薄(初尾花)のように新鮮」の意かとされて「花」(20-4308。ー花に見むとし天の川隔りにけらし年の緒長く)にかかる枕詞とされます。

 この「はつをばな」は、

  「パツ・ワオ・パナ」、PATU-WHAO-PANA(patu=screen,wall,edge,boundary;whao=take greedy,devour,put into a bag or other receptacle,fill;pana=thrust or drive away,cause to come or go forth in any way,throb)、「容赦なく・遠ざけられた・境界(天の川)」(「ワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」となった)

  または「ハ・ツワ(ン)ガワ(ン)ガ」、HA-TUWHANGAWHANGA(ha=what!;tuwhangawhanga=diverging,wide apart)、「何と・遠く隔たっている(天の川)」(「ツワ(ン)ガワ(ン)ガ」の最初のWH音がW音に、次のWH音がH音に、NG音がN音にいずれも変化して「ツワナハナ」から「ツワハナ」、さらに「ツヲハナ」となった)

の転訛と解します。

 

317 はなぢらふ(花散らふ)

 語義未詳で地名の「秋津の野」(1-36。吉野の国のー秋津の野辺に宮柱太しきませば)にかかる枕詞とされます。

 この「はなぢらふ」、「あきつ(秋津)」は、

  「ハナ・チ・ラフ」、HANA-TI-RAHU(hana=shine,grow,flame;ti=throw,cast,overcome;rahu=basket made of strips of undressed flax)、「光を・放っている・粗い麻の繊維でつくった籠(のような。岡)」

  「アキツ」、AKITU(close in on,fight,point,end,summit)、「一番高い(場所の)」

の転訛と解します。

 

318 はねずいろの(朱華色の)

 「はねず」は初夏に赤い花が咲く植物とされ、「色が褪せやすい」ことから「うつろふ」(4-657。思はじと言ひてしものをーうつろひやすきわが心かも)にかかる枕詞とされます。唯一の六音節の枕詞です。

 この「はねずいろの」は、

  「ハネ・ツイ・ロ・ノ」、HANE-TUI-RO-NO(hane=be confounded,be silenced,be put to shame,rotten;tui=pierce,thread on a string,lace,sew,hurt;ro=roto=the inside;no=of)、「内心(の感情)を・しっかりと固定する糸が・腐ったような・(状況)の」

の転訛と解します。

 

319 ははそばの(ははそ葉の)

 クヌギ類の樹木「ハハソ」と同音で「母」(19-4164。ちちの実の父の命ー母の命おほろかに情尽して思ふらむ)にかかる枕詞とされます。

 この「ははそばの」は、

  「ハハ・トパ・ノ」、HAHA-TOPA-NO(haha=savoury,lucious;topa=cook in an earth oven;no=of)、「美味しい・食事をつくる・(役割)の(母)」

の転訛と解します。(「ちちのみの」については、280 ちちのみの(ちちの実の)の項を参照してください。)

 

320 はふくずの(延ふ葛の)

 (1)「蔦は長く延びる」ので「遠長に・絶えず」(3-423。ーいや遠長に萬世に絶えじと思ひて。20-4509。ー絶えず偲はむ大君の見しし野べには標結ふべしも)にかかり、

 (2)「延びて分かれた蔓がまた会うことがある」ことから「後に逢ふ」(16-3834。梨棗黍に粟つぎー後も逢はむと葵花さく)にかかる枕詞とされます。

 この「はふくずの」は、

  「ハフ・クツ・ノ」、HAHU-KUTU-NO(hahu=search for,scatter;kutu=louse,vermin of any kind;no=of)、「(繁殖力が旺盛で他の植物の生育を阻害するため害虫のように嫌われる植物の)葛が・(力強く)蔓を延ばす(はびこる)・(状況)の(ような)」

の転訛と解します。

 

321 はふつたの(這う蔦の)

 「蔦がてんでに伸びていくさま」から「別る・己が向き向き」(2-135。ー別れし来れば肝向ふ心を痛み。9-1804。遠つ国黄泉の界にー己が向き向き天雲の別れし行けば)にかかる枕詞とされます。

 この「はふつたの」は、

  「ハフ・ツタ(ン)ガ・ノ」、HAHU-TUTANGA-NO(hahu=search for,scatter;tutanga=a variety of sweet potato;no=of)、「(甘藷の一種の)蔦が・蔓をを延ばす(はびこる)・(状況)の(ような)」(「ツタ(ン)ガ」の語尾のNGA音が脱落して「ツタ」となった)

の転訛と解します。

 

322 はますどり(浜渚鳥)

 「浜辺の砂や波で思い通りに進めない」ことから「足悩(あなゆ)む」(14-3533。人の児の愛しけ時はー足悩む駒の愛しけくもなし)にかかる枕詞とされます。

 この「はますどり」は、

  「ハ・マツ・ト・オリ」、HA-MATU-TO-ORI(ha=what!,breathe;matu=ma atu=go,come;to=drag,open or shut a door or a window;ori=cause to wave to and fro,sway,move about)、「何と(あえぎながら)・あちこちと・よろめきながら・歩く(駒)」(「ト」のO音と「オリ」の語頭のO音が連結して「トリ」となった)

の転訛と解します。

 

323 はるかすみ(春霞)

 (1)春霞の情景と「かすみ」の同音から地名の「春日(かすが)」(3-407。ー春日の里の植子水葱苗なりといひし枝はさしにけむ)にかかり、

 (2)春霞が「滞って居る」の同音で「井(ゐ)」(7-1256。ー井の上ゆ直に道はあれど君にあはむとたもとほり来も)にかかる枕詞とされます。

 この「はるかすみ」は、

  「ハ・ルカ・ツ・ミ」、HA-RUKA-TU-MI(ha=what!,breathe;ruka,rukaruka=utter,utterly;tu=stand,settle,fight with,energetic;mi=stream,river)、(1)「何と(あえぐように)・低い音を・立て続ける・川(がある場所の)」または(2)「何と(あえぐように)・低い音を・立て続ける・(水が流れ出す)井(戸がある場所の)」

の転訛と解します。

 

324 はるかぜの(春風の)

 比喩かとされますが未詳で「音(おと)」(4-790。ー音にし出なばありさりて今ならずとも君がまにまに)にかかる枕詞とされます。

 この「はるかぜの」は、

  「ハ・ルカ・タイ・ノ」、HA-RUKA-TAI-NO(ha=what!,breathe;ruka,rukaruka=utter,utterly;tai=the sea,tide,anger,violence;no=of)、「何と(あえぐように)・(押さえきれない)激情を・噴出する・(状況の)ような」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」から「ゼ」となった)

の転訛と解します。

 

325 はるくさの(春草の)

 「春先に萌え出る草は心を惹かれる」ので「めづらし」(3-239。ひさかたの天見るごとくまそ鏡仰ぎて見れどーいやめづらしきわが大王かも)にかかる枕詞とされます。

 この「はるくさの」は、

  「ハ・ルク・タ(ン)ゴ」、HA-RUKU-TANGO(ha=what!;ruku=gather together;tango=take up,take hold of,take possession of)、「何と・(あらゆる美質を)集めて・(一身に)具備している(大王)」(「タ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「タノ」から「サノ」となった)

の転訛と解します。

 

326 はるとりの(春鳥の)

 「春の鳥が細い声で鳴く」の意で「音(ね)鳴く・さまよふ(呻・吟)」(9-1804。葦垣の思ひ乱れてー音のみ鳴きつつ味さはふ夜昼知らず。20-4408。若草の妻も子どももをちこちに多に囲みゐー声の吟ひ白たへの袖泣きぬらし)にかかる枕詞とされます。

 この「はるとりの」は、

  「ハル・トリ・ノ」、HARU-TORI-NO(haru=bark(haruru=any dull heavy sound,roar);tori=cut;no=of)、「悲嘆の叫びが・途切れ途切れになった・(状況)の」

の転訛と解します。

 

327 はるはなの(春花の)

 「散る」の詩的表現で「うつろふ」(6-1047。大君の引きのまにまにーうつろひかはり群鳥の朝立ちゆけば)にかかる枕詞とされます。

 この「はるはなの」は、

  「ハ・ルハ・ナノ」、HA-RUHA-NANO(ha=what!;ruha=ragged,worn out,weary;nano,whakanano=discredit,disparage,disbelieve)、「(奈良の都は)何と・信じられないほど・荒れ果てた(状況で)」

の転訛と解します。

 

328 はるやなぎ(春柳)

 (1)「春の柳の細い枝をかづらにする」ので「鬘(かづら)」(5-840。ーかづらに折りし梅の花誰か浮かべし酒盃の上に)にかかり、

 (2)春の柳の「葛(かづら)」と同音の地名の「葛城(かつらぎ)」(11-2453。ー葛城山にたつ雲の立ちてもゐても妹をしぞ思ふ)にかかる枕詞とされます。

 この「はるやなぎ」は、

  (1)「ハ・ルイ・アナ・ア(ン)ギ」、HA-RUI-ANA-ANGI(ha=what!;rui=shake,shake down,scatter;ana=denotes a temporary condition or a continuing action;angi=light air,fragrant smell,without hindrance,move freely)、「何と・薫る小片(梅の花びら)が・ふと(いつの間にか)・(酒盃の上に)散らばった」(「ルイ」の語尾のI音と「アナ」の語頭のA音が連結して「ルヤナ」となり、その語尾のA音と「ア(ン)ギ}の語頭のA音が連結し、NG音がG音に変化して「ルヤナギ」となった)

  (2)「ハルア・イア・ナキ」、HARUA-IA-NAKI(harua=depression,valley;ia=indeed,current;naki=glide,move with an even motion)、「谷が・実に・(山頂近くから麓まで)なだらかに続いている(山。葛城山)」(「ハルア」の語尾のA音が脱落して「ハル」となった)

の転訛と解します。

 

329 ひのぐれに(日の暮れに)

 「日暮れの陽光、薄日」によるかとされて同音の地名の「碓氷(うすひ)」(14-3402。ー碓氷の山を越ゆる日は夫のが袖もさやに振らしつ)にかかる枕詞とされます。

 この「ひのぐれに」、「うすひ(碓氷)」は、

  「ヒノ(ン)ガ・(ン)グ・レイ・ヌイ」、HINONGA-NGU-REI-NUI(hinonga=doing,undertaking;ngu=silent,greedy,moan;rei=leap,rush,run;nui=large,many)、「(山を越えるためには)黙って・一目散に・走り抜ける・苦行(を必要とする山の)」(「ヒノ(ン)ガ」の語尾のNGA音が脱落して「ヒノ」と、「(ン)グ」のNG音がG音に変化して「グ」と、「レイ」のEI音がE音に変化して「レ」と、「ヌイ」のUI音がI音に変化して「ニ」となった)

  または「ヒナウ・(ン)グレ・ヌイ」、HINAU-NGURE-NUI(hinau=Elaeocarpus dentatus,a tree;ngure,ngurengure=an insect pest that attacks sweet potato;nui=large,many)、「(ホルトの木の類の)大木が(密生した山が)・いたるところを・(甘藷を食害する害虫に)浸食されている(ように崩れている山の)」(「ヒナウ」のAU音がO音に変化して「ヒノ」と、「ヌイ」のUI音がI音に変化して「ニ」となった)

  「ウ・ツヒ」、U-TUHI(u=breast of a female,be fixed,reach the land,reach its limit;tuhi=conjure)、「最大の(できる限りの)・(旅の安全)祈願(をする。山)」

の転訛と解します。

 

330 ひのもとの(日の本の)

 「大和の美称」で「大和の国」(3-319。(不尽の高嶺は)ーやまとの国の鎮ともいます神かも)にかかる枕詞とされます。

 この「ひのもとの」は、

  「ヒノ(ン)ガ・マウ・トノ」、HINONGA-MAU-TONO(hinonga=doing,undertaking;mau=fixed,continuing,established,caught,retained;tono=bid,command,go,demand)、「(国の存続)繁栄が・必ず・永続する(国)」(「ヒノ(ン)ガ」の語尾のNGA音が脱落して「ヒノ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

の転訛と解します。

 

331 ひもかがみ(紐鏡)

 鏡の裏面のつまみに付けた紐を「解いてはならない、な解き」の類音によるかとされて地名の「能登香(のとか)」(11-2424。ー能登香の山はたれゆゑか君来ませるに紐あけず寝む)にかかる枕詞とされます。

 この「ひもかがみ」、「のとかのやま(能登香の山)」は、

  「ヒ・モカ・(ン)ガミ」、HI-MOKA-NGAMI(hi=rise,raise;moka=end,extremity,little bits;ngami,whakangami=swallow up)、「(衣服の紐の結び目が)高く・こんもりと・膨れたように(なっている)」(「(ン)ガミ」のNG音がG音に変化して「ガミ」となった)

