地名篇(その八)


地名篇(その八)

<山岳地名および山間地帯民俗語彙>
(平成12-9-28書込み。25-4-1最終修正)(テキスト約29頁)


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目 次<山岳地名および山間地帯民俗語彙>

1 日本の古い地名等はポリネシア語によって解釈が可能である

(1)はじめに

(2)日本語とポリネシア語との関係

(3)解釈結果

2 山岳地名のポリネシア語による解釈

(1)山岳・山脈地名

  a地形地名

富士山白神山地岩手山飯豊山出羽三山(月山・湯殿山・羽黒山)上毛三山(赤城山・榛名山・妙義山)男体山戸隠山乗鞍岳白山比良山地嵐山生駒山六甲山大和三山(畝傍山・耳成山・天香具山)氷ノ山那岐山石槌山多良岳阿蘇山

  b性状地名

(一般地名) 安達太良山穂高岳比叡山武奈ケ嶽鈴鹿山脈

(鉱山地名) 院内銀山尾去沢鉱山明延鉱山足尾の備前楯山と河鹿鉱床多田銀山香春岳の「がにまぶ」

  c事績地名

伊吹山高千穂峰筑波山ボケ山ミサンザイ(石津丘)古墳大山

(2)峠地名

発荷峠碓氷峠塩尻峠鳥居峠馬籠峠箱根峠宇津ノ谷峠竹内峠暗峠鵯越

(3)盆地地名

鹿角盆地最上盆地会津盆地尾瀬・桧枝岐秩父盆地佐久盆地安曇野近江盆地津山盆地三次盆地日田盆地人吉盆地

(4)渓谷地名

奥入瀬渓谷抱返渓谷天竜渓谷寝覚の床揖斐渓香肌渓香落渓瀞八丁大歩危・小歩危面河渓祖谷渓耶馬渓

(5)滝地名

秋保大滝華の厳滝袋田滝吹割の滝河津七滝養老の滝赤目四十八滝那智の滝音羽の滝布引滝

(6)崖・岩塊地名

及位(のぞき)・大峰山の行場「覗き」磐司岩竪破山の太刀割石武蔵国二宮金讃神社の鏡岩二上山の屯鶴峯(どんづるぼう)室生の屏風ケ浦大台ケ原の大蛇嵒と蒸篭嵒大峰山の行場「鐘掛岩」神倉神社のごとびき岩門前の大岩

(7)温泉地名

夏油(げとう)温泉鳴子温泉玉川温泉板室温泉湯桧曽温泉草津温泉強羅温泉下呂温泉有馬温泉道後温泉別府温泉湯布院温泉

(8)湖沼地名

洞爺湖十和田湖田沢湖猪苗代湖中禅寺湖芦ノ湖精進湖諏訪湖琵琶湖巨椋池

3 山間地帯民俗語彙のポリネシア語による解釈

(1)くせ山

たたり山いわい山あげ山ばち山

(2)焼畑

ほそけほせきほさきほぎりほそけかりかりうかりおこばやぶあらきかわしくな

(3)またぎ    またぎ阿仁またぎ

(4)木地師    ろくろこけし

(5) さんすけ人形

(6)たたら吹製鉄

たたらふいごむらげけら押しずく押しほたけ

(7)鞍馬の火祭り    鞍馬山由岐神社祭礼祭領

<修正経緯>

 

[おことわり]  

 この篇は、私が日本民俗学会第52回年会(平成12年10月1日長野県松本市で開催)において「山岳地名および山間地帯民俗語彙のポリネシア語による解釈」と題して研究報告を行った際の説明資料を基礎とし、その1の総論部分は原文そのままを収録し、2及び3の各論部分については既発表のホームページへのリンクを加え、さらに未発表の解釈については他の地名篇並みに最小限の説明を付加して、ホームページ用に編集したものです。

 ここに盛り込まれた解釈は、すでに地名篇をはじめ各篇に発表したもの(一部解釈を修正したものを含みます)のほか、新たに発表するものを含んでいます。

 また、対象を山岳地名等に絞ったのは、平成12年の学会の共通テーマが「ヤマをめぐる諸問題」であったことによるものです。

 なお、割当てられた発表時間が30分と短く、説明資料もそう長くはできなかったため、山岳地名113例、山間地帯民俗語彙30例、合計143例を挙げるに止めざるをえませんでした。これはこれまでに地名篇(その1から7まで)などに収録した地名の十分の一に過ぎませんし、詳しい説明は省略して結論のみを示しました。なお、民俗語彙の部には、今回(注)としてさらに7例を追加しました。

 したがって、これは山岳地名等の全容を示すものではなく、ほんの概要をかいつまんで示したものです。ただ、この例示の中には未発表のものもいくつか含んでいますので、皆様のご参考までにと思い、このような形で掲載することとしました。

 いずれ、地名篇が全国をカバーした暁には、山岳地名、海浜地名、平野地名等の分類で、また民俗語彙も分類を一新して、改めて総括することになるでしょう。それまでの中間的な試論としてご理解いただきたいと思います。

  なお、ここで示した解釈は、その後の検討によって他の篇において修正したものがありますが、それに応じて本篇に修正を加えることはしておりませんので、お含みおきください。

 

<山岳地名および山間地帯民俗語彙>

 

1 日本の古い地名等はポリネシア語によって解釈が可能である

(1) はじめに

 日本の古い地名には、現在我々が使用している日本語では意味不明のものが数多く存在する。また、古事記、日本書紀、風土記の中にも意味不明の地名や語彙が多数存在する。風土記の編纂は、当時すでに古い地名の意味がわからなくなっていたことの証左である。

 これらの意味不明の語彙は、縄文語(原日本語)の語彙であり、これらは縄文語と語源を同じくし、かつ、その後他系統の言語との交流が少なく、比較的に古い姿を今に止めているポリネシア語によってその意味が正しく解釈されると考える。

(2) ポリネシア語と日本語との関係

 原日本人である縄文人は、南方から日本列島に渡来した古モンゴロイドであり、弥生人は古モンゴロイドが北方で寒冷適応したのち大陸または朝鮮半島を経由して日本列島に渡来したもので、両者が混血して現在の日本人が成立したとの有力説がある。また日本語の基層に南方語(オーストロネシア語)が入っていることは、ほぼ定説といってよい。さらに縄文人が話していた縄文語と、弥生人が持ち込んだ現在の日本語の語順、文法と基本語彙をもつ言語が融合して現在の日本語が形成されたとの説が有力である。

 他方、東部オーストロネシア語を話すポリネシア族はモンゴロイドであり、その祖先は、雲南から出て中国南部からインドシナ半島の海岸部に居住していたが、紀元前数千年ごろ居住地を離れ、東へ移動して現在の地域に定着したとする説が有力である。

 以上の説からすれば、このポリネシア族の祖先と言語を同じくするか、または極めて近い言語を話していた民族が、中国南部から北へ向かい、おそくとも縄文時代中期から後期には日本列島へ渡来して各地に居住していた可能性が高いと考えられる。

 ポリネシア語は、日本語と語順は違うが、その語彙はすべて母音で終わる開音節で、世界中で最も日本語に似たひびきの語彙を持つ言語である。これまで言語学者は、数詞、身体語などを中心とするいわゆる基本語彙間に類似語が少ないとして両者の同系論を否定してきた。

 また、地名研究者は、風土記以降の伝統である日本語による解釈にこだわり、一部アイヌ語、朝鮮語語源の地名の存在を認めたにすぎない。ポリネシア語に着目する研究者もあったが、日本語と現代ポリネシア語とを直接に比較し、音韻の似たものを抽出して解釈するという誤った方法を採つてきた。

 そこで、日本の古い地名や語彙を、原ポリネシア語を介してそれに対応する現代ポリネシア語(とくにマオリ語)を探る方法*1によってその意味を解釈したところ、極めて多くの注目すべき結果を得た。

(3) 解釈結果

 @古い地名についてはその地形を表現したものが多いのは勿論であるが、縄文人の思考を反映した擬人化による特異な表現や、祖先の神や英雄の事績による命名もかなり存在する。A記紀・風土記の神名・人名・地名等、B律令制下の古い国名、C魏志倭人伝の地名・官職名など、またD日本各地の民俗語彙の意味が、ポリネシア語で解釈でき、その本来の趣旨が判明する。

 さらに、E日本語の表現に不可欠の畳語(反復語。南方語の特徴)の本来の意味がポリネシア語の解釈によつて判明するし、F各地に残されている方言もその本来の意味が数多く発見できる。

 ここでは古い山岳地名のうちから代表的なもの113例(山岳・山脈地名のうち地形地名20、性状地名11(一般5、鉱山6)、事績地名6。峠地名10。盆地地名12。渓谷地名12。滝地名10。崖・岩塊地名10。温泉地名12。湖沼地名10)および山間地帯民俗語彙30例の計143例のポリネシア語による解釈を提示する。

 *1 日本語とポリネシア語の母音・子音の変化

   原則として、母音の変化は語幹の最終母音のみ。原ポリネシア語のAI音は日本語のE音に、AU音がO音に、IA音がYA音、IO音がYO音、IU音がYU音に変化。語頭または語尾のH音またはK音や、畳語の反復部分の脱落多し。子音の変化は下表による。

   日本語  原ポリネシア語 マオリ語 ハワイ語

  S,Z;T,D;(H) ←  S  →  T,H    H

  T,D;S,Z;K ←  T  →  =     K

    G,K;N  ←  NG →  =    N

    W;(H)  ←  WH →  =     W

    R   ← R,L →  R    L,N

    K,G   ←  K  →  =    =

  H(F),P,B  ← H,F →  H     H

  P,B,H(F)  ←  P  →  =    =

     =   ← N,M,W →  =     =

 

2 山岳地名のポリネシア語*2による解釈
 

 *2 以下の解釈は、原則としてマオリ語により、一部兄弟語であるハワイ語によったものはその旨注記した。

 

(1) 山岳・山脈地名
 

a 地形地名
 

001富士(ふじ)山

 日本を代表する霊峰富士山の「ふじ」は、フチ、HUTI(pull up,fish(v))、「引き上げられた(または釣り上げられた山)」の転と解します。静岡県富士宮市には、浅間神社よりも歴史が古いと思われる、富士山の神を祀る式内社富知(ふち)神社が鎮座します。(入門篇(その二)の「フジ」地名の項および地名篇(その一)の「霊峰富士山にまつわる幻の富士山神話」の項を参照してください。)

 

002白神(しらかみ)山地

 青森県と秋田県にまたがる世界遺産の白神山地の「しらかみ」は、チラ・カメ、TIRA-KAME(tira=fish fin;kame=eat,possessions)、「魚の鰭(のような山波)を持つ(山地)」の転と解します。(地名篇(その二)の青森県の(4)白神(しらかみ)山地の項を参照して下さい。)

 

003岩手(いわて)山

 岩手県の「岩手富士」、「南部富士」といわれる岩手山の「いわて」は、イ・ワチ、I-WHATI(i=past tense,beside;whati=be broken off)、「引き裂かれた(えぐられた山。そのあたり)」の転と解します。(地名篇(その二)の岩手県の(1)岩手(いわて)山の項を参照して下さい。)

 

004飯豊(いいで)山

 山形・新潟・福島県境にある信仰の山、飯豊山の「いいで」は、イヒ・テ、IHI-TE(ihi=split,power;te=crack,emphasis)、「裂け目(嶮しい谷)が入りこんでいる(山)」の転と解します。(地名篇(その二)の山形県の(15)飯豊(いいで)山の項を参照して下さい。)

 

