国語篇(その十)<『万葉集』難解句>

(平成18-5-1書込み。22-5-20最終修正)(テキスト約26頁) 篇(その)


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[本篇は、国語篇(その三)国語篇(その四)<枕詞>国語篇(その五)<枕詞・続(上)>国語篇(その六)<枕詞・続(下)>および国語篇(その七)<『万葉集』難訓歌解読試案(増補)>には、『万葉集』の中の枕詞および難訓歌のポリネシア語による解釈とともにそれに関連する難解句(訓みはほぼ確定しているが、その意味が不明または疑義がある句および単語)の解釈も示しておりますが、これらに収録していない難解句(諸本のテキストがほぼ一致しているのに訓釈が困難としてその一部の用字を誤字として訂正しているものを含む。)122句について解釈を試みたものです。

なお、用例中出典の明記がない数字は『万葉集』の巻数・歌番号です。

また、ポリネシア語による解釈は、原則としてマオリ語により、ハワイ語による場合はその旨を特記します。]

 

目 次

 

501雑歌(ざふか)502反歌(はんか)503はしりでの(走出之)504ころふす(自伏)505いへ(家)・すまひ(住居)・やど(宿)506こころもしのに(情毛思努尓)507しめじめと(潤湿跡)508かなわ(可奈和)509かざはやの(加座幡夜能)510おほなわに(多奈和丹)511をちみづ(変水)512ねりのむらと(練乃村戸)513かたちつくほり(加多知都久保里)514かづきする(入潮為)515ゆなゆなは(由奈由奈波)・ゆりゆりは(由李由李波)516いつがり(伊都我里)517たゆらきの(絶等寸笶)518まさきくもがも(麻勢久可願)・なほり(名欲)やま519ゆきかぐれ(帰香具礼)520みなぎらふ(水殺合)

521としのは(毎年)522ゆきしかば(行之鹿歯)523うたて(菟楯)524ともうぐひす(友鶯)525おほほしく(不明)526ほとほと(保等穂跡)527みづさへにてるふねはててふねなるひとは(水左閇而照舟竟舟人)528あからひくいろぐはしこ(朱羅引色妙子)529かくぞとしにある(然叙年而在)530ありかてぬ(在可太奴)531てもすまに(手寸十名相)532とくとむすびて(解登結而)533ひでてかるまで(秀而及苅)534いたやかぜふき(板屋風吹)535かつてわすれず(曽不忘)536しらたま(白玉)537なぐさめにみつつもあらむ(意追見乍有)538なにしかなれのぬしまちかたき(何然汝主待固)・つげ(黄楊)539ありわたるかも(有度鴨)540めのともしかるきみ(目之乏流君)

541あしくはありけり(小可者在来)542いめにみえつつ(夢所見乍)543おもひかねて(思金手)544はしきやし(級寸八師)545よそめにも(世染似裳)546わざみの(和射見野)・かりて(借手)547あぢかまの(味鎌之)・しほつ(塩津)548あひがたくすな(合難為名)549うつしごころや(写意哉)550おとどろ(音杼侶)551うたがた(歌方)552うれし(娯)553かみとけのはたたくそらの(霹靂之阿香天之)・えだ(条)554うらぐはし(卜細)555ありなみ(有双)556しのぎは(志乃岐羽)557しけらく(思家良久)558おしへ(於思敝)559かなるましづみ(可奈流麻之豆美)・さすわな(佐須和奈)・ころ(許呂)560をみねみかくし(乎美祢見可久思)

561まつしだす(麻都之太須)562たよらに(多欲良尓)563まま(麻万)564いはゐつら(伊波為都良)565こふばそも(故布婆曽母)566おすひ(於須比)567たゆらに(多由良尓)568かりばね(可里婆祢)569まぐはしまと(麻具波思麻度)・まきらはし(麻伎良波之)570かぬまづくひととをたはふ(可奴麻豆久比等登於多波布)・とら(刀羅)571そひ(蘇比)572あにくやしずし(阿尓久夜斯豆之)573たに(多尓)574わをかけやま(和乎可鶏夜麻)・かづのき(可頭之木)・わをかづさねもかづさかずとも(和乎可豆佐祢母可豆佐可受等母)575かむしだ(可牟思太)576よち(予知)・たばりに(多婆里尓)577ものたなふ(毛乃多奈布)578をな(乎那)・ひじ(比自)579まくらが(麻久良我)580さなつら(佐奈都良)

581とりのをかちしなかだをれ(等里乃乎加恥志奈可太乎礼)582にふなみ(尓布奈未)583まな(麻奈)584ぬながへゆけど(奴我奈敝由家杼)・わぬがゆのへは(和奴賀由乃敝波)585あはすがへ(安波須賀倍)・あらそふ(安良蘇布)586きせさめや(伎西佐米也)587うらもと(宇良毛等)588へなかも(敝奈香母)589おそき(於曽伎)590かなと(可奈門)591はささげ(波左佐気)592まゆかせらふも(麻由可西良布母)593いね(伊祢)594さわゑうらだち(佐和恵宇良太知)595こてたずくもか(許弖多受久毛可)596かなとだをあらがきまゆみ(可奈刀田乎安良我伎麻由美)597そわへかも(曽和敝可毛)598しぐひ(四具比)599ほかい(乞食者)600うぐひすのなくくらたに(鶯能奈久〃良多尓)・うちはめ(宇知波米)・やけは(夜気波)

601やまきへなりて(夜麻伎敝奈里弖)602ことはたなゆひ(許等波多奈由比)603おやじ(於夜自)604うちくちぶりの(宇知久知夫利乃)605ゆりもあはむ(由利毛安波牟)606ふさへしに(布佐倍之尓)607つばらかに(都婆良可尓)608かたりさけ(語左気)609ほろにふみあだし(富呂尓布美安太之)610なりはたをとめ(鳴波多孃嬬)611さぐくみ(佐具久美)612かまけり(加麻気利)613とちははえ(等知波〃江)614ふたほがみ(布多富我美)・あたゆまひ(阿多由麻比)615とゑらひ(等恵良比)616おきてたかきぬ(於枳弖他加枳奴)617あがこひすなむ(阿加古比須奈牟)618まくらたし(麻久良多之)・めきこむ(馬伎己無)619はがし(波賀志)620かたやまつばき(可多夜麻都婆伎)621ゆすひ(由須比)622いをさだはさみ(伊乎佐太波佐美)623いたみ(傷み)・かもやまの(鴨山の)・いわねしまける(岩根し枕ける)・(我を)かも624きょうきょう(今日今日)・いしかわ(石川)・かひ(貝)・(逢い)かつましじ・よさみ(依羅)

<修正経緯>

 

 

<『万葉集』難解句>

 

501雑歌(ざふか)

 万葉集の歌は、大別して雑歌・相聞・挽歌の三種の部立に分類されます。これらは漢語とされますが、いずれも漢籍に見られる内容とは異なっています。とくに雑歌は『文選』の「雑歌」、「雑詩」の分類名によるものと考えられていますが、文選の「雑歌」が歌謡であるのとは性格が異なり、また「雑詩」が公宴、行幸、遊覧、旅行、贈答などに属さない詩を指すのに対して、万葉集の「雑歌」はこれらのすべてを含み、また、冒頭の巻一のすべてが雑歌であり、天皇の御製や皇族の御歌が多数収録されるなど、「雑多な歌」というよりは肩肘を張った「公けの場の歌」の性格が顕著です。  

 この「ざふか」は、

  「タフア・ウカ」、TAHUA-UKA(tahua=heap especially of food at a feast;uka=be fixed)、「(祭りなど公の)儀式・宴会の(ご馳走のようにその場を盛り上げた)歌を・記録したもの」(「タフア」のH音と語尾のA音が脱落して「タウ・ウカ」から「ソウカ」、「ゾウカ」となった)

の転訛と解します。

 

502反歌(はんか) 

 長歌の後に添えられる短歌を「反歌」といい、万葉集の長歌の多くに反歌(短歌と記載されたものもある)が付属します。形式は、旋頭歌1首(13-3233)を除き五七五七七の短歌形式です。古くは長歌のみが歌であったものが、新しい形式として短歌が登場したものと思われます。

 この「はん(反)」は、

  「ハ(ン)ガ」、HANGA(make,build,fashion)、「(新しい)流行の形式(の歌)」(NG音がN音に変化して「ハナ」から「ハン」となった)

の転訛と解します。

 

503はしりでの(走出之)

 (2-210)「…走り出の堤に立てる槻の木の…」の「はしりでの」は、(13-3331)「…走り出の宜しき山の…」、雄略紀6年2月条歌謡「…和斯里底能(わしりでの)宜しき山…」と類似しています。

 この「はしりで」は、

  「ワチ・リテ」、WHATI-RITE(whati=be broken off short,be bent at an angle;rite=like,balanced by an equivalent)、「程よく・(くねくねと)凹凸・屈曲がある(堤)」(「ワチ」のWH音がH音に変化して「ハチ」から「ハシ」となった)

の転訛と解します。 

504ころふす(自伏)

 (2-220)「…波の音のしげき浜辺をしきたへの枕になして荒床にころ臥す君が…」の「ころふす(自伏)」の「自(ころ)」は、古訓点に「自(コロト)」とあることによります。

 この「ころ」は、

  「コロ」、KORO(desire)、「自ら(望んで)」

  または「コロコロ」、KOROKORO(loose,slack)、「(身体から力を抜いて放り出されたように)ごろんと」(反復語尾が脱落して「コロ」となつた)

の転訛と解します。 

505いへ(家)・すまひ(住居)・やど(宿)

 (3-265)「苦しくも降り来る雨か三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに」などにみえる「いへ(家)」は、家族の住む自分の家を指し、他人の家を指す例はないとされます。この「いへ」は、家族の住む場所を指すだけでなく、家族(集団)や家系(集団)をも意味することがあります。

 また、すまひ(住居)や、やど(宿)という関連語があります。

 この「いへ」、「すまひ」、「やど」は、

  「イ・ヘイ」、I-HEI(i=past tense,beside,with,by,at;hei=go towards,turn towards,tie round the neck,be bound or entangled)、「(人が)帰って・行く(場所)もしくは(人が家族として)結ばれて・いる(集団)」または「イ・ヘイ(ン)ガ」、I-HEINGA(i=past tense,beside,with,by,at;heinga=parent,ancestor)、「(人が)先祖や親と・繋がっている(集団。家系)」(「ヘイ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ヘイ」から「ヘ」となった)

  「ツ・マヒ」、TU-MAHI(tu=stand,settle;mahi=work,make,perform)、「止まって・生活する(場所)」

  「イア・タウ」、IA-TAU(ia=indeed;tau=come to rest,settle down)、「実に・休息をする(場所)」(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」から「ド」となつた)

の転訛と解します。 

506こころもしのに(情毛思努尓)

 (3-266)「近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古(いにしへ)思ほゆ」は、人麻呂屈指の名歌として著名で、この「こころもしのに」(他に8-1552,11-2779,17-3979,20-4500など8例)は「心も/しのに」と訓んで「しの」は「しなふ」などの「しな」と同源と解されていますが、「心/もしのに」とし、さらに万葉仮名の通常の訓み方に従い「心/もしぬに」と訓むべきではないかと考えます。

 この「もしぬに」は、

  「モチ・ヌヌイ」、MOTI-NUNUI(moti=consumed,scarce;nui,nunui=many,large)、「たいへん・(心が)萎えてふさぎ込んだ(状態の)」(「ヌヌイ」のUI音がI音に変化して「ヌニ」となった)

の転訛と解します。 

507しめじめと(潤湿跡)

 (3-370)「雨降らずとの曇る夜のしめじめと恋ひつつ居りき吾待ちがてり」の第三句「潤湿跡」は難訓で、岩波新古典文学大系本は「しめじめと」(荷田信名『童蒙抄』)の説を採用していますが、平安朝以後の用例しかありません。万葉集では「潤」は「ウル、ヌラシ、ヌレ」と、「湿」は「ヒヅ、ヌラサ、ヌシ」と訓ずる例はありますが、いずれも「シメ」などと訓じた例はありません。そこで、仮に「うるぬると」と訓ずることとしました。

 この「うるぬる」は、

  「ウル・(ン)グル」、URU-NGURU(uru=be anxious;nguru=utter a suppressed groan,sigh,grunt,murmur,rumble)、「不安に駆られて・(低い声で)泣きうめく」(「(ン)グル」のNG音がN音に変化して「ヌル」となった)

の転訛と解します。 

508かなわ(可奈和)

 (3-385)「霰降り吉志美が岳を険しみと草取りかなわ妹が手を取る」の「かなわ(可奈和)」は難解で、『肥前国風土記逸文』には「霰降る杵島が岳を峻しみと草取りがねて妹が手を取る」との杵島曲の歌が伝えられています。

 この「かなわ」は、

  「カナ・ワ」、KANA-WA(kana=stare wildly;wa,wawa=make a loud rumbling or roaring noise)、「じっと見つめて・悲鳴を上げる(妹)」

の転訛と解します。 

509かざはやの(加座幡夜能)

 (3-434)「風早の美保の浦廻の白つつじ見れどもさぶしなき人思へば」の初句は、諸本とも「加麻幡夜能」であったものを「麻」は「座」の誤字とする橘千蔭『万葉集略解』の説によって「かざはやの(加座幡夜能)」と改められていますが、原文に忠実に「加麻幡夜能(かまはやの)」と訓むべきであると考えます。

 この「かまはやの」は、

  「カマ・ハ・イア・ノ」、KAMA-HA-IA-NO(kama=eager;ha=breathe;ia=current;no=of)、「激しく・潮流が・干満を繰り返す・場所の」

の転訛と解します。 

510おほなわに(多奈和丹)