  「(ン)ゴト・カノイ・イア・マハ」、NGOTO-KANOI-IA-MAHA(ngoto=be deep,be intense of emotions,firmly;kanoi=strand of a a cord or rope,position,twist;ia=indeed,current;maha=many,abundant)、「(衣服の紐の結び目が)堅く・実に・何回も・捻れて(しまっているために、解こうとしても解けない状況にある)」(「(ン)ゴト」のNG音がN音に変化して「ノト」と、「カノイ」の語尾のI音と「イア」の語頭のI音が連結して「カノヤ」と、「マハ」のH音が脱落して「マ」となった)

の転訛と解します。

 

332 ふかみるの(深海松の)

 同音で「深む・深し」(2-135。なびき寝し児をー深めて思へどさ宿し夜はしくだもあらず。13-3301。ー深めし吾をまた海松の復往き反り)にかかる枕詞とされます。

 この「ふかみるの」は、

  「フカ・ミル・ノ」、HUKA-MIRU-NO(huka=foam,frost,trouble,agitation;miru=miro=spin,twist,twirl,moving in spiral;no=of)、「絡み合った・(心の)悩み・の」

の転訛と解します。(350またみるの(俣海松の)の項を参照してください。)

 

333 ふさたをり(ふさ手折り)

 草や木の枝などを「房のように大量に折って手向ける」ことによるかとされて地名の「多武(たむ)」(9-1704。ー多武の山霧しげみかも細川の瀬に波の騒げる)にかかる枕詞とされます。

 この「ふさたをり」、「たむ(多武)」は、

  「フ・タ・タワウリ」、HU-TA-TAWAURI(hu=hill,promontory,silent,quiet;ta=dash,beat,lay;tawauri=dark,black)、「暗闇に・閉ざされている・山(の)」(「タワウリ」のAU音がO音に変化して「タヲリ」となった)

  「タムイ」、TAMUI(throng,crowd round)、「(山の)あたりに充満する(霧)」(語尾のI音が脱落して「タム」となった)

の転訛と解します。

 

334 ふすまぢを(衾道を)

 衾は地名かとされますが未詳で「引手・引出」(2-212。ー引手の山に妹を置きて山路を行けば生けりともなし)にかかる枕詞とされます。

 この「ふすまぢを」、「ひきて(引手)」は、

  「フ・ツマ・チワオ」、HU-TUMA-TIWAO(hu=hill,promontory,silent,quiet,secretly;tuma=challenge,abscess;tiwhao=wander)、「(死者がそこで)さすらいに・挑戦する・山(の)」(「チワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「チヲ」から「ヂヲ」となった)

  「ヒキ・タイ」、HIKI-TAI(hiki=lift up,raise,remove,convey;tai=the sea,tide,wave,anger,violence)、「高くて・荒々しい(嶮しい。山)」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」となった)

の転訛と解します。

 

335 ふせやたき(伏せ屋焚き)

 伏せ屋の中で火を焚くと「すすける」ことからか「すすし」(9-1809。血沼壮士菟原壮士のーすすし競ひ相よばいしける時は)にかかる枕詞とされます。

 この「ふせやたき」、「すすし」は、

  「フ・タイア・タキ」、HU-TAIA-TAKI(hu=desire,silent,quiet,secretly;taia=by and by;taki=stick in,track,lead,begin or continue a speech)、「やがて・(菟原処女を)訪れることを・望んで」(「タイア」のAI音がE音に変化して「テア」から「テヤ」、「セヤ」となった)

  「ツツ・チ」、TUTU-TI(tutu=stand erect,be prominent,move with vigour,vigorous;ti=throw,casy,overcome)、「(男性として)卓越していることを・顕示する」

の転訛と解します。

 

336 ふたさやの(二鞘の)

 中に隔てのある「二本差しの小刀入れ」の比喩で「へだつ」(4-685。人言を繁みや君がー家を隔てて恋つつをらむ)にかかる枕詞とされます。

 この「ふたさやの」は、

  「フ・タタ・イア・ノ」、HU-TATA-IA-NO(hu=desire,silent,quiet,secretly;tata=near of place,suddenly;ia=indeed,current;no=of)、「ひそかに・極めて・近い(場所)・の」

の転訛と解します。

 

337 ふぢなみの(藤波の)

 「藤の蔓が物に絡んで伸びるさま」を人間の動作に擬して「もとほる」(13-3248。ー思ひもとほり若草の思ひつきにし君が目に恋ひや明かさむ)にかかる枕詞とされます。(「もとほる」は「まつはる」と訓む説もあります。)

 この「ふぢなみの」、「もとほり」は、

  「フ・チナ・ミ(ン)ゴ」、HU-TINA-MINGO(hu=desire,silent,quiet,secretly;tina=fixed,hard,firm,satisfied;mingo=curled,wrinkled)、「(心が)いつの間にか・皺が寄って(いろいろ思い悩んで)・しまった(ような)」(「ミ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「ミノ」となった)

  「モト・ホリ」、MOTO-HORI(moto=strike with a fist;hori=cut,slit,be gone by,stand aside,false,mistake)、「(雑念を)脇に・(拳骨で殴るように)思い切って振り払う」

の転訛と解します。

 

338 ほたるなす(蛍なす)

 その光の比喩で「ほのか」(13-3344。もみぢ葉の過ぎて行きぬと玉づさの使のいへばーほのかに聞きて)にかかる枕詞とされます。

 この「ほたるなす」、「ほのかに」は、

  「ホ・タル・ナツ」、HO-TARU-NATU(ho=pout,shout;taru=thing,sometimes with an idea of disparagement or unpleasantness involved;natu=scratch,stir up,tear out,show ill feelings)、「(悲嘆のあまり)叫び・失望に・打ちひしがれた(状況の)」

  「ホノ・カニ」、HONO-KANI(hono=splice,join,add;kani=rub backwards and forwards,saw)、「(詳細を)行ったりきたり(根掘り葉掘り)・繰り返して(聞いて)」(「」の音が音に変化して「」となった)

の転訛と解します。

 

マ行

 

339 まかなもち(真鉋持ち)

 「鉋で弓の材料を削る」ので地名の「弓削(ゆげ)」(7-1385。ー弓削の河原の埋木の顕るましじき事にあらなくに)にかかる枕詞とされます。

 この「まかなもち」は、

  「マカ(ン)ガ・モチ」、MAKANGA-MOTI(maka,makanga=throw,place,stroke,outward twitch of a limb,an omen;moti=consumed,scarce,surfeited)、「(事件の)予兆(虫の知らせ)が・見られない(という、占いを得意とする弓削氏の本拠地にそぐわない状況の)」(「マカ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「マカナ」となった)

の転訛と解します。(「弓削(ゆげ)」については、地名篇(その四)の大阪府の(12)のb弓削(ゆげ)の項を参照してください。)

 

340 まかねふく(真金吹く)

 「砂鉄を含む赤土から朱の顔料を採つた」ことから地名の「丹生(にふ)」(14-3560。ー丹生の真朱(まそほ)の色に出ていはなくのみぞ吾が恋ふらくは)にかかる枕詞とされます。

 この「まかねふく」は、

  「マカ・ネフ・ウク」、MAKA-NEHU-UKU(maka=throw,place,stroke,blow;nehu=fine powder,dust,spray;uku=white clay,wash)、「(土壌を)選別し・微粉を・洗う(精選して製品(真朱)を造る場所の。丹生)」(「ネフ」の語尾のU音と「ウク」の語頭のU音が連結して「ネフク」となった)

の転訛と解します。

 

341 まきさく(真木さく)

 真木(檜などの有用な木)を「くさびで割く」ことから「檜(ひ)」(1-50。淡海の国の田上山のー檜のつまでをもののふの八十氏川に玉藻なす浮かべ流せれ)にかかる枕詞とされます。

 この「まきさく」は、

  「マハ・アキ・タク」、MAHA-AKI-TAKU(maha=many,abundant;aki=dash,beat;taku=slow,edge,hollow,threatenbehind one's back)、「多数の(木材が)・(後ろから脅かすように)引きも切らず・送られて来る(状況の)」(「マハ」のH音が脱落したその語尾のA音と「アキ」の語頭のAが連結して「マキ」となった)

の転訛と解します。

 

342 まきばしら(真木柱)

 比喩で「太し」(2-190。ー太き心はありしかどこのわが心しづめかねつも)にかかる枕詞とされます。

 この「まきばしら」は、

  「マキハ・チラ」、MAKIHA-TIRA(makiha=insipid;tira=mast of a canoe)、「何の変哲もない(ただ真っ直ぐで太いだけの)・船の帆柱(のような。心)」(「」の音が音に変化して「」となった)

の転訛と解します。

 

343 まくさかる(真草刈る)

 「菅・茅などを刈る」意で「荒野」(1-47。ー荒野にはあれどもみち葉の過ぎにし君が形見とぞ来し)にかかる枕詞とされます。

 この「まくさかる」は、

  「マク・タカル」、MAKU-TAKARU(maku=wet,moist;takaru=splash about,flounder)、「湿潤で・泥濘の中をあえぎながら進む(場所の。荒野)」

の転訛と解します。

 

344 まくずはふ(真葛延ふ)

 「ま」は美称、「真葛が蔓延する」のは夏であるのに地名の「春日(かすが)」(6-948。ー春日の山はうちなびく春さりゆくと山峡にかすみたなびき)にかかる枕詞とされます。

 この「まくずはふ」は、

  「マク・ツ・ハフ」、MAKU-TU-HAHU(maku=wet,moist;tu=stand,settle,fight with;hahu=search for,scatter)、「湿気が・しつこく・立ちこめている(山)」

の転訛と解します。

 

345 まくらづく(枕付く)

 語義未詳で「妻屋」(2-210。吾妹子と二人わが宿しー妻屋の内に昼はうらさび暮し)にかかる枕詞とされます。

 この「まくらづく」、「つまや(妻屋)」は、

  「マハ・クラ・ツク」、MAHA-KURA-TUKU(maha=many,abundant;kura=red,ornamented with feathers,precious,treasure;tuku=let go,leave,send,present)、「たくさんの・(妻との思い出が残る)貴重な物が・遺されている」(「マハ」のH音が脱落して「マ」となった)

  「ツム・アイア」、TUMU-AIA(tumu=stump,trunk,foundation,bed of mussels etc.;aia=kaitoa=expressing satisfaction or complacency at any event,it is good,it serves one right etc.)、「(満足していた)楽しい生活を送っていた・寝所」(「ツム」の語尾のU音と「アイア」の語頭のA音が連結して「ツマヤ」となった)

の転訛と解します。

 

346 ますげよし(真菅よし)

 「菅(すげ)の類音」で地名の「宗我(そが)」(12-3087。ー宗我の河原に鳴く千鳥間なし吾背子わが恋ふらくは)にかかる枕詞とされます。

 この「ますげよし」、「そが(宗我)」は、

  「マツ・(ン)ガイ・オチ」、MATU-NGAI-OTI(matu=ma atu=go,come;ngai=tribe or clan,pant,sob;oti=finished,gone or come for good)、「(行き来する)渡りをする・種類(の鳥)で・(無事に)渡りを終えた(そこに落ち着いた。千鳥)」(「(ン)ガイ」のNG音がG音に、AI音がEI音に変化して「ゲイ」となり、その語尾のI音と「オチ」の語頭のO音が連結して「ゲヨチ」から「ゲヨシ」となった)

  「タウ(ン)ガ」、TAUNGA(become familiarised,become intimate,be at home in place)、「(千鳥が)そこをねぐらとしている(河原)」(AU音がO音に、NG音がG音に変化して「トガ」から「ソガ」となった)

の転訛と解します。

 

347 ますらをの(丈夫の)

 「足結(あゆひ)」に対して「ますらをの衣の下の手結(たゆひ)」からか地名の「手結浦(たゆひがうら)」(3-366。わがこぎ行けばー手結が浦にあまをとめ塩焼くけぶり)にかかる枕詞とされます。

 この「ますらをの」、「たゆひがうら(手結が浦)」は、

  「マツ・ラワホ・ノ」、MATU-RAWAHO-NO(matu=ma atu=go,come;rawaho=wind from seaward,from outside,outlandish;no=of)、「海からの風が・吹いてくる・(場所)の」(「ラワホ」のH音が脱落し、AO音がO音に変化して「ラヲ」となった)

  「タウヰ(ン)ガ・ウラ(ン)ガ」、TAUWHINGA-URANGA(tauwhi,tauwhinga=cover,sprinkle;uranga=act or circumstance of becoming firm,place etc. of arrival)、「(波が)しぶきをあげている・(船付き場)浦」(「タウヰ(ン)ガ」のWH音がH音に、NG音がG音に変化して「タウヒガ」から「タユヒガ」と、「ウラ(ン)ガ」の語尾のNGA音が脱落して「ウラ」となった)

の転訛と解します。

 

348 まそかがみ(真十鏡)

 「まそ」は称辞で「良質の鏡」の意から(1)「鏡を見る」ことから「見る」(3-239。ひさかたの天見るごとくー仰ぎて見れど。9-1792。わが恋ふる児を玉釧手に取り持ちてー直目に見ねば)にかかり、