005出羽三山(月山(がっさん)・湯殿(ゆどの)山・羽黒(はぐろ)山)

 山形県の修験の霊場、出羽三山については、

 月山の「がつ」は、は(ン)ガツ、NGATU(crushed)、「(北西部が)崩れた(山)」、

 湯殿山の「ゆどの」は、イ・ウタ(ン)ガ、I-UTANGA(i=seethe;utanga=burden)、「湯が湧いて出る荷物(岩(石灰華ドーム)がある山)」(IU音がユとなり、NG音がN音に変化してユタナからユトノになった)、

 羽黒山の「はぐろ」は、はハク・ロ、haku-ro(haku=complain of;ro=roto=inside)、「(月山山系の)内ふところにあって(この山だけ山容が異なるために)不満を言っている(ように見える山)」

の転と解します。(地名篇(その二)の山形県の(7)出羽三山の項を参照して下さい。)

 

006上毛三山(赤城(あかぎ)山・榛名(はるな)山・妙義(みょうぎ)山)

 群馬県を代表する上毛三山については、

 赤城山の「あかぎ」は、はア・カ(ン)ギア、A-KANGIA(a=belonging to;kangia=ka=take fire,be lighted,burn)、「火を噴く(山)」、

 榛名山の「はるな」は、はパル・ヌイ、PARU-NUI(paru=plunder,crash(halua(Hawaii)=striped,wrinkled);nui=large,many)、「崩壊が進んでいる(山)」、

 妙義山の「みょうぎ」は、はミオ・キ、MIO-KI(mio(Hawaii)=pointed,tapering;ki=full,very)、「尖った峰がたくさんある(山)」

の転と解します。(地名篇(その六)の群馬県の(6)妙義山(12)榛名山(22)赤城山の項を参照して下さい。)

 

007男体(なんたい)山

 栃木県の日光国立公園、中禅寺湖の傍らにそびえる男体(なんたい)山の「なんたい」は、ナニ・タイ、NANI-TAI(nani=ache of the head;tai=wave,anger,the other side)、「片頭痛がしている(片側が崩れている山)」の転と解します。(地名篇(その六)の栃木県の(9)日光の項を参照して下さい。)

 

008戸隠(とがくし)山

 長野県の北部、上水内(かみみのち)郡戸隠(とがくし)村に北信五岳と称せられる飯縄(いいづな)山、黒姫山、斑尾(まだらお)、妙高(みょうこう)山と並ぶ戸隠(とがくし)連峰の主峰、戸隠山(1,904メートル)があります。山体は、凝灰岩質集塊岩からなり、浸食されて南東側は数百メートルの断崖となり、稜線部は鋸歯状の尾根となっています。古くから山岳信仰の霊場でした。

 この「とがくし」は、トカ・クチ、TOKA-KUTI(toka=rock,stone;kuti=pinch,contract)、「岩が重なり合った(山)」の転と解します。

 

009乗鞍(のりくら)岳

 長野県南南安曇郡安曇村と岐阜県大野郡丹生川村と高根村にまたがる火山群で、山頂部は比較的起伏のなだらかです。山名は、岐阜県側から見た山容が馬の背に鞍を置いた形に似るからとされます。

 この「のりくら」は、ノリ・クラエ、NGORI-KURAE(ngori=weak,listless;kurae=project,be prominent,headland)、「弱い(なだらかな)突出した(山)」の転と解します。

 

010白山(はくさん)

 白山は、石川県、福井県、岐阜県にまたがる火山で、御前峰(2,702メートル)、大汝峰(2,684)、剣ケ峰(2,677)の3峰を中心とする山々の総称です。古くは「しらやま」と呼ばれ、山岳信仰の山で、富士山、立山とともに日本三名山と一つとされています。山頂近くでは、積雪が10メートルに達し、残雪が多いことから「しらやま」と呼ばれたといいます。

 この「しら」は、チラ、TIRA(fish fin)、「魚の鰭(のような山)」の転と解します。

 

011比良(ひら)山地

 比良(ひら)山地は、滋賀県と京都府にまたがる比叡山の北、琵琶湖の西岸に沿って南北に連なる山地です。

 この「ひら」は、ヒラ、HIRA(numerous,great,widespread)、「長く伸びている(山地)」と解します。(地名篇(その三)の滋賀県の(5)比良(ひら)山地の項を参照して下さい。)

 

012嵐(あらし)山

 嵐(あらし)山は、保津川が京都盆地に出る地点の右岸にある山で、紅葉の名所として知られています。

 この「あらし」は、パラチ(P音がF音を経てH音に変化し脱落した)、PARATI(spurt,splash out)、「(保津川の流れが)噴出する(場所にある山)」の転と解します。(地名篇(その三)の京都府の(9)桂川の「d嵐(あらし)山」の項を参照して下さい。)

 

013生駒(いこま)山

 生駒(いこま)山は、大阪府と奈良県の境にある南北に伸びる生駒山脈の主峰で、「いこま」は、イカ・ウマ、IKA-UMA(ika=warrior;uma=bossom,chest)「戦士の胸(のように直立している山)」の転(「イカ」語尾のA音と「ウマ」の語頭のU音が連結してO音となり、「イコマ」となった)と解します。(地名篇(その四)の大阪府の(11)生駒(いこま)山の項を参照して下さい。)

 

014六甲(ろっこう)山

 六甲(ろっこう)山は、神戸市の市街地の背後に東西に伸びる嶮しい山地です。山名は、その麓の地名「むこ」が「武庫」から「六甲」と宛字されて転訛したとされます。

 この「むこ」は、ム・コウ、MU-KOU(mu=silent;kou=knob,stump)、「静かな切り株(瘤のような山)」の転と解します。(地名篇(その四)の兵庫県の(3)六甲(ろっこう)山の項を参照して下さい。)

 

015大和三山(畝傍(うねび)山・耳成(みみなし)山・天香具(あまのかぐ)山)

 奈良盆地の南、橿原市に大和三山と称せられる畝傍(うねび)山・耳成(みみなし)山・天香具(あまのかぐ)山があります。この「うねび」、「みみなし」、「あまのかぐ」は、

 ウ・ネピ、U-NEPI(u=breast of a female;nepi=stunted,diminutive)、「変形した乳房(のような山)」、

 ミミ・ナチ、MIMI-NATI(mimi=stream;nati=pinch)、「(二つの)川に挟まれた(山)」、

 アマ・ノ・カク、AMA-NO-KAKU(ama=outrigger of a canoe;no=of;kaku=scrape)、「(中央部が)引き裂かれたカヌーのアウトリガー(フロートのような山)」、

の転と解します。(地名篇(その五)の奈良県の(46)大和三山の項を参照して下さい。)

 

016氷ノ山(ひょうのせん)

 兵庫県の北西部、鳥取県との境に大山に次ぐ中国地方第二の高峰、氷ノ山山塊があります。

 この「ひょう」は、ヒ・イオ、HI-IO(hi=raise,rise;io=muscle,spur,ridge)、「高い山の峰々」の転と解します。(地名篇(その四)の兵庫県の(29)養父郡のb氷ノ山・須賀ノ山の項を参照して下さい。)

 

017那岐(なぎ)山

 鳥取県八頭(やず)郡智頭(ちず)町と岡山県勝田郡奈義(なぎ)町の境に那岐山(1,240メートル)があります。平坦な山頂が特徴で、山名は「薙(な)ぐ」からとされます。

 この「なぎ」は、ナキ、NAKI(glide)、「流れるようになだらかな(山)」の転と解します。 

 那岐山には、北からの風によつて風衝草原ができており、晩夏から初秋にかけて台風の影響で南斜面に吹き下ろす瞬間風速60メートルもの強風は、「広戸(ひろと)風」と呼ばれ、南麓の日本原(にほんばら)一帯の農作物に大きな被害を与えることで有名です。この「ひろと」、「にほんばら」は、マオリ語の、

 ヒロウ・タウ、HIROU-TAU(hirou=dredge net;tau=attack)、「底引き網を曳いて襲う(草木を根こそぎにするような強い風)」の転(「タウ」のAU音がO音に変化して「ヒロウ・ト」から「ヒロト」となった)、

 ニホ・(ン)ガウ・パラ、NIHO-NGAU-PARA(niho=tooth,edge of a weapon;effective force;ngau=bite,attack;para=cut down bush,clear)、「(風が草木を)歯で喰い切って何もない(原)」の転(「(ン)ガウ」のNG音がNに変化して「ナウ」から「ノ」となり、「ニホ・ノ・パラ」から「ニホンバラ」となった)、

と解します。

 

018石槌(いしづち)山

 石槌(いしづち)山(1,982メートル)は、愛媛県西条市、周桑郡小松町、上浮穴郡面河(おもご)村の境にある高峻な山で、石槌山脈の主峰で、西日本の最高峰となっています。古来山岳信仰の霊場です。山名は、頂上付近の岩峰の形が石槌の先端に似ているとする説と、「石の霊(ち)」からとする説があります。

 この「いしづち」は、イヒ・ツチカ、IHI-TUTIKA(ihi=split,power,sacred;tutika=upstanding)、「裂けて直立している(山。または聖なる直立した山)」の転(原ポリネシア語の「ヒシ、HISI(split)」または「キシ、KISI(power,sacred)」の語頭のH音またはK音が脱落して「イシ」になり(マオリ語ではS音がH音に変化した)、ツチカの語尾のカが脱落した)と解します。

 

019多良(たら)岳

 多良(たら)岳(1,057メートル)は、佐賀県と長崎県にまたがる大火山で、古来山岳信仰の霊場でした。『肥前国風土記』には託羅(たら)郷の地名起源説話がみえますが、信ずるに足りません。

 この「たら」は、すでに入門篇(その二)の「アサ」地名の安達太良(あだたら)山の項で説明した「たら」と同じで、タラ、TARA(peaks of all kind)、「(そそり立つ)峰」と解します。

 なお、熊本県球磨郡多良木(たらぎ)町の「たらぎ」は、タラ・キ、TARA-KI(tara=peaks of all kind;ki=full,very)、「峰の多い土地」の意ですが、同じ語源でもやや意味が異なるものもあり、福井県小浜市の太良(たら)庄の「たら」は、タラ、TARA(wane of the moon)、「欠けた月のような形(の土地)」の意、琉球石灰岩で覆われた円形の偏平な島である沖縄県多良間(たらま)島の「たらま」は、タラ・マ、TARA-MA(tara=papillae on the skin;ma=clear,white)、「白い吹き出物(のような島)」の意と解します。

 

020阿蘇(あそ)山

 世界最大のカルデラをもつ阿蘇山の「あそ」は、アト、ATO(fence about)、「周りに垣根(外輪山)を巡らした(山)」と解します。(オリエンテーション篇の3の(1)阿蘇山の項を参照して下さい。)

b 性状地名

 
[一般地名]
 

021安達太良(あだたら)山

 高村光太郎の感動的な詩で有名な福島県の安達太良山の「あだたら」は、アタ・タラ、ATA-TARA(ata=how horrible!;tara=peaks of all kind)、「何と恐ろしい峰」の意と解します。(入門篇(その二)の2の(3)のb「アサ」地名の項を参照して下さい。)

 

022穂高(ほたか)岳

 穂高岳は、長野県南安曇郡安曇村と岐阜県吉城郡上宝村にまたがる飛騨山脈(北アルプス)南部の急峻な岩峰群で、かつては前穂高岳(3,090メートル)を指していましたが、現在ではこれに北穂高岳(3,106メートル)、涸沢岳(3,110メートル)、奥穂高岳(3,190メートル)、西穂高岳(2,909メートル)などを加えた総称となっています。