 (4-606)「われも思ふ人もな忘れおほなわに浦吹く風のやむ時なかれ」の第三句「おほなわに(多奈和丹)」は難解で、後撰集には「我も思ふ人も忘るなありそ海の浦吹く風のやむときもなく」の歌が収められています。

 この「おほなわに」は、

  「オホ(ン)ガ・ワニ」、OHONGA-WANI(ohonga=anything which may serve to connect an incantation with the person on whom it is intended to take effect,as a lock of his hair,anything which he has touched,etc.;wani=scrape,touch lightly,comb the hair)、「(相手が触った)髪を梳りながら・(互いに相手を忘れないという)まじないの願いを込める」(「オホ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「オホナ」となった)

の転訛と解します。 

511をちみづ(変水)

 (4-627)「我が手本まかむと思はむますらをはをち水求め白髪生ひにたり」の「をちみづ(変水)」は若返りの効能がある霊水と解されています。

 この「をち」は、

  「オチ」、OTI(come or gone for good)、「(若返るという)好ましい結果をもたらす(もの。水)」

の転訛と解します。 

512ねりのむらと(練乃村戸)

 (4-773)「言問はぬ木すらあぢさゐ諸弟(もろと)らが練りのむらとに詐かれけり」は、第二句「あぢさゐ」は「あぢさゐの八重咲くごとく(20-4448)」の例から誇大饒舌の意と、第三句「諸弟」は人名かと、第四句「ねりのむらと(練乃村戸)」は「よく練り上げた美辞麗句」の意、「むらと」は人の智を司る腎臓と解されていますが、「諸弟」は人名としてどこにも見えませんし、「練られた腎臓」という表現も不審です。

 この「もろとらが」、「ねり」、「むらと」は、

  「モロ・ト・ラ(ン)ガ」、MOLO-TO-RANGA((Hawaii)molo=to turn,spin;to=drag;ranga=raise,perform certain rites over the child of a chief etc.)、「(人の恋心を)取り戻して・来る・まじないの儀式」(「ラ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ラガ」となった)

  「(ン)ガヒリ」、NGAHIRI(pestle,pounder for fern root)、「(羊歯の根茎をすりつぶすように)練る」(「(ン)ガヒリ」のNG音がN音に変化し、H音が脱落して「ナイリ」となり、さらにAI音がE音に変化して「ネリ」となつた)

  「ムフ・ラト」、MUHU-RATO(muhu=stupid,incorrect,faulty;rato=be served or provided,be distributed)、「提供された・偽り(の言葉)」(「ムフ」のH音が脱落して「ム」となった)

の転訛と解します。 

513かたちつくほり(加多知都久保里)

 (5-904)「…我乞ひ祷めどしましくも良けくはなしにやくやくにかたちつくほり朝な朝な言ふこと止みたまきはる命絶えぬれ…」の「かたちつくほり」は、「形くづほり」の顛倒かとする説があり、岩波新古典文学大系本は「面変わりして」と仮訳しています。

 この「つくほり」は、

  「ツク・ポリ」、TUKU-PORI(tuku=let go,leave,allow;pori=wrinkle,fold as of the skin with fat)、「皮膚に皺が・寄ってくる(弾力が無くなる)」(「ポリ」のP音がF音を経てH音に変化して「ホリ」となった)

の転訛と解します。 

514かづきする(入潮為)

 (7-1234)「潮速み磯廻に居れば潜(かづ)きする海人と見らむ旅行く我を」の第三句「入潮為」は、「潜(かづ)きする」、「漁(あさり)する」、「いほりする」などと訓む説があります。「潜(かづ)きする」は「潜為」(3-258,7-1301,1302,1303,1318)と記し、「漁(あさり)する」は「朝入為(流)」(7-1165,1186,9-1727)、「阿左里須流」(5-853)と記し、「いほりする」は「伊保利須流」(15-3620)などと記し、「入潮」はこの歌だけです。そこでこれを仮に「いりしほす」と訓むこととします。

 この「いりしほす」は、

  「イリ・シホ・ツ」、IRI-TIHO-TU(iri=be elevated on something,rest upon;tiho=flacid,soft;tu=stand,settle)、「(岩の上に)ぐったりと・横になって休んで・いる(人)」

の転訛と解します。 

515ゆなゆなは(由奈由奈波)・ゆりゆりは(由李由李波)

 (9-1740)「…髪も白けぬゆなゆなは息さへ絶えて…」の「ゆなゆなは」は難解で、「後々は」の意かとされ、「由李由李(ゆりゆり)」の誤りとする説(鹿持雅澄『万葉集古義』)があります。

 この「ゆなゆなは」、「ゆりゆりは」は、

  「イ・ウナ・イ・ウナ・ワ」、I-UNA-I-UNA-WHA(i=past tense;(Hawaii)una=fatigued,weary;wha=be disclosed)、「どんどん・(身体が)弱ることが・目に見えて」

  「イ・ウリ・イ・ウリ・ワ」、I-URI-I-URI-WHA(i=past tense;uri,uriuri=dark,deep in colour,short in time or distance;wha=be disclosed)、「どんどん・(身体が)黒くなることが・目に見えて」または「ほんの・短い時間が・過ぎて(アッという間に)」

の転訛と解します。 

516いつがり(伊都我里)

 (9-1767)「豊国の香春は我家紐児にいつがり居れば香春は我家」の「いつがり(伊都我里)」は、「い」は接頭語、「つがり」はつながる意かとされています。

 この「いつがり」は、

  「イツ・ウ(ン)ガ・リ」、ITU-UNGA-RI(itu=side;unga=place of arrival;ri=bind)、「(紐児の)そばの・居場所に・くっついて離れない」(「イツ」の語尾のU音と「ウ(ン)ガ」の語頭のU音が連結し、NG音がG音に変化して「イツガ」となった)

の転訛と解します。 

517たゆらきの(絶等寸笶)

 (9-1776)「たゆらきの(絶等寸笶)山の峰の上の桜花咲かむ春へは君を偲はむ」の「たゆらきの(絶等寸笶)山」は所在不詳とされます。

 この「たゆらきの」は、

  「タ・イフ・ラキ・ノ」、TA-IHU-RAKI-NO(ta=the...of,dash,beat;ihu=nose;raki=north;no=of)、「あの・鼻のような(形をした)・北方に・そびえる(山)」(「イフ」のH音が脱落して「ユ」となった)

の転訛と解します。 

518まさきくもがも(麻勢久可願)・なほり(名欲)やま

 (9-1779)「命をしま幸(さき)くもがも名欲(なほり)山岩踏み平(なら)しまたまたも来む」の第二句の訓みには諸説があり、岩波新古典文学大系本は「まさきくもがも(麻勢久可願)」の訓みを推奨しますが、「勢」を「さき」と訓ずるのにはやや無理があると考え、万葉仮名の通常の訓みに従い、ここでは「ませくかねがふ」と訓むこととします。

 この「ませくかねがふ」、「なほり(山)」は、

  「マタイ・ク・カネ・(ン)ガフ」、MATAI-KU-KANE-NGAHU(matai=watch,inspect;ku=silent;kane=choke;ngahu,ngangahu=sharp,distorted)、「静寂で・雑草が生い茂る・険しい(場所。名欲山を)・じつと見据えて(山を越える)」(「マタイ」のAI音がE音に変化して「マテ」から「マセ」と、「(ン)ガフ」のNG音がG音に変化して「ガフ」となった)

  「ナ・ホリ」、NA-HORI(na=belonging to;hori=cut,slit)、「谷が(深く)切れ込んで・いるような(山)」

の転訛と解します。 

519ゆきかぐれ(帰香具礼)

 (9-1809)「…夏虫の火に入るがごと湊入りに船漕ぐごとく行きかぐれ(帰香具礼)…」の「かぐれ(香具礼)」は語義未詳で、「寄り集まる」義かとされます。

 この「ゆきかぐれ」は、

  「イ・ウキ・カハ・(ン)グレ(ン)グレ」、I-UKI-KAHA-NGURENGURE(i=past tense;uki,ukiuki=continuous,lasting;kaha=rope,file of an army;ngurengure=an insect pest that attacks sweet potato)、「(男たちが)ひっきりなしに・列を作って・(甘藷に群がる害虫のように)群がり寄っ・た」(「カハ」のH音が脱落して「カ」と、「(ン)グレ(ン)グレ」」のNG音がG音に変化しし、反復語尾が脱落して「グレ」となった)

の転訛と解します。 

520みなぎらふ(水殺合)

 (10-1849)「山のまの雪は消ざるをみなぎらふ川の沿ひには萌えにけるかも」の「みなぎらふ」は、諸本とも原文は「水飯合」ですが、これでは訓釈困難として「飯」を「殺」の俗字の誤りとして「みなぎらふ」と訓む説(沢瀉久孝)があり、「水があふれ出る」意とします。これを原文通り「水飯合」とし、通常の万葉仮名の訓み方に従い、「みいひあふ」と訓むこととします。

 この「みいひあふ」は、

  「ミ・イヒ・アフ」、MI-IHI-AHU(mi=urune,river;ihi=shudder,quiver,make a hissing noise;ahu=heap,tend,move in a certain direction)、「川が・さらさらと音を立てて・流れる」

の転訛と解します。 

521としのは(毎年)

 (10-1857)「としのは(毎年)に梅は咲けどもうつせみの世の人我し春なかりけり」の「としのは(毎年)」は、(19-4168)細注に「毎年、これをとしのはという(毎年謂之等之乃波)」とあるところから「としのは」と訓じています。

 この「としのは」は、

  「タウ・チ・ノハ(ン)ガ」、TAU-TI-NOHANGA(tau=season,year;ti=throw,cast;nohanga=nohoanga=noho=sit,stay,settle)、「過ぎ去る・歳に・(それぞれとどまる)生起する(こと)」(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」と、「ノハ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ノハ」となった)

の転訛と解します。 

522ゆきしかば(行之鹿歯)

 (10-1886)「住吉の里ゆきしかば(行之鹿歯)春花のいやめづらしき君に逢へるかも」の第二句「ゆきしかば(行之鹿歯)」は、諸本の原文「得之鹿歯」で、「得」は「行」の誤り(賀茂真淵『万葉考』)としますが、これも原文のまま「里得之鹿歯」とし、「(里に)としかは」と訓ずることとします。

 この「としかは」は、

  「タウ・チ・カハ」、TAU-TI-KAHA(tau=come to rest,float,settle down;ti=throw,cast;kaha=a general term for several charms used when fishing or snaring birds etc.)、「(住吉の里を)ぶらぶらして・狩猟に効く呪文を・唱えたら(良い獲物を捕らえられるかも)」(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」となつた)

の転訛と解します。 

523うたて(菟楯)

 (10-1889)「我が宿の毛桃の下に月夜さし下心よしうたてこのころ」の終句の「うたて」は、感動詞とも、副詞とも見られる語で、事態の進行に当惑する気持ちや、なぜか非常に、などの意を表すとされます。

 この「うたて」は、

  「ウ・タタイ」、U-TATAI(u=be firm,be fixed,reach its limit;tatai=measure,arrange,adorn,apply as ornament,plan)、「物事の成行きが・極限に達する(事態。状況)」(「タタイ」のAI音がE音に変化して「タテ」となつた)

の転訛と解します。 

524ともうぐひす(友鶯)

 (10-1890)「春山のともうぐひす(友鶯)の鳴き別れ帰ります間も思ほせ我を」の初句・第二句は、西本願寺本などは「春日野犬鶯」と、『類聚古集』に「春山野友鶯」とあります。ここでは西本願寺本などにより「犬鶯」とし、「けんうぐひす」と訓ずることとします。

 この「けん」は、

  「ケノ」、KENO(night)、「夜に(別れる)」(「ケノ」が「ケン」となった)

の転訛と解します。(「うぐひす」については、雑楽篇(その二)の642うぐいす(鶯)の項を参照してください。) 

525おほほしく(不明)

 (10-1921)「おほほしく君を相見て菅の根の長き春日を恋ひわたるかも」の初句「おほほしく」は、「はつきりではなしに」の意と解されています。

 この「おほほしく」は、

  「オホオホ・チキ」、OHOOHO-TIKI(ohooho=need care;tiki=fetch,proceed to do anything)、「しっかりと(何かをする(この場合は見る)には)・注意が必要な(状況。はっきりとしない)」(「オホオホ」の最初の「オホ」の語尾のO音と次の「オホ」の語頭のO音が連結して「オホホ」となった)

の転訛と解します。 

526ほとほと(保等穂跡)

 (10-1979)「春さればすがるなす野のほととぎすほとほと妹に逢はず来にけり」の第三句「ほとほと(保等穂跡)」は、「殆ど」で、「もう少しで・・・するところだつた」の意とされます。

 この「ほとほと」は、

  「ホトホト」、HOTOHOTO(causing a cold shock,palpitate)、「ひやっとする、どきどきする」

の転訛と解します。 

527みづさへにてるふねはててふねなるひとは(水左閇而照舟竟舟人)

 (10-1996)「天の川みづさへにてるふねはててふねなるひとは(水左閇而照舟竟舟人)妹に見えきや」の第二・三・四句は、諸説があつていまだに定説がなく、岩波新古典文学大系本は土屋文明『万葉集私注』説を採用しています。

 この「みづさへにてる」、「ふねはてて」は、

  「ミ・ツ・タヘ・ニヒ・テリテリ」、MI-TU-TAHE-NIHI-TERITERI(mi=urine,river;tu=stand,settle,fight with,energetic;tahe=drop,flow;nihi=move stealthly,neap of the tide;teriteri=shake,jolt)、「(天の川の)水は、(場所によつてあるいは)強く・流れ・(あるいは)静かに・流れる」(「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」と、「テリテリ」の反復語尾が脱落して「テリ」となった)