 (2)「鏡を見る」の同音で「み」(6-1066。ー敏馬(みねめ)の浦は百船の過ぎて往くべき浜ならなくに)にかかり、

 (3)「鏡は表面を研いで磨く」ので「研ぐ」(4-619。君が聞して年深く長くし言へばー研ぎし情を許してし)にかかり、

 (4)「磨いた鏡はよく照り輝く」ので「照る」(7-1079。ー照るべき月を白たへの雲か隠せる天つ霧かも)にかかり、

 (5)「月のように丸くて光る」ので「月・月夜」(11-2670。ー清き月夜の移りなば思ひは止まず恋こそ益さめ)にかかり、

 (6)「鏡に映る像は実物にそっくり」なので「面影」(11-2634。里遠み恋ひわびにけりー面影去らず夢に見えこそ)にかかり、

 (7)「じかに逢っているように見える」ので「直(ただ)目に遭ふ」(11-2810。音のみを聞きてや恋ひむー目に直にあひて恋まくも多く)にかかり、

 (8)「表面の清らかさ」から「清し」(8-1507。わが思う妹にー清き月夜にただ一目見せむまでには散りこすな)にかかり、

 (9)「女性が床のあたりに置く」ので「床のへ去らず」(11-2501。里遠みうらぶれにけりー床のへ去らず夢に見えこそ)にかかり、

 (10)「鏡台に架く」の同音で「懸く」(15-3765。ーかけてしぬへとまつり出す形見の物を人に示すな)にかかる枕詞とされます。

 この「まそかがみ」は、

  (1)-a「マ・トカ(ン)ガ・ミヒ」、MA-TOKANGA-MIHI(ma=white,clean;toka,tokanga=overflow;mihi=sigh for,greet,admire)、「清らかで・尊さが・溢れている(大王。3-239)」(「トカ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「トカガ」から「ソカガ」と、「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

  (1)-b,(3),(6),(7)「マ・トカ(ン)ガ・ミイ」、MA-TOKANGA-MIHI(ma=white,clean;toka,tokanga=overflow;(Hawaii)mii=clasp,attractive,fine-appearing,good-looking)、「清らかで・美しさが・溢れている(娘子。9-1792)(心。4-619)(面影。11-2634)(直目に遭ふ。11-2810)」(「トカ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「トカガ」から「ソカガ」と、「ミイ」の語尾のI音が脱落して「ミ」となった)

  (2)「マハ・タウカ・(ン)ガミ」、MAHA-TAUKA-NGAMI(maha=many,abundant;tauka=stay,wait a while;ngami=swallow up)、「多数の(船が)・停泊して・溢れかえる(敏馬の浦。6-1066)」(「マハ」のH音が脱落して「マ」と、「タウカ」のAU音がO音に変化して「トカ」から「ソカ」と、「(ン)ガミ」のNG音がG音に変化して「ガミ」となった)

  (4),(5),(8),(10)「マタウ・カ(ン)ガ・ミイ」、MATAU-KANGA-MII(matau=know,understand,feel certain of,make trial of;kanga=ka=take fire,be lighted,burn;(Hawaii)mii=clasp,attractive,fine-appearing,good-looking)、「しみじみと物を思わせる・美しく・照り輝く(月。7-1079)(月夜。11-2670)(清き月夜。8-1507)(鏡。15-3765)」(「マタウ」のAU音がO音に変化して「マト」から「マソ」と、「カ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「カガ」と、「ミイ」の語尾のI音が脱落して「ミ」となった)(なお、(10)の用例は枕詞ではないかも知れません。)

  (9)「マト・カ(ン)ガ・ミイ」、MATO-KANGA-MII(mato=deep swamp or valley,green,growing vigorously,of pleasing appearance;kanga=ka=take fire,be lighted,burn;(Hawaii)mii=attractive,fine-appearing,good-looking)、「(貴方の)美しい・(灯火に)照らされた・嬉しそうな(面影。11-2501)」(「カ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「カガ」と、「ミイ」の語尾のI音が脱落して「ミ」となった)

の転訛と解します。

 

349 またまつく(真玉付く)

 玉で飾った「緒」の同音で「をち(遠方)」・地名の「をち(越)」(4-674。ーをちこちかねて言はいへどあひて後こそ悔にはありと言へ。7-1341。ー越の菅原わが刈らず人の刈らまく惜しき菅原)にかかる枕詞とされます。

 この「またまつく」は、

  「マタムア・ツク」、MATAMUA-TUKU(matamua=first,elder,fore of limbs;tuku=let go,leave,allow,present,set to)、「最初に・手を着ける(唾をつけるなど)」(「マタムア」のUA音がA音に変化して「マタマ」となった)

の転訛と解します。

 

350 またみるの(俣海松の)

 同音で「また」(13-3301。深海松の深めし吾をー復往き反り)にかかる枕詞とされます。

 この「またみるの」は、

  「マタ・ミル・ノ」、MATA-MIRU-NO(mata=face,eye,medium of communication with a spirit;miru=miro=spin,twist,twirl,moving in spiral;no=of)、「絡み合った・魂(心)・の」

の転訛と解します。(332 ふかみるの(深海松の)の項を参照してください。)

 

351 まつがねの(松が根の)

 同音で「待つ」(13-3258。わが恋ふる心のうちを人にいふものにしあらねばー待つこと遠み)にかかる枕詞とされます。

 この「まつがねの」は、

  「マツ・(ン)ガネヘ・ノ」、MATU-NGANEHE-NO(matu=ma atu=go,come;nganehe,nganehenehe=querlous,peevish;no=of)、「(使いが)来るのを・いらいらしながら・(待っている状態)の」(「(ン)ガネヘ」のNG音がG音に変化し、H音が脱落して「ガネ」となった)

の転訛と解します。

 

352 まつかへの(松柏の)

 常緑樹の松や柏が「長く栄える」ことの比喩で「栄え」(19-4169。直向ひ見む時まではー栄えいまさね尊き吾が君)にかかる枕詞とされます。

 この「まつかへの」は、

  「マツ・カヘ・ノ」、MATU-KAHE-NO(matu=ma atu=go,come;kahe,kahekahe=pant;no=of)、「(私が)息せききって・(母の下へ)駆けつける・(まで)の」

の転訛と解します。

 

353 まつがへり(松反)

 語義未詳で「しひ」(9-1783。ーしひてあれやは三栗の中上り来ぬ麻呂といふ奴)にかかる枕詞とされます。「しひ」は「目しひ」、「耳しひ」などの「しひ」と同じで感覚を失うことであろうとする説(橋本進吉)があります。

 この「まつがへり」、「しひてあれやは」は、

  「マツ・(ン)ガヘ・リ」、MATU-NGAHE-RI(matu=ma atu=go,come;ngahe,ngahrngahe=wasted,weak;ri=screen,protect,bind)、「やって来る・(気持ちが)弱く・(障碍に)阻まれている(状況の)」(「(ン)ガヘ」のNG音がG音に変化して「ガヘ」となった)

  「チヒ・タイ・アレイ・イア・ワ」、TIHI-TAI-AREI-IA-WHA(tihi=summit,top,lie in a heap;tai=the other side;arei=prevent,obstruct;ia=indeed;wha=be disclosed,get abroad)、「(都から)実に・遠く離れて・地方で・高い地位に納まつていることが・(中上りを)妨害している」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」と、「アレイ」の語尾のI音が脱落して「アレ」と、「ワ」のWH音がH音に変化して「ハ」となった)

の転訛と解します。

 

354 まよびきの(眉引きの)

 眉の形は「横に長い」ので「横山」(14-3531。妹をこそあひ見に来しかー横山へろの鹿猪(しし)なす思へる)にかかる枕詞とされます。

 この「まよびきの」、「へろのしし(鹿猪)」は、

  「マイオ・ピキ・ノ」、MAIO-PI-KINO(maio=calm;piki=closely curled of hair,plume of the head;no=of)、「静かな・木が密生している(または(木を頭を飾る鳥の羽根に見立てて)冠のような)・(状態)の(横山)」

  「ハエ・ロ・ノ・チチ」、HAE-RO-NO-TITI(hae=slit,tear,cherish envy or jealousy or ill-feeling,cause pain;ro=roto=inside;no=of;titi=peg,stick in as a peg etc.,adorn by sticking feathers etc.)、「(その)奥に・(女性の)嫉妬が渦巻いている・(状況)の・木の柵(または鳥の羽根飾り)のような(横山)」(「ハエ」のAE音がE音に変化して「ヘ」となった)

の転訛と解します。

 

355 みけむかふ(御食向かふ)

 (1)「みけ(神饌)として向かい合う」意で「葱(き)」と同音(乙類)の「城(き)」からか地名の「城上(きのへ)」(2-196。君と時々幸して遊び給ひしー城上の宮を常宮と定めたまひて)にかかり、

 (2)「みけとしての蜷(みな)と同音」で地名の「南淵(みなふち)」(9-1709。ー南淵山のいはほには落りしはだれか消残りてある)にかかり、

 (3)「みけとしてのトモエガモの古称「あぢ」の同音」で地名の「味経(あぢふ)」(6-1062。聞く人の見まく欲りするー味経の宮は見れど飽かぬかも)にかかり、

 (4)係り方未詳で地名の「淡路」(6-946。ー淡路の島に)にかかる枕詞とされます。

 この「みけむかふ」は、

  (1),(3)「ミヒ・カイムア・カフ」、MIHI-KAIMUA-KAHU(mihi=sigh for,greet,admire;kaimua=first fruits offered to the first-born male or female or chief;kahu=chief)、「尊貴な・最初の収穫物(初物)の献上を受ける・首長(6-1062)または(その後継者資格のある)長男もしくは長女(2-196)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」と、「カイムア」のAI音がE音に変化し、語尾のA音が脱落して「ケム」となった)

  (2),(4)「ミヒ・ケ・ムカ・フ」、MIHI-KE-MUKA-HU(mihi=sigh for,greet,admire;ke=different,strange,extraordinary;muka=prepared fibre of flax,the way by which a god communicates with the medium;hu=promontory,hill)、「尊い・世にも稀な・神の託宣が巫者に下される場所の・山(9-1709)または島(6-946)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

の転訛と解します。

 

356 みこころを(御心を)

 「御心を寄せる」意からか地名の「吉野」(1-36。山川の清き河内とー吉野の国の花散らふ秋津の野辺に)にかかる枕詞とされます。

 この「みこころを」は、

  「ミヒ・ココロ・ワオ」、MIHI-KOKORO-WHAO(mihi=sigh for,greet,admire;kokoro=old man;whao=take greedy,devour)、「尊い・老人(持統天皇)が・心を奪われた(場所。吉野の国)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」と、「ワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」となった)

の転訛と解します。

 

357 みづかきの(瑞垣の)

 「瑞垣は久しく保たれる」ので「久し」(13-3262。ー久しき時ゆ恋すればわが帯ゆるぶ朝夕ごとに)にかかる枕詞とされます。

 この「みづかきの」は、

  「ミイ・ツイ・カキ・ノ」、MII-TUI-KAKI-NO((Hawaii)mii=clasp;tui=pierce,thread on a string,hurt,string on which anything is threaded;kaki=neck,throat;no=of)、「首を・紐で・締め付けられる・(苦しい状態)の(ような)」(「ミイ」および「ツイ」の語尾のI音が脱落して「ミ」、「ツ」となった)

の転訛と解します。

 

358 みづたで(水蓼)

 「水蓼の穂の同音」で地名の「穂積(ほづみ)」(13-3230。みてぐらを奈良より出でてー穂積に至り)にかかる枕詞とされます。

 この「みづたで」は、

  「ミイ・ツイ・タハタイ」、MII-TUI-TAHATAI((Hawaii)mii=clasp;tui=pierce,thread on a string,hurt,string on which anything is threaded;tahatai=seashore)、「紐で・締め付けられた(水路が周囲を取り巻いている)・湖岸(の土地の)」(「ミイ」および「ツイ」の語尾のI音が脱落して「ミ」、「ツ」と、「タハタイ」のH音が脱落し、AI音がE音に変化して「タテ」から「タデ」となった)

の転訛と解します。

 

359 みづたまる(水溜まる)

 「水が溜まる池の同音」で人名の「池田」(16-3841。仏造る真朱足らずはー池田のあそが鼻の上をほれ)にかかる枕詞とされます。

 この「みづたまる」は、

  「ミ・ツ・タ・マルア」、MI-TU-TA-MARUA(mi=stream,river;tu=stand,settle;ta=dash,beat,lay;marua=pit,hollow,valley)、「(水の)流れが・止まった(もの=水。が)・滞留する・穴(=池)」(「マルア」の語尾のA音が脱落して「マル」となった)

の転訛と解します。

 

360 みづとりの(水鳥の)