 この「ほたか」は、

 (1)ハウ・タカ、HAU-TAKA(hau=famous,illustrious;taka=heap)、「ひときわ目立つ高い山」、

 (2)またはホウ・タカ、HOU-TAKA(hou=dedicate;taka=heap)、「(神に)捧げられた高い山」、

 (3)またはポタカ(P音がF音を経てH音に変化してホタカとなつた)、POTAKA(top)、「最高の(山)」

の転と解します。

 群馬県北部、利根郡の水上町、川場村、片品村の境にある武尊(ほたか)山も同じ語源です。

 

023比叡(ひえい)山

 滋賀県大津市と京都市の境にある比叡山は、古くから神が宿る山として信仰の対象でした。古くは「ひえのやま」、「日枝ノ山」と呼ばれました。

 この「ひえ」は、ヒエ、HIE(Hawaii)(distinguished,dignified)、「高貴な(山。または威厳のある(神が住む)山)」の意と解します。(地名篇(その三)の滋賀県の(4)比叡山の項を参照して下さい。)

 

024武奈ケ嶽(ぶながだけ)

 比叡山の北に連なる比良山地の最高峰、武奈ケ嶽の「ぶなが」は、プナ(ン)ガ、PUNANGA(seclude,hidden,any place used as a refuge for noncombatants in trouble days)、「(世間から)隔絶した(山。または非戦闘員の隠れ家の山)」の転と解します。(地名篇(その三)の滋賀県の(5)比良山地の項を参照して下さい。)

 

025鈴鹿(すずか)山脈

 岐阜・三重の両県と滋賀県との境を南北に走る鈴鹿山脈の「すずか」は、ツツ・カハ(末尾のハが脱落)、TUTU-KAHA(tutu=stand erect,be prominent;kaha=strong,rope,ridge of a hill,boundary line of land)、「力強く立ちはだかる(山脈または境界線)」の転と解します。(地名篇(その三)の三重県の(2)鈴鹿山脈の項を参照して下さい。)

[鉱山地名]

 

026院内(いんない)銀山

 秋田県雄勝郡雄勝町に所在する院内銀山は、江戸時代に石見、生野両銀山と並ぶ産出量を誇った銀山で、江戸時代末期には金も産出しましたが、慶長11(1606)年発見当時から終始湧水に悩まされたと伝えられています。

 この「いんない」は、イヌ・ヌイ、INU-NUI(inu=drink;nui=large,numerous)、「大量の水を呑む(坑内に大量の湧水がある山)」の転と解します。 

 

027尾去沢(おさりざわ)鉱山

 秋田県鹿角市尾去沢に所在する尾去沢鉱山は、和銅年間(708〜715年)の発見と伝えられていますが、ここの鉱脈は、銅、鉛、亜鉛、金、銀を含む数百条の割れ目充填鉱床にあります。

 この「おさりざわ」は、オタ・リ・タワ、OTA-RI-TAWHA(ota=dreges;ri=bind;tawha=crack)、「滓(鉱脈)が割れ目に付着している(鉱山)」の転と解します。

 

028明延(あけのべ)鉱山

 兵庫県養父郡大屋町所在の明延鉱山は、大同年間(806〜810年)の発見と伝えられていますが、太平洋戦争終了まで日本でも有数の重要鉱山とされていました。ここには、銅、鉛、亜鉛、錫、タングステン、金、銀などを含む割れ目充填鉱床がありました。

 この「あけのべ」は、アケ・ノペ、AKE-NOPE(ake=forthwith,very,upwards;nope=constricted)、「(割れ目の中に)上方に向かって(鉱脈が)凝縮されている(鉱山)」の転と解します。

 

029足尾(あしお)銅山

 栃木県西部の足尾山地に所在する足尾銅山の鉱脈は、備前楯(びぜんたて)山(1,273メートル)を中心とする秩父古生層を貫いて噴出した足尾流紋岩に伴う1800本余の鉱脈と、その周辺部の主に古生層に胚胎する130余の河鹿(かじか)鉱床と呼ばれる塊状、ポケット状の鉱石から成っていました。

 この「びぜんたて」と「かじか」は、

 ピヒ・テ(ン)ガ・タタイ(「ピヒ」の「ヒ」が脱落して「ビ」となり、「テ(ン)ガ」のT音がS音に、NG音がN音に変化して「セナ」から「セン」、「ゼン」に、「タタイ」のAI音がE音に変化して「タテ」となつた)、PIHI-TENGA-TATAI(pihi=cut,split;tenga=Adam's apple;tatai=arrange,adorn)、「喉ぼとけ(のような山)の割れ目を飾る(付着している鉱脈。その鉱脈がある山)」、

 カ・チカ、KA-TIKA(ka=take fire,burn;tika=straight,direct)、「そのまま直接火に投ずる(無処理で精錬できる鉱石)」

の転と解します。

 

030多田(ただ)銀山

 多田銀山は、兵庫県川辺郡猪名川町を中心に、川西市、大阪府能勢郡能勢川町にまたがる約10キロメートル四方の地域に網の目のように2,802ケ所の間歩(まぶ。坑道の意、次項「がにまぶ」を参照してください)を持っていた銅・銀山です。古代から採掘が行われ、東大寺大仏の鋳造に際して銅を献じ、また多田源氏を支え、豊臣秀吉の財力の基礎となったと伝えられます。

 この「ただ」は、タタ、TATA(small bag net)、「網の目のような(鉱山)」

の転と解します。

 

031香春(かわら)岳

 福岡県田川郡香春町の香春岳は、石灰岩からなる峻険な山で、一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳が連らなっています。この山は奈良時代から採掘された銅山で、宇佐八幡宮の神鏡鋳造所の跡があり、東大寺の大仏鋳造には資材および技術を提供したと伝えられ、今も「採銅所」の地名が残っています。炭坑節に歌われた山でもあります。また、三ノ岳の採掘跡の巨大坑道を「がにまぶ」と称しました。

 この「かわら」、「がにまぶ」は、

 カワ・ラ、KAWA-RA(kawa=heap;ra=wed)、「峰が連結した(山)」、

 (ン)ガ・ヌイ・マプ、NGA-NUI-MAPU(nga=the;nui=large;mapu=flow freely)、「巨大な(鉱脈を追って不規則に前進する)坑道」

の転と解します。

 上記の多田銀山、香春銅山のみならず、佐渡金山、石見銀山をはじめ、日本の古い鉱山のほとんどは、坑道を「間歩」と称しているようです。なお、石村禎久『石見銀山異記・上』昭和56年、石見銀山資料館刊には、「間歩」は「間夫(昔の間夫は遊郭に身を沈めた女性に穴をあける役をした)」であるという珍説が載っているそうです(宮脇俊三『徳川家康歴史紀行』1998年、講談社文庫による)。

 

c 事績地名

 

032伊吹(いぶき)山

 伊吹山は、滋賀県と岐阜県の境を南北に延びる伊吹山地の主峰です。『古事記』、『日本書紀』にみえる神話の舞台です。この「いぶき」は、地名篇(その三)の滋賀県の(12)伊吹山の項では、地形地名として解釈しましたが、音韻の一致に問題がありました。ここで音韻と意味が完全に一致する記紀神話に由来する事績地名に解釈を改めます。

 この「いぶき」は、イ・フキ、I-HUKI(i=past tense,beside;huki=avenge death,spit)、「(ヤマトタケルに侮辱されたため)報復して殺した(ことがあった山)」の転と解します。

 

033高千穂(たかちほ)峰

 高千穂峰は、宮崎県と鹿児島県の境に位置する記紀の「天孫降臨」神話の舞台です。『日向国風土記逸文』知鋪(ちほ)郷の条には、ヒコホノニニギが「日向の高千穂の二上の峰に天降りましき。時に、天暗冥く、夜昼別たず、人物道を失い、物の色別き難たかりき」とあります。

 この「たかちほ」は、タカ・チホイ、TAKA-TIHOI(taka=fall down,go round;tihoi=go astray,wander)、「(天孫が)降臨して道に迷った(山)」の転と解します。(古典篇(その三)の3の(1)の「c天孫の降臨」の項を参照して下さい。)

 

034筑波(つくば)山

 筑波山は、茨城県つくば市、真壁郡真壁町、新治郡八郷町の境にある筑波山塊の主峰で、富士山に似た秀麗な姿を示しています。万葉の時代から平安時代にかけて歌枕や、春秋に男女が集う歌垣の盛んな場所として著名です。とくに、『常陸国風土記』には「筑波の岳は(人々が)往集(ゆきつど)ひて歌ひ舞ひ飲(さけの)み喫(ものくら)ふこと、今に至るまで絶えざるなり」とあります。

 この「つくば」は、地名篇(その六)の茨城県の(4)の「a筑波郡」の項では、地形地名として解釈し、「b筑波山」の項では別解としてこの事績地名を示しましたが、地形地名としての類例があまりにも少ないことなどを考えますと、これは事績地名と解釈したほうが至当と思われます。

 この「つくば」は、ツク・パ、TUKU-PA(tuku=let go,allow,ridge of a hill;pa=touch,hold personal communication with)、「(男女が歌垣の)交際を許される(山)」の転と解します。 

 

035ボケ山(古墳、仁賢天皇陵)

 大阪府羽曳野市の古市古墳群の南縁、羽曳野丘陵の山裾にボケ山古墳(伝仁賢天皇陵)があります。『日本書紀』によれば、天皇没後わずか2月で葬ったとあります。

 この「ぼけ」は、ポケ、POKE(beset in numbers,work at in crowd)、「大勢の人が群集して築いた(御陵)」の転と解します。(オリエンテーション篇の3の(3)「ぼけ山」古墳の項を参照して下さい。)

 

036ミサンザイ(石津丘)古墳

 ミサンザイ(石津丘)古墳は、大阪府堺市の百舌鳥耳原古墳群にある日本最大の大仙陵(伝仁徳天皇陵)に次ぐ大きさをもつ古墳で、履中天皇陵とされています。

 この「みさんざい」は、ミヒ・タヌ・タイ、MIHI-TANU-TAI(mihi=lament;tanu=bury;tai=perform certain ceremonies to remove tapu)、「(穢れや禁忌を除くために)特別な儀式を行って嘆き悲しんで埋葬した(御陵)」の転と解します。

 この「みさんざい」は、古市古墳群の「岡ミサンザイ古墳」、百舌鳥耳原古墳群の「ニサンザイ古墳」の語源と系統を同じくするものです。(地名篇(その四)の大阪府の(19)の「c石津丘古墳」および「dニサンザイ古墳」の項を参照して下さい。)

 

037大山(だいせん。古名火神(ひのかみ)岳)

 大山(1,729メートル)は、鳥取県西部、大山隠岐国立公園の中心をなす火山で、西側からの眺めは富士山に似て伯耆富士、出雲富士とも呼ばれています。『出雲風土記』の国引き神話の舞台となった山で、その名は「火神岳」と記されています。

 この「ひのかみ」は、ヒノ(ン)ガ・カミ、HINONGA-KAMI(hinonga=task,undertaking;kami=eat)、「(土地を)食べる仕事をした(山。国引きの事業をなしとげた山)」の転と解します。

(2) 峠地名

 

038発荷(はっか)峠

 発荷(はっか)峠は、秋田県北東部、鹿角市と鹿角郡小坂町の境にある峠で、十和田火山の外輪山の南部に位置し、十和田観光の秋田県からの玄関口にあたります。展望の良い峠から十和田湖畔に向かつて国道103号(旧十和田街道)は、九十九曲がりといわれる急崖を下ります。