  「フヌ・パタイタイ」、HUNU-PATAITAI(hunu,huhunu=double canoe;patai,pataitai=provoke,challenge)、「舟が・(天の川を渡ろうと)必死に努力している」(「フヌ」が「フネ」と、「パタイタイ」のP音がF音を経てH音に、AI音がE音に変化して「ハテテ」となった)

の転訛と解します。 

528あからひくいろぐはしこ(朱羅引色妙子)

 (10-1999)「あからひく(朱羅引)いろぐはしこ(色妙子)をしば見れば人妻故に我恋ひぬべし」の初句「あからひく(朱羅引)」は「赤い色を帯びる、紅顔の」意、第二句「いろぐはしこ(色妙子)」は「すぐれて美しい女子」意とされています。

 この「あからひく」、「いろぐはしこ」は、

  「ア・カ・ラ・ヒ・ク」、A-KA-RA-HI-KU(a=belonging to;ka=take fire,be lighted,burn;ra=bind;hi=raise,rise;ku=silent)、「まるで・(火が燃えるような)赤さを・帯びた(色が)・静かに・皮膚に浮き出している」または「ア・カラ・ヒ・ク」、A-KARA-HI-KU(a=belonging to;kara,kakara=scent,flavour;hi=raise,rise;ku=silent)、「ある・香りが・(身体から)静かに・発散している」

  「イロ・ク・ワチ・コ」、IRO-KU-WHATI-KO(iro=submissive as result of punishment;ku=silent;whati=be broken off,come quickly,flow;ko=addressing girl and males)、「従順で・静かに・軽やかに歩く・女子」(「ワチ」のWH音がH音に変化して「ハチ」から「ハシ」となった)

の転訛と解します。 

529かくぞとしにある(然叙年而在)

 (10-2005)「天地と別れし時ゆ己が妻かくぞとしにある(然叙年而在)秋待つ我は」の第四句「かくぞとしにある(然叙年而在)」の「年」は諸本「手」とあるのを「年」の誤りとした(荷田信名『万葉集童蒙抄』)説によるものですが、これも原文のまま「手(て)」とします。

 この「て」は、

  「タイ」、TAI(the coast)、「(天の川の)岸」(AI音がE音に変化して「テ」となつた)

の転訛と解します。 

530ありかてぬ(在可太奴)

 (10-2012)「白玉の五百つ集ひを解きも見ず我はありかてぬ(在可太奴)逢はむ日待つに」の第四句「ありかてぬ(在可太奴)」の「在」は、諸本「于」とあるのを「在」の誤りとした(橘千陰『万葉私有略解』など)もので、ここでは原文に忠実に「うかたぬ(于可太奴)」とします。

 この「うかたぬ」は、

  「ウカ・タヌ」、UKA-TANU(uka=hard,firm,be fixed;tanu=bury,plant,smother with)、「息を止めて・じっとしている」

の転訛と解します。 

531てもすまに(手寸十名相)

 (10-2113)「てもすまに(手寸十名相)植ゑしも著く出で見ればやどの初萩咲きにけるかも」の初句「てもすまに(手寸十名相)」は、通常の万葉仮名の訓み方に従い、「たきそなへ」と訓ずることとします。

 この「たきそなへ」は、

  「タキ・トナ・ヘ」、TAKI-TONA-HE(taki=stick in;tona=excrescence,wart,corn,etc.;he=wrong,in trouble or difficulty)、「(萩の)芽枝を・苦労して・挿し木した」

の転訛と解します。 

532とくとむすびて(解登結而)

 (10-2211)「妹が紐とくとむすびて(解登結而)竜田山今こそもみちそめてありけれ」の第二句「とくとむすびて(解登結而)」の意味は、「(紐を)解いて、また結んで」の意と解されていますが、難解です。ここでは「とくと」を次のように解します。

 この「とくと」は、

  「ト・クタオ」、TO-KUTAO(to=drag;kutao=cold)、「(紐を解いたままでは)寒さが・やつて来る(寒いので。紐を結んだ)」(「クタオ」のAO音がO音に変化して「クト」となった)

の転訛と解します。 

533ひでてかるまで(秀而及苅)

 (10-2244)「住吉の岸を墾り蒔きし稲ひでてかるまで(秀而及苅)逢はぬ君かも」の第四句「ひでてかるまで(秀而及苅)」の「秀」は、諸本の原文は「乃」とあるのを「秀」の誤りとしたものですが、これも原文に忠実に「のにかるまで(乃而及苅)」と訓ずることとします。

 この「のにかるまで」は、

  「(ン)ゴ(ン)ギ・カ・アル・マテ」、NGONGI-KA-ARU-MATE(ngongi=suck,water;ka=to denote the commencement of a new action or condition;aru=follow,pursue;mate=dead,extinguished,completed)、「(稲が)水を・盛んに・必要とする・(期間が)終わるまで(は水のかけひきの管理が忙しくて逢えない)」(「(ン)ゴ(ン)ギ」のNG音がN音に変化して「ノニ」と、「カ」のA音と「アル」の語頭のA音が連結して「カル」となった)

の転訛と解します。 

534いたやかぜふき(板屋風吹)

 (10-2338)「あられ降りいたやかぜふき(板屋風吹)寒き夜や旗野に今夜我がひとり寝む」の第二句「いたやかぜふき(板屋風吹)」は、諸本「板敢風吹」ですが、「板敢」では訓読困難として、「板玖(いたく)」、「板聞(いたも)」、「板屋(いたや)」などの誤字とする説が行なわれています。ここでも原文に忠実に「板敢(いたへ)」と訓ずることとします。

 この「いたへ」は、

  「イタ・ヘイ」、ITA-HEI(ita=tight,fast;hei=tie round the neck,wear round the neck)、「しっかりと・頸に布を巻き付けて(寒さを防ぐ)」(「ヘイ」の語尾のI音が脱落して「ヘ」となった)

の転訛と解します。 

535かつてわすれず(曽不忘)

 (11-2383)「世の中は常かくのみと思へどもかつてわすれず(曽不忘)なほ恋ひにけり」の第四句「かつてわすれず(曽不忘)」の「曽」は、諸本「半手」とあるのを「曽」の誤りとしていまいが、これも原文に忠実に「はてわすれず(半手不忘)」と訓ずることとします。

 この「はて」は、

  「パタイ」、PATAI(question,provoke,challenge)、「必死に努力して(忘れないようにした)」(P音がF音を経てH音に、AI音がE音に変化して「ハテ」となった)

の転訛と解します。 

536しらたま(白玉)

 (11-2448)「しらたま(白玉)の間(あひだ)開けつつ貫ける緒もくくり寄すればのちも合ふものを」の初句は、諸本原文「鳥玉(とりたま)」とあるのを誤字として「白玉(しらたま)」に改めた(賀茂真淵『冠辞考』)ものですが、これも原文のまま「とりたま(鳥玉)」と訓ずることとします。

 この「とり」は、

  「トリ」、TORI(cut)、「割れた(欠けた。玉)」

の転訛と解します。 

537なぐさめにみつつもあらむ(意追見乍有)

 (11-2452)「雲だにも著くし立たばなぐさめにみつつもあらむ(意追見乍有)直に逢ふまでに」のこれまでの解釈は、「雲だけでもはっきり立つたら、心慰めに見ておりましょう」と寄物陳思の歌としてはあまりにも平板に過ぎます。また、第三句「なぐさめに(意追)」は、(11-2414)「意追不得」を「なぐさめかねて」と訓ずることによるとされますが、万葉仮名の訓み方としてはあまりにも異例ですので、「意追」を「こころおひ」と訓じ(「意追不得」は「こころおひかね」(「心が沸きたつのを抑えて」の意))、第四句の「みつつもあらむ(見乍有)」の原文が諸本「見乍為」であるのを誤字として「見乍有」としているのを原文のまま「みつつもなさむ(見乍為)」と訓ずることとします。

 この「こころおひ」、「みつつもなさむ」は、

  「コ・コロ・オヒ」、KO-KORO-OHI(ko=to give emphasis;koro=desire,intend;ohi=grow,be vigorous,applied chiefly to childhood)、「(入道雲がもくもくと立つのを見ると)心が・(少年のように)沸きたって」

  「ミイ・ツツ・モ・ナツ・アム」、MII-TUTU-MO-NATU-AMU((Hawaii)mii=clasp,attractive;tutu=move with vigour;mo=for,for the use of,against,at,on;natu=scratch,stir up,tear out,show ill feeling,angry;amu=grumble,complain)、「視線を凝らして・じつと見ている・と・(あなたに逢えない)不満が・かき立てられる」(「ミイ」の反復語尾が脱落して「ミ」と、「ナツ」の語尾のU音と「アム」の語頭のA音が連結してA音に変化して「ナタム」から「ナサム」となった)

の転訛と解します。 

538なにしかなれのぬしまちかたき(何然汝主待固)・つげ(黄楊)

 (11-2503)「夕されば床の辺去らぬ黄楊(つげ)枕なにしかなれのぬしまちかたき(何然汝主待固)」の第四・五句「なにしかなれのぬしまちかたき(何然汝主待固)」の「何」は西本願寺本に「射」とあり、「射」は「何」の誤字とされています(賀茂真淵『万葉考』)が、原文のまま「いりしかなれのぬしまちかたき(射然汝主待固)」と訓ずることとします。

 なお、黄楊(つげ)については、暴浪を鎮めるために走水の海に入水して弟橘姫の櫛を御形代として御陵に収めたこと(古事記)、菟原処女の墓に挿した黄楊小櫛が木となって繁ったこと(19-4211~2)や(11-2500)の黄楊の櫛が女性の霊魂を宿すものとして寄物陳思の対象となっていることと同様、この歌においても黄楊の枕は睡眠中に人の霊魂を宿し、人に遠くの恋人の面影を夢に見せる霊的な力を有する重要な道具として取り上げられています。

 この「いりしかなれの」、「ぬしまちかたき」、「つげ」は、

  「イリ・チカ・ナ・レヘ・ノ」、IRI-TIKA-NA-REHE-NO(iri=be elevated on somthing,a spell to influence or attract or render visible one at a distance;tika=straight,just,right;na=belonging to,by;rehe=expert,neat-handed deft person;no=of)、「(黄楊枕に)遠く離れた恋人の面影を夢に見るまじないを・籠めた/(専門家である)おまえ・の」(「レヘ」のH音が脱落して「レ」となつた)

  「ヌイ・チ・マチ・カタ・キ」、NUI-TI-MATI-KATA-KI(nui=large,great;ti=throw,overcome;mati=surfeited;kata=laugh;ki=full,very)、「偉大な・支配者は・(夢で恋人に)十分に・逢って・笑っている(ことよ)」(「ヌイ」の語尾のI音が脱落して「ヌ」となった)

  「ツ(ン)ゲへ」、TUNGEHE(quail,be alarmed)、「びっくりする(ほど堅い。またはびっくりするほど霊魂を包容する力がある。木材)」(NG音がG音に変化し、H音が脱落して「ツゲ」となった)

の転訛と解します。 

539ありわたるかも(有度鴨)

(11-2504)「解き衣の恋ひ乱れつつ浮き砂生きても我はありわたるかも(有度鴨)」の終句「ありわたるかも(有度鴨)」は、嘉暦伝承本に拠り、その他の諸本は「恋度鴨」ですのでこれに忠実に「こひわたるかも」と訓ずることとします。

 この「こひわたるかも」は、

  「コヒ・ワハ・タル・カハ・モ」、KOHI-WAHA-TARU-KAHA-MO(kohi=collect the thoughts,wasting sickness,consumption;waha=carry on the back;taru=shake,painfull;kaha=strength,persistency;mo=for,for the use of,against,at,on)、「(心身が痩せ細る)恋の・(重荷を)担って・苦労し・続ける・のだ」(「カハ」のH音が脱落して「カ」となった)

の転訛と解します。

 したがつて、この歌は枕詞の「解き衣の」「浮き砂」の解釈を含めますと、「尽きないひしめき合う恋情を心に抱いて恋に乱れながら、永続する静かな生命力によって生きながら心身が痩せ細る恋の重荷を担い苦労し続けるのだ」の意と解することができます。 

540めのともしかるきみ(目之乏流君)

 (11-2555)「朝戸を早くな開けそあぢさはふめのともしかるきみ(目之乏流君)今夜来ませり」の第四句「目之乏流君」の訓が「めがほるきみが」、「めのともしかるきみ」などの説があって定まりません。ここでは仮に「めのともるきみ」と訓ずることとします。

 この「ともる」は、

  「ト・マウル」、TO-MAURU(to=drag;mauru=quieted,allayed,propitiated)、「(よそ見したがる目を)引いて(誘導して)・落ち着かせる(べき。君)」(「マウル」のAU音がO音に変化して「モル」となった)

の転訛と解します。 

 したがつて、この歌は枕詞の「あぢさはふ」の解釈を含めますと、「朝の戸を早く開けないでほしい。ひそかによそ見をしたがる目を引いて落ち着かせたい君が今夜来ているのだから」の意と解することができます。

541あしくはありけり(小可者在来)

 (11-2584)「ますらをと思へる我をかくばかり恋せしむるはあしくはありけり(小可者在来)」の終句「小可者在来」の「小可」は、諸本は「小可」、広瀬本「少可」、『万葉考』は「苛」の誤字として「からく」と訓じ、岩波新古典文学大系本は「あしく」と訓じます。ここでは「小可(少可)」を万葉仮名の通常の訓み方に従い、「をか」と訓ずることとします。

 この「をか」は、

  「オカ」、OKA(prick,stab)、「苦しめる」

の転訛と解します。 

542いめにみえつつ(夢所見乍)