 (1)「水鳥の習性」から「浮き寝」(7-1235。波高しいかに楫取りー浮き寝やすべきなほやこぐべき)にかかり、

 (2)「鴨の羽の青さ」から「青羽」の同音で「青葉」(8-1543。秋の露は移にありけりー青葉の山の色づく見れば)にかかり、

 (3)「あわただしく飛び立つ」ことから「立つ」(14-3528。ー立たむよそひに妹のらに物いはず来にて思ひかねつも)にかかる枕詞とされます。

 この「みづとりの」は、

  (1),(3)「ミ・ツ・ト・オリ・ノ」、MI-TU-TO-ORI-NO(mi=stream,river;tu=stand,settle;to=drag,open or shut a door or a window;ori=cause to wave to and fro,sway,move about;no=of)、「(水の)流れに・(身を)置いて・あちこちと・漂う・(状態)の(7-1235)」または「(水の)流れに・(身を)置いて・あちこちと・行き来する(動物。水鳥の)・(習性)のように(14-3528)」(「ト」のO音と「オリ」の語頭のO音が連結して「トリ」となった)

  (2)「ミ・ツ・トリ・ノ」、MI-TU-TORI-NO(mi=stream,river;tu=stand,settle;toti=cut;no=of)、「(水の)流れが・止まった(もの=水。が)・(切れる)なくなる・(結果)の」

の転訛と解します。

 

361 みてぐらを(幣帛を)

 「神にたむける幣帛を並べて置く」からか地名の「奈良」(13-3230。ー奈良より出でて水蓼穂積に至り)にかかる枕詞とされます。

 この「みてぐらを」は、

  「ミヒ・タイ・(ン)グル・ワオ」、MIHI-TAI-NGURU-WHAO(mihi=sigh for,greet,admire;tai=the sea,tide,wave,anger,violence;nguru=utter a suppressed groan,sigh,murmur,rumble;whao=take greedy,devour)、「(神に幣帛を捧げて行われる)尊い・波のような(高く低く繰り返される)・低いうめき声のような祈祷を・貪(むさ)ぼっている(神事が頻繁に行われている。場所の)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」と、「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」と、「(ン)グル」のNG音がG音に変化して「グル」となり、その語尾のU音が「ワオ」のWH音がW音に変化したWAO音と連結して「グラヲ」となった)

の転訛と解します。

 

362 みなせがは(水無瀬川)

 「水が地下を伏流する水無し川」の転で「下」(4-598。恋にもぞ人は死するー下ゆ吾痩す月に日に異に)にかかる枕詞とされます。

 この「みなせがは」、「した(下)」は、

  「ミナ・タイ・(ン)ガハエ」、MINA-TAI-NGAHAE(mina=desire,feel inclination for;tai=the sea,tide,wave,anger,violence;ngahae=be torn,dawn)、「激しく・消耗することを・望んで」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」と、「(ン)ガハエ」のNG音がG音に変化し、語尾のE音が脱落して「ガハ」となった)

  「チタハ」、TITAHA(lean to one side,decline as the sun,pass on one side)、「(太陽が沈んで行くように)どんどん力を失って(痩せて)行く」(H音が脱落して「チタ」から「シタ」となった)

の転訛と解します。

 

363 みなそそく(水そそく)

 「水がほとばしる」意で「滝」(1-36。ー滝の宮処は見れど飽かぬかも)にかかる枕詞とされます。(この「みなそそく」は「みづたぎつ」または「みづはしる」と訓み、枕詞とはしない説もあります。)

 この「みなそそく」は、

  「ミ・ナ・トト・クフ」、MI-NA-TOTO-KUHU(mi=stream,river;na=belonging to,satisfied;toto=drag a number of object,ooze,gush forth,spring up,causing a tingling sensation;kuhu=thrust in,insert)、「噴出して・(下の滝壺の中に)入る・ような・川の流れ(滝)」(「クフ」のH音が脱落して「ク」となった)

の転訛と解します。

 

364 みなのわた(蜷の腸)

 食用の巻き貝の「蜷の腸は青黒い」ので「か黒し」(5-804。時の盛を留みかね過しやりつれーか黒き髪にいつの間か霜の降りけむ)にかかる枕詞とされます。

 この「みなのわた」は、

  「ミ・ナ・ノホ・ワタイ」、MI-NA-NOHO-WHATAI(mi=stream,river;na=belonging to,satisfied;noho=sit,stay,settle;whatai=stretch out the neck,gaze intently)、「川の流れの・ように(波を打って)・首筋から下に・垂れ下がっている(人の注目を集める。黒髪)」(「ノホ」のH音が脱落して「ノ」と、「ワタイ」の語尾のI音が脱落して「ワタ」となった)

の転訛と解します。

 

365 みはかしを(御佩かしを)

 貴人の刀剣の尊称「御佩かし」の意で「剣(つるぎ)」(13-3289。ー剣の池のはちす葉にたまれる水の行方なみ)にかかる枕詞とされます。

 この「みはかしを」は、

  「ミ・ハカ・チワオ」、MI-HAKA-TIWHAO(mi=stream,river;haka=deformed;tiwhao=wander)、「川が・(締切り堤防が造られて)形を変えて・さまよっている(状態の。剣池)」(「チワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「チヲ」から「シヲ」となった)

の転訛と解します。(「剣池」については、地名篇(その五)の奈良県の(48)剣(つるぎ)池の項を参照してください。)

 

366 みもろつく(三諸つく)

 「神の降臨する山として祀る」意で「鹿背(かせ)山・三輪(みわ)山」(6-1059。ー鹿背山の際に咲く花の色めづらしく。7-1095。ー三輪山見れば隠口の初瀬の檜原おもほゆるかも)にかかる枕詞とされます。

 この鹿背山は、かつて恭仁京の南にあって左京、右京を分けていた、大宮人が朝な夕に眺めていたいわば旧恭仁京を象徴する山であったと思われます。6-1059の反歌の6-1062、咲く花の色は変わらずももしきの大宮人ぞ立ちかはりける を参照してください。
 また、三輪山は崇神天皇によって鎮座する神が交代した山(地名篇(その五)の奈良県の三輪山の項を参照してください。)、桧原は桧原神社で三輪山の遙拝所とされている神社で社殿のない神社(地名篇(その五)の奈良県の桧原神社の項を参照してください。)です。

 この「みもろつく」は、

  「ミヒ・モロ・ツク」、MIHI-MOLO-TUKU(mihi=sigh for,greet,admire;(Hawaii)molo=to turn,twist,to interweave and interlace,to tie securely;tuku=let go,leave,send,settle down)、@(鹿背山の場合)「(山のある場所が)京(みやこ)でなくなった(京が移ったことを)・残念に・思う((変化があったことを残念に思って)感慨深く見やる)」またはA(三輪山の場合)「(鎮座する神が)交代した(ことを)・残念に・思う((変化があったことを残念に思って)感慨深く見やる)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

の転訛と解します。

 

367 みをつくし(澪標)

 同音で「尽す」(12-3162。ー心尽くして思へかもここにももとな夢にし見ゆる)にかかる枕詞とされます。

 この「みおつくし」は、

  「ミヒ・ワウ・ツク・チヒ」、MIHI-WAU-TUKU-TIHI(mihi=sigh for,greet,admire;wau=quarrel,wrangle,discuss;tuku=let go,leave,send,present,settle down;tihi=summit,top,lie in a heap)、「(尊敬の)あこがれの念を・(最高に)この上ないほどに・言葉を強めて・(相手に贈る)表現した」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」と、「ワウ」のAU音がO音に変化して「ヲ」と、「チヒ」のH音が脱落して「チ」から「シ」となった)

の転訛と解します。

 

368 むらきもの(群肝の)

 「五臓六腑に宿る」意かとされて「心」(1-5。わづきも知らずー心を痛みぬえこ鳥うら泣けをれば)にかかる枕詞とされます。

 この「むらきもの」、「わづき」は、

  「ム・ラキ・モノ」、MU-RAKI-MONO(mu=mutu=brought to an end,having the end cut off,completed;raki=dry,dried up;mono=plug,disable by means of incantations)、「呪(まじな)いを掛けられたように(なすすべ無しに)・乾上がって・しまった(心)」

  「ワ・ツキ」、WA-TUKI(wa,whakawa=accuse,bring of formal charge against,condemn,investigate,adjudicate;tuki=pound,butt,attack,)、「(何らかの)告発(抗議)を・行う」

の転訛と解します。

 

369 むらさきの(紫の)

 (1)「紫は高貴な色として名高い」ので地名の「名高(なたか)」(7-1392。ー名高の浦のまなご路に袖のみ触れて寝ずかなりなむ)にかかり、

 (2)係り方未詳で地名の「粉潟(こがた)」(16-3870。ー粉潟の海に潜く鳥珠潜き出でばわが玉にせむ)にかかる枕詞とされます。

 この「むらさきの」は、

  (1)「ム・ラタ・キノ」、MU-RATA-KINO(mu=murmur at,show discontent with,silent;rata=tame,familliar,divination,seer;kino=evil,bad,badly behaved,ill will,dislike)、「悪意の・予言者が・むら気を起こす(人が予期せぬ・不幸に・巻き込まれる)・(場所)の」(7-1392)

  (2)「ム・ラタ・キ・ノ」、MU-RATA-KI-NO(mu=murmur at,show discontent with,silent;rata=tame,familliar,divination,seer;ki=full,very;no=of)、「無言の・予言者が・多い(人が予期せぬ・奇蹟(幸運)が・舞い込むことがある)・(場所)の」(16-3870)

の転訛と解します。

 

370 むらたまの(群玉の)

 「多くの玉がくるくる回転する」意からか「くる」(20-4390。ーくるに釘さし固めとし妹が心はあよくなめかも)にかかる枕詞とされます。

 この「むらたまの」、「くる」、「あよ」は、

  「ムラ・タマ・ノ」、MURA-TAMA-NO(mura=blaze,flame;tama=son,child,man,emotion,strong feeling,spirit;no=of)、「焔となって燃え上がる(落ち着きのない)・魂(気持)・の」

  「クル」、KURU(strike with the fist,pound,fragment,weary,weak)、「粉(のような固まらない、落ち着きのない心)」

  「アイオ」、AIO(calm,at peace)、「(心が)平安な」(「アイオ」が「アヨ」となった)

の転訛と解します。

 

371 むらとりの(群鳥の)

 「その習性」から「朝立つ・群立つ・立つ」(6-1047。奈良の京を・・・春花のうつろひ変わりー朝立ちゆけば。9-1785。天離る夷治めにと朝鳥の朝立しつつー群立行かば。20-4398。ー出で立ちかてに滞り顧みしつつ)にかかる枕詞とされます。

 この「むらとりの」は、

  「ム・ラ・ト・オリ・ノ」、MU-RA-TO-ORI-NO(mu=mutu=brought to an end,having the end cut off,completed;ra=wed;to=drag,open or shut a door or a window;ori=cause to wave to and fro,sway,move about;no=of)、「集合し・終わった(群れとなった)・あちこち・行き来する(鳥)・の(ように)」(「ト」のO音と「オリ」の語頭のO音が連結して「トリ」となった)

の転訛と解します。

 

372 もちづきの(望月の)

 「満月の夜は月に一日しかない」ので「いやめづらし」(2-196。鏡なす見れども飽かずーいやめづらしみ思ほしし)にかかる枕詞とされます。

 この「もちづきの」、「めづらし」は、

  「モチ・ツキ・ノ」、MOTI-TUKI-NO(moti=consumed,scarce,surfeited;tuki=pound,beat,give the time to paddlers in a canoe;no=of)、「(飽食した)真ん丸に膨らんだ・(カヌーの拍子取りのように、月日の経過を規則正しく伝える)お月様・の(ような)」

  「メ・ツラハ・チ」、ME-TURAHA-TI(me=if,as if like;turaha=startled,frightened;ti=throw,cast,overcome)、「まるで・(人に)驚きを・与えるような(びっくりさせるほど珍しい)」(「ツラハ」のH音が脱落して「ツラ」となった)

の転訛と解します。(「かがみなす(鏡なす)」については、国語篇(その五)の210かがみなすの項を参照してください。)

 

373 もののふの(物部の)

 「朝廷の官人は多数」なので「やそ(八十)」((1)1-50。檜のつまでをー八十氏川に玉藻なす浮かべ流せれ。(2)19-4143。ー八十をとめらが汲みまがふ寺井の上の堅香子の花)および「いそ(五十)」の類音の「いはせ(石瀬)」((3)8-1470。ー石瀬の社のほととぎす今しも鳴きぬ山のと陰に)にかかり、

 また数多い官人の「氏」と同音で地名の「宇治」((4)13-3237。青丹よし奈良山過ぎてー宇治川渡り)にかかる枕詞とされます。

 この「もののふの」、「やそ(八十)」、「やそうぢ(八十氏)」は、

  「マウ・ノノフ・ノ」、MAU-NONOHU-NO(mau=bring,carry,lay hold of,fixed,continuing,entangled;nohu.nonohu=sinking pain(nohunohu=unpalatable,nauseous);no=of)、(1),(4)「(人に)嫌がられる・(急流という)性質を運ぶ(持つ)・(種類)の(川)(1-50,13-3237)」