 この「はっか」は、十和田湖から峠への急坂を形容したもので、ハ・ツカハ、HA-TUKAHA(ha=breathe;tukaha=strenuous,hasty)、「息を切らして(登る峠)」の転(語尾の「ハ」が脱落した)と解します。(地名篇(その二)の秋田県の(8)発荷(はっか)峠の項を参照して下さい。)

 新潟県南東部、信濃川とその支流魚野川との間の魚野丘陵にある難路で聞こえた急峻な峠で、十日町市側の六集落と六日町市側の二集落を結ぶことから峠名がつけられたとされる「八箇(はっか)峠」も同じ語源です。

 

039碓氷(うすい)峠

 碓氷峠は、群馬県碓氷郡松井田町と長野県北佐久郡軽井沢町の境の峠で、東山道の要地として『日本書紀』や『万葉集』にも登場します。

 この「うすい」は、ウ・ツヒ、U-TUHI(u=breast of a female,reach its limit;tuhi=conjure)、「(旅の無事を)祈願する最高点の場所(峠)」の転と解します。(地名篇(その六)の群馬県の(2)碓氷郡の項を参照して下さい。)

 

040塩尻(しおじり)峠

 塩尻峠は、長野県中央部、塩尻市と岡谷市の間、松本盆地と諏訪盆地の境、信濃川水系と天竜川水系の分水嶺にあります。この地名は、峠をはさんで西側に中山道の塩尻宿があり、日本海側から内陸への塩の運搬路の終点(尻)であったからとする説や、土質によるとする説などがあります。

 この「しおじり」は、チオ・チリ、TIO-TIRI(tio=cry;tiri=throw or place one by one,scatter)、「(あまりの苦しさに)一歩一歩泣きながら(登る峠)」の転と解します。

 

041鳥居(とりい)峠

 「とりい」地名は、各所にありますが、とくに有名な鳥居峠は長野県西部、木曽郡の楢川村と木祖村の境にある峠で、和銅6(713)年吉蘇(きそ)路の開通とともに開かれ、当時は信濃と美濃の国境でした。江戸時代には中山道屈指の難所でした。

 この「とりい」は、トリ・ヒ、TORI-HI(tori=cut;hi=raise,rise)、「高所を切り開いた(峠)」の転(「ヒ」のH音が脱落して「イ」となった)と解します。

 群馬県吾妻郡嬬恋村と長野県小県郡真田町の境の大笹街道の「鳥居(とりい)峠」(北の四阿(あづまや)山頂の権現の鳥居があるからという)や、福島県耶麻郡西会津町と新潟県東蒲原郡津川町の境にある若松街道の「鳥井(とりい)峠」も同じ語源です。

 

042馬籠(まごめ)峠

 馬籠峠は、長野県南西部、木曽山脈南部にあり、木曽郡南木曽(なぎそ)町と山口村の間の峠で、旧中山道が通り、北麓に妻籠(つまご)宿、南側中腹に島崎藤村の生地てある馬籠(まごめ)宿、西麓に落合の三宿が置かれていました。

 この「まごめ」は、マ(ン)ゴ・メ、MANGO-ME(mango=shark,shark's tooth;me=if,as if)、「鮫の歯のような(急坂のある場所)」の転と解します。

 ちなみに、「つまご」は、ツ・マ(ン)ゴ、TU-MANGO(tu=stand,settle;mango=shark,shark's tooth)、「鮫の歯のような(急坂のある)場所に在る(位置している)」の転と解します。馬籠も妻籠も同じ地形を表す地名なのです。

 宮城県本吉郡本吉町に馬籠(まごめ)の地名が、東京都大田区に馬込(まごめ)の地名があり、馬を飼育する土地であったとする説がありますが、これらはすべて上記の地形地名と解すべきでしょう。

 さらに、東京都文京区に駒込(こまごめ)、新宿区に牛込(うしごめ)の地名がありますが、これらも大田区馬込と同様、谷の多い地形によるもので、コ・マ(ン)ゴ・メ、KO-MANGO-ME(ko=yonder place,dig with a wooden implement for digging;mango=shark,shark's tooth;me=if,as if)、「堀り棒で掘った鮫の歯のような(急坂のある場所)」、ウチ・(ン)ガウ・メ(「(ン)ガウ」のNG音のN音が脱落し、AU音がO音に変化して「ゴ」となった)、UTI-NGAU-ME(uti=bite(utiuti=annoy,worry);ngau=bite,attack,wander;me=if,as if)、「あちこち喰い荒らしたような(谷、急坂のある場所)」の転と解します。

043箱根(はこね)峠

 箱根峠は、神奈川県足柄下郡箱根町と静岡県三島市・田方郡函南町の間にある峠です。かつては湯坂道、江戸時代は旧東海道の要衝で、箱根八里の最高点でした。

 この「はこね」は、ハコ・ヌイ、HAKO-NUI(hako=erect;nui=big,many)、「非常に嶮しい(山。その峠)」の転と解します。(地名篇(その一)の2の(3)の「c箱根」の項を参照して下さい。)

 

044宇津ノ谷(うつのや)峠

 宇津ノ谷峠は、静岡市と志太郡岡部町の間にある峠で、標高は180メートルですが、旧東海道の丸子(まりこ)宿と岡部宿の間の難所で、奈良時代には海岸沿いの日本坂越え、平安中期以降は国道1号線のやや南の「蔦の細道」(『伊勢物語』にも記載がある)越えから宇津ノ谷峠越えへと変遷したといいます。「蔦の細道」は河竹黙阿弥の世話物『蔦紅葉宇都谷峠』の舞台です。

 この「うつのや」は、ウツ・ナウ・イア、UTU-NAU-IA(utu=spur of a hill,front part of a house;nau=go,come;ia=indeed、「実に屋根の庇(ひさし)の上を歩くような(峠)」の転(「ナウ」のAU音がO音に変化して「ノ」となった)と解します。(地名篇(その六)の群馬県の(2)碓氷郡の項で参考として触れた「宇都ノ谷峠」の解釈には音韻の点で問題がありましたので、音韻が完全に一致する以上の解釈のように改めます。)

 

045竹内(たけのうち)峠

 竹内峠は、奈良県北葛城郡当麻(たいま)町と大阪府南河内郡太子町の境にある峠で、古代に開かれた官道の大和と河内を結ぶ竹内街道の要衝です。この「たけのうち」は、タケ・ノ・ウチ、TAKE-NO-UTI(take=root,base of a hill;no=of;uti=bite)、「浸食された山の麓(へ降りる峠)」の意と解します。(地名篇(その五)の奈良県の(16)の「b穴虫峠・竹内峠」の項を参照して下さい。)

 

046暗(くらがり)峠

 暗峠は、大阪府東大阪市と奈良県生駒市の境にある峠で、奈良街道が通ります。この「くらがり」は、ク・ラ(ン)ガ・リ、KU-RANGA-RI(ku=silent;ranga=raise;ri=screen,protect)、「静かな屹立した衝立(のような峠)」の転と解します。(地名篇(その四)の大阪府の(11)生駒山の「e暗(くらがり)峠」の項を参照して下さい。)

 

047鵯越(ひよどりごえ)

 鵯越は、神戸市の北区と兵庫区の境にある峠で、摂津国と播磨国との境をなしていました。源平合戦の古戦場として有名です。

 この「ひよどり」は、ヒ・イオ・トリ、HI-IO-TORI(hi=raise,rise;io=muscle,ridge,tough;tori=cut)、「高い峰を切り開いた(ような坂)」の転と解します。(地名篇(その四)の兵庫県の(5)須磨の「b鵯越え」の項を参照して下さい。)

 

(3) 盆地地名

 

048鹿角(かづの)盆地

 鹿角(花輪)盆地は、秋田県の東北部、米代川の上流にある盆地です。

 この「かづの」は、カ・ツ・(ン)ガウ、KA-TU-NGAU(ka=take fire,burn;tu=stand,settle;ngau=bite,attack(whakangau=hunt with dogs))、「狩りをする場所にある(火が燃えている)集落のある土地」の転と解します。(地名篇(その二)の秋田県の(7)花輪(鹿角)盆地の項を参照して下さい。)

 

049最上(もがみ)盆地

 最上(新庄)盆地は、山形県北東部、新庄市を中心に周辺の最上郡に広がる盆地です。

 この「もがみ」は、モ(ン)ガ・ミ、MONGA-MI(monga=mongamonga=marrow;mi(Hawaii)=stream)、「骨の髄(のような川が流れる盆地)」、またはマウンガ・ミ、MAUNGA-MI(maunga=mountain,carry,continuing;mi(Hawaii)=stream)、「山間を流れる川(または滔々と流れる川が流れる盆地)」の転と解します。(地名篇(その二)の山形県の(6)最上川の項を参照して下さい。)

 

050会津(あいづ)盆地

 会津盆地は、福島県西部、会津地方の中央にある断層盆地です。

 この「あいづ」は、アヰ・ツ、AWHI-TU(awhi=embrace;tu=stand,settle)、「(山に)囲まれた(盆地)」の転と解します。(地名篇(その二)の福島県の(4)会津の項を参照して下さい。)

 

051尾瀬(おぜ)・桧枝岐(ひのえまた)

 尾瀬(または尾瀬ヶ原)は、只見川の源流部、群馬県利根郡片品村、福島県南会津郡桧枝岐村、新潟県北魚沼郡湯之谷村にまたがる小盆地に形成された日本屈指の高層湿原です。

 この「おぜ」、「ひのえまた」は、

 オ・テ、O-TE(o=of,belonging to;te=crack)、「裂け目(のような盆地)」。

 ヒ・ノエ・マタ、HI-NOE-MATA(hi=raise,rise;noe(Hawaii)=mist,fog;mata=deep swamp)、「高所にある霧がかかる湿地」 

の転と解します。(地名篇(その二)の福島県の(9)桧枝岐村の項および地名篇(その六)の群馬県の(19)尾瀬ヶ原の項を参照して下さい。)

 

052秩父(ちちぶ)盆地

 秩父盆地は、埼玉県西部、秩父地方の中心にある盆地です。

 この「ちちぶ」は、チチ・プ、TITI-PU(titi=steep,adorn by sticking feathers;pu=heap)、「周囲を鳥毛で飾ったように高山が取り巻いている(盆地)」の転と解します。(地名篇(その七)の埼玉県の(17)秩父郡の項を参照して下さい。)

 

053佐久(さく)盆地

 佐久盆地は、長野県東部にある小盆地で、佐久平とも呼ばれています。北部は浅間山の火山噴出物が堆積した台地、南部は千曲川の沖積地からなります。

 この「さく」は、タク、TAKU(edge,border)、「山の縁にある土地」の転と解します。

 

054安曇(あずみ)野

 長野県中央部の松本盆地を松本平、安曇平(あずみだいら)と呼び、安曇野とも呼ぶことがあります。西縁を走る糸魚川・静岡構造線に沿って3千メートル級の飛騨山脈がそびえ、梓川、高瀬川、奈良井川など数多くの河川が流出して複合扇状地を形成しています。盆地中央部の穂高町や豊科町では、扇状地末端の豊富な湧き水を利用してワサビの栽培が盛んです。

 この「あづみ」は、アツ・ミ、ATU-MI(atu=to indicate a directin or motion onward;mi(Hawaii)=stream)、「(清冽な)水が湧き流れて行く(土地)」

の転と解します。

 