 (11-2587)「大原の古りにし里に妹を置きて我寝ねかねついめにみえつつ(夢所見乍)」の終句「夢所見乍」の原文は、諸本「夢所見乞」ですが、これまで「乞」は「乍」の誤字とされてきています。ここでは原文のまま「いめにみえこそ(夢所見乞)」と訓ずることとします。

 この「こそ」は、

  「コト」、KOTO(sob,make a low sound,loathing,averse)、「(妹が)すすり泣いている(のが夢に見える)」または「(妹が夢に見えて自責哀憐の念で)耐えられなくなる」

の転訛と解します。 

543おもひかねて(思金手)

 (11-2664)「夕月夜暁闇の朝影に我が身はなりぬ汝をおもひかねて(思金手)」の終句の「思金手」は、原文「思金丹」とあるのを「丹」は「手」の誤りとした(鹿持雅澄『万葉集古義』)ものです。これも原文のまま「思金丹」とし、「おもひかねに」と訓ずることとします。

 この「おもひかねに」は、

  「オ・モヒ・カネ・(ン)ギア」、O-MOHI-KANE-NGIA(o=the...of;mohi,mohimohi=tend,nurse;kane=choke;ngia=seem,appear to be)、「この・(君を)思いやる心(思い)が・息を詰まらせる・(ほどの状況になつた)ように見える」(「(ン)ギア」のNG音がN音に変化し、語尾のA音が脱落して「ニ」となつた)

の転訛と解します。 

544はしきやし(級寸八師)

 (11-2678)「はしきやし(級寸八師)吹かぬ風ゆゑ玉くしげ開けてさ寝にし我そ悔しき」の初句「はしきやし(級寸八師)」の「寸」は、諸本の原文「子」を「寸」の誤りとした(賀茂真淵『万葉考』)ものです。これも原文のまま通常の万葉仮名の訓み方に従い、「しなこやし(級子八師)」と訓ずることとします。

 この「しなこやし」は、

  「チヒ・ナコ・イア・チ」、TIHI-NAKO-IA-TI(tihi=sough or moan of the wind;nako=have much in the thoughts,so desire earnestly or be apprehensive of;ia=indeed;ti=throw,cast,overcome)、「(あの方が私を)強く求める思いの・風が・ほんとに・止んでしまっている」(「チヒ」のH音が脱落して「チ」から「シ」となった)

の転訛と解します。なお、枕詞「玉くしげ」については、国語篇(その四)の073たまくしげ(玉櫛笥・玉匣)の項を参照してください。 

545よそめにも(世染似裳)

 (11-2717)「朝東風(ごち)に井堤越す波のよそめにも(世染似裳)逢はぬものゆゑ滝もとどろに」の第三句「よそめにも(世染似裳)」の「染」は、諸本の原文「蝶」を「染」の誤りとした(賀茂真淵『万葉考』)ものです。これも原文のまま通常の万葉仮名の訓み方に従い、「よてふにも(世蝶似裳)」と訓ずることとします。

 この「よてふにも」は、

  「イオ・タイフア・ニヒ・マウ」、IO-TAIHUA-NIHI-MAU(io=spur,ridge,line;taihua=shore between high- and low-water marks;nihi=move stealthly;mau=be fixed,be firm)、「(朝東風に吹かれて川の波が井堤を越すことがあっても、その波は)水面が・岸の高水線と低水線の間に・そっと・定着する(その範囲を越えることがない。その川の波のように、限度を越えて逢うことはしないのに滝の音が轟くように噂を立てられる)」(「タイフア」のAI音がE音に変化し、語尾のA音が脱落して「テフ」と、「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」となった)

の転訛と解します。 

546わざみの(和射見野)・かりて(借手)

 (11-2722)「我妹子が笠のかりて(借手)のわざみの(和射見野)に我は入りぬと妹に告げこそ」の第三句「わざみの(和射見野)」は難解です。この「かりて(借手)」は、笠の内側の頭頂部の輪(台座)です。

 この「わざみの」、「かりて」は、

  「ワタ(ン)ガ・ミノ」、WATANGA-MINO(watanga=object of desire(wawata=desire earnestly,loosely woven);(Hawaii)mino=dimple,wrinkled)、「(笠とかりての間にできた)隙間の・くぼみ」または「(我が)求めてやまない(虜になった)・(妹の)えくぼ」(「ワタ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ワタ」となつた)

  「カリ・テイ」、KARI-TEI(kari=dig,isolated wood;tei,teitei=high,tall,top)、「(頭の)てっぺんの・(笠と)絶縁するもの(台座。かりて)」(「テイ」の語尾のI音が脱落して「テ」となった)

の転訛と解します。 

547あぢかまの(味鎌之)・しほつ(塩津)

 (11-2747)「あぢかまの(味鎌之)塩津をさして漕ぐ船の名は告りてしを逢はざらめやも」の初句「あぢかまの(味鎌之)」は地名または枕詞とされる難解句です。また「塩津(しほつ)」は地名であるとともに、同音の別の意味を持つ掛詞と考えられます。

 この「あぢかまの」、「しほつ」は、

  「ア・チカ・マ・ノ」、A-TIKA-MA-NO(a=the...of;tika=straight,direct;ma=go,come;no=of)、「あの・(目的地へ)まっすぐ・行く・(船)の」

  「チ・ホツ」、TI-HOTU(ti=throw,cast,overcome;hotu=sob,desire earnestly)、「(逢いたいという)熱烈な願いを・うち砕く」

の転訛と解します。なお、名詞の「塩(しお。しほ)」については、国語篇(その九)の162saltの項を参照してください。 

548あひがたくすな(合難為名)

 (11-2767)「あしひきの山橘の色に出でて我は恋ひなむをあひがたくすな(合難為名)」の終句「あひがたくすな(合難為名)」の「合」は、諸本の原文「八目」を「合」または「会」の誤字としたものですが、ここでは原文のまま「やめ」と訓ずることとします。

 この「やめ」は、

  「イア・マイ」、IA-MAI(ta=indeed;mai=to indicate direction or motion towards)、「実に(そのまま)・恋し続ける」(「マイ」のAI音がE音に変化して「メ」となった)

の転訛と解します。 

549うつしごころや(写意哉)

 (11-2792)「玉の緒のうつしごころや(写意哉)年月の行きかはるまで妹に逢はずあらむ」の第二句「うつしごころや(写意哉)」の「写」は、諸本の原文「嶋」とあるのを「写」の誤字としたものです。これも原文のまま「しまごころにや(嶋意哉)」と訓ずることとします。

 この「しまごころにや」は、

  「チマ・コ・コロ・(ン)ギア」、TIMA-KO-KORO-NGIA(tima=a wooden implement for cultivating the soil(timangamanga=unsteady,staggering);ko=to give emphasis;koro=desire,intend;ngia=seem,appear to be)、「(いつも)鍬で掘り崩す(ように定まらない)・心・のように見える」(「(ン)ギア」のNG音がN音に変化して「ニア」から「ニヤ」となった)

の転訛と解します。 

550おとどろ(音杼侶)

 (11-2805)「伊勢の海ゆ鳴き来る鶴のおとどろ(音杼侶)も君が聞こさば我恋ひめやも」の第三句の「おとどろ(音杼侶)」は、未詳で「音とどろ」の約、または「音づれ」の音転かとの説があります。

 この「おとどろ」は、

  「アウ・トト・ロア」、AU-TOTO-ROA(au=bark,howl;toto=causing tingling sensation;roa=long,delayed)、「(鶴の)長い・けたたましい(ずきずきと頭痛を起こさせるような)・鳴き声」(「アウ」のAU音がO音に変化して「オ」と、「ロア」の語尾のA音が脱落して「ロ」となった)

の転訛と解します。 

551うたがた(歌方)

 (12-2896)「うたがた(歌方)も言ひつつもあるか我ならば地には落ちず空に消なまし」の初句「うたがた(歌方)」は未詳とされます。ここでは「うたかた」と訓じます。

 この「うたかた」は、

  「ウ・タカ・タ(ン)ガ」、U-TAKA-TANGA(u=say;taka=prepare,entertain;tanga=circumstance of dashing or striking etc.)、「(人を)喜ばす・(感情を吐露する)歌を・詠唱する(こと)」(「タ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「タ」となつた)

の転訛と解します。 

552うれし(娯)

 (12-2922)「夕さらば君に逢はむと思へこそ日の暮るらくもうれし(娯)かりけれ」の終句「うれしかりけれ(娯有家礼)」の「娯」は、諸本「立心偏に呉」とあるを「娯」の誤りとした(契沖『万葉代匠記』)ことによるものですが、「立心偏に呉」には、誤る意とたのしむ(娯)意があり、古訓アヤマル、カナフとあります(藤堂明保・加納喜光編『学研新漢和大字典』学習研究社、2005年)。したがって、原文のままで同じ意と解され、別訓を立てるまでもない(この場合「たのし」、「うれし」と訓じた可能性もある)のですが、仮に古訓の音だけを採つたとし、「かなふ」と訓じた場合の解釈を次に示します。

 この「かなふ」は、

  「カナプ」、KANAPU(bright,shining,lightning)、「(あたりが)明るい(明るく感じられる)」(P音がF音を経てH音に変化して「カナフ」となった)

の転訛と解します。 

553かみとけのはたたくそらの(霹靂之阿香天之)・えだ(条)

 (13-3223)「かみとけのはたたくそらの(霹靂之阿香天之)九月のしぐれの降れば…えだ(条)もとををに…」の初句「かみとけの(霹靂之)」は『和名抄』に「霹靂」を「加美渡計」(大雷の意)と訓じていることにより、第二句「はたたくそらの(阿香天之) 」の「阿」は諸本の原文「日」を「阿」の誤りとして「阿香」を「はたたく」と訓じた(「阿香」は雷の別称)ものです。ここでは第二句を原文のまま「ひかかす」と訓ずることとします。

 この「かみとけ」、「ひかかす」は、

  「カミ・タウ・ケ」、KAMI-TAU-KE(kami=eat;tau=fall of blows,supervene;ke=different,strange,produce a sharp abrupt sound)、「(天を支配する)神が・繰り返して降らす・雷鳴(霹靂)」(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」となつた)

  「ヒカカ・ツ」、HIKAKA-TU(hikaka=rash,anger,incite;tu=fight with,energetic)、「激しく・怒り狂う(天)」

の転訛と解します。 

 また、同歌の後から四句目の「条」は諸本の原文「峯」を「条」または「朶」の誤りとしたものですが、これも原文のまま「みね(峯)}と訓ずることとします。

 この「みね」は、

  「ミイ・ネイ」、MII-NEI((Hawaii)mii=fine appearing,good-looking;nei,neinei=stretched forward)、「見栄えよく・延びているもの(枝)」(「ミイ」の反復語尾のI音が脱落して「ミ」と、「ネイ」の語尾のI音が脱落して「ネ」となつた)

の転訛と解します。 

554うらぐはし(卜細)

 (13-3295)「…抑え刺すうらぐはし(卜細)児…」の後から三句目の「うらぐはし(卜細)」の「卜」は、原本「(抑刺)〃」を「卜」の誤りとした(沢瀉久孝『万葉集注釈』)ことによるものです。これも原文のまま「刺細(さすくはし)」と訓ずることとします。

 この「さすくはし」は、

  「タツ・クパ・チヒ」、TATU-KUPA-TIHI(tatu=reach the bottom,be content,agree;kupa=prostrated,soar;tihi=summit,top)、「満足すべき・最高に・(皆がその美しさにひれふす)美しい(児)」(「クパ」のP音がFおとを経てH音に変化して「クハ」と、「チヒ」のH音が脱落して「チ」から「シ」となった)

の転訛と解します。 

555ありなみ(有双)

 (13-3300)「…引こづらひありなみ(有双)すれど…」の第八、十、十一句に「ありなみ(有双)」の語が使われますが、語義未詳とされます。

 この「ありなみ」は、

  「アリアリ(ン)ガ・ミヒ」、ARIARINGA-MIHI(ariaringa=vexed;mihi=sigh for,express discomfort,show itself of affection etc.)、「不満を・表明する」(「アリアリ(ン)ガ」の反復語幹の「アリ」が脱落し、NG音がN音に変化して「アリナ」と、「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

の転訛と解します。 

556しのぎは(志乃岐羽)

 (13-3302)「…しのぎは(志乃岐羽)を二つ手挟み…」の後から五つ目の句「しのぎは(志乃岐羽)」は、矢羽の名で詳細は未詳とされます。

 この「しのぎ」は、

  「チ(ン)ゴイ(ン)ゴイ」、TINGOINGOI(=tingoungou=a large moss,protuberance,knob)、「膨らんだ(矢羽)」(最初のNG音がN音に、次のNG音がG音に変化して「チノイゴイ」から「チノギ」、「シノギ」となつた)

の転訛と解します。 

557しけらく(思家良久)

 (14-3358)或本歌曰「まかなしみ寝らくしけらく(思家良久)さ鳴らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ」の第二句の「しけらく(思家良久)」の語義が未詳とされます。

 この「しけらく」は、

  「チケ・ラク」、TIKE-RAKU(tike,tiketike=lofty,important,exalt,height;raku=scratch,scrape)、「高揚した気分で・(ひっかく)ちょっと触る(交わり)」

の転訛と解します。 

558おしへ(於思敝)

 (14-3359)「駿河の海おしへ(於思敝)に生ふる浜つづら汝を頼み母に違ひぬ」の第二句の「おしへ(於思敝)」は、これまで「磯辺」と解されています(契沖『万葉代匠記』)。