 または(2)「(水を汲んで)運ぶのに・難渋する・(仕事をする人々)の(乙女)(19-4143)」

 または(3)「(人に)嫌がられる・(声で鳴く、または他の鳥の巣に卵を産み、孵化した雛が他の雛を巣から蹴落とすという)性質を持つ・(種類)の(鳥。ほととぎす)(8-1470)」(以上いずれも「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

  「イア・タウ」、IA-TAU(ia=indeed;tau=bundle)、「実に・(大きな荷物のような)一団の(多数の)」(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」から「ソ」となった)

  「イア・ト・ウチ」、IA-TO-UTI(ia=current,indeed;to=drag;uti=bite(utiuti=annoy,worry))、「(物を)引きずり・噛みつく(激しく流れる)・流れ(川)」

の転訛と解します。

 なお、「もののふ(武士)」は、

  「モノ・ノフ」、MONO-NOHU-NO(mono=plug,disable by means of incantations;nohu=sinking pain(nohunohu=unpalatable,nauseous))、「(敵の力を奪う)呪(まじな)いに・嫌気を起こさせる(呪(まじな)いが通用しないほど強い。人。武士)」

の転訛と解します。

 

374 もみちばの(黄葉の)

 「色づいた葉がやがて散り果てる」ので「過ぐ・移る」(1-47。真草刈る荒野にはあれどー過ぎにし君が形見とぞ来し。3-459。見れども飽かずいましし君がー移りい去けば悲しくもあるか)にかかる枕詞とされます。

 この「もみちばの」は、

  「マウ・ミチ・パ(ン)ゴ」、MAU-MITI-PANGO(mau=bring,carry,lay hold of,fixed,continuing,entangled;miti=lick,lick up(mimiti=dried up,disappeared,exterminatedswallowed up);pango=black,of dark colour)、「暗闇に・消えて・しまった(死んであの世に行ってしまった。人)」(「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」と、「パ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「パノ」から「バノ」となった)

の転訛と解します。

 

375 ももきね

 語義未詳で地名の「美濃」(13-3242。ー美濃の国の高北のくくりの宮に)にかかる枕詞とされます。

 この「ももきね」は、

  「マウ・モキ・ネイ」、MAU-MOKI-NEI(mau=bring,carry,lay hold of,fixed,continuing,entangled;moki=bundle,raft;nei=to denote proximity,to indicae continuance of action(neinei=stretched forward))、「(そこから木材を組んだ)筏が・下って・来る(国)」(「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」と、「ネイ」の語尾のI音が脱落して「ネ」となった)

の転訛と解します。(「くくりの宮」については、古典篇(その八)の景行天皇の部の212B2泳(くくり)宮の項を参照してください。)

 

376 ももしのの(百小竹の)

 語義未詳で「三野」(13-3327。ー三野の王)にかかる枕詞とされます。

 この「ももしのの」は、

  「モモ・チノ・ノ」、MOMO-TINO-NO(momo=descendant,race,in good condition,well proportioned;tino=essentiality,reality,absolute,main;no=of)、「主要な(天皇家に並ぶ)・血統を継ぐ・(出自)の(王)」

の転訛と解します。

 

377 ももたらず(百足らず)

 「百には足りない」意で(1)「い(五十)」(1-50。真木のつまでをーいかだに作りのぼすらむ)にかかり、

 (2)「やそ(八十)」(3-427。ー八十隅坂に手向せば過ぎにし人にけだしあはむかも)にかかり、

 (3)「やそ(八十)」の「や」の同音で地名の「山田」(13-3276。ー山田の道を波雲の愛し妻と語らはず別れし来れば)にかかる枕詞とされます。

 この「ももたらず」は、

  (1)「モモ・タラツ」、MOMO-TARATU(momo=descendant,race,in good condition,well proportioned;taratu=post supporting the ridge pole of a house)、「素性が良い・(家の棟柱になる)長大な柱材(1-50)」

  (2),(3)「モモ・タラ・ツ」、MOMO-TARA-TU(momo=descendant,race,in good condition,well proportioned;tara=point,peak of a mountain,horn of the moon,affect by incantation;tu=stand,settle,fight with,energetic)、「懇切丁寧に・熱心に・(死者を弔う)祈祷を行う(3-427)」または「形の良い・嶺に・ある(山田の道)(13-3276)」

の転訛と解します。

 

ヤ行

 

378 やきたちの(焼大刀の)

 (1)「焼き鍛えた大刀を身に付ける」意で「へつかふ」(4-641。絶つといはばわびしみせむとーへつかふことは幸くや吾君)にかかり、

 (2)「焼きを入れた大刀は刃が鋭い」ので「鋭(と)し」の同音で「利心(とごころ)」(20-4479。朝夕にねのみし泣けばー利心も吾は思ひかねつも)にかかる枕詞とされます。

 この「やきたちの」、「へつかふ」、「とごころ(利心)」は、

  「イア・キタ・チノ」、IA-KITA-TINO(ia=indeed,current;kita=tightly,fast,intensely,tightly clenched;tino=essentiality,reality,absolute,main)、「実に・ただただひたすらに・寄り添っている(状態から。4-641)(状態の。20-4479)」

  「ハエ・ツ・カフ」、HAE-TU-KAHU(hae=slit,tear,cherish envy or jealousy or ill feeling,cause pain;tu=stand,settle,fight with,energetic;kahu=hawk,chief,garment)、「(離れることによる)苦しみが・(首長の)君を・ひどく痛めつける(こと)」(「ハエ」のAE音がE音に変化して「ヘ」となった)

  「タウ・(ン)ゴコ・ロ」、TAU-NGOKO-RO(tau=turn away,lover,come to rest,float,be suitable;ngoko=itch,tickle;ro=roto=inside)、「揺れ動く・微妙な・(内の)心」(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」と、「(ン)ゴコ}のNG音がG音に変化して「ゴコ」となった)

の転訛と解します。

 

379 やきたちを(焼大刀を)

 「378 やきたちの(焼大刀の)」の異形で地名の「礪波(となみ)」(18-4085。ー礪波の関に明日よりは守部遣り副へ君を留めむ)にかかる枕詞とされます。

 この「やきたちを」は、

  「イア・キタ・チワオ」、IA-KITA-TIWHAO(ia=indeed,current;kita=tightly,fast,intensely,tightly clenched;tiwhao=wander)、「実に・放浪者を・しっかりと留める(という)」(「チワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「チヲ」となった)

の転訛と解します。(「礪波(となみ)」については、地名篇(その十五)の富山県の(2)砺波(となみ)郡の項を参照してください。)

 

380 やくもさす(八雲さす)

 「多くの雲が湧き出る」意かとされて地名の「出雲」(3-430。ー出雲の子らが黒髪は吉野の川の沖になづさふ)にかかる枕詞とされます。

 この「やくもさす」は、

  「イア・クモウ・タツ」、IA-KUMOU-TATU(ia=indeed,current;kumou=keep fire alight by covering it with ashes;tatu=reach the bottom,be at ease,be content)、「実に・埋め火の灰(のような山)が・なだらかに(のんびりと)座っている(地域。出雲の国)」(「クモウ」の語尾のU音が脱落して「クモ」と、「タツ」が「サス」となった)

の転訛と解します。

 

381 やさかどり(八尺鳥)

 「八尺は息の長さ」かとされて「息づく」(14-3527。沖に住も小鴨のもころー息づく妹を置きて来のかも)にかかる枕詞とされます。

 この「やさかどり」、「もころ」は、

  「イア・アタ・カト・オリ」、I-ATA-KATO-ORI(i=ferment,be stired of the feelings;ata=gently,slowly,clearly,deliverately;kato=flowing,flood;ori=cause to wave to and fro,sway,move about)、「優しい・気持ちが湧いてきて・寄せては返す・波のように(息づく)」(「イア」の語尾のA音と「アタ」の語頭のA音が連結して「ヤタ」から「ヤサ」と、「カト」の語尾のO音と「オリ」の語頭のO音が連結して「カトリ」から「カドリ」となった)

  「モコロア」、MOKOROA(a god said to cause disease)、「神が罰を下す(守らないと罰(ばち)があたる、小鴨が守るべき神の命令。その小鴨の習性と同じように人が行う行動)」(語尾のA音が脱落して「モコロ」となった)(国語篇(その五)の260すがのねの(菅の根の)の項を参照してください。)

の転訛と解します。

 

382 やへだたみ(八重畳)

「幾重にも重ねて敷いた神座用の畳」の「重(へ)」と同音で地名の「平群(へぐり)」(16-3885。韓国の虎とふ神を生取りに八頭取り持ち来その皮を畳に刺しー平群の山に四月と五月の間に薬猟仕ふる時に)にかかる枕詞とされます。

 この「やへだたみ」は、

  「イア・ハエ・タタミ」、IA-HAE-TATAMI(ia=indeed,current;hae=slit,tear,cherish envy or jealousy or ill feeling,cause pain;tami,tatami=press down,suppress,smother)、「実に・(生駒山から矢田丘陵を)引き裂いて・平らに低くした(丘陵の)」(「ハエ」のAE音がE音に変化して「ヘ」となった)

の転訛と解します。

 

383 やほだてを(八穂蓼を)

 同音で人名の「穂積」(16-3842。小児ども草はな刈りそー穂積の朝臣が腋草を刈れ)にかかる枕詞とされます。

 この「やほだてを」は、

  「イア・ハウ・タタイ・ワオ」、IA-HAU-TATAI-WAO(ia=indeed,current;hau=eager,famous,be heard,vitality of man etc.;tatai=measure,arrange,adorn,be ranged in order;wao=forest)、「実に・ふさふさと・森のように・生えている(腋草=腋の毛)」(「ハウ」のAU音がO音に変化して「ホ」と、「タタイ」のAI音がE音に変化して「タテ」から「タデ」と、「ワオ」のAO音がO音に変化して「ヲ」となった)

の転訛と解します。

 

384 やまこえて(山越えて)

 「山を越えた遠い所」の意で地名の「遠津(とほつ)」(7-1188。ー遠津の浜の石つつじわが来るまでに含みてあり待て)にかかる枕詞とされます。

 この「やまこえて」、「とほつ(遠津)」は、

  「イア・マ・コヘテ」、IA-MA-KOHETE(ia=indeed,current;ma=white,clean;kohete=kowhete=whisper,murmur,scold,quarrel)、「実に・清らかな・ささやくような(音を立てる。浜)」

  「ト・ホツ」、TO-HOTU(to=drag,open or shut a door or a window;hotu=sob,desire eagerly,chafe with animosity etc.)、「寄せては返す波のように(高く低く)・むせび泣くような(音を立てる。浜)」

の転訛と解します。

 

385 やますげの(山菅の)

 (1)「山菅の実」の意で「実」(4-564。ー実成らぬことを吾に依せ言はれし君は誰とか宿らむ)にかかり、

 (2)「葉が入り乱れる」ことによるかとされて「乱る」(11-2474。ー乱れ恋のみせしめつつあはぬ妹かも年は経につつ)にかかり、

 (3)「葉がそれぞれ異なる方向に伸びる」ので「背向(そが)ひ」(14-3577。愛し妹をいづち行かめとー背向ひに宿しく今し悔しも)にかかり、

 (4)同音で「止まず」(12-3055。ー止まずて君を思へかもわが心どのこのころは無き)にかかる枕詞とされます。

 この「やますげの」、「このころ」は、

  (1),(3)「イア・マ・ツ(ン)ゲヘ・ノ」、IA-MA-TUNGEHE-NO(ia=indeed,current;ma=white,clean;tungehe=quail,be alarmed;no=of)、「実に・清らかな(心で)・恐る恐るとした・(様子)の(4-564,14-3577)」(「ツ(ン)ゲヘ」のNG音がG音に変化し、H音が脱落して「ツゲ」から「スゲ」となった)

  (2),(4)「イア・マツ・(ン)ガイ・ノ」、IA-MATU-NGAI-NO(ia=indeed,current;matu=fat,kernel,cut;matu=ma atu=go,come;ngai=tribe,clan;no=of)、「実に・(感情が)行ったり来たりする(起伏が激しい)・類(たぐい)・の(11-2474,12-3055)」(「(ン)ガイ」のNG音がG音に、AI音がE音に変化して「ゲ」となった)

  「コノ・コロ」、KONO-KORO(kono=bend,curve,loop;koro=desire,intend)、「曲がった(悪い)・望み(12-3055)」

の転訛と解します。

 

386 やまたづの

 語義未詳で「迎へ」((1)2-90。君が行日長くなりぬー迎へを行かむ待つには待たじ(左注に「ここに山多豆といふは、これ今の造木(みやつこぎ)といふ者なり。」とあります)。(2)6-971。桜花咲きなむ時にー迎へ参出む君が来まさば)にかかる枕詞とされます。

 この「やまたづの」、「みやつこぎ(造木)」は、

  (1)「イア・マタツヒ・ノ」、IA-MATATUHI-NO(ia=indeed,current;matatuhi=seer,auguur;no=of)、「実に・(貴人の旅行・出発の日取りや方角の吉凶を判断する)占い師・(を派遣して)の」(「マタツヒ」のH音が脱落して「マタツ」から「マタヅ」となった)