055近江(おうみ)盆地

 近江盆地は、滋賀県の中央部を締め、東縁を伊吹山地と鈴鹿山脈、西縁を比良山地に囲まれ、中央に琵琶湖を湛える断層盆地です。

 この「おうみ」は、アウ・ミ、AU-MI(au=sea;mi(Hawaii)=urine,stream)、「(瀬田から)川が流れ出す海(琵琶湖。それがある盆地)」の転と解します。(地名篇(その三)の滋賀県の(1)近江国の項を参照して下さい。)

 

056津山(つやま)盆地

 津山盆地は、岡山県北東部にある中国地方最大の盆地で、北側の中国山地と南側の吉備高原の間に位置し、吉井川の上流部に属しています。

 この「つやま」は、ツイ・アマ、TUI-AMA(tui=pierce,sew;ama=thwart of a canoe)、「カヌーの腰掛け梁を連結した(ような盆地)」の転と解します。

 

057三次(みよし)盆地

 三次盆地は、広島県北部にある山間盆地で、狭義には三次市付近をいい、広義にはその周辺の庄原、三良坂、君田、高宮などの小盆地を含む地域をいいます。盆地の中心の三次で馬洗川、と西城川が可愛(えの)川(江(ごう)の川)に合流し、沖積低地を形成し、しばしば氾濫を起こし、また、晩秋から初夏にかけては霧が発生して盆地は霧の海となることで有名です。

 この「みよし」は、ミ・イオ・チ、MI-IO-TI(mi(Hawaii)=stream;io=muscle,line;ti=throw,cast)、「河流が(四方に)広がっている(盆地)」の転と解します。

 ちなみに、川名の「えの」、「ごう」は、

 エ・(ン)ガウ(「(ン)ガウ」のNG音がN音に変化して「ナウ」となり、そのAU音がO音に変化して「ノ」となった)、E-NGAU(e=to denote action in progress;ngau=bite,attack,wander)、(氾濫を起こして)襲いかかる(川)

 (ン)ガウ(「(ン)ガウ」が「ゴウ」になった)、NGAU(bite,attack,wander)、(氾濫を起こして)襲いかかる(川)、

 またはコフ(H音が脱落して「コウ」となり、濁音化した)、KOHU(fog,mist)、霧(を発生する川)

の転と解します。

 

058日田(ひた)盆地

 日田盆地は、大分県西部、筑後川の上流部の三隈川流域に広がる断層盆地です。

 この「ひた」は、ヒ・タ、HI-TA(hi=raise,rise;ta=dash,lay)、「高いところにある(盆地)」の意と解します。

 

059人吉(ひとよし)盆地

 人吉盆地は、熊本県南部、九州山地の中央に開けた紡錘状の断層盆地で、中央を球磨川が多くの支流を集めて流れています。

 この「ひとよし」は、ヒ・タウ・イオ・チ、HI-TAU-IO-TI(hi=raise,rise;tau=come to rest,settle down,be suitable,beautiful;io=muscle,line;ti=throw,cast)、「高いところにある美しい河流が(四方に)広がっている(盆地)」の転と解します。

 

(4) 渓谷地名

 

060奥入瀬(おいらせ)渓谷

 奥入瀬渓谷は、青森県南東部、十和田湖の東岸子ノ口に発して北流する奥入瀬川上流がつくる渓流です。

 この「おいらせ」は、オイ・ラ・テ、OI-RA-TE(oi=shout;ra=wed;te=crack)、「瀬が集まってうるさい音を立てる(渓谷)」の転と解します。(地名篇(その二)の青森県の(15)奥入瀬川の項を参照して下さい。)

 

061抱返(だきがえり)渓谷

 抱返渓谷は、秋田県東部、雄物川の支流玉川にある渓谷です。

 この「だきがえり」は、タキ・(ン)ガエレ、TAKI-NGAERE(taki=take to one side,track;ngaere=quake,oscillate)、「(危険で)震えながら路を辿る(渓谷)」の転と解します。(地名篇(その二)の秋田県の(10)玉川の項を参照して下さい。) 

062天竜(てんりゅう)渓谷

 天竜渓谷は、天竜峡ともいい、長野県飯田市南部、天竜川中流の渓谷です。

 この「てんりゅう」は、テノ・リウ、TENO-RIU(teno=notched;riu=valley)、「ぎざぎざに刻まれた渓谷」の転と解します。

 

063寝覚の床(ねざめのとこ)

 寝覚の床は、長野県木曽郡上松町にある木曽川上流の景勝地で、花崗岩の方状節理に沿って木曽川が浸食し、屏風岩などの奇岩や、大釜、小釜などの甌穴があります。

 この「ねざめのとこ」は、ネイ・タメネ・トコ、NEI-TAMENE-TOKO(nei=to indicate continuance of action;tamene=be assembled;toko=pole,stick)、「ずっと杖を突き続ける(足場の悪い渓谷)」の転と解します。

 

064揖斐(いび)渓

 揖斐渓は、揖斐峡ともいい、岐阜県西部、揖斐郡揖斐川町の北部を流れる揖斐川がつくる渓谷です。

 この「いび」は、イ・ピ、I-PI(i=beside;pi=flow of the tide)、「海水が(満潮のときに上流まで)上がってくる川(の渓谷)」の転と解します。昭和期の初めまで、春の大潮の頃この潮の干満を利用して大垣市周辺から伊勢湾まで潮干狩りに舟で一日に往復できたといいます。

 

065香肌(かはだ)峡(川俣(かばた)谷)

 香肌(かはだ)峡は、三重県中西部、飯南郡飯高町の櫛田川上流一帯の渓谷で、その谷を川俣(かばた)谷とも呼んでいます。

 この「かはだ」、「かばた」は、同じ語源で、カパ・タ、KAPA-TA(kapa=row,stand in a row or rank;ta=dash,dash water out of a canoe,lay)、「段丘のある河岸を激しく流れる(渓谷)」の転と解します。(地名篇(その三)の三重県の(7)櫛田川の「b香肌峡」の項を参照して下さい。)

 

066香落渓(こおちだに)

 香落渓は、三重県名張市の南部から奈良県宇陀郡曽爾村にかけての、名張川支流青蓮寺(しょうれんじ)川が室生火山群の岩石を浸食してできた渓谷で、両岸には柱状節理のある壮大な岩壁が見られます。

 この「こおち」は、コ・オチ、KO-OTI(ko=dig or plant with a wooden implement;oti=finished)、「掘棒で掘りに掘った(ような渓谷」)」の意と解します。(地名篇(その三)の三重県の(13)名張市のb香落渓の項を参照してください。)

 

067瀞(どろ)八丁

 奈良、和歌山、三重の三県境を流れる北山川が激しく穿入、蛇行してつくった渓谷を瀞峡と呼び、奥瀞、上瀞、下瀞に分かれますが、その下瀞を瀞八丁といい、特別名勝・天然記念物に指定されています。

 この「とろ」は、トロ、TORO(stretch forth,thrust or impel endways)、「静かに流れる(渓谷)」の転と解します。(地名篇(その五)の奈良県の(26)北山川の項を参照してください。)

 

068大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)

 大歩危・小歩危は、徳島県西部、吉野川が四国山地を横断してつくる渓谷で、両岸には高い山が迫り、かつては僅かに小路が通じていた所です。

 この「ぼけ」は、ポケ、POKE(swarm over)、「(崖に)へばり付いて渡る(渓谷)」の転と解します。(オリエンテーション篇の3の(3)「ぼけ山古墳」の項を参照して下さい。)

 

069面河(おもご)渓

 面河渓は、愛媛県東部、上浮穴郡面河村にあり、石槌山の源を発する面河川流域の渓谷です。

 この「おもご」は、オモ・(ン)ガウ、OMO-NGAU(omo(Hawaii)=suck(omoomo(Maori)=gourd);ngau=bite,hurt,attack)、「(岩を)噛み呑み尽くす(渓谷)」の転と解します。

 

070祖谷渓(いやだに)

 祖谷渓は、徳島県西部、吉野川支流の祖谷川が、三好郡池田町と西祖谷山村にまたがってつくるV字形の深い渓谷です。

 この「いや」は、イ・イア、I-IA(i=beside,ferment(i(Hawaii)=to speak,great);ia=current,rushing stream)、「声をあげる急流(の渓谷)」の転と解します。

 

071耶馬(やば)渓

 耶馬渓は、大分県北西部、山国川の上・中流域一帯の渓谷で、山国川が豊肥火山による溶岩台地を浸食して形成したもので、青の洞門など急崖、岩柱、奇峰、石門などが見られる本耶馬渓のほか、深耶馬渓、裏耶馬渓、奥耶馬渓に分かれます。

 この「やば」は、イア・パ、IA-PA(ia=indeed,very;pa=be struck)、「実にさまざまに浸食された(渓谷)」の転と解します。

(5) 滝地名

 

072秋保(あきう)大滝

 秋保大滝は、宮城県仙台市秋保の名取川上流にかかる高さ55メートルの名瀑です。

 この「あきう」は、所在地の地名(温泉地名)で、アキ・フ(H音が脱落してアキウとなった)、AKI-HU(aki=dash;hu=bubble up)、「泡を立てて噴き出す(温泉。その温泉がある土地)」の転と解します。(地名篇(その二)の宮城県の(14)名取川の項を参照して下さい。)

 なお、「滝(たき)」は、「タ・アキ」、TA-AKI(ta=the...of;aki=dash,beat,abute on)、「例の・水が勢い良く流れ下り、または水を勢い良く放り出しているもの(滝)」(「タ」のA音と「アキ」の語頭のA音が連結して「タキ」となった)の転と解します。

 ちなみに、鹿児島県屋久島には断崖から直接海に注ぐ「瀞沖(トローキ)の滝」がありますが、この「とろーき」は、トロ・ハキ、TORO-HAKI(toro=stretch forth;haki=cast away)、「水を前方へ放り出しているもの(=滝)」の転と解します。

 

073華厳(けごん)の滝

 華厳滝は、栃木県西部、日光市にあり、中禅寺湖から発する大谷(だいや)川源流が、男体山から噴出した溶岩の崖にかかって、高さ97メートルの滝となったものです。

 この「けごん」は、ケ・(ン)ゴ(ン)ゴ(後出のNG音がN音に変化してケゴノからケゴンとなった)、KE-NGONGO(ke=different,strange;ngongo=suck out,waste away)、「(中禅寺湖から)水を吸い出している珍しい(大きな滝。または(冬になると)消耗して流れなくなる珍しい(大きな滝))」の転と解します。(地名篇(その六)の栃木県の(9)日光の「d華厳滝」の項を参照して下さい。)

 

074袋田(ふくろだ)の滝

 袋田滝は、茨城県北端、久慈郡大子(だいご)町袋田にあり、久慈川の支流滝川にかかり、四段に落ち、大きな膨らんだ岩の表面を細いすだれのような水流が一面に覆って流れます。

 この「ふくろだ」は、プクラウ・タ、PUKURAU-TA(pukurau=a net-like fungus;ta=dash,lay)、「網茸が(岩の上に)貼り付いている(ような滝)」の転と解します。(地名篇(その六)の茨城県の(20)八溝山地の「d袋田滝」の項を参照して下さい。)

 

075吹割(ふきわれ)の滝

 吹割滝は、群馬県東部、赤城山の北、利根郡利根村の片品川の川中にある細長い割れ目に落ちる滝で、平成12年のNHK大河ドラマ「葵ー徳川三代」の冒頭の背景に出てくる滝です。

 この「ふきわれ」は、フキ・ワレ、HUKI-WARE(huki=spit;ware=foam,spittle)、「泡を串刺しにした(ような滝)」の転と解します。

 

076河津七滝(かわづしちだる)