 この「おしへ」は、

  「オ・チハエ」、O-TIHAE(o=the...of;tihae=tear,rend,tear off)、「(海岸の)割れ目(河口)の・場所」(「チハエ」のAE音がE音に変化して「チヘ」から「シヘ」となった)

の転訛と解します。 

559かなるましづみ(可奈流麻之豆美)・さすわな(佐須和奈)・ころ(許呂)

 (14-3361)「足柄のをてもこのもにさす罠のかなるましづみ(可奈流麻之豆美)ころ我紐解く」の第四句「かなるましづみ(可奈流麻之豆美)」は、(20-4430)「荒し男のいをさ手挟み向かひ立ちかなるましづみ(可奈流麻之都美)い出でてとあが来る」にもありますが、難解とされます。この歌の「さす罠」、「ころ」も含めて解釈することとします。

 この「さすわな」、「かなるましづみ」、「ころ」は、

  「タツ・ワナ(ン)ガ」、TATU-WANANGA(tatu=reach the bottom,be content,agree;wananga=instructor,wise person)、「(足柄山のいたるところに)精通している・賢者」(「ワナ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ワナ」となった)

  「カナ・ル・マチ・ツ・ミヒ」、KANA-RU-MATI-TU-MIHI(kana=stare wildly,bewitch;ru=shake,agitate,scatter;mati=surfeited;tu=fight with,energetic;mihi=sigh for,acknowledge an obligation,be expressed of affection etc.)、「(相手を)じっと見・据えて・情熱的に・(愛の)感情を表した」(「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となつた)

  「コロ」、KORO(desire,intend)、「望んだ(私が紐を解くことを)」

の転訛と解します。 

560をみねみかくし(乎美祢見可久思)

 (14-3362)「相模嶺のをみねみかくし(乎美祢見可久思)忘れ来る妹が名呼びて我を音(ね)し泣くな」の第二句「をみねみかくし(乎美祢見可久思)」の「をみね」は「小峰」、「可」は諸本「所」を「可」の誤字として「見隠し」と解していますが、これも原文のまま「をみねみそくし(乎美祢見所久思)」と訓ずることとします。

 この「をみね」、「みそくし」は、

  「オ・ミネネ」、O-MINENE(o=the...of;minene=beg,ask for cringingly)、「あの・縋り付いて話しかけてくる(妹)」(「ミネネ」の反復語尾が脱落して「ミネ」となつた)

  「ミト・クチ」、MITO-KUTI(mito=pout;kuti=draw tightly together,contract,close the mouth or hand)、「(私は)口を尖らして・腕を組んで(忘れてきた)」

の転訛と解します。 

561まつしだす(麻都之太須)

 (14-3363)「わが背子を大和へ遣りてまつしだす(麻都之太須)足柄山の杉の木の間か」の第三句「まつしだす(麻都之太須)は、語義不明とされます。

 この「まつしだす」は、

  「マ・アツ・チタハ・ツ」、MA-ATU-TITAHA-TU(ma atu=go,come;titaha=lean to one side,pass on one side;tu=stand,settle)、「(わが背子が)行く・(道と)別の道に・立って(見送る)」(「マ・アツ」は熟語で、「マ」のA音と「アツ」の語頭のA音が連結して「マツ」と、「チタハ」のH音が脱落して「チタ」から「シダ」となった)

の転訛と解します。 

562たよらに(多欲良尓)

 (14-3368)「足柄の刀比の河内に出づる湯のよにもたよらに(多欲良尓)児ろが言はなくに」の第四句の「たよらに(多欲良尓)」は、「たゆらに」で「漂って定まらない」意かとされますが、未詳です。

 この「たよらに」は、

  「タイ・オラ・ニヒ」、TAI-ORA-NIHI(tai=tide,wave;ora=alive,well in health,safe,survive;nihi=move stealthly)、「(湯の)流れが・豊富に・静かに溢れ出る」(「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」となった)

の転訛と解します。 

563まま(麻万)

 (14-3369)「足柄のまま(麻万)の小菅の菅枕あぜかまかさむ児ろせ手枕」の第二句の「まま(麻万)」は、地名(14-3384~5)とする説、「断崖」の意とする説があります。

 この「まま」は、

  「ママ」、MAMA(ooze through small apertures,leak)、「(小さな隙間から)水がしみ出す(場所)」

の転訛と解します。 

564いはゐつら(伊波為都良)

 (14-3378)「入間道の大屋が原のいはゐつら(伊波為都良)引かばぬるぬる我にな絶えそね」の第三句「いはゐつら(伊波為都良)」は、「つら」は「蔓」の意、スベリヒユ、ミズハコベ、根無カズラなどの説がありますが、未詳です。

 この「いはゐつら」は、

  「イ・ワイ・ツラツラ」、I-WHAI-TURATURA(i=ferment,beside,from,with,by;whai=possessing,becoming,follow,look for;turatura=molest,spiteful)、「湧く(ように成長する)・(何かを)求める(ように伸びる)・(人を)悩ます(ように繁茂する。植物)」(「つらつら」の反復語尾が脱落して「ツラ」となった)

の転訛と解します。 

565こふばそも(故布婆曽母)

 (14-3382)「馬来田の嶺ろの笹葉の露霜の濡れて我来なば汝はこふばそも(故布婆曽母)」の終句「こふばそも(故布婆曽母)」は、語義不明です。

 この「こふばそも」は、

  「コフ・パタウ・マウ」、KOHU-PATAU-MAU(kohu=fog,mist;patau=caused by rain;mau=be fixed)、「霧で・(雨に濡れたように)ぐっしょりに・濡れていた」(「パタウ」のAU音がO音に変化して「パト」から「バソ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

の転訛と解します。 

566おすひ(於須比)

 (14-3385)「葛飾の真間の手児名がありしかば真間のおすひ(於須比)に波もとどろに」の第四句の「おすひ(於須比)」は、「いそへ(磯辺)」の転(契沖『万葉代匠記』)とする説があります。

 この「おすひ」は、

  「オ・ツヒ」、O-TUHI(o=the...of;tuhi=delineate,adorn with painting,adornment of a surface by pattern of colour)、「あの・輪郭を描くもの(海岸線)」

の転訛と解します。 

567たゆらに(多由良尓)

 (14-3392)「筑波嶺の岩もとどろに落つる水世にもたゆらに(多由良尓)我が思はなくに」の終句の「たゆらに(多由良尓)」は、「ためらつていることを示す副詞」と解する説があります。

 この「たゆらに」は、

  「タイ・ウラ・ニヒ」、TAI-URA-NIHI(tai=tide,wave;ura=not;nihi=move stealthly)、「(水の)流れが・溢れ出る・ことがなくなる」(「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」となった)

の転訛と解します。 

568かりばね(可里婆祢)

(14-3399)「信濃道は今の墾り道かりばね(可里婆祢)に足踏ましなむ沓はけ我が背」の第三句「かりばね(可里婆祢)」は、「切り株」と解する説があります。

 この「かりばね」は、

  「カリ・パネヘ」、KARI-PANEHE(kari=dig,dig up;panehe=small stone adze or hatchet)、「掘り起こした・(石斧などの)細石片」(「パネヘ」のP音がB音に変化し、H音が脱落して「バネ」となった)

の転訛と解します。 

569まぐはしまと(麻具波思麻度)・まきらはし(麻伎良波之)

 (14-3407)「上野(かみつけの)まぐはしまと(麻具波思麻度)に朝日さしまきらはし(麻伎良波之)もなありつつ見れば」の第二句「まぐはしまと(麻具波思麻度)」は「美しい戸」または「真桑島門」(地名)などと解する説がありますが、未詳、第四句「まきらはし(麻伎良波之)」は「紛らはし」の古形かとする説があります。

 この「まぐはしまと」、「まきらはし」は、

  「マ(ン)グ・パチ・マト」、MANGU-PATI-MATO(mangu=black;pati=shallow water,shoal;mato=deep swamp,deep valley)、「黒い(暗い)・湿地の・浅瀬」(「マ(ン)グ」のNG音がG音に変化して「マグ」と、「パチ」のP音がF音を経てH音に変化して「ハチ」から「ハシ」となった)

  「マキ・イラ・パチ」、MAKI-IRA-PATI(maki=a prefix giving the force yhat the action is done spontaneousely or on impulse etc.;ira=variegated,shine,glitter;pati=shallow water,shoal)、「きらきらと・きらめく・浅瀬」(「マキ」の語尾のI音と「イラ」の語頭のI音が連結して「マキラ」と、「パチ」のP音がF音を経てH音に変化して「ハチ」から「ハシ」となった)

の転訛と解します。 

570かぬまづくひととをたはふ(可奴麻豆久比等登於多波布)・とら(刀羅)

 (14-3409)「伊香保ろに天雲い継ぎかぬまづくひととをたはふ(可奴麻豆久比等登於多波布)いざ寝しめとら」の第三・四句「かぬまづくひととをたはふ(可奴麻豆久比等登於多波布)」および終句の「とら(刀羅)」は、語義未詳です。なお、この句と同一の句が(14-3518)に見えます。

 この「かぬまづく」、「ひととをたはふ」、「とら」は、

  「カヌ・マ・アツ・ウク」、KANU-MA-ATU-UKU(kanu=ragged,distracted;ma atu=go,come;uku,ukuuku=swept away)、「(人が)ばらばらに・(拭ったように)きれいに・いなくなる」(「マ」のA音と「アツ」の語頭のA音が連結し、その語尾のU音と「ウク」の語頭のU音が連結して「マツク」となった)

  「ピト・タウ・ワオ・タ(ン)ガ・ハフ」、PITO-TAU-WHAO-TANGA-HAHU(pito=end,extremity,at first;tau=come to rest,come to anchor;whao=put into a bag or other receptacle,fill,enter;tanga=place of dashing or striking etc.;hahu=search for,scatter)、「(人が)真っ先に・飛び・込む場所を・探して・休む」(「ピト」のP音がF音を経てH音に変化して「ヒト」と、「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」と、「ワオ」のWH音がW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」と、「タ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「タ」となった)

  「タウラ(ン)ガ」、TAURANGA(resting place)、「休息場所(寝床)」(AU音がO音に変化し、名詞形語尾のNGA音が脱落して「トラ」となった)

の転訛と解します。 

571そひ(蘇比)

 (14-3410)「伊香保ろのそひ(蘇比)の榛原ねもころに奥をも兼ねそまさかし良かば」の第二句の「そひ(蘇比)」は、「沿ひ」で「接続した場所」の意とする説があります。

 この「そひ」は、

  「トヒ」、TOHI(pile up)、「高くなった(場所)」

の転訛と解します。 

572あにくやしずし(阿尓久夜斯豆之)

 (14-3411)「多胡の嶺に寄せ綱延へて寄すれどもあにくやしずし(阿尓久夜斯豆之)その顔良きに」の第四句「あにくやしずし(阿尓久夜斯豆之)」は、「あに来や」の反語として「どうして寄って来ようか」と解する説がありますが、未詳です。

 この「あにくやしずし」は、

  「アニ・クイア・チ・ツイ・チヒ」、ANI-KUIA-TI-TUI-TIHI(ani=resounding,echoing;kuia=old woman,mother;ti=squeak,tingle;tui=pierce,thread on a string;tihi=summit,top)、「老女(多胡の嶺)の・(頭の)てっぺんに・(穴を開けて)綱を通す・痛みに上げる悲鳴が・こだまする」(「ツイ」のUI音がI音に変化して「ツ」から「ズ」と、「チヒ」のH音が脱落して「チ」から「シ」となった)

の転訛と解します。 

573たに(多尓)

 (14-3431)「足柄の安伎奈の山に引こ舟の尻引かしもよここば児がたに(多尓)」の終句の「たに(多尓)」は、「為に」の意と解されています。

 この「たに」は、

  「タ(ン)ギ」、TANGI(sound,cry,weep)、「(別れを嘆く)泣き声(に舟を引っ張られる)」(NG音がN音に変化して「タニ」となった)

の転訛と解します。 

574わをかけやま(和乎可鶏夜麻)・かづのき(可頭之木)・わをかづさねもかづさかずとも(和乎可豆佐祢母可豆佐可受等母)

 (14-3432)「足柄(あしがり)のわをかけやま(和乎可鶏夜麻)のかづのき(可頭之木)のわをかづさねもかづさかずとも(和乎可豆佐祢母可豆佐可受等母)」の第二句「わをかけやま(和乎可鶏夜麻)」は地名かとされ、第三句の「かづのき(可頭之木)」は樹種不明とされ、第四・五句の「わをかづさねもかづさかずとも(和乎可豆佐祢母可豆佐可受等母)」の語義は未詳とされています。

 この「わをかけ(山)」、「かづ(の木)」、「わをかづさねも」、「かづさかずとも」は、

  「ワオ・カケ」、WHAO-KAKE(whao=put into a bag or other receptacles,fill,enter;kake=ascend,climb upon,be superior to)、「高く聳える(峰を)・包含する(山)」

  「カハ・ツ(ン)ガ」、KAHA-TUNGA(kaha=rope,line of ancestry,lineage;tunga=circumstance or time etc. of standing)、「(木の)生育の・状況」(「カハ」のH音が脱落して「カ」と、「ツ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ツ」から「ヅ」となった)

  「ワオ・カハ・ツ(ン)ガ・タ(ン)ゲ(ン)ゲ・モ」、WHAO-KAHA-TUNGA-TANGENGE-MO(whao=put into a bag or other receptacles,fill;kaha=rope,line of ancestry,lineage;tunga=circumstance or time etc. of standing;tangenge=feeble;mo=for,against,in preparation of)、「(木の)生育の・状況が・弱々しいもの・も・含まれる」(「カハ」のH音が脱落して「カ」と、「ツ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ツ」から「ヅ」と、「タ(ン)ゲ(ン)ゲ」のNG音がN音に変化し、反復語尾が脱落して「タネ」から「サネ」となった)