  (2)「イア・マタツ・ノ」、IA-MATATU-NO(ia=indeed,current;matatu=begin to flow of the tide,wakeful,watchful,standing firm,enduring;no=of)、「実に・(到着を)注意深く見ている・(状況)の」

  「ミヒ・イア・ツコキ」、MIHI-IA-TUKOKI(mihi=sigh for,greet,admire;ia=indeed,current;tukohi=unsteady,swaying from side to side)、「尊敬すべき・実に・不安定な(日々占いの結果が変わることがある。占い師)」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

の転訛と解します。

 

387 やまのまゆ(山の際ゆ)

 「山と山の間」から「出づ」の同音で地名の「出雲」(3-429。ー出雲の児らは霧なれや吉野の山の嶺にたなびく)にかかる枕詞とされます。

 この「やまのまゆ」は、

  「イア・マ・ナウマイ・ウ」、IA-MA-NAUMAI-U(ia=indeed,current;ma=white,clean;naumai=guest;u=be firm,be fixed,reach the land,reach its limit)、「実に・清らかな・(吉野山の)客人として・迎えられた(出雲の児)」(「ナウマイ」のAU音がO音に変化し、その語尾のI音が「ウ」のU音と連結して「ノマユ」」となった)

の転訛と解します。

 

388 やみのよの(闇の夜の)

 「暗闇の中で行くべき方向が知りにくい」ので「行く先知らず」(20-4436。ー行く先しらず行く吾をいつ来まさむと問ひし児らはも)にかかる枕詞とされます。

 この「やみのよの」は、

  「イア・ミ(ン)ゴ・イオ・ノ」、IA-MINGO-IO-NO(ia=indeed,current;mingo=curled,wrinkled;io=muscle,line,spur,ridge;no=of)、「実に・(皺が寄っている)複雑に谷が入り込んでいる・山の嶺・の)」(「ミ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「ミノ」となった)

の転訛と解します。

 

389 やみよなす(闇夜なす)

 「闇夜に道に迷うように」の意で「思ひまとふ」(9-1804。おのが向向天雲の別れし行けばー思ひまとはひ)にかかる枕詞とされます。

 この「やみよなす」は、

  「イア・ミ・イオ・ナツ」、IA-MI-IO-NATU(ia=indeed,current;mi=stream,river;io=muscle,line;natu=scratch,stir up,mix,tear out)、「実に・(大きな)川と・(細い)流れが・混ざり合った(状態のような)」

の転訛と解します。

 

390 ゆきのしま(壱岐の島)

 同音で「行く」(15-3696。新羅へか家にか帰るーゆかむたどきも思ひかねつも)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆきのしま」、「たどき」は、

  「イ・ウ(ン)ガ・キ・ノチ・マ」、I-UNGA-KI-NOTI-MA(i=past tense,beside,belonging to;unga=place etc. of arrival;ki=full,very;noti=pinch or contract as with a band or ligature;ma=white,clean)、「船着き場(目的地)に・強く・(結びつけられる)こだわる・一途な(目的地に早く着きたいという思いの)」(「イ」のI音と「ウ(ン)ガ」の語頭のU音が連結し、語尾のNGA音が脱落して「ユ」となった)

  「タタウ・オキ」、TATAU-OKI(tatau=tie with a cord,quarrel;(Hawaii)oki=cut,divide,separate)、「結んだ紐を・解く(難題を解決する。その方法)」(「タタウ」のAU音がO音に変化して「タト」となり、その語尾のO音が「オキ」の語頭のO音と連結して「タトキ」から「タドキ」となった)

の転訛と解します。

 

391 ゆくかげの(行く影の)

 「天空を行く影」の意で「月」(13-3250。わが思ふ心知らずやー月も経往けば玉かきる日もかさなり思へかも)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆくかげの」は、

  「イ・ウク・カ・(ン)ガイ・ノ」、I-UKU-KA-NGAI-NO(i=past tense,beside;uku,ukuuku=swept away,destroyed;ka=take fire,be lighted,burn;ngai=tribe,clan;no=of)、「(天空を)払うように・渡って行った・照る・類(たぐい)・の(もの。月)」(「イ」のI音と「ウク」の語頭のU音が連結して「ユク」と、「(ン)ガイ」のNG音がG音に、AI音がE音に変化して「ゲ」となった)

の転訛と解します。

 

392 ゆくかはの(行く川の)

 「川の水が流れ過ぎる」ので「過ぐ」(7-1119。ー過ぎにし人の手折らねばうらぶれ立てり三輪の檜原は)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆくかはの」は、

  「イ・ウク・カハ・ノ」、I-UKU-KAHA-NO(i=past tense,beside;uku,ukuuku=swept away,destroyed;kaha=strong,strength,persistency,rope,noose,edge;no=of)、「流れ・過ぎる・(縄のような)川・(の性状)のように」

の転訛と解します。

 

393 ゆくとりの(行く鳥の)

 「争うように、また群れて飛ぶ鳥の習性」から「争う・群がる」(2-199。露霜の消ねば消ぬべくー争ふ間に。13-3326。舎人の子らはー群がりて待ち)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆくとりの」、「あらそふ(間に)」は、

  「イ・ウク・トリノ」、I-UKU-TORINO(i=past tense,beside;uku,ukuuku=swept away,destroyed;torino=flowing or gliding smoothly,twisted,spiral,be wafted)、「(露霜が)すうっと(滑らかに)・拭いて・行った(消え去った)(2-199)」または「(舎人らが)螺旋状に・掃くように・集まった(何層もの円をなして群がった)(13-3326)」

  「アラ・トフ」、ARA-TOHU(ara=rise,awake,raise;tohu=mark,point out,show,look towards)、「(露霜が)起き上がって・あたりを見回す(短い間に(消え去った))」

の転訛と解します。

 

394 ゆくみづの(行く水の)

 「行く水が流れ過ぎる」ので「過ぐ」(9-1797。塩気立つ荒磯にはあれどー過ぎにし妹が形見とぞ来し)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆくみずの」、「しほけ(塩気)」は、

  「イ・ウク・ミ・ツ・ノ」、I-UKU-MI-TU-NO(i=past tense,beside;uku=wash(ukuuku=swept away,destroyed);mi=stream,river;tu=stand,settle,fight with,energetic;no=of)、「荒れ狂った・潮流が・洗い流し・た(妹。または荒磯)」(「イ」のI音と「ウク」の語頭のU音が連結して「ユク」となった)

  「チホウ・ケ」、TIHOU-KE(tihou=an implement used for cultivating;ke=different,strange)、「鍬で掘り散らかしたような・変わった形の岩」(「チホウ」のOU音がO音に変化して「チホ」から「シホ」となった)または「チオ・ケ」、TIO-KE(tio=sharp,rock-oyster;ke=different,strange)、「岩牡蠣のような(でこぼこの)・変わった形の岩」

の転訛と解します。

 

395 ゆふたたみ(木綿畳)

 (1)「木綿を畳んで神に手向ける」ので「手向け」(6-1017。ー手向けの山を今日越えていづれの野辺にいほりせむ吾等)にかかり、

 (2)「木綿の白さ」から「白月山(しらつきやま)」(12-3073。ー白月山のさなかづら後もかならずあはむとぞ思ふ)(これは「397ゆふつつみ(木綿包み)」とする説もあります。)にかかり、

 (3)係り方未詳で「田上山(たなかみやま)」(12-3070。ー田上山のさなかづらありさりてしも今ならずとも)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆふたたみ」、「たむけ」、「しらつき(山)」は、

 (1),(2)「イ・ウフ・タタ・アミ」、I-UHU-TATA-AMI(i=past tense,at,upon,with;uhu=perform certain ceremonies over the bones of the dead to remove tapu;tata=near of place,stalk,stem;ami=gather,collect)、「(旅行の安全、死者の冥福等を祈って)お祓いを・行った(またはそれに用いる)・(植物の)茎を・束ねたもの(またはそれが集まっている場所)」(「イ」のI音と「ウフ」の語頭のU音が連結して「ユフ」と、「タタ」の語尾のA音と「アミ」の語頭のA音が連結して「タタミ」となった)

  (3)「イフ・タタミ」、IHU-TATAMI(ihu=nose,bow of a canoe etc.;tami,tatami=press down,suppress,smother,completed in weaving)、「滑らかな・鼻のような(またはカヌーの舳先のような嶺のある)山(の)」(「イフ」が「ユフ」となった)

  「タモエ・カイ」、TAMOE-KAI(tamoe=smother,a charm to destroy an enemy;kai=food,product)、「(行路を妨害する神を)宥める・(食物などの)供物を供える」(「タモエ」のOE音がU音に変化して「タム」と、「カイ」のAI音がE音に変化して「ケ」となった)

  「チラ・ツ・キ」、TIRA-TU-KI(tira=a pole used in the sacred place and elsewhere in connection with various rites and incantations;tu=stand,settle;ki=full,very)、「墓標(などいろいろな祀りに用いられた柱)が・多く・ある(山。白月山)」

の転訛と解します。

 

396 ゆふつづの(夕星の)

 (1)「宵の明星の金星は明けの明星としても見えるので、あちこち動く」というところから「か行きかく行き」(2-196。夏草の思ひしなえてーか行きかく行き大船のたゆたふ見れば慰むる情もあらず)にかかり、

 (2)「宵の明星が出る時分」から「夕へ」(5-904。ー夕へになればいざ寝よと手を携はり)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆふつづの」は、

  「イ・フ・ツツ・ノ」、I-HU-TUTU-NO(i=ferment,be stirred of feelings;hu=resound,bubble up,tenor or drift of a speech;tutu=summon,assemble,messenger sent to summon people;no=of)、「(招集役が)声を・はり上げて・人々を呼び集める・(状況)の(ように)」(「イ・フ」が「ユフ」となった)

の転訛と解します。

 

397 ゆふつつみ(木綿包み)

 「木綿包みの白さ」から「「白月山(しらつきやま)」(12-3073。ー白月山のさなかづら後もかならずあはむとぞ思ふ)にかかる枕詞とされます。(これは「395 ゆふたたみ(木綿畳)」とする説もあります。)

 この「ゆふつつみ」、「しらつき(山)」は、

  「イ・フ・ツツ・ミヒ」、I-HU-TUTU-MIHI(i=ferment,be stirred of feelings;hu=resound,bubble up,tenor or drift of a speech;tutu=summon,assemble,messenger sent to summon people;mihi=sigh for,greet,admire)、「(招集役が)声を・はり上げて・(死者を)悼む・人々を呼び集める・(状況)の(山)」(「イ・フ」が「ユフ」と、「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

  「チラ・ツ・キ」、TIRA-TU-KI(tira=a pole used in the sacred place and elsewhere in connection with various rites and incantations;tu=stand,settle;ki=full,very)、「墓標(などいろいろな祀りに用いられた柱)が・多く・ある(山。白月山)」

の転訛と解します。

 

398 ゆふはなの(木綿花の)

 「神事用の斎串につけた木綿(ゆふ)を白い花」と見て「栄ゆ」(2-199。萬代にかくもあらむとー栄ゆる時に)にかかる枕詞とされます。

 この「ゆふはなの」は、

  「イ・フ・ハナ・ノ」、I-HU-HANA-NO(i=ferment,be stirred of feelings;hu=resound,bubble up,tenor or drift of a speech;hana=shine,glow,flame;no=of)、「感情が高まって・述べる言葉(故人を讃える弔辞)が・輝いた(人々を感動させた)・(状況)の」(「イ・フ」が「ユフ」となった)

の転訛と解します。

 

399 わがいのちを(我が命を)

 祈りの言葉「長かれ」の同音で地名の「長門(ながと)」(15-3621。ー長門の島の小松原幾代を経てか神さびわたる)にかかる枕詞とされます。

 この「わがいのちを」、「ながと(の島)」は、

  「ワ(ン)ガイ・ノチ・ワオ」、WHANGAI-NOTI-WAO(whangai=feed,offer as food,invoke a god by offering or incantation;noti=pinch or contract as with a band or ligature;wao=forest)、「神饌を・しっかりと供えた・森(の)」(「ワ(ン)ガイ」のNG音がG音に変化して「ワガイ」と、「ワオ」のAO音がO音に変化して「ヲ」となった)

  「(ン)ガ(ン)ガ・タウ」、NGANGA-TAU(nganga=nga=satisfied,breathe;tau=come to rest,float,lie steeping in water,suitable)、「満足したように・ゆったりと休んでいる(島)」(「(ン)ガ(ン)ガ」の最初のNG音がN音に、次のNG音がG音に変化して「ナガ」と、「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」となった)(国名の「長門」については、地名篇(その十三)の山口県の(8)長門国の項を参照してください。)

の転訛と解します。

 

400 わかこもを(若薦を)