 静岡県東部、賀茂郡河津町の北部、天城峠近くに大小の滝が連なつた河津七滝があります。

 この「かわづ」は、カワ・ツ、KAWA-TU(kawa=heap,reef of rocks,channel,passage between rocks or shoals;tu=stand,settle)、「岩と浅瀬が連続する通路がある場所」の転と、「たる」は、タ・ル、TA-RU(ta=the,dash;ru=shake,scatter(taru=shake,overcome))、「震動しながら奔流する(水の流れ=滝)」の転と解します。

 

077養老(ようろう)の滝

 養老の滝は、岐阜県南西部、養老郡養老町の養老山地東麓の断層崖にかかる高さ30メートルの滝で、『続日本紀』に養老元(717)年元正天皇が美濃国不破行宮でこの美泉を瑞祥として改元したとの記事があります。

 この「ようろう」は、イオ・ロウ、IO-ROU(io=muscle,line;rou=stretch out,intoxicated as with tutu juice)、「人を酔わせる・水の流れ(の滝)」(「イオ」が「ヨ」から「ヨウ」となった)の転と解します。

 

078赤目(あかめ)四十八滝

 赤目四十八滝は、三重県名張市の南部、宇陀川の支流滝川渓谷にかかる多数の滝の総称です。

 この「あかめ」は、ア・カ・メ、A-KA-ME(a=the...of;ka=screech;me=thing)、「音がうるさい(滝)」の転と解します。(地名篇(その三)の三重県の(13)名張市の「c赤目四十八滝」の項を参照して下さい。)

 

079那智(なち)の滝

 那智の滝は、和歌山県南東部、東牟婁郡那智勝浦町の那智山中にある那智四十八滝のうちの一の滝、那智大滝で、高さ133メートル、熊野那智大社の別宮飛滝(ひろう)神社のご神体です。

 この「なち」は、ナチ、NATI(pinch,contract)、「(山に挟まれて)狭い(谷に落ちる滝)」の意と解します。(地名篇(その五)の和歌山県の(34)那智滝の項を参照して下さい。)

 

080音羽(おとわ)の滝

 音羽の滝は、京都市東山区にある音羽山清水寺の寺名の起こりとなった奥の院崖下にある滝で、天下五名水の一つといわれています。

 この「おとわ」は、オ・トハ、O-TOHA(o=the...of,of,from;toha=spread out)、「せりだした場所(崖から落ちる滝)」、またはオタ・ウア(A-U音がO音に変化して「オトア」から「オトワ」になった)、OTA-UA(ota=unripe;ua=rain)、「細い雨(のような滝)」の転と解します。。

 

081布引(ぬのびき)の滝

 布引の滝は、神戸市中央区、新幹線新神戸駅のすぐ近くにある名瀑で、六甲山地の摩耶山に発する生田川が平地に出るところにかかり、雄滝高さ43メートル、雌滝高さ19メートル、古来から歌枕となっています。

 この「ぬのびき」は、ヌヌイ・ヒキ、NUNUI-HIKI(nunui=large,numerous;hiki=raise,remove,jump)、「高いところを飛び越してくる大きな(滝)」の転と解します。

 

(6) 崖・岩塊地名

 

082及位(のぞき)・大峰山の行場「覗(のぞ)き」

 及位は、山形県最上郡真室川町の北東、旧羽州街道の宿場町で、塩根川の深い切り立った渓谷の崖の上にあり、奈良県吉野の山岳修験の霊場の大峰山の行場「覗(のぞ)き」も切り立つた岩壁の上にあります。

 この「のぞき」は、(ン)ゴト・キ、NGOTO-KI(ngoto=be deep;ki=very)、「非常に深い(谷)」の転(「(ン)ゴト」のNG音がN音に変化して「ノト」から「ノソ」、「ノゾ」となった)と解します。

 なお、秋田県由利郡大内村の旧及位(のぞき)村、同県仙北郡南外村の及位(のぞき)集落の「のぞき」は、ノ・トキ、NO-TOKI(no=belonging to;toki=very calm)、「極めて静かな土地」の転と解します。(地名篇(その二)の山形県の(10)及位の項を参照して下さい。)

 

083磐司(ばんじ)岩

 磐司岩は、宮城県名取郡秋保町の二口(ふたくち)峠近くにある円柱状の大岩で、磐司磐三郎伝説の舞台となっています。

 この「ばんじ」は、パネ・チ、PANE-TI(pane=head;ti=throw,cast)、「放り出されている頭(のような岩)」の転と解します。(地名篇(その2)の宮城県の(14)名取川の項を参照して下さい。) 

 

084竪破(たつわれ)山の太刀割(たちわり)石

 竪破山は、茨城県多賀郡十王町にあり、この山にある太刀割(たちわり)石は、源義家が東征の際、戦勝を祈願して太刀で真っ二つに割ったと伝えられる丸い平らな巨岩です。

 この「たつわれ」、「たちわり」は、同じ語源で、タ・ツアワル、TA-TUAWARU(ta=the...of;tuawaru=a round plaited rope of flax)、「(縄で丸く編んだ敷物の)円座(のような岩)」の転と解します。(地名篇(その六)の茨城県の(23)花園・花貫県立自然公園の「b竪破山」の項を参照して下さい。) 

 

085武蔵国二宮金讃(かなさな)神社の鏡岩

 武蔵国二宮金讃(かなさな)神社の鏡岩(かがみいわ)は、埼玉県児玉郡神川町の金讃神社のご神体である、御岳山の中腹にある特別天然記念物の表面が鏡のような高9メートル、幅5メートルの巨岩です。

 この「かなさな」、「かがみいわ」は、

カナ・タ(ン)ガ、KANA-TANGA(kana=stare wildly,bewitch;tanga=be assembled,circumstance or place of dashing or striking etc.)、「人を睨み付ける岩(鏡岩)がある場所」の転(「タ(ン)ガ」のNG音がN音に変化して「タナ」から「サナ」となった)

 カ(ン)ガ・ミヒ・イ・ワ、KANGA-MIHI-I-WHA(kanga=curse,abuse,execrate;mihi=sigh for,greet,admire;i=past tense,beside;wha=be disclosed,get abroad)、「人に呪(のろい)を掛ける・恐るべき(鏡のような)・(地中から地表へ)表れ出・たもの(岩。鏡岩)」(「カ(ン)ガ」のNG音がG音に変化して「カガ」と、「ミヒ」のH音が脱落して「ミ」となった)

と解します。(地名篇(その七)の埼玉県の(16)賀美郡の「b神川町」の項を参照して下さい。) 

 

086二上山の屯鶴峯(どんづるぼう)

 二上山の屯鶴峯(どんづるぼう)は、奈良県北葛城郡当麻町と大阪府南河内郡太子町の境にある二上山の北西方に、凝灰岩が露出して灰白色の断崖が続き、鶴がたむろしているように見える場所をいいます。

 この「どんづるぼう」は、トネ・ツル・ポウ、TONE-TURU-POU(tone=knob,projection;turu=pole,upright;pou=pole,erect a stake)、「縦に柱を並べ立てたような瘤(山)」の転と解します。(地名篇(その五)の奈良県の(16)二上山の項を参照して下さい。)

 

087室生の屏風(びょうぶ)ケ浦

 室生の屏風ケ浦は、奈良県の南東部、宇陀郡室生村の室生川と宇陀川の合流点近くにある高13.8メートルの弥勒像の摩崖仏がある岩壁です。

 この「びょうぶ」は、ピオ・プ、PIO-PU(pio=be extinguished;pu=bunch,heap,stack)、「目立つ崖」の転と解します。(地名篇(その五)の奈良県の(28)宇陀郡の「f室生村」の項を参照して下さい。) 

 

088大台ケ原の大蛇嵒(だいじゃぐら)と蒸篭嵒(せいろうぐら)

 三重県と奈良県の境の台高山脈にある大台ケ原山の山頂部の平坦面の外側に、大蛇嵒(だいじゃぐら)、蒸篭嵒(せいろうぐら)などの断崖があります。

 この「だいじゃぐら」、「せいろうぐら」は、

 タイツア・クラ、TAITUA-KURA(taitua=the farther side of a solid body;kura=ornamented with feathers)、「本体の遠くにある縁を羽根で飾ったような突出した断崖」、

 テイ・ロ・クラ、TEI-RO-KURA(tei=high,tall;ro=roto=inside;kura=ornamented with feathers)、「本体の内側にある縁を羽根で飾ったような突出した断崖」

の転と解します。(地名篇(その五)の奈良県の(27)大台ケ原の項を参照して下さい。)

 

089大峰山の行場「鐘掛(かねかけ)岩」

 紀伊山地の中央を南北に延びる脊梁山脈である大峰山脈の主峰、山上ケ岳は、古くから西日本の修験の根本道場で、「鐘掛(かねかけ)岩」など数多くの行場があります。

 この「かねかけ」は、カネ・カケ、KANE-KAKE(kane=head;kake=ascend,climb upon)、「高いところに登った頭(のような岩)」の転と解します。(地名篇(その五)の奈良県の(23)大峰山の項を参照して下さい。)

 

090神倉(かんのくら)神社のごとびき岩

 和歌山県新宮市にある熊野速玉神社(新宮)の旧所在地を神倉(かんのくら)山といい、そこに鎮座する神倉神社のご神体が「ごとびき岩」という巨岩です。

 この「かんのくら」、「ごとびき」は、

 カネ・クラ、KANE-KURA(kane=head;kura=ornamented with feathers,ceremonial restriction(=tapu))、「聖なる頭(ごとびき岩をご神体とする神社)」、

 (ン)ゴト・ピキ、NGOTO-PIKI(ngoto=head;piki=ascend,climb)、高いところに登った頭(のような岩)」

の転と解します。(地名篇(その五)の和歌山県の(35)熊野速玉大社の項を参照して下さい。)

 

091門前(もんぜん)の大岩

 和歌山県日高郡由良町門前の北側山麓に天然記念物の石灰岩の大露頭があり、門前の大岩と呼ばれています。

 この「もんぜん」は、マウヌ・テ(ン)ガ、MAUNU-TENGA(maunu=be drawn from the belt or sheath,come out,be taken off;tenga=Adam's apple,extinguished)、「皮が剥けた喉ぼとけ(のような白い巨岩)」の転と解します。(地名篇(その五)の和歌山県の(21)由良の「b門前の大岩」の項を参照して下さい。) 

 

(7) 温泉地名

 

092夏油(げとう)温泉

 夏油温泉は、岩手県北上市の南西部、夏油川上流にある古い温泉です。

 この「げとう」は、ケ・トウ、KE-TOU(ke=different,strange;tou=dip into a liquid,wet)、「水で濡れた奇妙な(石灰華がある場所に湧く温泉)」の転と解します。(地名篇(その二)の岩手県の(16)夏油温泉の項を参照して下さい。)

 

093鳴子(なるご)温泉

 鳴子温泉は、宮城県の北西端、荒雄川の上流にある温泉です。

 この「なるご」は、ナ・ル・(ン)ゴ、NA-RU-NGO(na=by,made by;ru=shake,scatter;ngo=cry)、「地を震わせて轟音を立てる(湯を噴出する温泉)」の転と解します。(地名篇(その二)の宮城県の(3)鳴子温泉の項を参照して下さい。)

 

094玉川(たまがわ)温泉

 玉川温泉は、秋田県中東部、強酸性の毒水で有名な玉川の上流にある温泉です。

 この「たまがわ」は、タ・マ(ン)ガ・ウア、TA-MANGA-UA(ta=the;manga=branch of a river;ua=expostulation)、「(近寄るなと)忠告する川の支流(にある温泉)」の転渡海します。(地名篇(その二)の秋田県の(10)玉川の項を参照して下さい。)