  「カハ・ツ(ン)ガ・タカツ・トモ」、KAHA-TUNGA-TAKATU-TOMO(kaha=rope,line of ancestry,lineage;tunga=circumstance or time etc. of standing;takatu=prepare,bustling,hurried,move wriggle;tomo=be filled,pass in)、「(木の)生育の・状況が・たいへん元気がよいものも・含まれる」(「カハ」のH音が脱落して「カ」と、「ツ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ツ」から「ヅ」となつた)

の転訛と解します。 

575かむしだ(可牟思太)

 (14-3438)「都武賀野に鈴が音聞こゆかむしだ(可牟思太)の殿の仲郎し鳥狩すらしも」の第三句の「かむしだ(可牟思太)」は、地名で所在地未詳とされます。

 この「かむしだ」は、

  「カム・チタハ」、KAMU-TITAHA(kamu=eat,snare for hawks;titaha=lean to one side,have a different tendency)、「鷹狩りを・特に好む性格の(人)」(「チタハ」のH音が脱落して「チタ」から「シダ」となった)

の転訛と解します。 

576よち(予知)・たばりに(多婆里尓)

 (14-3440)「この川に朝菜洗ふ児汝も我もよち(予知)をそ持てるいで子たばりに(多婆里尓)」の第四句の「よち(予知)」の語義未詳、終句の「たばりに(多婆里尓)」は「たまはり・に」の転とする説があります。

 この「よち」、「たばりに」は、

  「イオ・チヒ」、IO-TIHI((Hawaii)io=a round light-coloured bitter gourd,bundle or food package,true,genuine;tihi=summit,top)、「素晴らしい・ひょうたん」または「最高の・(純粋な家系の)出自」(「チヒ」のH音が脱落して「チ」となつた)

  「タパ・リ(ン)ギ」、TAPA-RINGI(tapa=call,name,command;ringi=pour out)、「名前を・告げる(結婚を申し込む)」(「リ(ン)ギ」のNG音がN音に変化して「リニ」となった)

の転訛と解します。 

577ものたなふ(毛乃多奈布)

 (14-3444)「伎波都久の岡のくくみら我摘めど籠にものたなふ(毛乃多奈布)背なと摘まさね」の第四句の「のたなふ(乃多奈布)」は、「乃」は「美」の誤字とする説(賀茂真淵『万葉考』)があり、「なふ」は打ち消しの助動詞「なふ」の終止形とされますが、ここでは「ものたなふ(毛乃多奈布)」として訓ずることとします。

 この「ものたなふ」は、

  「モノ・タ(ン)ガ・アフ」、MONO-TANGA-AHU(mono=plug,caulk;tanga=be assembled;ahu=heap,heap up)、「(籠に)山のように・積んで・押し込む(状態になる)」(「タ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「タナ」となり、その語尾のA音と「アフ」の語頭のA音が連結して「タナフ」となった)

の転訛と解します。 

578をな(乎那)・ひじ(比自)

 (14-3448)「花散らふこの向つ峰のをな(乎那)の峰(を)のひじ(比自)につくまで君が齢もがも」の第三句の「をな(乎那)の峰(を)」は地名かとされ、第四句の「ひじ(比自)」は語義未詳とされます。

 この「をな」、「ひじ」は、

  「アウ(ン)ガ」、AUNGA(not including)、「(空(から)の)木が生えていない(峰)」(AU音がO音に、NG音がN音に変化して「オナ」となった)

  「ピヒ・チヒ」、PIHI-TINI(pihi=begin to grow,sprout;tini=summit,top)、「(峰の)頂上まで・木が生える」(P音がF音を経てH音に変化して「ヒヒ」となり、「チヒ」とともにH音が脱落して「ヒチ」から「ヒジ」となつた)

の転訛と解します。 

579まくらが(麻久良我)

 (14-3449)「白たへの衣の袖をまくらが(麻久良我)よ海人漕ぎ来見ゆ波立つなゆめ」の第三句の「まくらが(麻久良我)」は地名かとされます。

 この「まくらが」は、

  「マ・アク・ラ(ン)ガ」、MA-AKU-RANGA(ma=to emphasis,by means of;aku=scrape out,cleanse;ranga=blow gentry,breeze)、「さわやかに・吹き抜ける・微風」(「マ」のA音と「アク」の語頭のA音が連結して「マク」と、「ラ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ラガ」となった)

の転訛と解します。 

580さなつら(佐奈都良)

 (14-3451)「さなつら(佐奈都良)の岡に粟蒔きかなしきが駒は食ぐとも我はそともはじ」の初句の「さなつら(佐奈都良)」は、地名かとされます。

 この「さなつら」は、

  「タ(ン)ガ・ツラ」、TANGA-TURA(tanga=be assembled;tura,turatura=molest,spiteful)、「(雀などの食害に)いつも・悩まされている(いつも雀などを追っている。岡)」(「タ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「タナ」から「サナ」となった)

の転訛と解します。 

581とりのをかちしなかだをれ(等里乃乎加恥志奈可太乎礼)

 (14-3458)「汝背の子やとりのをかちしなかだをれ(等里乃乎加恥志奈可太乎礼)我を音し泣くよ息づくまでに」の第二・三句の「とりのをかちしなかだをれ(等里乃乎加恥志奈可太乎礼)」は、語義未詳です。

 この「とりのをかちし」、「なかだをれ」は、

  「トリノ・アウカチ・チ」、TORINO-AUKATI-TI(torino=twisted,flowing smoothly,be wafted;aukati=stop one's way,prevent one from passing;ti=throw,cast,overcome)、「どんどん前に進んでいた(のが)・(障害物に突き当たって)前に進めなく・なって」(「アウカチ」のAU音がO音に変化して「オカチ」となつた)

  「ナカ・タオ・ラエ」、NAKA-TAO-RAE(naka=move in a certain direction;tao=weigh down(tatao=lie flat and close),rae=forehead,temple)、「前に向かって・額を・ぶつけた」(「ラエ」のAE音がE音に変化して「レ」となった)

の転訛と解します。 

582にふなみ(尓布奈未)

(14-3460)「誰そこの屋の戸押そぶるにふなみ(尓布奈未)に我が背を遣りて齋ふこの戸を」の第三句「 にふなみ(尓布奈未)」は、「にひなへ」の転訛、原形は「にひ(新)」の「あへ(饗)」で新穀を祝う神事であろうとされます。

 この「にふなみ」は、

  「ニヒ・フナ・ミヒ」、NIHI-HUNA-MIHI(nihi=move stealthly,come stealthly upon;huna=conceal,devastate;mihi=sigh for,greet,admire)、「(そっとやって来た)新穀(の霊)を・ひそかに・祀る(行事)」(「ニヒ」および「ミヒ」のH音が脱落してそれぞれ「ニ」、「ミ」となった)

の転訛と解します。(「にひなめ(新嘗)」については、雑楽篇(その一)の332新嘗の項を参照してください。) 

583まな(麻奈)

 (14-3462)「あしひきの山沢人さはにまな(麻奈)と言ふ児があやにかなしさ」の第四句の「まな(麻奈)」「愛子(まなご)」の「まな(愛らしい)」とも、禁止の副詞とも解する説があります。

 この「まな」は、

  「マナ」、MANA(authority,influence,power,psychic force)、「(予知能力などの特別な)霊力(を持っている。女子)」

の転訛と解します。 

584ぬながへゆけど(奴我奈敝由家杼)・わぬがゆのへは(和奴賀由乃敝波)

 (14-3476)「うべ児なは我に恋ふなも立と月ののがなへ行けば恋ふしかるなも」の左注の或る本歌の末句に曰く「ぬながへゆけど(奴我奈敝由家杼)わぬがゆのへは(和奴賀由乃敝波)」の末句「ぬながへゆけど(奴我奈敝由家杼)」は「流れて行くけれども」の意、「わぬがゆのへは(和奴賀由乃敝波)」は未詳とされます。

 この「ぬながへゆけど」、「わぬがゆのへは」は、

  「ヌイ(ン)ガ・(ン)ガヘ・イ・ウクイ・ト」、NUINGA-NGAHE-I-UKUI-TO(nuinga=malority;ngahengahe=wasted,weak;i=past tense;ukui=rub,sweep away,shrpen by rubbing;to=drag)、「(月の)大半が・欠けて・だんだん・細くなって・しまった」(「ヌイ(ン)ガ」のUI音がU音に、NG音がN音に変化して「ヌナ」と、「(ン)ガヘ」のNG音がG音に変化して「ガヘ」と、「イ」のI音と「ウクイ」の語頭のU音が連結し、語尾のUI音がE音に変化して「ユケ」となった)

  「ワヌイ・(ン)ガ・イ・ウ・ノヘア・ワ」、WHANUI-NGA-I-U-NOHEA-WHA(whanui=broad,wide;nga=satisfied;i=past tense;u=be firm,be fixed;nohea=whence?,whatever;wha=be disclosed)、「(我が恋心は月とは違い)幸いにも・広く・確固と・なっている・ことは疑いもなく・明らかだ」(「ワヌイ」のUI音がU音に変化して「ワヌ」と、「(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「ガ」と、「イ・ウ」が「ユ」と、「ノヘア」の語尾のA音が脱落して「ノヘ」となった)

の転訛と解します。 

585あはすがへ(安波須賀倍)・あらそふ(安良蘇布)

 (14-3479)「赤見山草根刈り除けあはすがへ(安波須賀倍)あらそふ(安良蘇布)妹しあやにかなしも」の第三句「あはすがへ(安波須賀倍)」は「逢つてくれたのに」の意と、第四句の「あらそふ(安良蘇布)」は「逆らう」の意と解されています。

 この「あはすがへ」、「あらそふ」は、

  「アハ・ツ・(ン)ガヘ」、AHA-TU-NGAHE(aha=open space,aperture;tu=stand,settle;ngahengahe=wasted,weak)、「荒れ地(の中)に・ある・(草を刈り開いた)空き地」(「(ン)ガヘ」のNG音がG音に変化して「ガヘ」となった)

  「アラ・トフ」、ARA-TOHU(ara=way,path;tohu=mark,point out,show)、「(その空き地へ行く)道を・指し示す(妹)」

の転訛と解します。 

586きせさめや(伎西佐米也)

 (14-3484)「麻苧らを麻笥にふすさに績まずとも明日きせさめや(伎西佐米也)いざせ小床に」の第四句の「きせさめや(伎西佐米也)」は、語義未詳です。

 この「きせさめや」は、

  「キテ・タミ・イア」、KITE-TAMI-IA(kite=see,find,recognize;tami=completed in weaving;ia=indeed)、「(明日には)績み・終わっているのを・見るだろう(明日績めばよいの意)」(「タミ」のI音がE音に変化して「タメ」から「サメ」となった)

の転訛と解します。 

587うらもと(宇良毛等)

 (14-3495)「巖ろのそひの若松限りとや君が来まさぬうらもと(宇良毛等)なくに」の終句の「うらもと(宇良毛等)」は、「心もと(なし)」の意と解されています。

 この「うらもと」は、

  「ウラ(ン)ガ・モト」、URANGA-MOTO(uranga=saying;moto=strike with the fist)、「言葉の・喧嘩(言い争い)」(「ウラ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ウラ」となった)

の転訛と解します。 

588へなかも(敝奈香母)

 (14-3499)「岡に寄せ我が刈る萱のさね萱のまことなごやは寝ろとへなかも(敝奈香母)」の終句の「へなかも(敝奈香母)」は、「(と)言はぬかも」の転訛で、「寝なさいと言うのであろうか」などの意と解する説があります。

 この「へなかも」は、

  「ヘ(ン)ガ・カモ」、HENGA-KAMO(henga,hengahenga=girl;kamo=eye,wink)、「娘が・ウインク(目配せ)をする」(「ヘ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「ヘナ」となつた)

の転訛と解します。 

589おそき(於曽伎)

 (14-3509)「栲衾白山風の寝なへども児ろがおそき(於曽伎)のあろこそ良しも」の第四句の「おそき(於曽伎)」は、「上に着る衣服」と解する説があります。

 この「おそき」は、

  「オ・タウ・ウキ」、O-TAU-UKI(o=the...of;tau=come to rest(whakatau=cause to alight etc.,attempt,seach,put on as an ornament,prepare);uki,ukiuki=old,continuous)、「あの・(何くれと無く)世話を焼き・続ける(こと)」(「タウ」の語尾のU音と「ウキ」の語頭のU音が連結し、AU音がO音に変化して「トキ」から「サキ」となった)

の転訛と解します。 

590かなと(可奈門)

 (14-3530)「さ雄鹿の臥すや草むら見えずとも児ろがかなと(可奈門)よ行かくし良しも」の第四句の「かなと(可奈門)」は、「金門」とも書かれますが(4-723,9-1739)、どのような門であったかは不明とされます。

 この「かなと」は、

  「カ(ン)ガ・ト」、KANGA-TO(kanga=kainga=place of abode;to=drag,open or shut a door or a window)、「住居の・門」(「カ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「カナ」となった)

の転訛と解します。 

591はささげ(波左佐気)

 (14-3538)「広橋を馬越しがねて心のみ妹がり遣りて我はここにして」の左注に或る本の発句に曰く「小林に駒をはささげ(波左佐気)」とある「はささげ(波左佐気)」は、語義未詳です。

 この「はささげ」は、

  「パタ・タ(ン)ガエ(ン)ガエ」、PATA-TANGAE(pata=prepare food;tangaengae=an incantation to confer vigour)、「(馬に)草を食わせて・元気をつけさせる」(「パタ」のP音がF音を経てH音に変化して「ハタ」から「ハサ」と、「タ(ン)ガエ(ン)ガエ」のNG音がG音に、AE音がE音に変化し、反復語尾が脱落して「タゲ」から「サゲ」となった)