 若薦を「刈る」の同音で地名の「猟路(かりぢ)」(3-239。馬並めてみ猟立たせるー猟路の小野に猪鹿こそはい匍ひ拝がめ)にかかる枕詞とされます。

 この「わかこもを」は、

  「ワカ・コモ・ノ」、WHAKA-KOMO-WAO(whaka=make an immediate return for anything,towards,in the direction of;komo=thrust in,put in,insert;wao=forest)、「(一線に並んだ騎馬隊が)一斉に・突っ込んで行く・森(の)」

の転訛と解します。

 

401 わがせこを(我が背子を)

 (1)「越えさせるな」の意の地名の「莫越(なこし)」(10-1822。ー莫越の山の呼子鳥君よびかへせ夜のふけぬとに)にかかり、

 (2)類音の「わが松原」(17-3890。ーわが松原よ見渡せば海人をとめども玉藻刈る見ゆ)にかかる枕詞とされます。

 この「わがせこを」は、

  「ワ(ン)ガ・テコ・ワオ」、WHANGA-TEKO-WAO(whanga=bay,stretch of water,space,any space to one side,wait,stride;teko=rock,isolated,standing out;wao=forest)、「(向こうに)ずっと延びている・目立つ・森(の)」(「ワ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ワガ」と、「ワオ」のAO音がO音に変化して「ヲ」となった)

の転訛と解します。

 

402 わがたたみ(我が畳)

 「畳は三重に畳むのが通常」であったかとされて地名の「三重(みへ)」(9-1735。ー三重の河原の磯のうらに斯くしもがもと鳴くかはずかも)にかかる枕詞とされます。

 この「わがたたみ」、「みへ(三重)」、「かくしもがも」は、

  「ワ(ン)ガ・タタミ」、WHANGA-TATAMI(whanga=bay,stretch of water,space,any space to one side,wait,stride;tami,tatami=press down,suppress,smother,completed in weaving)、「(向こうに)ずっと延びている・滑らかに流れる(川の)」(「ワ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ワガ」となった)

  「ミイ・ハエ」、MII-HAE((Hawaii)mii=clasp,good-looking;hae=slit,tear,cherish envy or jealousy or ill feeling,cause pain,gleam,be conspicuous)、「(倭建命が足の)痛みに・ひどく苛なまれた(場所。国の)」(「ミイ」の反復語尾のI音が脱落して「ミ」と、「ハエ」のAE音がE音に変化して「ヘ」となった)

  「カク・チモカモカ」、KAKU-TIMOKAMOKA(kaku=make a harsh grating sound;timokamoka=detached portion,fragment)、「絶え絶えの・いやな声をきしませて(鳴く)」(「チモカモカ」の反復語尾の「カ」音が脱落して「チモカモ」から「シモガモ」となった)

の転訛と解します。

 

403 わぎもこに(我妹子に)

 (1)「逢ふ」の同音で「楝(あふち)」(10-1973。ーあふちの花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも)にかかり、

 (2)「逢ふ」の同音で地名の「近江(あふみ)・淡路(あはぢ)・逢坂(あふさか)」(13-3237。逢坂山にたむけぐさ絲取り置きてー淡海の海の沖つ波来寄る浜辺を。15-3627。浦廻よりこぎて渡ればー淡路の島は夕されば雲居隠りぬ。10-2283。ー逢坂山のはだすすき穂には咲き出でず恋わたるかも)にかかる枕詞とされます。

 この「わぎもこに」は、

  「ワ・ア(ン)ギ・マウ・コニ」、WHA-ANGI-MAU-KONI(wha=be disclosed,get abroad,leaf,flake;angi=free,without hindrance,move freely,float;mau=fixed,continuing,caught,entangled;koni=move,alter one's position)、(1)「自由に動く(散る)・花びらが・動き(散り)・を止めた(状況の・花)(10-1973)」、(2)「自由に動く(波が立つ)・波のしぶきが・動きを・止めた(静かな状況の。波)(13-3237)」、「姿を現した・(海に)浮かんでいる・じっと・動かない(状況の。島)(15-3627)」または「自由に動く(穂を出す)・(すすきの)葉が・動き(穂を出す)を・止めた(状況の。すすき)(10-2283)」(「ワ」のWH音がW音に変化して「ワ」となり、その語尾のA音と「ア(ン)ギ」の語頭のA音が連結し、NG音がG音に変化して「ワギ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

の転訛と解します。

 

404 わぎもこを(我妹子を)

 わぎもこを「いざ見む」の同音で地名の「いざみ」(1-44。ーいざみの山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも)にかかる枕詞とされます。

 この「わぎもこを」、「いざみ」は、

  「ワ・ア(ン)ギ・マウ・コワオ」、WHA-ANGI-MAU-KOWAO(wha=be disclosed,get abroad,leaf,flake;angi=free,without hindrance,move freely,float;mau=fixed,continuing,caught,entangled;kowao=living in the woods,wild)、「粗暴な・(感情に)捕らわれて・(諫言を)無視して・(朝廷の)外へ出た(伊勢への行幸に出発した)」(「ワ」のWH音がW音に変化して「ワ」となり、その語尾のA音と「ア(ン)ギ」の語頭のA音が連結し、NG音がG音に変化して「ワギ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」と、「コワオ」WH音がW音に、AO音がO音に変化して「コヲ」となった)

  「イ・タミ」、I-TAMI(i=past tense,beside;tami,tatami=press down,suppress,smother,completed in weaving)、「押さえ付け・られた(低い。山)」

の転訛と解します。(この歌(1-44)については、同左注を参照してください。)

 

405 わたつみの(海神の)

 「海神わたつみが領する」意で「海」(15-3605。ー海に出でたる飾磨川絶えむ日にこそ吾が恋止まめ)にかかる枕詞とされます。

 この「わたつみの」は、

  「ワタ・ツ・ミ・ノ」、WHATA-TU-MI-NO(whata=elevate,hang,be laid,rest;tu=stand,settle;mi=stream,river;no=of)、「(悠々と)横たわって・いる・(大きな)川(海)・の」

の転訛と解します。

 

406 わたのそこ(海の底)

 「深い海底」の意の「奥」と同源で「沖」(1-83。ー沖つ白波立田山いつか越えなむ妹があたり見む。4-676。ー沖を深めてわが思へる君にはあはむ年は経ぬとも。5-813。ー沖つ深江の海上のこふの原に。6-923。野島の海人のー沖つ海石(いくり)にあはび珠多に潜き出)にかかる枕詞とされます。

 この「わたのそこ」、「おきつしら(波)」、「おきをふかめて」、「おきつふかえ」、「おきついくり」は、

  「ワ・タ(ン)ゴ・トコ」、WHA-TANGO-TOKO(wha=be disclosed,get abroad;tango=take up,take in hand,acquire,attempt,remove;toko=pole,propel with a pole,push or force to a distance,begin to move,swell,spring up in the mind)、「(海が)膨れ上が・ろうとするのを・見せつける(波)(1-83)」、「(感情が)高まって・(中に)籠もったものを・外にさらけ出す(4-676)」、「(お腹が)膨れて・身籠もった子を・分娩する(5-813)」または「(あはび貝の中に)膨れて・(中に)籠もったもの(真珠)を・外に出す(6-923)」(「タ(ン)ゴ」のNG音がN音に変化して「タノ」となった)

  「オキ・ツ・チラ」、OKI-TU-TIRA((Hawaii)oki=divide,separate;tu=stand,settle;tira=fin of fish etc.)、「離れた場所(海の沖)に・立つ・(魚の鰭のような)三角の(波)」

  「オキ・ワオ・フカ・マイタイ」、OKI-WHAO-HUKA-MAITAI((Hawaii)oki=divide,separate;whao=take greedy,devour,put into a bag or other receptacle,fill,go into;huka=form,frost,trouble,agitation,long in time,wanting;maitai=good,beautiful,agreeable)、「(君と)離れて・(心を)胸に納めて・長い時間・良い状態に置いて」(「ワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」と、「マイタイ」のAI音がE音に変化して「メテ」となった)

  「オキ・ツ・フカ・エ」、OKI-TU-HUKA-E((Hawaii)oki=divide,separate;tu=stand,settle;huka=form,frost,trouble,agitation,long in time,wanting;e=to denote action in progress or temporary condition)、「離れた場所に・ある・一時・(分娩を無理に遅らせるという)騒動(があった)」

  「オキ・ツ・イク・ウリ」、OKI-TU-IKU-URI((Hawaii)oki=divide,separate;tu=stand,settle;iku=hiku=tail of a fish,point,headwaters of a river;uri=descendant,dark)、「離れた場所に・ある・暗い・(川の源流のような)海の底」(「イク」の語尾のU音と「ウリ」の語頭のU音が連結して「イクリ」となった)

の転訛と解します。

 

407 ゐながはの(猪名川の)

 「川の沖」の意によるかとされて「奥(おき)」(16-3804。かくのみにありけるものをー奥を深めてわが思へりける)にかかる枕詞とされます。

 この「ゐながはの」、「おきをふかめて」は、

  「ヰ・(ン)ガ(ン)ガ・ワ(ン)ゴ」、WHI-NGANGA-WHANGO(whi=can,be able;nganga=breathe heavily or with dificulty,make a hoarse noise;whango=hoarse or inarticulate having a nasal sound)、「(衰弱のあまり)やっと・息をし・しゃがれた声を出す(ことができる病状の)」(「ヰ」のWH音がW音に変化して「ヰ」と、「(ン)ガ(ン)ガ」の最初のNG音がN音に、次のNG音がG音に変化して「ナガ」と、「ワ(ン)ゴ」のWH音がH音に、NG音がN音に変化して「ハノ」となった)

  「オキ・ワオ・フカ・マイタイ」、OKI-WHAO-HUKA-MAITAI((Hawaii)oki=divide,separate;whao=take greedy,devour,put into a bag or other receptacle,fill,go into;huka=form,frost,trouble,agitation,long in time,wanting;maitai=good,beautiful,agreeable)、「(君と)離れて・(私の)胸の中では・長い時間・(君は)元気だとばかり(思っていた)」(「ワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」と、「マイタイ」のAI音がE音に変化して「メテ」となった)

の転訛と解します。(この歌(16-3804)については、同題詞および前出の406 わたのそこ(海の底)の項の「おきをふかめて」の解釈を参照してください。)

 

408 ゐまちづき(居待月)

 「満月後三日ごろまでの月は明るい」ので地名の「明石(あかし)」(3-388。ー明石の門ゆは夕されば潮を満たしめ明けされば潮を干しむ)にかかる枕詞とされます。

 この「ゐまちづき」は、

  「ヰ・マチ・ツキ」、WHI-MATI-TUKI(whi=can,be able;mati=surfeited;tuki=pound,butt,attack,central passage for water in an eel weir)、「(潮が)満ち・(激流となって)引く・ことができる(海峡の)」(「ヰ」のWH音がW音に変化して「ヰ」となった)

の転訛と解します。

 

409をとめらに(娘子らに)

 201をとめらに(娘子らに)の項を参照してください。

 

410をみなへし(女郎花)

 209をみなへし(女郎花)の項を参照してください。

 

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<付>『万葉集』難訓歌解読試案

 

 [『万葉集』の中で難訓歌として知られる三首(1-1,1-9,2-156)について、原文から万葉仮名の通常の読み方を参考として、仮に読みを定め、ポリネシア語による解読を試みに行ったものです。

 原文および読下しは、岩波書店新日本古典文学大系『万葉集一』によりました。

 ポリネシア語による解読は、これまでの方法と全く同じです。]

 

1 [1−1]「籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持」

 

[原文](大泊瀬稚武)天皇御製歌

  籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持 此岳尓 菜採須児 家告奈 名告紗根 虚見津 山跡乃国者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背歯 告目 家呼毛名雄母

 

[読下し](大泊瀬稚武)天皇の御製の歌

  籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児 家告(の)らな 名告(の)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそいませ 我こそば 告(の)らめ 家をも名をも

 

 『万葉集』開巻冒頭の雄略天皇の「妻問歌」で、とくにその冒頭の「籠もよ み籠もち ふくしもよ みぶくし持ち」の句は、「籠(かご)も良い籠をもち、へらも良いへらを持つて」と解されていますが、どうも後半の句と句調が甚だしく異なり、また語義にも疑問があることから、古来さまざまな解釈が行われてきています。

 この原文の「籠毛与 美籠母乳 布久思毛与 美夫君志持」は、万葉仮名の通常の用例に従って「こもよ みこもち ふくしもよ(または「ぶくしもよ」) みふくしもち(または「みぶくしもち」)」と訓むこととします。

 また、「こもよ」と「ふくしもよ」、「みこもち」と「みふくしもち」がそれぞれ対応して韻を踏んでいるように見えることに着目して解釈を行います。

 この「こもよ」、「みこもち」、「ふくしもよ(ぶくしもよ)」、「みふくしもち(みぶくしもち)」は、

  「コ・モイ・アウ」、KO-MOI-AU(ko=girl or males used only in addressing;moi=a call for a dog;au=your,of you,rapid,firm,certainly)、「児(娘)よ・(こっちへ)来なさい・早く」(「モイ」の語尾のI音と、「アウ」のAU音がO音に変化したそのO音が連結して「モヨ」となった)