 

095板室(いたむろ)温泉

 板室温泉は、栃木県北部、那須岳の南西麓、那珂川の上流にある温泉です。

 この「いたむろ」は、イ・タミロ、I-TAMIRO(i=ferment;tamiro=draw together by twisting a cord)、「縄を綯う(ように綱を掴んで入浴する)温泉」の転と解します。(地名篇(その六)の栃木県の(30)黒磯市の「b板室温泉」の項を参照して下さい。)

 

096湯桧曽(ゆびそ)温泉

 湯桧曽温泉は、群馬県北部、新潟県との境の谷川岳の南東の谷にある温泉です。

 この「ゆびそ」は、イフ・ピト、IHU-PITO(ihu=nose,bow of a canoe;pito=end,navel)、「カヌーの舳先の頂点(のような嶮しい谷の奥に湧く温泉)」の転と解します。(地名篇(その六)の群馬県の(20)谷川岳の「c水上・湯桧曽」の項を参照して下さい。)

 

097草津(くさつ)温泉

 草津温泉は、群馬県北西部、白根山南東麓にある古い歴史をもつ温泉で、「くさうず(臭い水)」から「くさつ」に転じたと伝えられます。

 この「くさうず」は、クタ・ウツ、KUTA-UTU(kuta=encumbrance;utu=dip up water)、「始末に困る邪魔物(異臭のする強酸性水)を汲み出す(温泉)」の転と解します。(地名篇(その6)の群馬県の(17)草津の項を参照して下さい。)

 

098強羅(ごうら)温泉

 強羅温泉は、神奈川県南西部、足柄下郡箱根町の早雲山の麓にある温泉で、地名は「石がごろごろしている場所」の意とされます。

 この「ごうら」は、(ン)ガウ・ラ、NGAU-RA(ngau=raise a cry;ra=wed,yonder,suffix)、「叫び声(のような音)をあげ続ける(温泉)」の転と解します。

 

099下呂(げろ)温泉

 下呂温泉は、岐阜県中東部、益田郡下呂町の飛騨川(益田川)の中流の川沿いにある温泉で、千年の歴史を誇り、有馬、草津とともに日本三名泉の一つに数えられています。

 この「げろ」は、(ン)ゲロ、NGERO(very many)、「(湯量が)極めて豊富な(温泉)」の転と解します。

 

100有馬(ありま)温泉

 有馬温泉は、兵庫県南東部、神戸市北区の六甲山北側中腹にある温泉で、『日本書紀』をはじめ数多くの史書、文学作品に登場する畿内最古の温泉です。

 この「ありま」は、アリ・マ、ARI-MA(ari=clear,fence;ma=white,clear)、「垣根(山)に囲まれた清らかな(土地に湧く温泉)」の転と解します。(地名篇(その四)の兵庫県の(9)有馬温泉の項を参照して下さい。)

 

101道後(どうご)温泉

 道後温泉は、愛媛県中部、松山市街地の東、伊佐爾波(いさにわ)の丘の麓にある温泉で、『日本書紀』、『万葉集』などにも登場する日本最古の温泉と伝えられます。

 この「どうご」は、トウ・(ン)ゴ、TOU-NGO(tou=dip into a liquid,wet;ngo=cry,grunt)、「湯に浸かって(気持ち良さに思わず)声をあげる(温泉)」の転と解します。

 

102別府(べっぷ)温泉

 別府温泉は、大分県中部、別府市の北部と南部に散在する温泉群の総称です。『豊後国風土記』には赤湯泉(現在の血の池地獄)、玖倍理湯井(くべりゆのい)などの地名がみえます。

 この「べっぷ」は、ペ・プ、PE-PU(pe=crushed,suppurating;pu=heap)、「化膿している(酸化鉄で赤色熱泥の血の池地獄、硫酸鉄でエメラルド・グリーンの海地獄、白濁熱泥の坊主地獄などがある)高台(にある温泉)」の転と解します。

 

103湯布院(ゆふいん)温泉

 湯布院温泉は、大分県中部、大分郡湯布院町の由布院盆地北東部の由布岳の西麓にある温泉です。

この「ゆふいん」は、イ・ウフ・イナ、I-UHU-INA(i=beside,past tense;uhu=cramp;ina=emphasise)、「(周囲の山に)きつく締め付けられている(盆地にある温泉)」の転と解します。

 

(8) 湖沼地名

 

104洞爺(とうや)湖

 洞爺湖は、北海道南西部、噴火湾の北東にあるカルデラ湖で、胆振支庁虻田町、壮瞥町、洞爺村にまたがつています。

 この「とうや」は、タウ・イア、TAU-IA(tau=beautiful;ia=indeed)、「実に美しい(湖)」、またはトウ・イア、TOU-IA(tou=set on fire;ia=indeed)、「実に火で炙られている(活火山(有珠山)のそばにある湖)」の転と解します。

 ちなみに、洞爺湖の傍らにある有珠(うす)山、虻田(あぶた)町、壮瞥(そうべつ)町の「うす」、「あぶた」、「そうべつ」は、

 ウツ(T音がS音に変化して「ウス」となった)、UTU(dip up water)、「水から引き上げた(山)」、

 アプタ、APUTA(interval gap,open space)、「(山と山、または湖と海の)はざ間(にある地域)」、

 タウ・ペ・ツ(「タウ」のT音がS音に変化し、AU音がOU音に変化して「ソウ」となった)、TAU-PE-TU(tau=beautiful;pe=crushed,suppurating;tu=stand,settle)、「化膿している(温泉が湧く)美しい場所に位置する(地域)」

の転と解します。

 

105十和田(とわだ)湖

 十和田湖は、青森・秋田県境に位置し、十和田八幡平国立公園の中心をなす二重式カルデラ湖です。

 この「とわだ」は、タウ・ワタ、TAU-WHATA(tau=beautiful;whata=be laid,rest)、「静かに休んでいる美しい(湖)」の転(「タウ」のAU音がO音に変化して「ト」となつた)と解します。(地名篇(その二)の青森県の(14)十和田湖の項を参照して下さい。)

 

106田沢(たざわ)湖

 田沢湖は、秋田県中東部、仙北郡田沢湖町、西木村にまたがる奥羽山脈の西側にある日本最深の湖です。

 この「たざわ」は、タタ・ワ、TATA-WA(tata=bail water;wa=place)、「船のあか水が流れ出す(ように川が流出する)場所(湖)」の転と解します。(地名篇(その二)の秋田県の(9)田沢湖の項を参照して下さい。)

 

107猪苗代(いなわしろ)湖

 猪苗代湖は、福島県のほぼ中央、耶麻郡猪苗代町、郡山市、会津若松市にまたがる断層湖です。

 この「いなわしろ」は、ヒナワナワ・チロ、HINAWANAWA-TIRO(hinawanawa=gooseflesh;tiro=look)、「鳥肌が立っているように見える(湖)」の転と解します。(地名篇(その二)の福島県の(3)猪苗代湖の項を参照して下さい。)

 

108中禅寺(ちゅうぜんじ)湖

 中禅寺湖は、栃木県西部、日光市の男体山南麓にある溶岩による堰止湖です。

 この「ちゅうせんじ」は、チウ・テ(ン)ガ・チ、TIU-TENGA-TI(tiu=soar;tenga=extinguished;ti=throw)、「非常に高い場所にほうり出されている(湖)」の転と解します。(地名篇(その六)の栃木県の(9)日光の「c中禅寺湖・戦場ケ原」の項を参照して下さい。)

 

109芦(あし)ノ湖

 芦ノ湖は、神奈川県南西部、足柄下郡箱根町の箱根の外輪山と中央火口丘の間にできた火口原湖です。

 この「あし」は、アチ、ATI(descendant)、「(釣り針をもぎ取った)跡(にできた湖)」の転と解します。(地名篇(その一)の1の(2)芦ノ湖の項を参照して下さい。)

 

110精進(しょうじ)湖

 精進湖は、山梨県南部、西八代郡上九一色村の富士山北麓にある湖で、富士五湖のうち最も小さい湖です。貞観6(864)年の噴火による青木ケ原溶岩によって「戔(せ)の海」が西湖(さいこ)と分断されて生じたと伝えられます。

 この「しょうじ」は、チオ・チ、TI-OTI(ti=throw;oti=finished)、「(戔の海が溶岩流によって西湖と分断され)終わって放置された(湖)」の転と解します。

 なお、「戔(せ)の海」の「せ」、西湖の「さい」は、

 セ、TE(crack)、「割れ目」、

 タイ、TAI(the sea,the other side)、「他方の」

の転と解します。

 

111諏訪(すわ)湖

 諏訪湖は、長野県中央部、諏訪市、岡谷市、諏訪郡下諏訪町にまたがる諏訪盆地にある断層湖で、天竜川の水源となっている湖です。水深が浅いため、冬期に結氷しやすく、厳冬期には大音響をたてて氷が割れ、割れ目にそって盛り上がる御神渡(おみわたり)現象がみられます。

 この「すわ」は、ツワ、TUWHA(spit)、「唾を吐く(冬に御神渡(おみわたり)ができる湖)」の転(T音がS音に変化して「スワ」となった。唾(つば)は、ツワが転訛(TUWHA=TUHA→TUPA→TUBA)したもの)と解します。

 

112琵琶(びわ)湖

 琵琶湖は、滋賀県中央部の断層陥没湖で、日本最大の湖です。

 この「びわ」は、ピハ、PIHA(yawn)、「あくびをしている(湖)」の転と解します。(地名篇(その三)の滋賀県の(2)琵琶湖の項を参照して下さい。)

 

113巨椋(おぐら)池

 巨椋池は、かつて京都盆地南部の盆地最低部にあった湖沼です。

 この「おぐら」は、オ・クラ(ワイ)、O-KURAWAI(o=the place of;kurawai=watertank;kula(Hawaii)=container)、「貯水池」の転と解します。(地名篇(その三)の京都府の(15)宇治川の「b巨椋池」の項を参照して下さい。)


 

3 山間地帯民俗語彙のポリネシア語による解釈

 

(1) くせ山

 「くせ山」は、立ち入つたり、所有したりすると災いが起こると信じられている山または土地で、癖山とも書き、たたり山、いわい山、あげ山、ばち山などさまざまな名称を持ち、千葉、静岡、愛知、徳島などの諸県にみられます。

 

114たたり山

 この「たたり」は、タ・タリ、TA-TARI(ta=the,dash,strike;tari=whakatari=incite,provoke a quarrel,expose to chastisment)、「罰が下される(祟りがある山)」の意と解します。

 

115いわい山

 この「いわい」は、イ・ワイ、I-WHAI(i=past tense,beside;whai=perform an incantation or rite,a spell to cure wounds and other injuries)、「(穢れや祟りを除くために、または立ち入るために)お祓いをした(山またはそのあたり一帯)」の意と解します。

 なお、平将門が憤死した茨城県岩井市の「いわい」や、同じく叛乱を起こして討伐された筑紫国造磐井の「いわい」も、同じ語源の可能性があります。(地名篇(その六)の茨城県の(29)岩井市の項を参照して下さい。)

 

116あげ山

 この「あげ」は、ア(ン)ガ・イ、ANGA-I(anga=driving force;i=past tense,beside)、「(人を)押し返す力がある(山または)そのあたり一帯の土地」、またはア(ン)ギ、ANGI(free,something connected with the descent to the subterrenean spirit world)、「地下の霊界から発してくる何物かが感じられる(山)」の転と解します。