の転訛と解します。 

592まゆかせらふも(麻由可西良布母)

 (14-3541)「あずへから駒の行このす危(あや)はとも人妻児ろをまゆかせらふも(麻由可西良布母)」の終句「まゆかせらふも(麻由可西良布母)」は、語義未詳です。

 この「まゆかせらふも」は、

  「マイ・ウカ・テラ・アフ・モ」、MAI-UKA-TERA-AHU-MO(mai=to indicate direction or motion towards;uka=firm,be fixed(ukauka=support,last;uuka=cling tightly);tera=that,yonder;ahu=tend,treat with,move in a certain direction;mo=for,against)、「しっかりと・(あの児を)抱いて・向こう・へ・進む」( 「マイ」の語尾のI音と「ウカ」の語頭のU音が連結して「マユカ」となった)

の転訛と解します。 

593いね(伊祢)

 (14-3550)「おして否といね(伊祢)は搗かねど波の穂のいたぶらしもよ昨夜ひとり寝て」の第二句の「いね(伊祢)」は、「稲を搗く」を性行為と解する説(岩波新日本古典文学大系)があります。

 この「イネ」は、

  「エネ」、ENE(anus)、「肛門」(語頭のE音がI音に変化して「イネ」となった)

の転訛と解します。(この歌は、女性の歌と解されていまいが、男性の可能性もあります。いずれにしても相手は男性で、万葉時代に男色があったことを証明する歌ということができるでしょう。) 

594さわゑうらだち(佐和恵宇良太知)

 (14-3552)「松が浦にさわゑうらだち(佐和恵宇良太知)ま人言思ほすなもろ我がもほのすも」の第二句「さわゑうらだち(佐和恵宇良太知)」の「さわゑ」は、擬音語または風の名かとする説がありますが未詳、「うらだち」は、「群立ち」の訛とする説がありますが未詳です。

 この「さわゑうらだち」は、

  「タワヱ・ウラ(ン)ガ・タ・チ」、TAWHAWHE-URANGA-TA-TI(tawhawhe=enclosed,surrounded;uranga=saying;ta=dash,beat;ti=throw,cast)、「(二人を)取り巻いて・噂が・しきりに・流れる」(「ウラ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「ウラ」となった)

の転訛と解します。 

595こてたずくもか(許弖多受久毛可)

 (14-3553)「安治可麻の可家の湊に入る潮のこてたずくもか(許弖多受久毛可)入りて寝まくも」の第四句「こてたずくもか(許弖多受久毛可)」は、語義未詳です。

 この「こてたずくもか」は、

  「コテ・タツ・ク・モカ」、KOTE-TATU-KU-MOKA(kote=squeeze out,crush;tatu=reach the bottom,be at ease,be content;ku=silent;moka=end,extremity)、「(潮が)砕けて・やさしく・静かに・おさまる(散る。ように)」

の転訛と解します。 

596かなとだをあらがきまゆみ(可奈刀田乎安良我伎麻由美)

 (14-3561)「かなとだをあらがきまゆみ(可奈刀田乎安良我伎麻由美)日が照れば雨を待とのす君をと待とも」の第一・二句「かなとだをあらがきまゆみ(可奈刀田乎安良我伎麻由美)」は、語義未詳です。

 この「かなとだ」、「あらがきまゆみ」は、

  「カ(ン)ガ・ト・タ(ン)ガ」、KANGA-TO-TANGA(kanga=kangia=place of abode;to=drag,open or shut a door or a window;tanga=circumstance or place of dashing or striking or cultivating etc.)、「住居の・門(の近く)の・(耕作する場所の)田」(「カ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「カナ」と、「タ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「タ」となつた)

  「アラ・(ン)ガキ・マイ・ウミ」、ARA-NGAKI-MAI-UMI(ara=rise,raise;ngaki=clear off brushwood,cultivate;mai=to indicate direction or motion towards;(Hawaii)umi=to strangle,choke,throtle)、「(窒息し)干上がり・やすい・(土を)起こして・耕作する」(「(ン)ガキ」のNG音がG音に変化して「ガキ」と、「マイ」の語尾のI音と「ウミ」の語頭のU音が連結して「マユミ」となった)

の転訛と解します。 

597そわへかも(曽和敝可毛)

 (14-3566)「我妹子に我が恋ひ死なばそわへかも(曽和敝可毛)神に負はせむ心知らずて」の第三句「そわへかも(曽和敝可毛)」は、語義未詳です。

 この「そわへかも」は、

  「トワ・ヘカ・マウ」、TOWHA-HEKA-MAU(towha=toha=spread out;heka=moudy;mau=be fixed)、「陳腐(な出来事)として・(世の中に)広まって・定着する」(「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

の転訛と解します。 

598しぐひ(四具比)

 (16-3821)「かほよきはいづくも飽かじを坂門らが角のふくれにしぐひ(四具比)あひにけむ」の終句の「しぐひ(四具比)」は、語義未詳です。

 この「しぐひ」は、

  「チ(ン)ゴイ(ン)ゴイ・ヒ」、TINGOINGOI-HI(tingoingoi=protuberance,knob;hi=rise,raise)、「瘤が・盛り上がっている(男)」(「チ(ン)ゴイ(ン)ゴイ」のNG音がG音に、OI音がU音に変化し、反復語尾が脱落して「チグ」から「シグ」となった)

の転訛と解します。 

599ほかい(乞食者)

 (16-3885~6)の題詞「ほかい(乞食者)の詠ひし歌」の「ほかい(乞食者)」は、「吉事を招くため歌舞し祝言を献ずる巡遊の芸能者」と解されています。

 この「ほかい」は、

  「ホカイ」、HAUKAI(feast)、「饗宴(の際に歌舞し祝言を献ずる)者」(AU音がO音に変化して「ホカイ」となった)

の転訛と解します。 

600うぐひすのなくくらたに(鶯能奈久〃良多尓)・うちはめ(宇知波米)・やけは(夜気波)

 (17-3941)「うぐひすのなくくらたに(鶯能奈久〃良多尓)にうちはめ(宇知波米)てやけは(夜気波)死ぬとも君をし待たむ」の第一・二句の「うぐひすのなくくらたに(鶯能奈久〃良多尓)」、第三句の「うちはめ(宇知波米)」、第四句の「やけは(夜気波)」は、語義未詳です。

 この「うぐひすのなくくらたに」、「うちはめ」、「やけはは、

  「ウクイ・ツ・ノ・ナク・クラ・タ・アニ」、UKUI-TU-NO-NAKU-KURA-TA-ANI(ukui=rub,wipe,sweep;tu=fight with,energetic;no=of;naku=dig,scratch,bewitch;kura=tapu;ta=the...of,dash,beat,lay;ani=echoing)、「激しく・掻き取られた・ような(地形の)・(人を魔法にかけるという)危険な・(立ち入ってはならない)禁忌の・谺が反響する・(場所の)谷」(「タ」のA音と「アニ」の語頭のA音が連結して「タニ」となつた)

  「ウチ・ハ・マエ」、UTI-HA-MAE(uti=bite(utiuti=annoy,worry);ha=what?,breathe;mae=languid,listless,whithered)、「打ちひしがれて・何と・よろよろと(歩く)」(「マエ」のAE音がE音に変化して「メ」となつた)

  「イア・ケハ」、IA-KEHA(ia=indeed:keha=pale,dim,whitish)、「実に・青ざめて」

の転訛と解します。 

601やまきへなりて(夜麻伎敝奈里弖)

(17-3969)「…やまきへなりて(夜麻伎敝奈里弖)…」の第二十二句「やまきへなりて(夜麻伎敝奈里弖)」は「山き 隔りて」と訓じますが、「き」の語義は未詳とされます。

 この「き」、「へなり」は、

  「キ」、KI(full,very)、「多く」

  「ハエ・(ン)ガリ」、HAE-NGARI(hae=slit,tear,cut;ngari=annoyance,disturbance)、「(間を)引き裂いて・(逢えないように)邪魔をする」(「ハエ」のAE音がE音に変化して「ヘ」と、「(ン)ガリ」のNG音がN音に変化して「ナリ」となった)

の転訛と解します。 

602ことはたなゆひ(許等波多奈由比)

 (17-3973)「…ことはたなゆひ(許等波多奈由比)」の終句「ことはたなゆひ(許等波多奈由比)」は、語義未詳です。

 この「ことはたなゆひ」は、

  「コト・パタ(ン)ガ・イ・ウヰ」、KOTO-PATANGA-I-UWHI(koto=loathing,averse,sob;patanga=cause,occasion,advantage;i=past tense,from,beside,by,at;uwhi=cover,spread out)、「嫌な・こと(心の屈託)は・覆って・しまおう」(「パタ(ン)ガ」のP音がF音を経てH音に、NG音かN音に変化して「ハタナ」と、「イ」のI音と「ウヰ」の語頭のU音が連結し、WH音がH音に変化して「ユヒ」となった)

の転訛と解します。 

603おやじ(於夜自)

 (17-3978)「妹も我も心はおやじ(於夜自)…」の第二句の「おやじ(於夜自)」は、「同じ」意と解されています。

 この「おやじ」、「おなじ」は、

  「オ(ン)ガ・イア・チ」、ONGA-IA-TI(onga=decoy;ia=indeed;ti=throw,cast)、「実に・(そこに)置かれた・おとり(のように。同じ)」(「オ(ン)ガ」の名詞形語尾のNGA音が脱落して「オ」となつた)

  「オ(ン)ガ・チ」、ONGA-TI(onga=decoy;ti=throw,cast)、「(そこに)置かれた・おとり(のように。同じ)」(「オ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「オナ」となつた)

の転訛と解します。 

604うちくちぶりの(宇知久知夫利乃)

 (17-3991)「…うちくちぶりの(宇知久知夫利乃)…」の第六句の「うちくちぶりの(宇知久知夫利乃)」は、語義未詳です。

 この「うちくちぶりの」は、

  「ウチ・クチ・プリ・ノ」、UTI-KUTI-PURI-NO(uti=bite;kuti=draw tightly,contract;puri=hold in the hand,keep,sacred;no=of)、「(波に)浸食されて・小さく・まとまつた・(地形)の(岬)」

の転訛と解します。 

605ゆりもあはむ(由利毛安波牟)

 (18-4087)「灯火の光に見ゆる百合花ゆりもあはむ(由利毛安波牟)と思ひそめてき」の第四句「ゆりもあはむ(由利毛安波牟)」は「ゆりも逢はむ」と訓じられますが、「ゆり」の語義は未詳です。

 この「ゆり」は、

  「イ・フリ」、I-HURI(i=past tense,beside,from,beyond,for the act of;huri=turn round,revolve)、「戻って・来て(また逢う)」(「イ」のI音と、「フリ」のH音が脱落して「ウリ」となったその語頭のU音が連結して「ユリ」となった)

の転訛と解します。(植物の「百合(ゆり)」については、雑楽篇(その二)の520ゆり(百合)の項を参照してください。) 

606ふさへしに(布佐倍之尓)

 (18-4131)「鶏が鳴く東をさしてふさへしに(布佐倍之尓)行かむと思へどよしもさねなし」の第三句「ふさへしに(布佐倍之尓)」は、「ふさふ(相応しい)」と関連するかとされますが、語義未詳です。

 この「ふさへし」は、

  「プタ・ハエ・チ」、PUTA-HAE-TI(puta=move from one place to another,pass on;hae=slit,tear,cut,ill-feeling;ti=throw,cast)、「旅をして・憂さを・晴らす」(「プタ」のP音がF音を経てH音に変化して「フタ」から「フサ」と、、「ハエ」のAE音がE音に変化して「ヘ」となった)

の転訛と解します。 

607つばらかに(都婆良可尓)

 (19-4152)「奥山の八つ峰の椿つばらかに(都婆良可尓)今日は暮らさねますらをの伴」の第三句「つばらかに(都婆良可尓)」は、「心残りなく存分に」の意と解されています。

 この「つばらかに」は、

  「ツパ・ラカ・ニヒ」、TUPA-RAKA-NIHI(tupa=dried up,barren,flat;raka=agil,adept,go;nihi=move stealthly)、「平らな場所を・敏活に・動き回る(平安な心で自由に行動する)」(「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」となった)

の転訛と解します。 

608かたりさけ(語左気)

 (19-4154)「…かたりさけ(語左気)見放くる人目…」の第十三句「かたりさけ(語左気)」は、「見放(さ)くる人目」などと同じく「語り放(さ)け」と訓じて、「さけ」は「相手に向かって…する」意と解されています。

 この「さけ」は、

  「タケ」、TAKE(absent oneself)、「ぼんやりと…する(話す、見る、問うなど)」

の転訛と解します。 

609ほろにふみあだし(富呂尓布美安太之)

 (19-4235)「天雲をほろにふみあだし(富呂尓布美安太之)鳴る神も今日にまさりて恐(かしこ)けめやも」の第二句「ほろにふみあだし(富呂尓布美安太之)」の語義は、未詳です。

 この「ほろにふみあだし」は、

  「ホロ・ニヒ・フミ・アタ・チ」、HORO-NIHI-HUMI-ATA-TI(horo=fall in fragment,drop off or out;nihi=come stealyjly upon,surprise:humi=many,abundance;ata=score,frighten away(ata!=how horrible);ti=throw,cast)、「急に・(雨や霰を)降らし・たいへん・(人を)驚か・せる(雷)」(「ニヒ」のH音が脱落して「ニ」となった)

の転訛と解します。 

610なりはたをとめ(鳴波多孃嬬)