  「ミイ・コ・モチ」、MII-KO-MOTI((Hawaii)mii=attractive,fine-appearing,good-looking;ko=girl or males used only in addressing,descend;moti=consumed,scarce,surfeited)、「きれいな・ふっくらした・児(娘)よ」(「ミイ」の反復語尾のI音が脱落して「ミ」となった)

  「フ・クチ・モイ・アウ」、HU-KUTI-MOI-AU(hu=silent,quiet;kuti=draw tightly together,contract,pinch;moi=a call for a dog;au=your,of you,rapid,firm,certainly)、「静かさ(落ち着き)を・身に付けた(児(娘)よ)・(こっちへ)来なさい・早く」(「モイ」の語尾のI音と、「アウ」のAU音がO音に変化したそのO音が連結して「モヨ」となった)

  「ミイ・フ・クチ・モチ」、MII-HU-KUTI-MOTI((Hawaii)mii=attractive,fine-appearing,good-looking;hu=silent,quiet;kuti=draw tightly together,contract,pinch;moti=consumed,scarce,surfeited)、「きれいな・静かさ(落ち着き)を・身に付けた・ふっくらした(児(娘)よ)」

の転訛と解します。

 上の解釈において、第3句および第4句中の「ふくし」は、「フ・クチ」、HU-KUTI(hu=silent,quiet,secretly;kuti=draw tightly together,contract,pinch)、「静かさ(落ち着き)を・身につけている」と解するかまたは「プア・クチ」、PUA-KUTI(pua=flower,seed;kuti=draw tightly together,contract,pinch)、「花を・(飾りとして)身につけている」(「プア」の語尾のA音が脱落して「プ」から「ブ」またはさらにP音がF音を経てH音に変化して「フ」となった)と解することができ、ここでは原文の発音により忠実な前者を採りましたが、若い娘の形容としては後者の方がよりふさわしいかも知れません。

 また、第2句および第4句中の「モチ」には、「憔悴した(痩せた)」と「(飽食した)ふっくらした」の二つの意味がありますが、古代の美人の評価は後者と考えられますので、「ふっくらした(豊満な)」を採りました。この「モチ」は、「望月(もちづき)」の「もち」と同じです。

 なお、以上の句以外については、「そらみつ(大和の国)」、「おしなべて」、「(吾こそ)をれ」、「しきなべて」、「(吾こそ)ませ」は、

  「ト・ラミ・ツ」、TO-RAMI-TU(to=the...of,drag,open or shut a door or a window;rami=squeeze;tu=stand,settle,fight with,energetic)、「((我々が)戸を開けて)入り込んで・奪い取って・居座っている(大和国)」(国語篇(その四)の060そらみつの項を参照してください。)

  「オチ・ナペ・タイ」、OTI-NAPE-TAI(oti=finished,gone or come for good,then,but;nape=weave,jerk,say falteringly,tangled;tai=the sea,tide,wave,anger,violence)、「(荒々しい)力で・(この国を)良い状態に・組織する」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」となった)

  「ワウ・レイ」、WAU-REI(wau=quarrel,wrangle,discuss;rei=leap,rush,run)、「(国中を)走り回って・激論する(国論を統一する)」(「ワウ」のAU音がO音に変化して「ヲ」となった)

  「チキ・ナペ・タイ」、TIKI-NAPE-TAI(tiki=fetch,proceed to do anything,go for a purpose;nape=weave,jerk,say falteringly,tangled;tai=the sea,tide,wave,anger,violence)、「(荒々しい)力で・(国としての)行動を・組織する」(「タイ」のAI音がE音に変化して「テ」となった)

  「マタイ」、MATAI(watch,see,inspect,examine,gaze at intently or with longing)、「(国の状況を)監視する」(「マタイ」のAI音がE音に変化して「マテ」から「マセ」となった)

の転訛と解します。

 

2 [1−9]「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」

 

[原文]幸于紀温泉之時、額田王作歌

  莫囂円隣之 大相七兄爪謁気 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本

 

[読下し]紀の温泉に幸したまひし時に、額田王の作りし歌

  莫囂円隣之 大相七兄爪謁気 わが背子が い立たせりけむ 厳橿(いつかし)が本

 

 これまで「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」については解読困難として著名で、仙覚の「夕月の仰ぎて問ひし」(『仙覚抄』)、契沖の「夕月し覆ひなせそ雲」(『万葉代匠記』)、賀茂真淵の「紀の国の山越えてゆけ」(『万葉考』)から沢潟久孝の「静まりし浦波さわく」(『万葉集註釈』)などまで60種以上ともいわれる多種多様な訓み方が試みられていますが、決定的なものはありません。

 ここでは「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「なごえりし たさうなゑそゆけ」と訓じます。

 この「なごえりし」、「たさうなゑそゆけ」は、

  「ナ・(ン)ゴ・アウエ・リ・チ」、NA-NGO-AUE-RI-TI(na=belonging to;ngo=cry,grunt;aue=expressing astonishment or distress,groan;ri=bind;ti=throw,cast,overcome)、「嘆きと・疲労が・一緒になった・ようなもの(溜息)が・吐き出された(場所の)」(「(ン)ゴ」のNG音がG音に変化して「ゴ」となり、その語尾のO音と、「アウエ」のAU音がO音に変化したその語頭のO音と連結して「ゴエ」となった)

  「タタウ・ナワイ・トイ・フケ」、TATAU-NAWAI-TOI-HUKE(tatau=repeat one by one;nawai=denoting regular sequence of events,presently,for some time,for a while;toi=move quickly,encourage,incite;huke=dig up,excavate)、「何回も・休み休み・力を振り絞って・土を掘った(自分の死体を埋める穴を掘った。場所の)」(「ナワイ」のAI音がE音に変化して「ナヱ」と、「トイ」の語尾のI音と「フケ」のH音が脱落した語頭のO音が連結して「トユケ」から「ソユケ」となった)

の転訛と解します。

 すなわち、この歌の「吾が背子」とは斉明紀4年11月条にみえる紀国藤白坂で絞首された有馬皇子を指し、「厳橿が本」とは皇子にその木の下に穴を掘らせ、そこで絞首した後下に落として埋葬した穴のある「厳橿の根本」であったと考えられます。

 紀によれば斉明天皇は同年10月15日に紀温湯に行幸、翌年正月3日に還幸されていますが、その間の11月5日に有馬皇子の謀反が発覚、9日に紀温湯に護送され、同日大海人皇子の尋問を受け、11日に絞首されていますから、この歌は随行した額田王が帰京の途中で藤白坂において万感を込めて詠んだものでしょう。(岩波書店新日本古典文学大系『万葉集』第2巻付録月報(96号。2000年11月)に伊藤博筑波大学名誉教授が「省却」と題する随想の中で[1-9]歌の「我が背子」は通説の大海人皇子ではなく有馬皇子と断定しておられます。)

 

3 [2−156]「已具耳矣自得見 監乍共」

 

[原文]十市皇女薨時、高市皇子尊御作歌三首

  三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見 監乍共 不寝夜叙多

 

[読下し]十市皇女の薨ぜし時に、高市皇子尊の御作りたまひし歌三首

  みもろの三輪の神杉 已具耳矣自得見 監乍共 寝ねぬ夜ぞ多き

 

 これまで「已具耳矣自得見 監乍共」も解読困難で著名で、諸説がありますが、いまだに確定的なものはありません。

 ここでは「已具耳矣自得見 監乍共」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「いぐにをじえみ けむさとも」と訓むこととします。

 この「いぐにをじえみ」、「けむさとも」は、

  「イ・(ン)グヌ・ワオ・チエミ」、I-NGUNU-WAO-TIEMI(i=past tense,beside;ngunu=bend,croach,singe;wao=forest;tiemi=be unsettled,be cast adrift,jerk up and down,play at see-saw)、「(落雷(?)によるものか神杉が)倒伏した(または焼け焦げた)・森が・木が重なり合ったままで」(「(ン)グヌ」のNG音がG音に、U音がI音に変化して「グニ」と、「ワオ」のAO音がO音に変化して「ヲ」となった)

  「ケ・ム・タ・トモ」、KE-MU-TA-TOMO(ke=different,strange;mu=murmur at,show discontent with,silent;ta=dash,beat,lay;tomo=be filled,pass in,enter,begin,assault)、「異様な・(神の)不満(怒り)が・現れて・襲ったような(事態の出現に)」(「カイ(ン)ガ」のAI音がE音に変化し、語尾のA音が脱落して「ケム」となった)

の転訛と解します。

 天武紀7年4月7日条は、天皇が天神地祇を祀るために斎宮に向かって出発しようとした際に、十市皇女が急逝したので、出発を取り止め、遂に神祇を祀らなかったところ、13日に新宮殿に落雷があったとし、翌14日に皇女を大和の赤穂(現奈良市高畑町かとされます)に葬ったとあります。これらのこととこの歌は何らかの関係があったのでしょうか。

4 [14−3419]「奈可中次下」

[原文]伊可保世欲 奈可中次下 於毛比度呂 久麻許曽之都等 和須礼要奈布母

[読下し]伊香保せよ 奈可中次下 おもひどろ くまこそしつと 忘れせなふも

 ここでは「奈可中次下」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「なかなかしげ」と訓むこととします。

この「いかほせよ」、「なかなかしげ」、「おもひどろ」、「くまこそしつと」、「わすれせなふも」は、

  「イカ・ハウ・テイ・イオ」、IKA-HAU-TEI-IO(ika=warrior,heap;hau=eager,famous,vitality of man;tei,teitei=high,tall,lofty;io=muscle,spur,tough,hard,obstinate)、「男らしく・背が高く・頑丈な・戦士(が)」(「ハウ」のAU音がO音に変化して「ホ」と、「テイ」のEI音がE音に変化して「テ」から「セ」と、「イオ」が「ヨ」となった)

「ナカナカ・チ(ン)ゲイ」、NAKANAKA-TINGEI(nakanaka=move to or from;ingei=unsettled,ready to move)、「今にも・動き出そう(出発しょう)として」(「チ(ン)ゲイ」のNG音がG音に変化して「チゲイ」から「シゲ」となった)

  「オ・モヒ・トロ」、O-MOHI-TORO(o=the...of,belonging to;mohi,mohimohi=tend,nurse;toro=stretch forth,extend,creep,visit)、「(妻を)いつくしむ・感情(心。思い)を・外へ出して」

  「クママ・コト・チ・ツトフ」、KUMAMA-KOTO-TI-TUTOHU(kumama=desire,long for;koto=loathing,sob,make a low sound;ti=throw,cast,overcome;tutohu=receive a proposal favourably,give consent to,indicate,sign)、「低い声を・出して・(妻への愛を)表現しょうと・願って」(「クママ」の反復語尾が脱落して「クマ」と、「ツトフ」のH音が脱落して「ツト」となった)

  「ワ・ツレフ・テナ・フ・マウ」、WHA-TUREHU-TENA-HU-MAU(wha=be disclosed,get abroad;turehu=blink,wink,doze;tena=encourage,urge forward;hu=resound,noise,bubble up,be rumoured;mau=carry,bring,be fixed,continuing)、「露わに・(妻を)じっと見つめた・勇気を出して・こみ上げるもの(思い)を・しっかりと(記憶に)留めるように」(「ツレフ」のH音が脱落して「ツレ」から「スレ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

の転訛と解します。

<修正経緯>

1 平成16年10月1日

 395 ゆふたたみ(木綿畳)の(1),(2)の解釈を修正しました。

2 平成17年8月1日

 295とほつひとの項中「雁」の解釈を雑楽篇(その二)の650に合わせて修正しました。

3 平成18年2月1日

 290つるぎたちの解釈を一部修正、334ふすまぢをの解釈を修正、395ゆふたたみの項に「たむけ(手向け)」の解釈を追加しました。

4 平成18年4月1日

 265たきぎこるの解釈を一部修正、270たちのしりの解釈、290つるぎたちの解釈になお書きを追加、難訓歌の2の解釈を一部修正しました。

5 平成18年5月1日 

 353まつがへりの項に「しひてあれやは」の解釈を追加、373もののふのの解釈を一部修正しました。

6 平成19年2月15日

 インデックスのスタイル変更に伴い、本篇のタイトル、リンクおよび奥書のスタイルの変更、<修正経緯>の新設、<次回予告>の削除などの修正を行ないました。本文の実質的変更はありません。

7 平成19年11月1日 

 314 はしたての(梯立の)の項の「はしたての」・「くらはし」の解釈を修正しました。

8 平成23年2月1日

 366 みもろつく(三諸つく)の解釈を一部修正しました。

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国語篇(その六)終わり

 

U R L:  http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/
タイトル:  夢間草廬(むけんのこや)
       ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
作  者:  井上政行(夢間)
Eメール:  muken@iris.dti.ne.jp
ご 注 意:  本ホームページの内容を論文等に引用される場合は、出典を明記してください。
(記載例  出典:ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/timei05.htm,date of access:05/08/01 など)
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