 

117ばち山

 この「ばち」は、パ・チ、PA-TI(pa=block up,stockade;ti=throw,cast)、「柵が巡らされている(入ることができない山)」の転と解します。

 

(2) 焼畑

 

[防火帯の溝]

 

118ほそけ(火退け)

 この「ほそけ」は、ホ・トケ、HO-TOKE(ho=droop;toke=cold)、「(火勢が)衰えて冷たくなる(場所、溝)」の転と解します。(青森県、奈良県)

 

119ほせき(火堰き)

 この「ほせき」は、ホ・テキ、TEKI(scrape lightly,graze)、「(火勢が)衰えて(森を)かすめる(場所)」の転と解します。(鳥取県)

 

120ほさき(火避き)

 この「ほさき」は、ホ・タキ、TAKI(track,take out of the way)、「(火勢が)衰えて(森に延焼する)道から外れる(場所)」の転と解します。(長野県)

 

121ほぎり(火切り)

 この「ほぎり」は、ホ(ン)ギ・リ、HONGI-RI(hongi=earth oven;ri=protect,screen)、「(蒸し焼きの)穴(溝)による防火(帯)」の転と解します。(神奈川県)

 

122ほそけかり(溝掘り)

 この「ほそけ」は120ほそけ(火退け)、「かり」は、カリ、KARI(dig)、「溝掘り」の意と解します。(奈良県)

 

[焼畑]

 

123かりう(刈り生)

 この「かりう」は、カリ・フ、KARI-HU(kari=dig,isolated wood;hu=hill)、「耕作する山(の焼畑。または人里から離れた山の畑)」の転と解します。(兵庫県)

 

124かりお(刈り生)

 この「かりお」は、カリ・アウ、AU(firm,intense)、「しっかり耕作する(畑)」の転と解します。(兵庫県)

 

125こば

 この「こば」は、コ・パ、KO-PA(ko=dig or plant with a wooden implement;pa=stockade)、「耕作する柵で囲んだ(遠隔地の畑)」の転と解します。(九州山地)

 

126やぶ

 この「やぶ」は、イア・プ、IA-PU(ia=indeed,each,every;pu=heap,root)、「高みにある(畑)」の転と解します。(静岡県、熊本県、宮崎県)

 

[一年目の焼畑]

 

127あらき

 この「あらき」は、「開墾」の意と解されています(『豊後国風土記』など)が、アラ・キ、ARA-KI(ara=raise,rise;ki=full,very)、「(作物が)良く成長する(畑)」の意と解します。(青森県、岩手県、新潟県)

 なお、「あらき」の類語として、

「あらこ(新潟県)」は、アラ・カウ、ARA-KAU(ara=raise,rise;kau=only,as soon as,without hindrance)、「(作物が)すくすくと成長する(畑)」の転、

 「あらく(静岡県)」は、アラ・ク、ARA-KU(ara=raise,rise;ku=silent)、「(作物に手を加えなくても)静かに成長する(畑)」の転

と解します。

 

[二年目の焼畑]

 

128かわし

 この「かわし」は、カウア・チ、KAUA-TI(kaua=do not;ti=throw,cast)、「(収穫量は落ちるが)放棄せずに辛抱して耕作する(畑)」の転と解します。(静岡県)

 

[三年目の焼畑]

 

129くな

 この「くな」は、ク・ナ、KU-NA(ku=silent,wearied,exhausted;na=to add emphasis)、「消耗し切った(畑)」の意と解します。(静岡県。宮崎県では二年目の畑)

 

(注) 焼畑に関しては、ここに収録した以外にも多数の語彙があります。例えば、

 ヌーナーヤヒ(野焼き。沖縄県西表島)は、ヌヌイ・アヒ、NUNUI-AHI(nunui=big,large,numerous;ahi=fire)、「大規模な火入れ」

 ホド焼き(火入れ後、焼け残りを集めて焼き直すこと。青森県)は、ホト、HOTO(join)、「(焼け残りを)集める」

 ツブラ焼き(ホド焼きと同じ。山梨県)は、ツ・プラ、TU-PURA(tu=stand,settle;pura=of the eye troubled by the intrusion of some foreign matter)、「目に入って残ったごみ(のような焼け残り)」

の転と解します。

 

(3) またぎ

 

130またぎ

 この「またぎ」は、「ウマダ(シナノキの樹皮から取る繊維で織られた布)を剥ぐ人(柳田国男)、マダハギの転」、「マタンガー(古代インドの屠殺人)から(南方熊楠)」などの説がありますが、マタ(ン)ギ、MATANGI(wind,breeze)、「風(を熟知する狩人)」の転と解します。

 

131阿仁(あに)またぎ

 マタギの中でも、秋田県阿仁地方のマタギはとくに有名でした。この「あに」は、ア(ン)ギ(の転訛。NG音がN音に変化してアニとなった)、ANGI(free,move freely)、「(狩猟、行商のために)自由に往来する(人々。その人々が居住する地域)」の転と解します。(地名篇(その二)の秋田県の(6)阿仁川の項を参照して下さい。)

 

(注) マタギに関しては、ここに収録した以外にも多数の語彙があります。例えば、

 シカリ(マタギの指導者)は、チカ・リ、TIKA-RI(tika=straight,direct,just,fair;ri=protect,bind)、「正しい方法で仲間を保護する(または正しい狩猟の方法を身に付けている指導者)」、

 ケボカヒ(マタギが獲物を取った後に行う儀式)は、ケ・ポ・カヒ、KE-PO-KAHI(ke=strange,different;po=popo=soothe,anoint;kahi=chief,perform some part of the PURE(a ceremony for removing TAPU) and other ceremonies)、「一風変わった、獲物の霊を鎮め、けがれを清めるための儀式」

の転と解します。

 

(4) 木地師

 

132轆轤(ろくろ)

 木地師が使用する轆轤は、ロク・ラウ、ROKU-RAU(roku=bend,wane of the moon;rau=leaf,blade of a weapon)、「曲がっている(または新月のように尖っている)刃物(またはその刃物を使って木椀などを削る回転式の装置)」の転と解します。

 

133こけし

 木地師が作り出した「こけし」人形は、コカイ・チ、KOKAI-TI(kokai=rear,back;ti=throw,cast)、「(主たる商品である木椀の)後に置くもの(副業で作った玩具)」の転と解します。

 

(5) さんすけ人形

 

134 さんすけ人形

 津軽の山村では、山に入るとき12人になると山の神の怒りに触れるのを忌んで「さんすけ人形」を作る風習があります。

 この「さんすけ」は、タ(ン)ガ・ツ・ケ、TANGA-TU-KE(tanga=be assembled,company;tu=stand,settle;ke=strange)、「仲間の一人として置く奇妙なもの(人の形代)」の転と解します。

 

(6) たたら吹製鉄

 

135たたら

 たたら吹製鉄に用いられる「たたら」は、タタラ、TATARA(loosen,quick,active(tara=brisk))、「(火が)活発に(燃えさかる装置)」の転と解します。

 なお、神武天皇の妃ホトタタライススキヒメ(ヒメタタライスケヨリ)の名については古典篇(その一)の1の(4)の項および古典篇(その三)の4の「(4)イハレヒコの妃と御子たち」の項を、「たたら地名」については地名篇(その六)の群馬県の(30)館林市の「b多々良沼」の項を参照して下さい。

 

136ふいご

 この「ふいご」は、フイ・(ン)ゴ、HUI-NGO(hui=add together;ngo=cry)、「轟々と音をたてる(装置)」の転と解します。

 

137むらげ

 タタラ場の作業を統率する責任者を「むらげ」と呼びますが、この「むらげ」は、ムラ・(ン)ゲ、MURA-NGE(mura=blaze,flame;nge=noise,screech)、「炎(の勢い、色)に応じて叫ぶ(労働者に号令をかける指揮者)」の転と解します。

 

138けら押し

 鋼鉄(加熱して鍛造できる鉄。その中のとくに良質のものを玉鋼(たまはがね)と呼びます)を作る工程を「けら押し」といいますが、この「けらおし」は、ケラ・オチ、KELA-OTI(kela(Hawaii)=excel(kerakera(Maori)=foul,purify);oti=finished,come or gone for good)、「(原料の砂鉄を)良いもの(鋼鉄)にする(工程)」の転と解します。

 

139づく押し

 銑鉄(溶かして鋳造できる鉄)を作る工程を「ずく押し」といいますが、この「ずくおし」は、ツク・オチ、TUKU-OTI(tuku=leave off,give up,subside;oti=finished,come or gone for good)、「(溶かして)沈ませて分離する(工程)」の転と解します。

 

140ほたけ
 
 旧暦11月8日に行われるタタラ師、鍛冶屋、鋳物師などふいごを使う職人が行う「ふいご祭り」を「ほたけ祭り」といいます。稲荷信仰と重なる場合も多くみられます。

 この「ほたけ」は、ホウ・タケ、HOU-TAKE(hou=ceremony of dedication or initiation;take=root,origin,beginning,incantation,chief)、「始祖を祀る祭」の転と解します。

 

(7) 鞍馬の火祭り

 

141鞍馬山
 
 鞍馬山は、京都市洛北にある10月22日の夜に行われる火祭りで有名な山です。

 この「くらま」は、ク・ラマ、KU-RAMA(ku=silent,a game played by opening and shutting the hands while reciting certain verses;rama=torch)、「松明を振る(祭りをする山)」の転と解します。(地名篇(その三)の京都府の(3)賀茂川の「e鞍馬山」の項を参照して下さい。また、スクナヒコナが乗ってきた「天の羅摩(らま)船」については、古典篇(その二)の2の(5)のスクナヒコナの項を参照して下さい。)

 

142由岐(ゆき)神社
 
 鞍馬の火祭りは、鞍馬山の地主鎮守である由岐神社の祭礼として行われますが、もともとは鞍馬修験道における秋の入出山儀礼に由来するものであったようです。

 この由岐神社の「ゆき」は、イフ・キ、IHU-KI(ihu=nose;ki=full,very)、「大きな鼻(の天狗。それを祀る神社)」の転(「イフ」のH音が脱落して「イウ」から「ユ」となった)と解します。

 

143祭礼祭領(さいれいさいりょう)
 
 この火祭りに手に松明を持って参加する人々のかけ声である「さいれいさいりょう」は、タイ・レイ・タイ・リオ、TAI-REI-TAI-RIO(tai=tide,wave;rei=rush,run;rio=be diminished)、「(松明を)波のように大きく振れ、小さく振れ」の転と解します。

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<修正経緯>

 [おことわり]に記しましたように、これは研究発表の記録ですので、その後解釈に修正があっても、原則として、その都度修正を加えることはしておりません。

1 平成19年2月15日

 インデックスのスタイル変更に伴い、本篇のタイトル、リンクおよび奥書のスタイルの変更、<修正経緯>の新設、<次回予告>の削除などの修正を行ないました。本文の実質的変更はありません。

2 平成22年12月1日

 077養老の滝の解釈を修正し、085武蔵国二宮金讃神社の項に鏡岩の解釈を追加しました。

3 平成25年4月1日

 2の(5) 滝地名の「滝(たき)」の解釈を一部修正しました。

地名篇(その八)終わり


U R L:  http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/
タイトル:  夢間草廬(むけんのこや)
       ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
作  者:  井上政行(夢間)
Eメール:  muken@iris.dti.ne.jp
ご 注 意:  本ホームページの内容を論文等に引用される場合は、出典を明記してください。
(記載例  出典:ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源
http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/timei05.htm,date of access:05/08/01 など)
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