 (19-4236)「…光る神なりはたをとめ(鳴波多孃(正しくは女篇に感)嬬)…」の第六句「なりはたをとめ(鳴波多孃嬬)」の「なりはた」は、語義未詳です。

 この「なりはた」は、

  「(ン)ガリ・ハタタ」、NGARI-HATATA(ngari=annoyance,disturbance,great,power;hatata=bluster)、「怒鳴り立てて・(人を)悩ます(をとめ)」(「(ン)ガリ」のNG音かN音に変化して「ナリ」と、「ハタタ」の反復語尾が脱落して「ハタ」となつた)

の転訛と解します。 

611さぐくみ(佐具久美)

 (20-4331)「…漕ぎ行く君は波の間をい行きさぐくみ(佐具久美)…」の第三十六句の「さぐくみ(佐具久美)」は、「波を分けて進む」意かとされますが、未詳です。

 この「さぐくみ」は、

  「タ・ククミ」、TA-KUKUMI(ta=dash,beat;kukumi=bring together;close up as the edge of a bag)、「敢然と突進して・皆を引き連れて進む」

の転訛と解します。 

612かまけり(加麻気利)

 (20-4339)「国巡るあとりかまけり(加麻気利)行きめぐり帰り来までに齋ひて待たね」の第二句の「かまけり(加麻気利)」は、アトリ(渡鳥のスズメ目アトリ科の水鳥)と同類のカモメ・ケリと解する説があります。

 この「かまけり」は、

  「カマ・ケリ」、KAMA-KERI(kama=eager;keri=dig,rush along violently)、「(冬にやってきて春に去ってゆくアトリ鳥が)熱心に・(樹木の種子や落ち穂などを)ついばむ」

の転訛と解します。 

613とちははえ(等知波〃江)

 (20-4340)「とちははえ(等知波〃江)とちははえ齋ひて待たね筑紫なる水漬く白玉取りて来までに」の初句「(等知波〃江)」の「等」は「知」の誤字として「ちちはは(父母)え」と訓ずる説、「とちははえ」は「ちちはは(父母)よ」の転と解する説があります。

 この「とちははえ」は、

  「タウ・チ・ハハ・エ」、TAU-TI-HAHA-E(tau=be suitable,be comely,dear,dearest;ti=throw,cast;haha=savoury,lucious;e=calling attention,to denote action in progress or temporary condition)、「親愛・なる・(美味しい食事を作る)母・よ」(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」となつた)

の転訛と解します。 

614ふたほがみ(布多富我美)・あたゆまひ(阿多由麻比)

 (20-4382)「ふたほがみ(布多富我美)悪しき人なりあたゆまひ(阿多由麻比)我がする時に防人に差す」の初句「ふたほがみ(布多富我美)」は語義未詳、第三句「あたゆまひ(阿多由麻比)」は「あたやまひ」の転で「急病」の意とする説があります。

 この「ふたほがみ」、「あたゆまひ」は、

  「プタ・ホ(ン)ガ・アミ」、PUTA-HONGA-AMI(puta=battle,battlefield;honga=tilt,make to lean on one side;ami=gather,collect)、「戦場へ・(兵士を)集めて・向かわせる(人。兵士徴発官)」(「プタ」のP音がF音を経てH音に変化して「フタ」と、「ホ(ン)ガ」のNG音がG音に変化し、その語尾のA音と「アミ」の語頭のA音が連結して「ホガミ」となった)

  「ア・タイ・ウマ(ン)ガ・ヒ」、A-TAI-UMANGA-HI(a=the ...of;tai=tide,wave,violence;umangapursuit,occupation,business;hi=rise,raise)、「実に・忙しい・仕事が・持ち上つている」(「タイ」の語尾のI音と「ウマ(ン)ガ」の語頭のU音が連結し、名詞形語尾のNGA音が脱落して「タユマ」となった)

の転訛と解します。 

615とゑらひ(等恵良比)

 (20-4385)「行こ先に波なとゑらひ(等恵良比)後方には子をと妻をと置きてとも来ぬ」の第二句の「とゑらひ(等恵良比)」は、「とをらふ」(大きくたわむ)の転とする説があります。

 この「とゑらひ」は、

  「トヱ・ラヒ」、TOWHE-RAHI(towhe=tohe=persist,be urgent,refuse;rahi=great,abundant,numerous)、「大きなたくさんの(波が立つのを)・拒否する」

の転訛と解します。 

616おきてたかきぬ(於枳弖他加枳奴)

 (20-4387)「千葉の野の児手柏の含まれどあやにかなしみおきてたかきぬ(於枳弖他加枳奴)」の終句「おきてたかきぬ(於枳弖他加枳奴)」は、語義未詳です。

 この「おきてたかきぬ」は、

  「オキ・テ・タカキノ」、OKI-TE-TAKAKINO((Hawaii)oki=to finish,cut,separate;te=emphasis;takakino=act hurriedly,wilful,impatient)、「離れ・離れになって・なんとも我慢ができない」

の転訛と解します。 

617あがこひすなむ(阿加古比須奈牟)

 (20-4391)「国々の社の神に幣奉りあがこひすなむ(阿加古比須奈牟)妹がかなしさ」の第一句から第三句までの主語は「私」、第四句「あがこひすなむ(阿加古比須奈牟)」は、「私への恋にせつながつている」と解されています。

 この「あがこひすなむ」は、

  「ア(ン)ガ・コヒ・ツ・ナム」、ANGA-KOHI-TU-NAMU(anga=face or move in a certain direction,turn to or set about doing anything;kohi=gather together,collect the thought,wasting sickness,consumption,emaciate;tu=fight with,energetic;namu,nanamu=tingle,flash,sting,irritate)、「ひたすら(諸国の神に祈って)・(私への)思いを集中させ・激しく・心身を衰弱させている(妹)」(「ア(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「アガ」となった)

の転訛と解します。 

618まくらたし(麻久良多之)・めきこむ(馬伎己無)

 (20-4413)「まくらたし(麻久良多之)腰に取り佩きまかなしき背ろがめきこむ(馬伎己無)月の知らなく」の初句「まくらたし(麻久良多之)」は、「枕大刀」と解し就寝時に大刀を枕元に置く習慣があったかとされ、第四句の「めきこむ(馬伎己無)」は「帰国の時(を知らない)」意かとしますが、「めき」は未詳です。

 この「まくらたし」、「めきこむ」は、

  「マクラ・タ・チ」、MAKURA-TA-TI(makura=light red(makurakura=glowing);ta=dash,beat;ti=throw,overcome)、「光り輝く・(相手を)切って・圧倒する(もの。太刀)」

  「マイキ・コムフ」、MAIKI-KOMUHU(maiki=depart,disaster,misfortune;komuhu=murmue)、「別れ(不幸)を・ささやく(出発を告げる)」(「マイキ」のAI音がE音に変化して「メキ」と、「コムフ」のH音が脱落して「コム」となった)

の転訛と解します。 

619はがし(波賀志)

 (20-4417)「赤駒を山野にはがし(波賀志)捕りかにて多摩の横山徒歩ゆか遣らむ」の第二句の「はがし(波賀志)」は、未詳です。

 この「はがし」は、

  「ハ(ン)ガチチ」、HANGATITI(tease)、「(無い物を)ねだる」(NG音がG音に変化し、反復語尾が脱落して「ハガチ」から「ハガシ」となった)

の転訛と解します。 

620かたやまつばき(可多夜麻都婆伎)

 (20-4418)「我が門のかたやまつばき(可多夜麻都婆伎)まこと汝我が手触れなな地に落ちもかも」の第二句「かたやまつばき(可多夜麻都婆伎)」の「片山」(椿)は、語義未詳です。

 この「かたやま」は、

  「カタ・イア・マ」、KATA-IA-MA(kata=laugh,opening of a shellfish;ia=indeed;ma=white,clean)、「(笑っている)開いた・実に・清らかな(椿)」

の転訛と解します。(「つばき(椿)」については、雑楽篇(その二)の513つばき(椿)の項を参照してください。) 

621ゆすひ(由須比)

 (20-4427)「家の妹ろ我を偲ふらし真ゆすひ(由須比)に結(ゆす)ひし紐の解くらく思へば」の第三句・第四句の「ゆすひ(由須比)」は、「むすび」の転とする説、「ゆひ」と「むすび」の混交語とする説があります。

 この「ゆすひ」は、

  「イ・ウ・ツヒ」、I-U-TUHI(i=past tense;u=be fixed,reach the land,reach its limit;tuhi=conjure,invoke with proper ceremonies)、「しっかりと・祈願を・込めた」

の転訛と解します。 

622いをさだはさみ(伊乎佐太波佐美)

 (20-4430)「荒し男のいをさだはさみ(伊乎佐太波佐美)向かひ立ちかなるましづみ(可奈流麻之都美)出でてと我が来る」の第二句「いをさだはさみ(伊乎佐太波佐美)」は、語義未詳です。

 この「いをさだはさみ」は、

  「イ・ワオ・タタ・ハ・タミ」、I-WHAO-TATA-HA-TAMI(i=past tense;whao=put into a bag or other receptacles,fill;tata=near of place,suddenly;ha=breathe;tami=press down,suppress,smother)、「(旅の)荷物をまとめ・終わって・突然・息を・殺して」(「ワオ」のWH音かW音に、AO音がO音に変化して「ヲ」となった)

の転訛と解します。(第四句「かなるましづみ」については、559かなるましづみ(可奈流麻之豆美)の項を参照してください。) 

623いたみ(傷み)・かもやまの(鴨山の)・いわねしまける(岩根し枕ける)・(我を)かも

 万葉集巻第二の挽歌の部に柿本人麻呂の死に臨んでの自傷歌(2-223)があり、「鴨山」などを含め難解とされています。題詞の「傷みて」は「悲しんで」と、「鴨山」は諸説ありますが所在未詳と、「岩根しまける」は「岩を枕に伏している」の意と解されていますがなお不詳です。

 この「いたみ」、「かもやまの」、「いわねしまける」、「かも」は、

  「イ・タミ」、I-TAMI(i=past tense;tami=press down,smother,completed in weaving)、「(自らの)一生を締めくく・った(総括した)」

  「カモ・イア・マノ」、KAMO-IA-MANO(kamo=eye,close or finish off a pttern in taniko weaving;ia=indeed;mano=heart)、「実に・心(の働き)を・終わらせる(ときに当たって。死に臨んで)」(「イア」が「ヤ」となった)

  「イ・ワネア・チ・マケ・ル」、I-WANEA-TI-MAKE-RU(i=past tense,beside;wanea=satisfied;ti=throw,cast;make=ma ake=go,come;ru=shake,scatter)、「満足・(していること)を・喜んで・まわりに・告げる」(「ワネア」の語尾のA音が脱落して「ワネ」と、「チ」が「シ」となった)

  「カハ・マウ」、KAHA-MAU(kaha=strong,persistency;mau=fixed,continuing)、「(自分が)このような強い(満足した)気持ちを・ずっと持ち続けている(こと)」(「カハ」のH音が脱落して「カ」と、「マウ」のAU音がO音に変化して「モ」となった)

の転訛と解します。

624きょうきょう(今日今日)・いしかわ(石川)・かひ(貝)・(逢い)かつましじ・よさみ(依羅)

 万葉集巻第二の挽歌の部の柿本人麻呂の死に臨んでの自傷歌(2-223)に続き、妻依羅娘子(よさみのおとめ)の歌(2-224~225)があり、224歌の「石川」は所在未詳、「貝(かひ)に」には「一に云う、谷に」との分注があり、「峡(かひ)」と解する説がありますが未詳とされています。

 この「きょうきょう」、「いしかわ」、「かひ」、「(逢い)かつましじ」、「よさみ」は、

  「キオ・キオ」、KIO((Hawaii)word used in reply to a question one does not care to answer)、「(問いかけても)まともな・返事を返さない」(「キオ」が「キョウ」となった)

  「イ・チカ・ワ」、I-TIKA-WA(i=past tense,beside;tika=direct,just,right,correct;wa=definite place,area,be far advanced)、「遠く離れた・(夫が)本来(落ち着くはずの)・場所(あの世)」(「チカ」が「シカ」となった)

  「カヒ」、KAHI(bivalve mollusc,a species of whale or large purpolse,chief)、「(部族の)長老たち」

  「カ・ツ・マチチ」、KA-TU-MATITI(ka=to denote the commencement of a new action or condition;tu=stand,settle;matiti=split,crack,stretched out as of limbs)、「(逢うには)あまりにも遠くに・いる・ことだ」(「マチチ」が「マシジ」となった)

  「イオ・タミ」、IO-TAMI(io=tough,hard,obstinate;tami=press down,smother,completed in weaving)、「(夫の死に)ひどく・打ちひしがれた(娘子)」(「イオ」が「ヨ」と、「タミ」が「サミ」となった)

の転訛と解します。

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<修正経緯>

1 平成18年8月1日

 538なにしかなれのぬしまちかたきの項の解釈を修正しました。

2 平成19年1月1日

 題名を<難解句>から<『万葉集』難解句>に変更しました。

3 平成19年2月15日

インデックスのスタイル変更に伴い、本篇のタイトル、リンクおよび奥書のスタイルの変更、<次回予告>の削除などの修正を行ないました。本文の実質的変更はありません。 

4 平成22年5月20日

 623いたみ(傷み)の項および624きょうきょう(今日今日)の項を追加しました。

 

国語篇(その十)終わり



U R L:  http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/
タイトル:  夢間草廬(むけんのこや)
       ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
作  者:  井上政行(夢間)
Eメール:  muken@iris.dti.ne.jp
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(記載例  出典:ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/timei05.htm,date of access:05/08/01 など)
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